表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
145/148

事件ファイル♯FINAL  さよなら! 美少女ヴァンパイアミラカちゃん!(4/6)

 俺は慌てて首からミラカを引きはがす。

 反射的な行動だったが、ギリギリのところで彼女の身体を床へ放り出さずには済んだ。


 一対のルビーが揺れる。

 彼女はさも恐ろしいものを見たというふうに震え、口元を押さえた。

 俺は急ぎ足で彼女をベッドに寝かせ、離れる前に自身のくびすじに手を当て、「大丈夫だ」と言い残してから洗面所へと急いだ。


 それから鏡を見てため息をつく。


 ミラカに咬まれた部分はアザにはなっているが、流血には至っていない。

 今のは、冗談なんかじゃなかった。

 おそらく、吸血衝動に負けたことで出た発作のようなものだ。


 ヴァンパイアウイルスが飢えているんだ。体調不良の根も同じだろう。

 ここのところ外出や交友を避けていたのは、これを危惧してのことか?


 いや、逆だ。


 思い返せばここのところ、外出が減るのと同時に、間食や一回の食事量が減っていた。

 パーティでもそうだったし、冷蔵庫に食材が多く余っていたのが証拠だ。

 付け加えると、先日に半ば無理矢理バーガー・シングに引っ張って行ったときもポテトしか食べていなかった。

 病気関連での迷惑が心配ならば、食べるのが一番の対策のハズだ。


 一体、どういうことだ……?


 先ほどの光景、発光した赤い瞳が脳裏によみがえる。

 宇宙人の血が蛍光カラーだったりキノコが発光したりするんだ、ウイルスの作用でああなっても不思議ではない。


 推理なんて後回しだ。

 なんにせよ、今の彼女に必要なものは血合いの食い物だ。

 俺は冷蔵庫へ駆け寄り、中を引っ掻き回す。

 バター、チーズ、焼きそばの麺、パーティの食べ残し、カレー・シチュー用の牛肉のモモ肉。それとノーマルなソーセージ。


 無い。


 頑として買い物カゴから戻さなかったブラッドソーセージも、恍惚の表情で飲み下していた生レバーもストックが切れている。

 そもそも、最近はそれらを買った記憶が無い。


 やっぱりそうだ。アイツは血の供給を断っている(・・・・・・・・・・)んだ。


『ヴァンパイア病じゃなかったらナー……』

 よみがえるミラカの嘆息。


 気休めに冷蔵庫からトマトジュースを引っ張り出し、寝室のちゃぶ台に置いてミラカに声を掛ける。


「おい、起きてるか? 食べられそうなもの買ってくるから、トマトジュースでも飲んどけ」


 相変わらず苦しそうだ。息も激しくなったり、絶え絶えになったりを繰り返している。

 目を開いているというよりは半目がちなのか、まぶたのスキマからは赤い光。

 一段と症状が酷くなっている気がする。


「しっかりしろ!」


 返事はなかった。


 俺は急いで事務所を飛び出した。

 階段を駆け下りながらスマホを見れば午後九時すぎ。

 多くの小売り店が閉店を迎える時間。

 近所の輸入品店も例外じゃない。あそこに行けば必ず赤黒いソーセージが買い物かごに放り込まれたものだが、すでにシャッターが降りている。

 付近で頼れる店舗は一店だけ。二十四時間営業の『レイデルマート』だけだ。


 俺は夜を駆ける。

 先月、斬りつけられた現場を通り過ぎ、いつか黒猫を殺した男を追跡するのに使った道の脇を抜け、ミラカと何度も買い物へ訪れた店へ。


 異様に暗く感じる道の先、昼夜を問わず煌々と灯りをともす店へと飛び込んだ。


 精肉コーナー。棚の底面が続く。

 見慣れたはずの棚を、舐めるように端から端までチェックする。


 加工肉のコーナー。ウインナー、ハム、ソーセージ……。

 いつか「種類が少ない」と文句を垂れていた娘の幻影が見えた。


「すみません、レバーありませんか?」


 真面目な男の代打として夜勤をしている従業員を捕まえ訊ねる。

 店員は棚を確認することもなく、じゃっかん不機嫌そうに「もうしわけございません。品切れです」と答えた。


 肉がダメなら魚はどうだ?

 少し古くなったマグロの刺身にも血のようなドリップが出ているのを思い出す。

 こちらも不発。久しぶりに見かけた“新香巻きとカッパ巻きの巨大パック”が半額シールと共に俺を見送った。


 惣菜コーナー。焼き鳥レバー串ナシ、鳥肝の生姜煮ナシ。


 アイツの今の身体の足しになりそうなものが、何も売っていない!


 俺はカラになったコロッケのバットを引き下げる片づけ要員に八つ当たりの視線を送り、レイデルマートをあとにした。


 戦果も得られず。急いだって変わりゃしないのに、足を止めることなく事務所へと戻る。

 短く呼吸をしながら真新しいスマホを取り出し、ヴァンパイア病仲間に電話を掛ける。

 十コールを数えても繋がらない。

 いっしょに遊びに出て居るはずの知人たちにもメッセージを飛ばすも、返事はナシ。五分も待っちゃいないが。

 俺は死んでもスマホを手放さないであろう後輩に三度メッセージを送り、自身スマホを尻のポケットに収めた。


 『エステート・ディー』、ビルを見上げる。

 どのフロアも灯りはない。貸しビルとしては小柄だが、子供のような容姿の娘が独り眠るにはいささか広すぎる世界。


 俺の視線は暗い四階を越え、いつか手を繋いでUFOを探した屋上を越え、それから、イヤミのようにはっきりとした星空を見上げる。


 火星人でも降って来ねえか、火星人の血じゃだめか、なんてバカげた考えを自嘲し、味わい慣れた肺の空気を舐めながら階段を駆けあがった。


 俺は玄関にカギも掛けずに寝室へ駆け込み、肩で息をしながらミラカの枕元に立つ。

 灯りをつけると、彼女の青白い顔が見えた。トマトジュースは手つかずのままだ。


「編、集長……」


 ミラカはうなされている。彼女は俺の居ない壁のほうへ手を伸ばした。

 よすがを求めて彷徨う娘の細い指先は硬い壁を突き、それからベッドの上へと落ちた。

 こちらへ伸ばしてもらったところで、今の俺にはまだ手を握ってやる資格はない。


 病人と向かい合う部屋。

 同じ苦しみを味わおうと無闇に走った俺以上に苦しそうな呼吸音が続く。


 そうか、ヴァンパイアウイルスが血液の代わりに仕事をするのだから、ウイルスが弱まれば酸素の運搬もとどこおり、それで顔色も悪くなるんだ。

 くだらない考察。だからなんだというのだ。

 理屈をこねたって現状が変わるワケじゃない。

 オカルトの推理なんてしているヒマがあるなら、現実の解決策を模索しろ! アタマに命じる。

 バカか俺は。疑いようのない事実と、打てるだけ打った手。

 スマホはまだ返事を示さない。


 ジョンさんなら、こういうときに“クスリ”になるものをストックしているかもしれない。

 ほかに何か手は……。

 頼れる友人たちはそろって遊びに出ている。誰も返事をくれない。

 頻繁にスマホをチェックしそうなハルナすらもメッセージ未読。


 川口家は焼き鳥屋だ。

 普段は土日は手伝いで忙しくしていることもままある。みんな羽を伸ばして楽しんでいるんだろう。


「そうだ! 焼き鳥屋だ!」


 俺は叫ぶようにひとりごちた。焼き鳥屋『トリくびまいく』!

 焼き鳥屋なら、調理前の鳥の肝臓や心臓がある!


 自身の思い付きと人脈に感謝し、俺は病人の冷たい頬にキスをする。

 それからふたたび事務所を飛び出した。

 走ると息が苦しい。アイツも苦しんでいる。俺ももっと苦しくなるべきだ。

 ワケの分らん言い訳の理論を押し通すために、シャツのボタンを外し袖をまくる。

 俺は口の中に流れ込む塩辛い汗を味わいながら、駅前の飲み屋街へとがむしゃらに足を回転させた。


 ……。


 灯りの消えた店。赤くてイカした暖簾は下ろされている。

 ラストオーダーにはまだ間があるハズの店の引き戸には、張り紙がひとつ。


『誠に勝手で恐縮ですが、旅行で土日は休業します。店主』


 川口姉弟の両親は旅行か……。

 この分だと、ハルナに頼んでも在庫切れのオチだ。

 いい考えだと思ったのだが……。


 俺はあたりを見回し、酔っ払いのような足取りで繁華街を歩く。

 それから入ったこともない別の個人店に足を向け、「生レバーありませんか? 持ち帰りで」と注文した。

 店主に「何言ってんの、今そういうのウルサイんだから」と一蹴され、店を追い出される。

 三度同じことを繰り返し、またも手ぶらの帰宅。

 もはや走る気力もなく、ノドの肉が渇いて張り付き、自身の身体も汗も一周回って冷たくなっていた。


「すまん」

 俺は浅く息をするミラカの枕元に崩れ落ち、うなだれた。


 ……いや、まだだ。

 俺は立ち上がり、台所へ走る。

 なんでもいい、鉄分、たんぱく質が含まれていそうなもの。

 牛乳やチーズ、それからカレー用の肉、慰みにちゃぶ台のトマトジュースも回収し、全部ミキサーにまとめて放り込んだ。


 食卓を揺るがす轟音ののちに、生臭いペーストができあがる。


 ピンク色のゲロのような物体を器に入れ部屋へ急ぎ、ミラカを抱き起して、スプーンでそれを口へと流し込む。


 気を失ってるハズなのにとても不満そうな表情をしたあと、彼女はそれを飲み込んだ。

 しめた。少しでもマシになって意識が戻ったら、なんでもいいから食わせよう。

 あとはどこかの店が開くか、ジョンさんに連絡がつけば……。


 腕の中の娘は、しゃくりあげたかと思うと、大量の泡のような胃液とともに飲んだものを吐いてしまった。


「クソッ! どうすりゃいいんだよ!」


 俺は力任せにベッドをぶん殴る。

 それから、アルコールで洗浄と消毒を手早く済ませ、鳴らないスマホを睨みつけながらアタマを抱えた。


 しばらくそうしていると、ミラカが異様に静かなことに気づいた。

 うなされることもなく、激しい呼吸も、それから苦しそうな表情さえも消えている。


 触ってみると、彼女はとても冷たかった。


 口元で耳をすませばやっと聞き取れるようなささやかな呼吸。その意味は理解できる。


 ほんのいっしゅん彼女に触れただけで、この一年間のすべての思い出が俺のアタマを駆け巡った。


 ドアに足をねじ込んできたことにはじまり、スマホゲームにご執心になったり、宇宙人ヅラのキンタマを蹴りあげたり、ツチノコ見つけてひっくり返ったり。

 それからヒヨコを保護色のアタマに乗っけて公園を散歩したり、巨大なカエルやサンショウウオに鳥肌を立てたり。

 会って間もない女子高生に自分の髪をさしだし、いっしょになって夜道で幽霊を捕まえたかと思ったら、寂しくなって夜中にアパートを訪ねてきたり。

 留守中に変な踊りを踊ったり歌を歌ったり、寿司を要求して俺のアタマに足を乗っけたり、エアコンを買うためにこっそりバイトしたり。

 それから祭りで屋台を楽しんでラムネを飲んで、いっしょに酔っぱらって、ネコやニワトリのために怒ったり。


 数々の思い出がよみがえる。


 そのたびに俺のこぶしは強く強く握られていく。

 たくさんケンカした。ふたりで色んな食事を楽しんだ。ハンバーガーは一生分は食った。

 わずか一年足らずの付き合いだというのに、まるでガキの頃からずっと一緒だったような気さえしてくる。


 イタズラをしてキバを見せるミラカ。

 誰かをニコニコと見守るミラカ。

 俺に向かって“にへら笑い”をするミラカ。


 どうにもできない。どうしようもない。こぶしを強く握る。

 左手首の傷が痛んだ。

 この傷だって、彼女を守りたい一心に作ったものだ。


「…………」


 俺は、いまだに赤黒く盛り上がったままで、抜糸のあとも消えない傷を眺めた。

 これを縫ったときは大変だったろうな。

 ウイルスの本能とトラウマの両方に抗わなければならなかったのだから。


 ヴァンパイア病。


 ウイルスが生命維持や免疫の代替をおこない、そのウイルスの維持には血液、もしくは大量の食事を必要とする。

 現在ミラカが吸血を拒み、食事も摂らなかった結果として瀕死の重症に陥っている。


 彼女が吸血を嫌がっている理由は知っている。

 それは命を賭してまですることなのなのか。

 いつか言っていた「死にたいワケがないデショー!?」という言葉に、ウソがあったのか。


 違う。


 コイツは、“死にたい”じゃなくて“生きることに満足”していたのだ。


 勝手なヤツだ。俺の人生に土足で上がりこんで、勝手に自分の人生の埋め合わせをして、満足して逝っちまうつもりか。

 成仏はお祓い劇だけにしてくれ。


 スマホの着信音が鳴り響いた。

 俺はそれを止め、気にかけてくれたハルナへ『大丈夫、問題は解決した』とメッセージを送った。


 そして俺は、傍目にはとても穏やかに眠っているように見える恋人へと謝罪の言葉を述べた。


「ごめん、ミラカ。さよなら」


********


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
他にもいろいろな小説を書いてます。
 
他の作品はコチラ
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ