事件ファイル♯03 ツチノコは実在する! 懸賞金は一億円!?(2/6)
翌日早朝、俺は適当にサイフとスマホだけもって出支度を済ませる。
「よし、それじゃ出かけるか。って、お前まだ着替えてないのか」
ソファでまだ眠そうに眼を擦るミラカ。
「もう行くんデスカ?」
彼女がパジャマのフードを取ると髪がぴょこんと跳ねた。
「ツチノコ捕まえるのに、準備は要らないデスカ?」
「仮に本当に居るとしたら、何か道具があった方がいいんだろうが、あいにくウチにはそういうもんはないからなあ。あるとよさそうなのは魚籠とか、虫取り網とかか?」
「仮に? ツチノコ、居ないんデスカ?」
首をかしげるミラカ。
「へ? ああ、そうか。ミラカ、お前はツチノコがなんなのか分かってないんだな」
「幻のヘビ、UMAデシタッケ? でも、居ないならドーシテこんなイベントを?」
「そりゃ、村おこしだろう。ツチノコの目撃例のある村が、人を呼びこんでお金を落としてもらったり、いい場所だって知ってもらって移住してもらったりするのを狙ってるんだ」
「エッ! お金を落とす?! 編集長、落としちゃダメデスヨ!」
慌てるミラカ。
「そういう意味じゃない。お前、変な日本語は知ってるクセに、話が通じんな」
「イヤ、冗談ですケド」
「冗談かい。だが、毎年やってるってことは、それなりに元が取れる何かがあるんだろうな。面白い土産物屋があるとか、リピーターが付く様な催しがあるとか。案外ニセのツチノコくらい出てくるかもしれん。まあ、暇つぶしくらいにはなるはずだ」
「ウーン。なんだか現実的なコメントデスネ。ミラカはもっとこう、本格的に森や山を焼いたり、罠を仕掛けたりして探すものかと……」
「豪快過ぎるだろ。毎年やったら村が禿げ上がっちまうよ。ま、UMAってのはそんなもんだよ」
俺は苦笑する。
「さ、そろそろ行くぞ。お前もいい加減に支度しろよ」
俺はベッドのある部屋で着替えろと腕を振って示す。
「エ? 本当にもう行くんデスカ? まだ、そろってませんよ?」
ジャガイモ娘はあくびをひとつすると、スマホを弄り始めた。
「そろうってなんだ? 誰か来るのか? カワグチ君か? 別に構わんが、呼んだんだったら、俺にひと声掛けろよ」
幸いイベントは現地集合なので事前申し込みは要らない。
一人増えようが何の問題もない。彼ならコイツよりは手間が掛からなさそうだし、オカルト話もできて歓迎だ。
「ヒロシ君じゃないデス。GW中はヒロシ君んち忙しいらしいデス」
ミラカは首を振る。寝癖が雑草みたいに跳ねた。
「え、じゃあ誰を……」
「あれ? 編集長、聞いてないデスカ?」
「おるかー? 行くでー」
玄関から聞こえてくる聞きなれた声。
それから、ドアのカギが開く音。
「フクシマか……」
「せやで、俺や」
現れたのはオールバックにサングラスのいかがわしい男。
俺の事務所の入るビル『エステート・ディー』のオーナーである、フクシマだ。
「お前も来るのか。っていうか今日はスーツじゃないんだな」
フクシマは白スーツを普段着にしている。今日は何故か作業服だ。
「いや、むしろお前のその服装のほうが変やろ」
俺は普通にGパンにシャツ、その上に長袖を羽織ったいで立ちだ。
「なんでだ?」
「ミラカちゃん、これ持ってきたったで」
フクシマは俺の質問をスルーして、何やら紙袋をミラカに手渡した。
「オー! アリガトウゴザイマス! 早速着替えてきマスネ!」
そう言うとミラカは紙袋を抱えて別室に引っ込んでいった。
「なんだ? 服か?」
「せや。さすがにあの可愛い服でツチノコ探しはアカンやろ」
ミラカは服を何着か持ってはいるが、パジャマ以外はおしゃれな洋服だ
確かにアキバかティーン雑誌かという服装で草むらを歩くのはよろしくないが……。
「お前、本気でツチノコ探すつもりでそんな格好してるのか」
呆れたヤツだ。
「当り前や。捕まえて俺のフクシマワールドに仲間入りやで」
「残念だったな。仮に見つかったとしても村が一億円で買い取ることになってるんだ」
「一億やったら俺でも出せるし。現ナマ持ってこか? 俺やったら、村よりじょーずに使うで」
ニヤリと笑うフクシマ。マジかよ……。
「準備オッケーデス!」
扉が開いて着替えを済ませたミラカが戻ってくる。
赤いジャージにいつもの麦わら帽子、それから紐靴を手に持っている。
「おー、懐かしい格好だな」
ミラカの着ているのは、俺とフクシマの通っていた小学校で使われていたジャージだ。
「せやろ? 俺、けっこう物持ちええねんな」
「お前のかよ。よく残ってたな……」
「あんま使ってなかったしな」
小学生時代、二十年は前の話だ。
男子は短パン、女子はブルマーの時代だったが、俺たちの世代では途中からハーフパンツと冬用のジャージに移行していた。
PTAがうるさかったのだとか。
「あー。ほら、あの子思い出さんか? なんて言うたっけなあ」
ミラカを見ながらフクシマはこめかみを叩いた。
「あの子? どの子だ?」
「ここまで出かかってんのやけど。ミラカちゃんくらいの髪の長さで、お前が告白したけどフラれた……なんて言ったっけなあ~」
苦しそうに頭を抱えるフクシマ。
「……思い出さんでいい。行くならさっさと行くぞ!」
俺は甦る苦い初恋の記憶に頬を熱くして、先に事務所を出た。
外に出ると、ビルの前にフクシマの車が停めてあった。
ダークグリーンの角ばったデザイン。五ドア、ハッチバック型の乗用車だ。
「送迎もまかしとき。電車賃浮くやろ?」
「意外と気が利くじゃないか」
「単に人乗せて走りたいだけやけどな。ちょっとオンボロやけど、カッコイイやろ?」
「確かに、少し懐かしいデザインの車デスネー」
ミラカが物珍しそうに車を眺める。
「一九七九から一九九五年のあいだに売られとったイタリア車や。これは一九八五年くらいまでラリーで使われとったモデルやな」
フクシマは自慢げに言うと左側から運転席へ乗り込んだ。
「まあ、正規部品はあんまり残っとらんから、修理やなんやでガワだけやけどな」
「お前、そういうの好きだよなー」
フクシマは不動産業をやってるだけあってか、懐が豊かだ。
この車にも小さな家が建つくらいに金を掛けていると聞いたことがある。
同じ学校出身なのに、どうしてこうも金回りが違うのか。
まあ、コイツのお陰で今も安く生活ができているのだが。
「あっ、ウメデラ、助手席はやめとき」
俺が助手席側に回るとフクシマが制止してきた。
「何でだ? ミラカを乗せたいのか?」
「ちゃうねん。ああ……! またや!」
フクシマはイラついた様子でティッシュを引っ張り出すと、助手席のシートを拭いた。シートが濡れている。
「水漏れ? どこから?」
俺は首を捻る。
「どこからともなくや。人が座ってても濡れてくるで。本革のシートやから困るわ~」
「どっか壊れてるんじゃないデスカ?」
ミラカが後部座席に乗り込みながら言った。
「そんなところに配管なんて無いだろ? 何由来の水だ? エアコンか?」
俺も大人しく後部座席に乗り込む。
「何由来かは知らんけど、たまにここに、誰かが座ってることがあるねん。かなんわ~」
「は?」
「誰デス?」
「こう、首になんか巻き付けてるオッサンでな。恨めしそうに俺のこと見るんや」
「お前それって……」
「ユ、ユーレイ、デスカ?」
「んなワケあるかい、冗談やで」
フクシマは笑って否定した。
冗談に聞こえない。座席は実際に濡れていたし……。
本当に大丈夫だろうか、この車。
乗り込んでからも早々に不安が重なった。
エンジンが始動するのに時間が掛かったのだ。
フクシマの車は古いため、乗せてもらう時はいつもこうだったからこれまで特に気に留めなかったが、さっきの話を聞いたあとだと、また違った意味でヤバそうに思えてくる。
心配だ……。
「ところで、編集長の甘酸っぱいおはなしの続きが聞きたいデス」
車が発進すると、ミラカが楽しげに口を開いた。
「聞かせなくてよろしい」
「せやせや。コイツ、クラスでいちばん可愛いサチコちゃんに告白したんやで」
さらっと名前を思い出すな。
「でも、フラれちゃったんデスネ。編集長可哀想デス」
半笑いで言うミラカ。
「それが酷いフラれ方でなあ。ラブレターをサチコちゃんの机に入れたんやけどな。それが偶然机から落ちてもうて、サチコちゃんの後ろの席の、なんつったかな……何とかって男子に拾われてな」
俺のアタマの中で手紙が落ちるシーンがフラッシュバックする。
「アワワ。読まれちゃったデスカ?」
「せやねん。授業中やったのに大声で読み上げよって。それでサチコちゃん恥ずかしくて泣き出してもうてな。可哀想やったわ~」
「アララ、それはオッケーしづらいデスネ。それにしても読み上げるなんて何てイジワルな子なんデショー」
「まあ、俺やけどな」
フクシマがガハハと笑う。
そうだ、コイツだ。俺は忘れもしない。
コイツは俺とサチコちゃんに赤っ恥を搔かせた張本人だ。
「オーナー、酷いデスヨー」
「いや、でもなあ。やむにやまれぬ事情があったんや」
「なんだよ、事情って」
「じつは、俺もサチコちゃんのことが好きやってん」
「ほー。それは初耳だな。それで俺の邪魔をしたワケか」
「いやいや、好きな子に意地悪すんのが好きなだけや。おもろいやん? まあ、手紙の差出人がお前やって知っとったら、サチコちゃん好きやなくても、机に手ぇ突っ込んででも読み上げたやろーけどな!」
だろうな! とはいえ、それだけ酷いことをされておきながら絶交になってないのにはワケがある。
「コイツは小さい時からそんなことばかりしてたんだよなあ」
このレベルのイタズラはいつものコトだった。
もちろん、慣れだけで許されることではない。
当然、事件のあとの俺はフクシマとしばらく口を利かなかった。
この事件にはまだ続きがあるのだ。
ラブレターを出したのは俺だけじゃないのだ。
サチコちゃんが受け取った数は、学校内の男子からだけでも二桁を超えていたらしい。
彼女は確かにクラスのマドンナ的な存在ではあったが、じつは裏で相当腹黒い女子小学生だった。
なんと、ラブレターを出した男子に対して、それをネタに現金やお菓子をゆすり取ったりしていたのだ。
俺はラブレター事件の直後にこの話を知った。
そして、これはのちにエスカレートして中学生時代に大問題に発展したのだ。
不良の男子を子分にして恐喝、警察沙汰にまで発展する始末だった。
俺は恥を共有したこの件のせいか、ゆすりのターゲットにはならずに済んでいた。
フクシマのせいで酷い目に遭ったが、そのじつ、恩人だったりもする。
とはいえ、「サチコちゃんが荒れたのもフクシマが原因」説を小耳に挟んだことがあるので、俺以外にとっては厄病神の可能性もあるが。
「ミラカもコイツには気をつけろよ。コイツの行動は、たいてい何かウラがあるからな。……っていうか、お前たちはいつの間に連絡先を交換したんだ?」
フクシマと会ったのは、ミラカが事務所に来た日以来初めてだ。
「そりゃおめえ、フクシマネットワークよ」
へへっ、と笑うフクシマ。
「なんだよそれ……」
俺はため息をつく。
「ん? なんやウメデラ。ひょっとしてヤキモチ妬いてるんか? ミラカちゃんは俺のもんだ~ってか?」
「ウォウ! ソンナ! そーいえば、ミラカはサチコちゃんに似てる言いマシタネ。ミラカを住まわせてくれてるのは、そーいう事情ナンデスカ!?」
違う。断じて違う。
まったく違うが俺は何故か頬が熱くなるのを感じて窓の方を向いた。
「私はあの人の代わりなのね!? 酷いわ!」
芝居のせいか、急に正しいイントネーションの日本語になるミラカ。
「そんなワケあるか。大体、髪の長さとジャージ以外、合ってないだろ」
「せやな。じゃあ、ミラカちゃんがサチコちゃん超えしたから住まわせたんやなあ」
「何でそうなる」
実際にどっちが可愛いかと聞かれればコイツだが。
見た目もそうだが、たとえミラカの中身がアホでも、恐喝事件を込みで考えれば中身でも軍配があがる。
「……そんな、恥ずかしいデス」
俺はちらとミラカの顔を見る。耳まで真っ赤にしてやがる。
「ハハハ、結婚式には呼んでや?」
「白い教会で式を挙げるデス」
「ヴァンパイアが教会で式を挙げるとか言うな」
俺は声小さくツッコミを入れる。
「エー! 乙女のロマンなのに!」
「三百十六歳が乙女とか言ってもなあ」
「心はずっと少女なんデスー! 編集長はホント、分かってないデスネー!」
「せやぞ、そういうとこやぞ。そんなんやからウメデラは結婚できひんのやで」
ああもう、恥ずかしくて堪ったもんじゃない……。
なんでフクシマなんか呼んだんだよ。
俺はため息をつき、反らし続けて痛くなった首を休めるために正面へと向き直った。
「……ん?」
何か違和感を覚える。
左ハンドルの車。フクシマは左前方。俺は右の後部座席。
今、ちらっと、俺の前の席に誰かが見えたような気が……。
もう一度確認すると、髪の短い誰かの後頭部があるように見える。
「……!?」
左腿に鋭い感触。
俺は慌てて左を向いた。
「ドウシマシタ? そんな真剣な顔で見つめてきて。やっぱり教会行きマス?」
ミラカと目が合う。ミラカの爪が俺の腿をつついている。
「分かった分かった。大きくなったらな」
俺はお得意の子供扱いであしらおうとした。
しかし、彼女は膝に乗せていた麦わら帽子を抱くと、顔を半分隠して窓の方を向いた。
俺はそれにツッコミを入れず、前方の座席を覗き込んだ。
……ダレモイナイ。
「なあ、フクシマ」
俺は運転するフクシマの横顔を見る。
「なんや?」
さっきまで俺をからかっていたはずのヤツの顔は笑っていない。
「っていうか、アカンやろ。後部座席でもちゃんとシートベルトしてや。ミラカちゃんもちゃんとしとるで。ベルトせんくてパクられるんは俺やぞ」
「お、おうスマン……」
ガチ目に叱られたので、俺は大人しく座席に戻って、シートベルトをした。
き、気のせいだよな?
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