事件ファイル♯03 ツチノコは実在する! 懸賞金は一億円!?(1/6)
次の事件が起きたのは、宇宙人の誘拐事件から一週間ほど経過した時のことだ。
その頃の俺は、なんとか数回の日雇いバイトにありつき、無事に家賃を納めることができていた。
妖怪ジャガイモソーセージはスマホが面倒を見てくれていたためか、ここのところは事務所で大人しくしている。
そのスマホ熱も多少は冷めており、帰っても半スルーのような態度は取らなくなっている。
寝床に関しては“かわりばんこ”のまま保留。
家賃、スマホ、食費がなんとかなろうとも、おサイフ問題はまだまだ解決していない。
ソーセージ娘が言っていた“左団扇”はいつになることやら。
さて、その左団扇といえば、俺は不労所得目当てで自身のサイト『オカルト寺子屋』に広告バナーをくっつけている。
雀の涙ではあるが、これの収入アップを図るためにサイトのテコ入れと更新を図った。
普段は、多くの懐疑派が繰り返したオカルト事例の検証を焼き増しするような記事ばかりだったが、今回は体験記を書くことになった。
俺は宇宙人による誘拐事件を記事にしたのだ。
本来なら、『オカルト寺子屋』と趣旨が少しずれているし、近隣や犯人のプライバシーのために考えもしなかったことだが、ミラカが「犯人にスマホの修理代を払わせる」と言って聞かなかったのだ。
「しかしこれ、何の記事か分からん仕上がりだな……」
ページに貼り付けた画像を見て苦笑する。
傷の入った電柱の写真、俺がもみ合った際にしたたかぶつけた尻のアザの写真、宇宙人男のイメージ画像。
それから“被害者の美少女”の写真が沢山。
俺はもちろん反対をしたのだが、「本人がオッケーするのだから」と、ミラカは自身の写真を撮り、サイトに掲載させた。
麦わら帽子をかぶったミラカ。
傷ついたスマホを片手にウソ泣きをするミラカ。
合成の宇宙人と対決するミラカ。
どっちかと言うとお堅い路線で行っていたはずの俺のサイトが、一気におバカな検証サイトの様相を醸し出してしまった。
ところが、これが読者にはウケたらしく、ネットで拡散されてアクセス数のケタがひとつ変わったのだ。
この程度の広告料くらいで生活費は賄えないが、明らかな数字の変動を前にミラカには頭が上がらなくなってしまった。
功労者は「ようやく助手らしいことができマシタ!」だなんて、ソーセージを葉巻みたいに咥えながらソファでスマホを弄っている。
とはいえ、次の燃料を投下せねばそう長くは続くまい。
せっかく勢いに乗ったのだ。なんらか似た路線でまた記事が書けないかと、俺は楽しく頭を悩ませていた。
「連休中にオカルトサイトのアクセスが伸びるのは、なんか物悲しいものがあるな。こいつら出かけたりしないのだろうか」
俺はアクセス解析を眺めながら笑った。
「連休中? お出かけデスカ?」
ミラカが首をかしげる。
「この期間は日本ではゴールデンウィークと言ってだな、祝日や休日を連結させて、連休を作るんだ。旅行や行楽に行く連中が増えるワケだな。だから、ネットの旅をする奴は“陰キャ”として蔑まれるのだ」
俺は意地悪く笑った。まあ、そう言う俺は年中連休みたいなもんだが。
「ホリデーデスネ。ところで、“陰キャ”って何デス?」
ミラカがまた首をかしげる。
俺は自分で言っておきながら、むしろ自身が“陰キャ”みたいだと気づき、言葉を詰まらせた。
「ハハン。編集長? 無理に若者言葉を使おうとしマシタネ? いいですよ、分からないなら“ASS”に聞きますカラ」
“ASS”とは、ミラカのスマホに搭載されている人工知能だ。
俺のスマホにもある。名前は“訊ねる”の“ASK”からきているらしい。
「ASS、“陰キャ”ってなんデスカ?」
ミラカがスマホに語りかける。
『あなたのことです』
この人工知能は出来が悪く、頻繁にトンチンカンな回答をする。
「ウー。またワケの分からない返事になった……」
彼女の場合は少しイントネーションが特殊で、認識ミスに拍車がかかるようだ。
ミラカは仕方なしに文字で検索をする。
そしてそれから、こちらに向かって怒り出した。なんで俺だよ。
「失礼デスネ! 誰が“陰キャ”デスカ!? ミラカ陰キャ違いマース!」
『あなたのことです』
人工知能が音声を拾って答えた。
「キーッ! いいデス。ヘンシューチョー! お出かけデス! 脱“陰キャ”シマショー!」
『脱輪でお困りですか? 自動車救急サービス……』
ミラカは役立たずのアプリを停止させる。
「お、おう。そうだな。せっかくのGWだし、明日どこかに出かけよう。……うん、天気もいいみたいだ」
俺は天気予報をチェックしながら言った。
「エー……晴れデスカ?」
「おう。降水確率ゼロ%。気温も高くなるみたいだ。ここのところ曇天が多かったからな。いいことじゃないか」
「じゃあ、やっぱりやめマセンカ?」
「ええ? なんでだよ。暑いのは苦手か? せっかく可愛い帽子を持ってるのにさ」
俺はミラカのカバンの上に置かれている帽子を見た。
小麦色のワラで編まれた大きな麦わら帽子。赤く滑らかな光沢を放つ可愛いリボン付きだ。
「ンン? 編集長。今、可愛いって言いマシタ?」
ミラカがニヤける。
「おう、言ったぞ。麦わら帽子が可愛いって」
「それじゃあ、仕方ないデスネ~。行ってあげマス」
ゴキゲンになる小娘。
「行くのはいいとしても、どこに行くかだなあ。金はないからなあ」
俺は試しに近場の遊園地の入園料などをチェックする。
交通費や園内での飲食代も考えると、マイナー寄りの遊園地でも相当な出費だ。
「どこも高いなあ……」
「それなら、お金が増えそうなところにイキマショー」
「なんだそれ? えびす神社にでも行くのか?」
「ジンジャ? お祓い? 呪われマシタ?」
ミラカが首をかしげる。
「お参りだろ。あんまり人が多そうなところはカンベンだな」
「ミラカも人混みは好きじゃないデスネー」
となると、近所の公園でピクニックくらいしか思いつかない。
そういう過ごし方でも全然構わないのだが。
「アッ、編集長! これ、これこれ! これにシマショー!」
ミラカは何かを見つけたようで、俺にスマホを見せてきた。
「おい、画面が脂ぎってるぞ。ソーセージなんか食いながらスマホ弄るなよ」
「エヘヘ。それより見てクダサイ。イチオクエンくれるって書いてマス!」
「一億だ?」
俺は光で反射する画面に目を凝らす。
『ニシクロヤマ村GW恒例! ツチノコを探せ大会! 発見者には一億円進呈!』
「うっわ。胡散クサッ!」
ついでにソーセージくさい。
「オカルト調査員のミラカたちにピッタリじゃないデスカ?」
俺も自分のスマホで検索してページを見る。
なるほど、ツチノコを使った村おこしイベントってワケか。
参加五〇〇円。これは安いが、現地でお金を落としてもらうってハラだな。
なんだか安っぽいが、ニシクロヤマ村ならふたり分の交通費でも大した額じゃない。
「ツチノコ見つけマショー!」
「ナシとは言わんな」
もちろん、ツチノコが見つかって一億円ゲットだなんて考えていない。
内容がUMAに関わるものだ。
このイベント参加を体験記として巧く記事に仕上げられれば、アクセス数の伸びに繋がるかもしれない。
サイトがもっと有名になれば、別の仕事が舞い込んでくる可能性だって増える。
「ナシじゃないデスヨー。アリ寄りのアリ! ネー、イキマショー。イチオクエン!」
ミラカは俺の服をつかんで揺さぶった。
「お前今、どさくさに紛れて俺の服で指拭いただろ」
ミラカはそっぽを向いた。
「はあ……。ま、それじゃあ期待しないでツチノコ探しに行くか?」
「レッツゴーです!」
と、言いつつミラカのスマホの画面が俺の背中にこすりつけられる。
「ばっちいな!」
「ヘヘ……。さて、明日の予定も決まったことですし、晩御飯にシマショー!」
ミラカが俺の背中を押す。
「へいへい……」
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俺たちは晩飯の仕度のために、近所のスーパー『レイデルマート』に足を向けた。
ここのところ、買い置きのパスタかミラカお手製のジャガイモ料理が夜の主食だ。
ミラカはまだ食材はあると言ったが、俺は「あるもの」を目当てにここにやってきた。
「オウ、いっぱい並んでマスネ……」
惣菜コーナーの陳列台。“半額”のシールが貼られた商品が山積みだ。
「やっぱり今年もか」
GWシーズン、ここの近所は旅行や外食が増えるらしく、広告こそは威勢よく打ち出してるものの、売り場はご覧の有様となっている。
お客も『ロンリー』並みに少ない。
「これ、売れ残ったらどうなるデスカ?」
ミラカがパックされたコロッケを手に取る。
「廃棄だろうな。ゴミ箱へゴーだ。消費期限は当日のみで設定されてるし」
「ホエ!? 捨てちゃうんデスカ!? もったいナイ!」
声をあげるミラカ。
「先進国の闇デース……天罰が下りマスヨ。大地の怒りを感じマス」
「俺もそう思う。ということで、もったいないおばけ退治のために、今晩の夕食はここにあるものにしようと思います」
ミラカが来てからはここの惣菜とはご無沙汰だったためか、時間が過ぎてしなびたフライや天ぷらもおいしそうに見える。
「ムー……そういうことなら仕方がないデスネ。今日は許してあげマショー」
そう言いながら早速、コロッケをカゴに入れるミラカ。
俺たちは社会貢献を建前に、あれやこれやと言いながら半額になった揚げ物たちを買い漁った。
なんだかんだサイフに優しくない金額になったが、たまにはいいだろう。
戦利品を持ち帰って夕食タイムだ。
「ウーム、なかなかおいしいデスネ」
オーブンで温め直したコロッケをかじるミラカ。
「そうだろう、そうだろう。冷凍を揚げてるだけだろうがな。今日日、冷凍食品も出来合いの惣菜も、なかなかの味なんだよ」
俺は焼き鳥に手を付ける。
「オー、ヤキトリ。ミラカも食べマス」
ミラカは売り場で串に刺さったヤキトリを見つけると、黒いものばかり詰められたパックを選んで買っていた。
「お前、変わってるよな。レバーが好きだなんて。俺は肉類はたいがい好きだが、レバーだけはダメなんだよ」
「ソーデス? 美味しいデスヨ?」
串から肉をかじり取るミラカ。キバがちらりと見える。
「こぼしたぞ」
「オット、失礼しマシタ」
ミラカはテーブルにこぼれたレバーの欠片を口に放り込む。
「やっぱり玉ねぎはダメだな」
俺は玉ねぎの天ぷらをかじりながら言った。
「水分のせいでオーブンで温め直してもふにゃふにゃだ」
玉ねぎの天ぷらは好物なのだが、満足のいくものにはなかなか出会えない。
「テンプラは揚げたてに限りマス?」
「その通り。今度どこかに食べに行こうか」
「ヤッター!」
「日本には色んな種類の外食があるからな。回転ずしとか、ラーメンとか、その焼き鳥だって専門店が沢山あるぞ。もちろん中華やイタリアンとか、海外の文化も盛りだくさんだ」
「オー、コンプリートシマショー! イチオクエンあれば余裕?」
「余裕余裕。毎日でも食べれる」
「本当ですか? だったらミラカ、B・Tを毎日食べマス!」
目を輝かせるミラカ。
「それは健康に悪そうだな」
俺は苦笑い。
「編集長、それは何デスカ?」
ミラカが箸で俺の皿を指さす。俺はちょうどギョーザに手を付け始めたところだ。
「これはギョーザだ」
「オウ……。ギョーザ」
ミラカは鼻に手をやると身を引いた。
「なんだ? ギョーザは苦手か?」
「ギョーザというより、そのニオイが……」
「あー、ニンニク。ヴァンパイアだからか? ニオイはともかく、味はウマいぞ」
俺は笑って、ギョーザの乗った皿をミラカの鼻に近づけた。
「ぶっえ! クッサ!」
ミラカはイスからずり落ちた。
「あっはっは! オーバーだなあ」
「ホントにクサいデス。ミラカ、ニンニクはダメなんデス!」
「それは、好みか? それとも設定か?」
俺は床にへたり込むミラカに再び皿を近づけた。
「ぶっえ! クサイデス! お慈悲を!」
ミラカは首から上を震わせて、何とも言えない表情をした。
「ひっひっひ! 面白いなそれ」
俺はミラカのリアクションにウケて調子に乗る。
「ヴァ……、ヴァンパイアウイルスは、ニンニクの殺菌成分で弱ってしまうのデス」
「あー、それで身体が拒否するのか? ヴァンパイアウイルスじゃなくても、腸内細菌がニンニクの殺菌成分で消えてしまうって話は聞くな」
ミラカの鼻先へ皿を近づけたり離したりした。
やめりゃいいのに、何故かミラカ自身も鼻をすんすん鳴らして自らニオイを嗅いでいる。
「くんくん……ぶっえ! くんくん……。ぶっへ! やめてクダサイ! イヒッ……!」
なぜかミラカも笑い始める。
「ひっひっひ」
釣られて笑う俺。
「ヒッヒッヒ、笑い事じゃないデス。いいデスカ? ヴァンパイアは免疫系や血液の成分をウイルスに食べてしまわれる代わりに、ウイルスが身体を守っているんデス。それは本来の免疫よりも強いものデス。だから、ふつうの人よりも遥かに健康に身体を維持できマスが……」
「あ~、そんなこと言ってたな~」
俺はまた皿を近づけた。
「ぶヒッ!? 人が説明してる時に……。ちょっと、編集長、しつこいデスッテ!」
と、非難しつつも肩を揺らし続けるミラカ。
「おう、悪い悪い。それで維持できますが、なんだ?」
「ひとたびヴァンパイアウイルスが弱ってしまうと、あっという間に体調を崩してしまうんデス。それと……」
俺は今度は、コロッケの皿を近づけた。
「クッサ!」
「ひっひっひ、これはギョーザの皿じゃないぞ!」
「オット、シマッタ。反射的に。イッヒッヒ」
「本当だか、冗談だか分からないが、要するにニンニクはダメってことか」
「じょ、冗談じゃないデス。ヒッヒッヒ!」
「笑い過ぎだろ、お前」
俺もまだまだ笑いが止まらない。
それからもたっぷりとふざけ合って、たっぷりと時間を掛けて夕食を平らげた。
お惣菜は半額。楽しいひと時はプライスレスだ。
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