事件ファイル♯02 アブダクション! 近所に現れた宇宙人!(6/6)
『ミラカ、今どこに居る? 何でもいい、目印になる物があったら教えてくれ』
ビルを飛び出した俺は、子供たちをどちらに探しに行けばいいか分からず、足踏みをした。
メッセージアリ。
『小さい病院があります。歯を出して笑ってる人形がブキミ』
「まつ子歯科クリニック! 住宅街の方か」
俺はミラカのメッセージと脳内のイメージを一致させて目的地に走った。
白い車、白い車。
ミラカたちが相手にしているのが、どういう類の不審者かは分からない。
だが、小学生をゆっくりと追いかける白い車なんてモロだろう。
俺はいっしゅん追いかけさせるのを止めようかとメッセージを入力しかけたが、いくら車を持った不審者でも、ターゲットの子供とミラカと川口少年の合わせて3人をどうこうするのは簡単じゃないと考える。
むしろ、つけられている小学生を独りにしてしまう方が危険だと考え、何も打たずにスマホをポケットに押し込んだ。
まつ子歯科クリニックはそう離れていない。
足に自信はないが、車は小学生をゆっくり付けている。
仮にホンモノの不審者だとしても、犯行に及ぶまでに間に合うかもしれない。
個人開業の歯科の横を通り過ぎるとき、窓に白い歯をむき出しにしたぬいぐるみを見つけた。
「居ない……!」
目に見える範囲には車も、ミラカたちの姿もない。
適当に付近を探して走り回っていると、アラサーの俺はあっという間に虫の息になってしまった。
「うぐ……たったこれだけで……」
肺から血の味のする息を味わっていると、遠方に麦わら帽子を被った金髪娘の姿が見えた。
ミラカは交差点の向こうをスマホを弄りながら、こちらの方に向かって歩いて来ている。
スマホが振動する。
『やっぱり適当に曲がってもピッタリやってきます。これはクロです!』
彼女の背後には白い車。ときおりブレーキランプを光らせながらノロノロと徐行している。
「美少女ってお前のことかよ……っていうか、アホかコイツは!」
斜陽の時間、雨が降りそうな暗い空。
ミラカの歩く向こうの道は住宅専用区画ではない。倉庫や工場が並ぶ寂れた道だ。
そして、手前の交差点はそれなりにうるさい。
俺が不審者の立場なら、ここを選ぶ。
俺はもう一度アラサーのボディに鞭打つと、全力疾走を始める。
それに合わせるかのように白い不審車両が加速した。
「マジかよ!」
車はミラカを追い越すと急停車し、ドアが開いて彼女の姿を覆い隠した。
俺は交差点を、車をかすめながらもなんとか横断し、不審車両との距離を詰める。
「こら、暴れるな!」
ドアの影から男の声。マジモンの誘拐だ!
「おぃコラ! 何してんだ!」
俺はかすれた声でめいっぱい怒声をあげた。だが、男はこちらに気付かない。
ドアを回り込み、車に引きずり込まれようとするミラカの身体を引っ張った。
「クソッ!」
男はようやく俺に気付き、声をあげた。
なんだこいつ? ズボンをはいてない。ソーセージが丸出しだ。
だが、俺の勝ちだ。コイツは驚いた拍子にミラカを放した。
そして、第三者にも見られたからには、逃げるしかないはずだ。
あとはせいぜい、急発進するコイツの車に撥ねられたりしないように気をつければいい。
男は車内に引っ込んだ。ドアを開けたまま敗走かあ?
しかし、俺の予想に反して男はこちらにまた身を乗り出し、逆手に握ったギラリと光る獲物をこちらに向けてきた。
「おい、邪魔するなよ」
「……!」
明確なる悪意を前に、大の男であり保護者でもあったハズの俺は、ただ腕の中の娘を強く抱き寄せることしかできなかった。
だが、この小娘ときたら……。
「コイツ、ニセモノデス!!」
男を指さしよく分からんことを叫んでいた。
「おい、本物だぞ!」
男は包丁を振り上げ威嚇する。
「ドコが? 光線銃じゃないデス! 宇宙人みたいな顔のクセに!」
ミラカが抗議する。
「光線銃?」
俺はあっけにとられ、男の顔をまじまじと見た。
坊主頭、くぼんだ眼窩にこけた頬。言われてみれば宇宙人チックなルックス。
「ニセ宇宙人!」
ミラカが指をさす。
「お前、俺のトラウマを……」
宇宙人男も一瞬固まったものの、何やら思い出したくない過去を反芻したらしく、余った方の腕でミラカの服の襟をつかんで引っ張った。
「キャア!」
悲鳴に俺はいつもの調子を取り戻し、ミラカを強く引っ張り返す。
すると、綱引きに遭った服がぶちぶちと音を立て、
「ギャーーー! 服が! ヘンタイ!」
被害者はようやく相応しいセリフを吐いた。
「お前、大声を出すな!」
宇宙人男がまた包丁を振り上げる。
振り上げるばかりだが、油断はできない。俺はミラカをかばおうと身を乗り出そうとした。
だがその時、どこかで聞いた音と、閃光が俺たちを包んだ。
「ギャーーー! 光線銃!?」
俺の下でバカみたいな悲鳴。
またフラッシュ。横からだ。
俺は光の方を見る。
そこには……
「おじさんのやったこと。スマホで撮りましたから」
スマホを掲げたメガネの少年の姿が。
「でかしたぞ、少年!」
俺が声をあげると、それに応えるようにカワグチ君はメガネをクイッとさせた。
「包丁を下ろしてください、罪が重くなりますよ」
スマホが再びフラッシュ。
「ギャーーー! ビーム!? キャトルミューティレーション!」
俺の下でわめく娘。
「クソッ!」
男は包丁を振り上げたまま、こっちと川口少年を交互に見やる。
「やられっぱなしじゃ、ヴァンパイアの名折れデス!」
ミラカはこんな状況だというのに俺の下から這い出してしまった。
「こら、出るな!」
立ち上がったミラカは「極悪宇宙人め! 食らうデス!」と言うと、
「なんだ小娘、この包丁が目に……」
「ティーンエイジ・キック!」
ミラカが男の足のあいだを目掛けて強烈な一撃をお見舞いした!
俺の目前でひしゃげるソーセージ。
「「女の子になっちゃう!」」
宇宙人と目撃者の俺は悲鳴をあげた。
「もうお嫁にいけない!」
男はワケの分からない捨て台詞と共に車を急発進させた。
しかし、車はふらつき、開けっぱなしのドアを電柱に衝突させ、続いて別の電柱に正面衝突。それから改めてドアを閉めて逃げ去って行った。
「よかった……」
少年はそうつぶやくと俺の横にへたり込んだ。
「はは、大活躍だったぞ、少年。スマホの写真でも証拠になるだろ」
俺も腰が抜けた。
「そうだ。写真……」
カワグチ君はスマホを操作すると、撮影した写真を確認した。
しかし、フラッシュがアダとなったのか、白い車のディティールは白く飛び、ナンバーを狙ったと思われる写真も数字が読めない有様だった。
犯人を写したものもピンボケだ。
「ああ、ダメだ!」
少年は悔しそうに叫んだ。
「いや、分からんぞ。警察に提出しよう。画像を弄れば数字が出てくるかもしれん」
俺は自分のスマホを使い、警察へ通報をした。
さて、しばらくしてパトカーが到着。俺たちは無事に国家権力に保護された。
警官たちに事情を説明。警官にはミラカを病院に連れて行くことを勧められた。
ミラカは外国人の若い娘で、後部座席で涙を流しており、しかも衣服に乱れもある。
警官が心配するのも無理もない話だ。
だが、俺はその提案をかたくなに拒否した。
「ウッ……ウッ……、買ったばかりだったのに……」
なぜなら、ミラカが泣いている理由は恐怖やケガから来るものではなく、もみ合いになった際に落としたスマホの画面に傷が入ったことが原因だからだ。
「操作には問題ないんだろう?」
さいわい、ちょっとしたスリ傷だ。画面いっぱいの蜘蛛の巣というワケでもない。
「傷物にされマシタ」
「アホか。誤解されるようなこと言うな」
「シャイト! ファ○ク! ハゲチャビン!」
スマホを必死に弄るミラカを見て納得したのか、警官たちも軽く笑い、パトカーを発進させた。
「やれやれ……」
俺は胸を撫でおろす。
だが、それから次に降りかかるであろう災厄にすぐに気を重くする。
搬送の頑なな拒否は、ミラカに大事がないからというだけではない。
妙な病気を持っている可能性のあるコイツを病院に連れて行くのは危険だと思ったからだ。
しかし、俺自身の安全を考えるなら、できれば病院だけでなく、警察に行くのも避けたかった。
間違いなく身分の照会があるだろうし。
外国人の子供を誘拐した犯人として逮捕されるなんて、実家の母さんが泣くだろうな。
俺は遠い目をする。
「パトカー初めて乗った」
カワグチ君が楽しそうにつぶやく。
「ミラカもデス」
右に同じくミラカ。
俺の気苦労も知らず、気楽な連中だ。
ともあれ、コイツらの隣の座り心地は悪くはなかった。
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それから数日後だ。俺は今、『ロンリー』のカウンターでコーヒーを飲んでいる。
あの日、警察ではアレコレ訊ねられ、証明するためにフクシマやアイルランド大使館に裏付けを取らねばならず、連絡が済むまでしっかり拘束されはしたが、さいわいにもその日のうちに事務所に帰ることができた。
個人的に嬉しかったのは、腹ペコで帰ったらすぐに食事にありつけたことだ。
じつはミラカは、昼飯は用意してくれてはいなかったが、俺がバイトで留守をしているあいだに、夕食用に牛肉のシチューを仕込んでおいたのだそうだ。
それは彼女の国の郷土料理で、アイリッシュシチューというシロモノらしく、日本でいうところの肉じゃがのポジションらしい。
ミラカは「ウチでは隠し味に黒ビールを入れマス」と言っていた。
温め直されたシチューはとてもおいしかった。
すっかり疲れ果てた心身と、ミラカの件を警察からもお墨付きを得ることができた安心感も相まって、俺は不覚にもよく煮込まれた牛肉のようにホロリときてしまった。
ホンモノの誘拐未遂についても、川口少年の撮った写真から割り出したナンバーを元に車を捜索がなされ、翌日にはドアに擦傷痕と顔面がひしゃげた車が発見された。
ボケたり光ったりはしていたが、ちょいと明度やコントラストをいじれば見えそうだったからな。
それから持ち主は任意同行を求められ、ミラカの宇宙人っぽい顔という証言がトドメとなり、無事に御用となった。
逮捕の報は全国区のニュースでも、ちらと放送されたが、「女性を誘拐しようとした疑い」というていになっていた。
被害者の年齢はもちろん、外国人だということも明かされていない。
宇宙人男の罪の程度は分からないが、ミラカの身分をどう判断するかによっても罪が変わってきそうだ。
とりあえずすぐに出所してくることは無いだろうが、未遂ということも含めて、俺が生きているうちにまた会うことがあるかもしれないというのは少し気味が悪い。
「ノーノー、ヒロシ君。小数点がまたズレてマス」
「ああ、そうか……」
「小数と整数の掛け算では……」
テーブル席ではメガネに似合わず小学四年生の算数の復習をする小学五年生と、どこから持ち出したのか、フレームしかないメガネを掛けたミラカ先生がいらっしゃる。
事件のあった日の夜、川口少年の両親も警察に呼び出された。
これまでネガワヤ市の塾まで時間を掛けて通わせていたが、事件を受けて心配になったらしく、カワグチ君は日曜日の塾から解放されることとなった。
とはいえ、彼の勉学の問題は残されたまま。
その話を耳ざとく聞きつけたミラカが「じゃあ、私が家庭教師になりマス!」だなんて言い出したのだ。
少年の両親も、ミラカの保護者である俺に対して恩や借りができたからか、少年の塾通いから家庭教師へのシフトをあっさり了承。
ミラカはちゃっかり仕事にありつくことになった。
「チッチッチ、また間違えてマスヨー」
「うう……」少年が唸る。
「ミラカ、あんまりイジメるなよ」
「イジメてマセン!」
「だ、大丈夫ですよウメデラさん。塾の先生よりも優しいし、分かりやすいから」
フォローする川口少年。
「そうか、それならいいんだが。そういや、イジメといえば、あの犯人、やっぱり小学生の頃に“宇宙人”ってあだ名でイジメられてたんだってさ。イジメが原因で引きこもってて、最近は親の車で近所を徘徊していたらしい」
ちなみに、付近で目撃されていた下半身丸出し男とも同一人物だったらしい。
「イジメが原因かあ。よく聞く話だねえ」
ナカムラさんが複雑そうな顔をする。
これは警察からではなく、フクシマからの裏情報だ。
アイツは面白そうだからと宇宙人ヅラの人さらいについて近所に訊いて回ったらしい。
どうやら、昔から地元に住んでいる人物らしく、知人には「いつかやると思っていた」とコメントされたんだとか。
フクシマは「テンプレ過ぎへんか?」と大ウケだった。
「イジメ、かっこ悪い」
ミラカが言った。
「でも、動物をひどい目にあわせるようなヤツですよ。イジメられて当然だし、逮捕されてよかったですよ」
川口少年が口を尖らす。
「まったくデス!」
俺とナカムラさんはふたりに対して特にコメントをしなかった。
何を言っても外野の推測に過ぎない。
「動物の件はどうだったの?」
ナカムラさんが小声で俺に訊ねた。俺は黙って首を振る。
動物の殺害事件とあの宇宙人は今のところイコールで結ばれてはいない。
本人も否定しているらしい。だが、余計なことは何も言うまい。
「謎が残ったねえ……」
「謎といえば、ずっと気になっていたことがあるんですよね」
俺は再び勉強に打ち込む子供たちの方を見やった。
「カワグチ君はどうやって俺のことを知ったんだろう?」
掲示板は消されていた。彼はどういうツテで俺の事務所に来たんだ?
「え? アレじゃないの?」
ナカムラさんは壁を指さした。張り紙だ。
「何ですか、それ?」
俺は立ち上がり、壁の張り紙を読み上げる。
『オカルト調査事務所 エステート・ディー二階 喫茶店ロンリーの上の階 あなたの身近な不思議を解決いたします』
宇宙人やおばけのイラストまで添えられている。
「外でも配って回ってたみたいだよ」
ナカムラさんが笑いをこらえながら言った。
……結局はアイツが蒔いた種かい。
とはいえ、俺はミラカを叱る気にはなれなかった。
彼女が俺の“助手”として宣伝したのは悪意ではない。
そして、ヒロシ君をそそのかして“オトリ捜査”なんてことをしたのにも、俺に一因があったともいえるだろう。
ヒロシ君は小学校内ではちょっと名の知れたオカルトや科学の専門家らしく、事件の相談に来た際も張り切って友達に「探偵に相談に行く」なんて言ってしまっていたらしい。
それを俺が事件をオカルトではなく現実的に説明して拒否してしまい、やはりガッカリしていたのだそうだ。
ミラカはそれをフォローするために“ホンモノ”をおびき出そうとしたのだとか。
もちろん、危険な行為をしたことに関してはしっかり叱っておいたが。
「子供がふたりに増えたね」
ナカムラさんが笑う。
「頭が痛いですよ。それより、すみません。ここ使わせてもらって」
「ううん、いいんだよ。保護者君、もう一杯いかが?」
ナカムラさんは芳醇な香りを漂わせるポットを持ち上げる。
「あ、すんません。いただきます」
「キリマンジャロ。五二〇円ね」
コーヒーが注がれる。
やっぱり、事務所にあげて勉強を教えてもらうことにするか。
俺は算数と格闘するふたりを眺めながら、熱いコーヒーの苦みを味わったのであった。
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