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事件ファイル♯02 アブダクション! 近所に現れた宇宙人!(5/6)

 深夜というべきか早朝というべきか。

 スマホに設定していたアラームが俺を起こす。


「三時か……」

 イベント会場のバイトは、開始が朝の五時になっていた。

 電車を使えば合計の移動時間は三十分弱。しかし、そんな時間に電車は走っていない。


 前日の設置物を速攻で片づけ、それから今日のイベント、十時の開場オープンの準備のための時間を主催者たちが確保できる時間、それに間に合うように新たな設置をおこなう強行軍。


 バカみたいな時間配分だが、たまにこういった仕事がある。

 俺はベッドから起き上がり支度を済ませて、事務室を覗き込む。

 ソファの上では丸くなったジャガイモがスマホ片手に震えながら眠っていた。


「アホかコイツは」

 俺はブランケットを掛けてやろうとしたが思い直し、先ほどまで使っていた俺のベッドの布団を彼女に掛けてやった。

 本当ならベッドに運んでやった方が親切というものだが、タッチするのは倫理的によろしくないので控えておく。

 それから俺は、なるべく音を立てないように事務所を出た。


 まだ眠たい身体を引きずり、会場へ徒歩で向かう。

 到着する頃には力仕事をするだけの準備が整うだろう。

 繁華街を横断するとき、ふと掲示板のことを思い出して寄り道をした。


「あれ?」

 掲示板には落書きしかない。


 前は見落としていたらしい、『ボードは金曜朝に清掃します』の文字がある。


 つまり、俺の助手募集の文言は、木曜深夜から金曜朝の短い期間だけ公開されていたということになる。

 ミラカはその奇跡的なスキマをついて見つけたというワケだ。

 しかし、深夜にこの付近を徘徊していたというのはいただけないな。

 中身はちょっとアレだが、見目麗しい北欧少女だ。

 そんなのが深夜の繁華街の裏路地を歩くなんてとんでもない。

 俺としても出来れば、日中でもここを独り歩きして欲しくないくらいだ。


「ってことは?」

 また疑問。


 川口少年だって小学生だ。

 平日の深夜早朝にアレを見るなんてことがあるだろうか?

 ……いや、無いよな。

 不良少年でも明るいところをうろつくし。

 なら、どうやって俺の事務所を知ったんだろう?


「ま、いいか」

 とにかく、あのデタラメが消えていればそれで構わない。俺はイベント会場へと足を向けた。


 うすうす予想はしていたが、仕事はガバガバな内容だった。

 交通費支給は全員一律千円。日給システムで、しかも遅刻ペナルティナシ。

 そして重役出勤をするバカが数名。何が「電車が無かった」だ。

 おかげで次のイベントの主催スタッフさんたちが来ても俺たちは仕事を続けなければならなかった。

 どうせ一日限りの付き合いだ。

 黙ってさっさと仕事を終わらせて、帰って寝る。これ以上何もない。わが愛しの諭吉のためよ。


 俺は仕事を終わらせて家路につく。帰りはヘトヘトだから電車だ。

 月曜の通勤ラッシュを終えて空いた電車の座席に座ると、スマホが振動した。


『ジャガイモ娘』

 ミラカからだ。通話に出ようとしたらすぐに着信が止まった。イタズラかと訝しんでると、代わりにチャットアプリのアイコンに数字が付いた。


『電話は間違えました。おはようございます。お仕事頑張ってくださいね』

 絵文字もない丁寧なメッセージ。俺は顔をほころばせる。


『おはようってもう十一時だぞ。遅くまでスマホ弄るのは推奨しない。仕事は終わった。今から帰る』


『起きたのは八時です。でも、起きたら編集長はもう居ませんでした。電池が減っていたので充電したかったのですが、充電の仕方が分からなくて、今ようやく使えるようになったところです。お疲れ様です。お昼ご飯はどうしますか?』


『テキトーでいい。帰ったらちょっと寝たい』

『テキトーが一番困ります』

『何でもいい』

『それも困ります。編集長の帰りを待っています』


 なんというか、母親とのメールのやり取りみたいだ。

 まだ慣れてないせいなのか、それとも頑張って繕っているのやら。


「帰りを待っている、か。ふふん」

 俺は電車の中で我ながら気色悪く笑った。


 そして俺は、駅を出てからは急ぎ足で自宅のビルへ向かった。


 事務所のドアを開けると、食事の支度をする忙しない音と、食欲をくすぐる素敵な香り。

 それから、お人形のような服装と、それにはちょっと不釣り合いなエプロンを身に着けた娘が金髪を揺らし、エメラルドの瞳で俺に向かって待望の視線を投げかけ、「おかえりなさい」の少したどたどしい発音をもって、お出迎えをしてくれた。


 ……なんていうことはなく、テーブルの上に置かれたカップラーメンと割りばしが俺を出迎えた。


「ただいま」

「アーイ、オカエリナサーイ」

 我らがヴァンパイア少女ミラカ様からはスマホファーストな挨拶を頂戴した。

 コイツは未だにジャガイモパジャマ姿だ。

 勝手な期待を抱いていた俺はため息を隠し、カップ麺に湯を注いだ。


「お前はちゃんとメシ食ったのか?」

 俺はミラカに訊ねる。


「食べマシタヨー」

 相変わらず寝スマホで対応するミラカ。

「お仕事大変デシタ?」


「まーな。力仕事だし。……そういや、ミラカは怪力だったりはしないのか?」

「エー、違うって言いませんデシタ? 私のドコをドウみたら怪力に見えるんデスカ?」

 ミラカはうつぶせで足をブラブラさせている。もこもこしたパジャマの裾がズレて細い足首が覗いていた。足のラインを追うと丸っこいケツ。

「吸血鬼が怪力ってのはアリがちだろ」

「ヴァンパイア、デス。別に私たちは怪力じゃないデス」

 ミラカは流暢な発音で訂正した。

「ウイルスの影響で筋力が上がるとか、脳のリミッターが外れるとかないのか」


「アハハ。編集長は本の読み過ぎじゃないデスカー?」

 やっとこっちを見たかと思ったら、指をさして笑ってやがる。


「お前はスマホの触り過ぎだ。ゲームばっかりしてるとアホになるぞ。ゲーム脳と言ってな……」

 俺は都合よく眉唾なエセ科学を引っ張り出そうとしたがやめた。オカルトでも下の下だ。

 こういう理論自体は完全には否定できないが、基本的に持ち出し方や使い方に問題があり、議論はつまらない結果に終わる。

 プラズマの仕業とか天狗の仕業とかもそうだ。


「ミラカ、アホじゃないデス。チョー賢いデス」

「そうか」

「信じてないデスネ? 三百年間あまり外出ができなかったので、おベンキョーは得意なんデス」

「じゃあ、今度何か教えてもらおうかな。アイルランド語とかドイツ語とか。特殊相対性理論でもいいぞ」

 俺は疑いを孕んだ口調で言った。

「語学を教えるのは構いませんが、何に使うんデスカー?」

「いや、使わんけど」


「じゃあ、時間の無駄デスネ~」

 ミラカはスマホに視線を戻すと今度は仰向けに寝転がり、脚を組みながら遊び始めた。

 ゲームの楽しげなBGMが聞こえてくる。は、腹立つ。


「あ、ソウカ」

 ミラカは何かを思いついたようだ。

「なんだ?」

「ベンキョーと同じで、何年もトレーニングしたら怪力になりマスネ。老いがないので、ずっと鍛え続けることは可能かと。実際に、そういう方もいらっしゃると聞きマス。ヴァンパイアの怪力説はそこから来てるのデハ?」


「あー、なるほどな」

 そもそも、感染すると不老不死だの成長が止まるだのの話がある時点でツッコミどころ満載なのだが、疲れた体にカップ麺を平らげた俺は何も考えられなくなってきていた。

「……食ったし寝るかな」


「ウシになりマスヨ?」

 日本のことわざを引っ張り出すミラカ。

「お前もな」


「モー」

 ミラカはスマホの画面をタップするのに合わせてモーモー言い始めた。


 俺はカップ麺の容器が紙製であることを確認して、キッチンのゴミ箱のフタを開けた。

 すると、中から脂っぽい臭気が上がってきた。

「なんか、におうな……」

 ゴミ箱の中は先日買い貯めたはずのソーセージの容器が大量に捨てられている。

 全部食ったのか、分けて冷凍でもしたのか。いやでも、冷凍庫は冷食でいっぱいだったな……。


「シャイト! モー! またミスりマシタ!」

 しかし俺は、ゲームに熱中する娘に問いただすのを避け、自室のベッドへと戻った。


 それから小綺麗に整えられた布団の上にそのまま横になると、すぐに意識が無くした。



 目を醒ますと午後四時過ぎ。

 俺は大きなあくびをして起き上がる。静かだ。

 小娘はまだまだスマホの虫だろうか?

 初めて触って熱中してしまうのは仕方がないが、アレは少々行き過ぎに思う。

 しつこいようだが、今のうちに注意を……。


「俺は保護者か」

 俺は自分自身にツッコミを入れて笑った。

 アイツは他人だ。何でもかんでも制限するなんておこがましいじゃないか。

 失敗して学んでもらうのも悪くはない。

 部屋を出ると、ソファに転がってるはずのジャガイモが皮だけになっていた。


「出かけたのか。服をこんなところに脱ぎ捨てて……」

 俺はまだ温かいパジャマを畳む。

「保護者かっ」

 二度目のツッコミ。


 中途半端な睡眠のあとで何もやる気が起きず、スマホでワイドショーを見始めた。

 ワイドショーは動物の殺害の件について取り上げていた。

 マイカタ市。ここの話じゃねえか。マイカタもとうとうテレビデビューか。

 やはりというか、コメンテーターたちは動物虐待はよくないだとか、人間などにエスカレートするのではとかいうことを言っている。


「俺もこういうラクな仕事で給料を貰いたいな」

 今朝の仕事を思い出して気を重くする。

 番組はそれからもやはり定番の流れ。

 虐待行為を動画に収めてネットに公開するケースを取り上げてインターネット叩きを始めた。


「アイツ、どこに行ったんだろうな」

 俺はテレビを映すアプリを終了させると、事務所のブラインドを見た。

 あまり明るくはない。天気が悪いようだ。


「雨でも降らなきゃいいが」

 そういえばアイツは傘は持っていなかった。

 旅行カバンの中はほとんど洋服だったし。それに、よく考えれば合鍵も持たせていない。

 俺はノートパソコンを開こうとテーブルに手を伸ばすと、広告のウラに書かれたメモに気付いた。


『ヒロシ君と遊びに行ってきます。冷蔵庫にチーズタルトが残っています。食べてくださいね』

「マジで子供なのかお母ちゃんなのか、どっちだ」

 俺は腹が減っていたのでチーズタルトを取りにキッチンに向かおうと席を立った。


 すると、光と共に轟音が鳴り響いた。


「イヤな雰囲気だな。春の嵐ってやつか」

 続いてスマホが震える。ミラカからメッセージだ。


『宇宙人』

 メッセージはそれだけ。俺は首をかしげる。


『宇宙人を見つけました』

 メッセージが続く。


「宇宙人? 何の話だ? ああ、そうか……」

 川口少年からの報告を思い出す。それから、さっきのワイドショーのコメント。


「まさかアイツ……」

 胸に暗雲が立ち込める。


『宇宙人は白い車に乗って、美少女をゆっくり追いかけてる模様です』


 俺は施錠することも忘れて事務所を飛び出した。


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