事件ファイル♯02 アブダクション! 近所に現れた宇宙人!(4/6)
川口少年が去ったあと、俺たちは早速ケータイショップに出かけた。
俺が契約してミラカに持たせる。簡単なことだ。
料金のシステムについては俺が一通り説明してやったが、解約のタイミングうんぬんについてだけミラカは文句を垂れて、ショップのねーちゃんに何度も聞きなおしていた。
俺も解約周りはややこしいと思う。
ミラカはスマホをいたく気に入ったらしく、その日一日中、小さな画面と睨めっこをしていた。
俺は川口少年に了解を取ってミラカに連絡先を教え、相手をしてもらうことにした。
「編集長、ヒロシ君は塾がイヤだって言ってマス」
「俺も小学生の頃は勉強は得意じゃなかったし、嫌いだったな」
とはいえ、塾には特に行かされなかったが。
ウチはあまり裕福な家庭ではなかったし、賢い子供ではなかったが、当時の世間は今ほど塾や習い事には熱心じゃなかったからだ。
それでもクラスにひとりかふたりは、習い事が多くて放課後にいっさい遊べない子が居たものだ。
子供心に習い事漬けを可哀想に思い、みんなで彼らが楽しめないかあれこれ考えたりもした。
「習い事のない日の子優先で約束をする」なんてルールもあったものだ。
いっぽうで、ピアノの習い事は女子の間ではステータスになっているフシもあった。
学校の発表会の類では半強制的にピアノ役にさせられるもんで、それはそれでトラブルの種になったり……。
まあ、俺はどちらにも縁がなく、友達の家にゲームを持ち寄って遊んだり、急に図書館ブームが来て図書館に通いつめたり、みんなして特定の遊びを狂ったように繰り返したりしたものだ。
懐かしき平成は、遥かかなた。今はもう昔の話だ。
「ヒロシ君、早く帰りたいって」
ミラカがメッセージを読み上げる。
「帰りたいって、まだ塾なのか? アイツ、昼頃に俺たちのところに来て、塾の時間がヤバいって言ってたよな?」
「ネスギヤ市駅前の塾に行ってるらしーデス。どこデス?」
ミラカが首をかしげる。
「あー……。ネスギヤ市だと電車の乗り換えを考えると片道一時間くらいか?」
地図ではそう離れていないが、交通手段次第じゃ遠い場所になる位置だ。
今は夕方の六時。帰りの移動時間中ということか。
「電車でペッチャンコらしいデス」
「あの路線はこの時間だと土日でも混むからな。せっかくの日曜日なのに、今日日の小学生はご苦労なことだな。さすがメガネを掛けているだけのことはある」
「デスネー。賢い子供デス」
感心したように言うミラカ。俺から見たらお前も充分“賢い子供”なんだが。
ところで、ソファでごろごろしながらスマホを弄る娘を傍目に、俺は賢くない大人をやっていた。
また通販サイトで家具と睨めっこだ。たった五ケタの計算ができないのだ。
新たな出費であるスマホは必需品だ。それに安くはない。
ミラカの大して多くない所持金から料金が毎月差し引かれることを考えると、やはりベッドの件がどうしても難しくなってしまう。
なんとか金がひねり出せないか……。
俺は川口少年が取り出した福沢諭吉を思い出していた。なんて情けない大人。
「ヒロシ君、算数と英語が苦手らしいデス。塾でフクシューしてるんダッテ」
「奇遇だな。俺も算数と英語は苦手だ」
「ミラカ、どっちも得意デス」
そう言いながらミラカは、スマホに向かって何故か大きく口を開けていた。
「何やってんだ? あっ、そうか。そろそろメシの時間か。おい、それは食べられないぞ」
「食べないデス! ちょっとカメラの機能試してたんデス!」
「だったら、もうちょっとマシなもの撮れよ……。何で口の中なんか撮ってんだ」
俺はため息をついた。
割とマジでスマホをかじろうとしてるのではないかと疑った。
じつのところを言うと、問題はベッドだけではない。
ミラカの食欲もそうだし、もうひとつ。
彼女は若い女性だ。
もちろん、手を出すようなマネは絶対にしないが、彼女がずっと居るということは、俺の“プライベートタイム”が消失してしまうということだ。
サイトを巡っていてときおり表示されるスケベな広告を恨めしく思う。
そんなワケで、俺は三大欲求全てを脅かされて頭痛が痛い状態になっていた。
「うーん、ザンネン。ヒロシ君はあんまりヴァンパイアには興味無いみたいデスネー。宇宙人とかネッシーが好きらしいデス」
ミラカが俺にスマホを向ける。撮影音。
「おい、俺は宇宙人でもネッシーでもないぞ。っていうか、お前もしかして、カワグチ君にその牙の写真送ったのか?」
「ソーデス。お友達になったんだし、自分のことは教えておいた方がいいですカラ」
「教えたって、どの位まで?」
「不老不死でホンモノのヴァンパイアということデスケド?」
ミラカが首をかしげる。
俺は頭の頭痛が痛くなった。
その後、夕食や食料の備蓄のために、近所の輸入品店を扱う店へと足を運んだ。
冷凍品やパスタなどの保存が効いてコスパに優れる食品を買い込む。
輸入品店ということで、ミラカは自国でも馴染みのある商品をいくつか見つけられて大変満足そうだったが、値の張るソーセージのたぐいをバカみたいにカゴに入れたために、俺は彼女を叱りつけねばならなかった。
ソーセージ娘はどうしても譲れないものがいくつかあるらしく、店内で割と本格的な言い争いになってしまった。
「ブラックプディングは外せません!」
何やら赤黒いソーセージを大量に抱え込むミラカ。
「こっちのお徳用の普通のにしろ。どう違うんだ」
「それは、祖国の朝食には欠かせないものデ……」
「ここは日本だぞ。そっちではポピュラーでも、こっちでは高くつく」
「お金は自分で出しマス!」
「お前、スマホの料金を見てから泣きついても知らないからな。なんか早速ソシャゲを始めてたみたいだが……」
コイツは出かける前に「ウルトラスーパーレアがでた!」とかなんとか騒いでいた。
「それは初回だから固定で当たるんだ」と説明しても、「ミラカがラッキーだからデス」なんて言って聞かなかった。
こいつはゲームの課金やギャンブルをさせたらよろしくないタイプだ。
「ウー……」
唸りながら抱えていた赤黒いソーセージをカゴに放り込むミラカ。
「話聞いてなかったのか? 無い袖は振れないぞ。俺は家賃も怪しい生活をしてるんだからな」
俺は胸を張る。
「威張ることじゃないデス。いいデス。そのうちにミラカが大活躍して、編集長を“左団扇”にしてあげますカラ!」
ミラカも胸を張る。
「生意気にも素敵な日本語を知ってるじゃないか。だが、それとこれとは別だ。大体、いっぺんにこんなに買い置かなくても、また来ればいいだろ」
「要るから買うんデス!」
「こんなに食べるなら、やっぱりこっちのお徳用にしとけって」
「いいの!」
俺がカゴに手を伸ばすと、ソーセージ娘はカートを引いて逃げてしまった。
「ソーセージ屋でも開く気か!」
「イージトゥ! オカルトソーセージ探偵事務所!!」
ミラカは訳の分からん捨て台詞と共に店の奥へ消えていった。
俺は手にしたお徳用ソーセージのパックを棚に戻してため息をつく。
ソーセージが好きなのは分かったが、モノには限度があるだろうに。
「次は胃の胃痛が痛くなりそうだ」
じつのところを言うと、いくら彼女が大食らいで俺が貧乏だとはいえ、食費くらいは折半にしたいと考えていた。
保護欲か何かだろうか。
並行世界のひとつに、俺に小学生くらいの娘がいる世界線もあるかもしれない。
「自分の分は自分で買いマス!」
しかし、こっちの娘は俺が近づくとやっぱり逃げてしまう。
……初見のときの押しの強さもそうだったが、コイツにはどうも強情なところがある。
「大人しくしてれば、見てくれは良いのになあ」
俺は先が思いやられそうだと、本日何度目か分からないため息をついた。
結局、ミラカがレジの前で茶封筒と睨めっこしている隙にカートを奪い、俺の持っていたカゴも乗せ、半ば強引に会計を済ませた。
カードの引き落とし日まではまだ間がある。明日には明日の風が吹く……。
「どうして、お金払ったデスカ」
帰り道、袋を抱え込む俺の後方から不満気な声。
「お前は収入がないからな。しばらくは出してやるが、食費はそのうち折半だぞ」
「……アリガトデス」
小走りに掛ける音。お礼は横から聞こえた。
「それから、光熱費や水道代もそのうちに折半だ。お前は、風呂が長い。アイルランドではあんまり風呂に入らないんじゃなかったのか?」
「ウー……。ニッポンがジメジメしすぎてるせいデス」
「そのうちに、家賃も折半だな。部屋ひとつ貸してやってるし」
「エー。それはタダでいいって最初に言ったじゃないデスカー!」
「そんな事言ったっけな? じゃあ、その代わり、お前がカゴに入れたあのバカでかいチーズタルトを半分貰う」
「エー!」
ひときわ大きな声をあげるミラカ。
「まさか、アレをひとりで食うつもりだったのか。一二〇〇グラムって書いてあったぞ。“はんぶんこ”にしようぜ」
「“はんぶんこ”。……ラブリー。はんぶんこ、はんぶんこ……」
呪文のように“はんぶんこ”を繰り返すミラカ。
「分かりマシタ。“はんぶんこ”でオッケーデス」
「冗談だよ。半分も要らん。一切れだけくれ」
「ダメです“はんぶんこ”デス」
そういうとミラカは俺の持っている買い物袋の片方を引っ張った。俺は黙って彼女に買い物袋を渡した。
どうやら彼女は“はんぶんこ”がお気に召したようで、俺は帰ってからも何かにつけて“はんぶんこ”攻撃を受けた。
「編集長、はんぶんこデス」
渡されるお菓子。
「あのな。今からメシ作るんだぞ」
「編集長、はんぶんこデス」
夕食はパスタだ。
大袋を開けて半分により分けるミラカ。
「まて、そんなに食えない」
「編集長、はんぶんこデス。ご飯作ったのは編集長ナノデ、お片付けはミラカがシマス」
「おう」
「編集長、はんぶんこデス」
くだんのチーズタルト。
「いや、それはひと切れでいい。ミラカが食べな」
「ミラカもこんな甘ったるいのはムリ……」
「じゃあ何で買ったんだ」
「でっかかったので、ツイ……」
気持ちは分かる。俺も初めて見かけたときにやらかした。
それから寝る時分。
「おい、そろそろ寝るから、そこを空けてくれ。明日は生活費を稼ぐ予定があるんだ」
「オウ、お仕事ですか?」
「副業の方だけどな。半日拘束の日給一万だ。交通費支給」
スマホに派遣バイトの情報が入っていた。
金は積極的に手に入れていかねば。
「ミラカにもはんぶんこ」
スマホを見ながら手だけ差し出すミラカ。
「働いてから言え」
俺は小娘の手をはたいた。
「なんのお仕事デス?」
「イベント会場の片づけだな。力仕事だ。よって、もう寝るのでそこを空けてくれ」
俺の要請を無視してジャガイモパジャマはスマホを弄り続ける。
「背中が痛くなったデス」
「ソファは寝るものじゃないからな。座るものだ」
「ここで寝て疲れが取れマスカ?」
「……まあ、取れないな」
「ちゃんとベッドで寝たほうがいいデス」
「本当は買おうと思ったんだがな、金が無くて」
「編集長は自分のベッドがあるじゃないデスカ」
「なんだ、ベッドも“はんぶんこ”か?」
俺はニヤついた。ジャガイモの足が飛んでくる。
「デハ、“かわりばんこ”にシマショー」
「……おう。じゃあ、寝る。ソファで寝るときは、そこにあるブランケットを使え。この部屋は少し冷えるからな。それと、交通費をケチるために朝早く出るから、お前が起きたら俺はもう居ないと思う」
「……ハイ」
終始スマホの画面から目を離さなかったミラカを置いて、数日ぶりに自室のベッドに向かう。
なんだかんだ、酔いつぶれたり、ミラカが来たりしていて、久しぶりのマイベッドだと気づく。
「ヘンシューチョー」
「なんだ?」
「オヤスミナサイ」
「ああ、おやすみ」
俺のベッドとまくらは、いつもと違う匂いがした。
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