事件ファイル♯01 オカルト! 美少女吸血鬼は実在した!(1/6)
わが城の中でホコリを立てている小娘がひとり。
きらきらで流れるような金髪に、翡翠の瞳。それからモノトーンカラーのお人形さんみたいな洋服。
自分で言うのもなんだが、薄汚い事務所には不釣り合いな物体だ。
どこから持ち出してきたのか、レトロなはたきを使って、目いっぱい背伸びして棚の上を掃除して、自分で落としたホコリでくしゃみなんてしてやがる。
「うぇー! この部屋、汚すぎマス!」
片言の似非外人のような、舌ったらずのガキのような発音。
っていうか、どう見ても小中学生だ。
こんな奴と同居だなんて、いったい、どうしてこうなってしまったのやら……。
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今をさかのぼること、半日と少し前。昨日の夜のことだ。
俺は己の人生に対してニヒルな感傷に浸りながら繁華街をぶらついていた。
若者の多い繁華街。どいつもこいつも楽しそう。
季節は春。ここを歩く連中の頭も年中春。いっぽう俺はハートもサイフも冬だ。
俺の名前は梅寺アシオ。
しがないフリー……フリーライター……いや、こんなところで見栄を張っても仕方がない。ただのフリーターだ。
今年で三十二歳。嫁ナシ。恋人ナシ。ひと付き合いもほぼナシ。
そして、フリーターといってもどこかのバイトリーダー的なヌシだったり、掛け持ちして労働を詰め込んでいるワケでもない。
その日のメシ代を稼ぐために転々と、テキトーにやっている。
意識の高い学生やバイトリーダー様にお説教を受けることもたびたびだ。
だが、そっちの仕事はあくまで補助的なものだ。俺には本業がある。いや、あった。
税の申告で職業を名乗れないほどのケチくさい収入だが、俺は物書きだ。
小説家ではない。ライターだ。ネットと紙媒体両方でやっている。
それから、個人でインターネットのオカルトサイト『オカルト寺子屋』を運営している。それの広告収入が雀の涙ほど。
オカルト、つまりはUFOとかUMAとか陰謀とか幽霊とか。俺は「そういうの」が好きだ。
もちろん、どこぞの大手のように綿密な検証をしてるとか、ユニークな人物像を持っているとかそういうことはない。
没個性。誰かがやったネタ。好きなことだから真面目にはやっている。
それでも、金の発生するレベルでは弱小という現実。
だが、サイトを見てくれたヤツから、たまに仕事が舞い込むこともある。
仕事と言ってもカスみたいなものだ。
ゴシップ雑誌やマイナー雑誌が投げるような「無責任で荒唐無稽な記事を書いてくれ」ってモンだ。
心霊スポットで起きた若者のケンカの末の殺人事件だとか、どこぞの“なんたら教”の教祖様を褒め称える記事だとか、不幸が続く芸能人を苗字から祖先を辿って戦国時代の呪いが原因だとかなんとか……。
俺の考えるオカルトの「オ」の字くらいにしか掛からないものだが、その場に相応しい、求められるものを書いた。
そういうトコロから、自分の求めるものに繋がるかもしれないと思っていたから。
俺は大学を出てしばらくブラブラしてから、コネクションも無しにスタートをしたフリーランスだ。
記事や名前を見てもらわなきゃお話にならない。
汚い仕事でもなんでもやってやる。
そのうちに立派なオカルト研究本のひとつでも出版して、その道だけで食っていくんだって。
そう思ってたのに。
「何が、飛ばしのクソライターだよ」
誰もあんな雑誌の記事を本気にして読んではいないと考えていた。
まして、俺の運営しているサイトと、記事を結び付けて考えているヤツなんてゼロだって。
それは、書き手の界隈だけのことで、読み手には関係無いことだと考えていた。
実際はそうじゃなかった。
大手ネット掲示板のオカルト板で俺の誹謗中傷が行われた。きっかけはクソ記事のひとつ。
どこぞの俳優の離婚理由は女優の妻が宗教にハマったからだって内容だ。
その時に記事の賑やかし用に、他のアイドルや芸人の名前もいくつか挙げた。
これはでたらめではなく、仕事先に売られていた名簿由来のモノだ。
どうやら読者に熱心なアイドルのファンがいたらしく、俺はそのたった数文字のために掲示板にその数千倍の罵詈雑言を書かれるハメになったのだ。
そいつに腹を立てているわけじゃない。自分でやったことだ。記事自体にもウソはない。
俺は自分のやっていることが分からなくなったのだ。
本当はオカルトってのは、ひとびとに夢や希望を与えるもんだって思っていた。
小学生のころにノストラダムスの大予言で世間様は大混乱したものだが、それでもガキの自分としては、ビクビクよりもワクワクが勝っていた。
ガキの俺はオカルトに惚れていた。
だが、俺が成長するにつれてオカルトの世界はつまらなくなっていった。科学と現実の侵食だ。
地球外生命体だとか、ワープ航法だとか、それどころか火星到達すらアヤしくなってしまったし、デジタルは幽霊を駆逐しちまった。
新生物発見も実に地味なものが多い。せいぜい残っているのは深海の領域くらいだろうか。
だからこそ、自分の書くものでオカルトをもう一度盛り上げてやろうって夢を持ったんだ。
それがなんだ? アイドルオタクの夢をぶち壊すなんて真逆のことをしてしまった。
初心を思い出せたのは幸いだったのかもしれない。
すっかり忘れていたから。
単に自分への中傷に対して腹を立てていたら、酔った勢いで捕まるようなことをしでかしたかもしれない。
そんな勇気があったかどうかはともかく、俺はこの虚無感に対して何か一矢報いたくて、とにかくストロングなチューハイ片手に繁華街をぶらぶらしていた。
おーい、ガキのころの俺、聞いてるか?
俺たちの平成が終わっちまった。けど、俺はいまだに何者にもなれていないぞ。
とかなんとかやっていると、俺は路地裏で珍しいものを見つけた。
何の変哲もない、黒板式の街の掲示板だ。
実は珍しくもないかもしれない。たんに誰も使ってなくて、目に留めてもいないだけで。
誰も使ってない上に、こんな目立たない場所に、いったい誰が立てたのだろうか?
闇の組織が秘密の連絡に使ってるとか……。はは。
まあ、掲示板は連絡者と内容が書けるように白線も引かれて、ご丁寧にチョークと小さな黒板消しまでがセットされていた。
誰の手垢もついていない、まっさらなダークグリーン。
「XYZ……とでも書くかね」
ひとりでつまらないことを言って笑う。
それから俺は少し考えて、今日までのことへの決別のつもりでひとつの冗談を書いた。
『オカルト調査事務所。助手募集中! 住所××〇〇……梅寺アシオ』
もちろんウソっぱちだ。冗談。夢の話。本物は住所と名前だけ。
といっても、俺の住まいの見てくれは事務所然としているかもしれない。
学生時代からの腐れ縁が不動産をやっていて、借り手の無い雑居ビルの二階を安い値段で貸してもらっている。
白状すると、未来の雑誌編集事務所のつもりで借りたんだ。今やただのゴミ溜めだが。
恥を晒したついでに言うが、ここだけの話、今月分の家賃も滞納している。
俺はしょうもない落書きを仕上げたら何かを成し遂げたような気分になって、事務所に帰って眠りについた。
そして翌日、その事務所のインターホンが鳴らされた。
「はい、どちらさんですか?」
叩き起こされた俺は、ぶっきらぼうに応答した。
訪ねてくるヤツなんて知れている。わが親愛なる取り立て屋か、最近は減ったが前の借り主の関係者だ。
前の借り主は少々後ろ暗いことをしていたらしく、胡散くさいチンピラの怒鳴り声で起こされることもあったし、借りた時点ではドアも凹んでた。
家賃は安いが高くついた。だから、多少の延滞くらい許して欲しい。
「あのー、ここで助手を募集してるって聞いたんですケド!」
元気ハツラツ。二日酔いの頭への一撃。声質からして若い女……子供?
「助手? 何を言ってるんですか。住所間違ってますよ」
「間違ってマセン! 表札に梅寺事務所ってちゃんと書いてマス! 掲示板見て来たんデス!」
掲示板。俺はようやく昨日の行動を思い出した。
「あー……今、開けます」
しぶしぶと扉を開けると壁。
「なんだ、誰も居ないじゃないか」
「ちゃんと居マス! 下を見てクダサイ!」
俺の顎のあたりで、小麦色の物体がゆらゆらしている。季節外れの麦わら帽子だ。
「……なんだ。ちびっこか」
「ちびっこじゃアリマセン! 私、ミラカ・レ・ファニュって名前デス! ここで働かせてクダサイ!」
麦わら帽子が跳ねる。胡散くさい外国人のような発音だ。
「ごっこ遊びはヨソでやってな、お嬢ちゃん。ほら、お兄さんは忙しいんだ、帰った帰った」
俺は麦わら帽子にそう言うと、扉を閉めようとした。
……が、小娘は足を差し入れてそれを妨害してきた。
「ストーップ! ノー! 最近は求人募集の虚偽記載が問題になっているの知らないのデスカ!? ツーホーしますよ!」
「ツーホーって。あんな掲示板に書いてあること……それに大体、キミは子供だろ」
「子供じゃアリマセン! 三百十六歳デス!」
「どこぞの閣下じゃないんだから」
「そんな相撲好きのロックンロールといっしょにしないでクダサイ!」
麦わら帽子は無理やり俺の家へと侵入しようとしてくる気だ。
足だけでなくぐいぐいボディもねじ込んできやがる。
触ったらマズい気もするし、あまり強く押し返せない。
「おいおい! 知らない子供をウチにあげたら本当に通報されちまうよ!」
「子供じゃないって言ってるデショー!」
「親のところに帰れって!」
「親は遠くの国に居るんデス! ここで雇ってもらえないと、ホームレスになっちゃうんデス!」
年齢だけでなく、そんな設定まで付いているのか。
しかもよく見ると、旅行カバンらしきものまで持ってきていやがる。なんて面倒なガキだ。
「ぐぬぬ……」
小娘は押し合いでは勝てないと悟り、一歩下がると顔をあげて俺を睨んだ。
いやに白い肌。それに珍しいエメラルドグリーンの大きな瞳。
はっきりした鼻筋に、帽子から覗く、切りそろえられた前髪は綺麗なブロンドだ。
加えて、ティーン女子向けの雑誌か、秋葉原で遭遇しそうな白黒のツーピースを身にまとっている。
ゴスロリ? っていうのを少し落ち着かせたような衣装だ。
「え、外人? マジで?」
「ソーです! ニッポン人のオニイサン! 両親は祖国に居マス! ミラカ、子供じゃないデス!」
そういって彼女は手帳を突き出した。臙脂色のカバーに、金色で竪琴の刻印。
「へえ、パスポートか。よく出来てるな」
俺はそれを受け取ると中を確認した。あいにく俺はこれまで海外旅行には縁がなかったために、パスポートは持っていない。
しかし……。
「通報されるのはキミの方じゃないかなあ」
彼女の顔写真と共に記載された生年月日は、一七〇三年ニ月八日。
「ノー! どうしてデスカ! ツーホーは勘弁してクダサイ!」
「パスポートの偽造って重罪だぞ」
「偽造じゃないデス!」
「あーもー、分かったから。警察には黙っておいてやるよ。その代わり助手の件もナシだ。アレはちょっとした冗談だったんだよ」
「ガッデム! ミラカ、ニッポンに住むところないデス! 仕事もないデス! オニイサン、この哀れな子羊にお慈悲を!」
ミラカと名乗る娘は俺にしがみ付くと、瞳を潤ませて懇願してきた。
「おいおい! こんなところ見られたら、本当に逮捕されるって……」
「うえーん!」
泣きだしやがった!
「あああ……。大きな声を出すなって。泣くなって……」
俺は腹に娘をくっつけたまま、ビルの階段の方を見やった。
「……ウメデラ君。とうとうやってしまったんだね?」
温厚そうなヒゲ面に丸メガネ。エプロン姿の男が覗いている。
彼はナカムラさん。わが城のご近所さんだ。
この雑居ビル『エステート・ディー』の一階に入っている喫茶店『ロンリー』のマスターだ。
彼の淹れるコーヒーは美味しい。
俺はよく一階の喫茶店にノートパソコンを持ち込んで仕事をしている。
「胡散くさい仕事をしてるなあとは思っていたけど、人柄だけは信じてたのに……」
ナカムラさんの眼鏡の奥は、未だかつて見たことがないほど冷たい。
「違いますって! 助けてくださいよ。子供がふざけて……」
「だーかーらー! 子供じゃアリマセーン!」
地団太を踏むミラカ。
「まあまあ、ふたりとも下においでよ。コーヒー淹れてあげるから」
ナカムラさんはくるりと表情を変えて笑うと、俺たちに向かって手招きをした。
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