イベントで出会った同級生との関係
「ただいまより、コミックみーと・春、を開催いたします!」
遠くから聞こえたアナウンスに拍手が響き、長い列がじわじわと進み始めた。
大型連休を目前に控えたこの時期に、私が居るのは自宅から電車で数駅の場所だ。
駅から少し歩いた場所にある古ぼけたビルの周りは、たくさんの人が列をなしていた。
なんでこんな場所に居るのかっていうと……同人誌を買いに来たからだ。
はっきり言おう。私、玄瀬朋乃はオタクである。それもぼっちだ。
中学生のころはイラストに手を出していたけど、身の程を思い知ってからは描いていない。
そして高校の同級生は悲しいことに二次元への興味がなく、引きずり込む気もなかったから仲間は出来なかった。
おかげでスタンダードな女子高生の皮を被るのは上達している。
別に、みんなでわいわいするだけが楽しみ方じゃない。
一人でしっぽり楽しむのも悪くないし、スマホを持てば仲間は溢れかえるほどに存在するんだから。
そしてこんな場所に居る理由はというと、それもスマホの仲間からもたらされた情報が理由だった。
『シロクロの好きなサークルさん、イベントで突発本出すらしいよ。委託も通販もしないんだって』
そんなメッセージを見れば検索をかけざるを得ない。
ちなみにシロクロというのは私のネット上での名前だ。
本名を元に作った安易なものだけど、結構気に入っている。
サークルさんのSNSの呟きを辿ると確かにそんな発言があり、そのイベントはまさかまさかの近所で開催されるものだった。
いつもなら委託販売のアニメショップでゲットするから、イベントに行ったことはなかった。
けど、今回はいくつもの偶然が重なって起こった奇跡なんだから。
早めに情報が分かり、イベント会場は近所で、かつ自分の力で手に入れることしかできない。
そうとなったら欲しくなるのがオタクの性。
ひたすらイベント参加のマナーを調べ、ドッキドキに緊張して参加を決めた。
このコミックみーと、略してコミっとは、地域密着型の同人誌即売会として年に三回開催されているらしい。
入場券代わりのカタログは駅前のアニメショップで事前に購入しておいた。
当日販売よりちょっとだけ安くなるからだ。高校生オタクにとって削れる出費はわずかでも削りたい。
昨日の夜に入念に熟読してサークルさんの場所をマーカーで引き、準備は万全……のはず。
服装だって、長袖Tシャツとぴったりした踝丈のズボンに履きなれたスニーカーだ。
慣れないうちはお洒落より安全、イベントをなめてかかっちゃいけないって読んだから。
相変わらずじわりじわりと進む列に従い、隙間を開けないように前へと進む。
今は春だから過ごしやすいけど、これが真夏や真冬だと地獄に変わるらしい。
初参加で地獄を味わわずに済んだのはよかったのかもしれない。
並び始めて三十分くらいたったころ。
階段にへばりつくように並んで上り、ようやくイベント会場になっている階のホールにたどり着くことができた。
入り口には当日用のカタログ購入列と入場列。私はもちろん準備万端だからと入場列に並ぶ。
それにしても、入り口の外なのにすでに中の熱気が伝わってくる。
まだ春だよね? 暖房ついてないよね? なのに汗ばむくらい暑いってどういうこと?
下ろしておいた髪を手早く一つに結んでおくことにした。
はやる気持ちを抑えて進み続け、長机で作られた受付を過ぎたらそこには……
「う、うわぁ……」
えげつない長さの列ができていた。
ネットの口コミによれば、このイベントは初心者でも無理なく参加できるって書いてあったのに……。
思わず立ち止まって驚いていると、首からカードを下げたスタッフらしき人たちが何人も声を上げていた。
「こちらは最後尾ではありませーん!」
「一歩前へ! 隙間開けないでくださーい!」
「列整理足りないよ! 誰か連れてきて!」
明らかにイレギュラーな事態だって分かるくらい混乱を極めていた。
アレに巻き込まれたらきっと危ない。そう本能で悟った私はそそくさと離れていく。
えっと、私が行くサークルさんの場所は……あぁ、よかった。アレとは反対方向だ。
ほっとしてカタログのサークル配置図を見ながら進み、遥か遠くから目的のサークルさんの場所を確認する。
机に並ぶ本はSNSに載っていたお品書きと一緒で、場所は間違えていないようだ。
正面に座っている人があの……憧れの……あ、まずい。緊張で吐きそう。
だけどぐずぐずしてたら売り切れちゃうかもしれないし……。
せっかく来たのにそんなの絶対嫌だから、勇気を振り絞って声をかけることにした。
「はぁー……買えたぁぁ……」
無事に手に入れた本を胸に、ひとまず人の少ない場所に避難する。
もう、本当に緊張した!!
声はひっくり返るわお金を渡す指は震えるわ何喋ったか覚えてないわでもう大混乱!
だけど本はしっかり私の手の中にあるんだから、ちゃんと買えたってことだ。
クリアケースに入れてから大事に大事に鞄へとしまい込む。
あぁ、ほんと来てよかった……!
ほとんど並ぶことなく買えたから時間は余裕で余っている。
参加してるサークルさんの中に、お店で見かけたら買うようにしているところもあるんだけどどうしようかな……。
カタログを確認すると、今も衰えを知らない大行列の最中にあるらしい。
うーん……あれに挑む勇気は出ない。
「頼むっ! 頼むよぉっ!!」
遠くから群衆を眺めていると、ふいに近くから大きな声が響いてきた。
声にひかれてそっちを向くと、一人のスタッフさんが長机の中に居る人に手を合わせているところだった。
長机の中の人はびっくりするほど目立つ、真っ赤なカーディガンを羽織っている。
「今日手が足りねーのっ! 一大事なのっ! ヘルプっ!!」
「嫌だと言っているだろうっ! 今日の俺は初のサークル参加者だ! スタッフ参加じゃあない!」
「そこをどーにかっ! 頼むよ一ノ宮ぁっ!」
言い合う男子たちは多分、私と同い年くらい……って、あれ? 今の名前って……。
元から人の少ない場所だったから二人の顔がよく見えて、長机の中に居る人は……私の知っている顔だった。
「ここでその名を呼ぶな! 今の俺はみや★みやだ! 間の星を忘れるなっ!」
「分かってる! お前のリスペクトの証ってのはよーく分かってるから! 助けてくれよみやぼしみやぁぁぁ!!」
拝み倒すスタッフさんは長机の中の人と大行列とを見比べすごく焦っているみたいだ。
長机の中の人はその様子に深いため息をつき、少し長い黒髪をがしがしとかき混ぜる。
「ああもううるさいっ! どうして島中であんな列ができるんだ。どこのサークルだ?」
「中堅サークルの鳥籠日和さんーっ! いつも通りの配置なんだよぉぉぉ!!」
「何日か前にバズったサークルさんか……確かにそれじゃ対応できんな」
「じゃあ……!?」
「せめて留守番手配しろ。開始三十分で不在は転売厨扱いされかねん」
「そもそも手が足りないから無理だぁぁぁ!!」
「ふざけるなぁっ!!」
ヒートアップした二人に周りの人もどうしたのかって気にし始めてる。
ようやくそのことに気付いたのか、長机の中の人がちらりと周りに視線を回した。
「……あ!」
「え……?」
その視線はばっちり私に向かい……長机の中の人改め一ノ宮君が机の下から這い出してきた。
一ノ宮君はずんずんとこっちに歩いてきて、がっしりと私の肩を掴んだ。
「玄瀬だな? 玄瀬だよな! ちょっと留守番しててくれ!」
「えええ!?」
「頼む! 二十分……いや、十五分で片付ける!」
「ちょっと待ってなにそれなんなの!?」
「礼はする! 欲しい本も責任をもって手に入れる! 頼む!」
って、そんなことを言いながらも思いっきり私を引きずってるし!
一ノ宮君がいた場所に押し込まれたと思ったら、少しの間も開けずにマシンガントークが始まった。
「値札は置いてあるが価格表をまとめてある種類はないから大丈夫だろう名刺はセルフで持って行ってもらって構わない。
つり銭はこの中だ余裕をもって準備してあるからなくなることはない。
おそらくこの時間に知り合いは来ないが誰かに本人かと聞かれたら留守番だと答えてくれ。いいか? 頼むぞ!」
「ちょっ? はやっ!」
「おい吾妻、スタッフ証よこせ。どうせ作ってあるんだろ?」
「お前が来ないなんて思ってなかったから作ってあるぞ!」
「い、一ノ宮君っ!?」
いいと答えていないのに一ノ宮君はその場を離れようとする。
待って! 留守番ってどうするの!? 私イベント初参加なのに!
「ああそうだ! 欲しい本はどこだ? どこでも言ってくれ絶対に手に入れる」
「え、あの……トゥインクルスターさんの新刊っ!」
「任せろ!」
思わず答えてしまうと、一ノ宮君とスタッフさんは足早に大行列のほうへ行ってしまった。
えーっと……どうしよう? とりあえず一応、座ろうか。
パイプ椅子に腰かけて混乱極まりない状況を整理する。
さっきのは高校の同級生の一ノ宮君。思いっきり私の名前を言っていたからこれは確定。
そして今私が座っているのは、サークル参加の人が居る場所。
思いっきり向けられていた周囲の視線は二人が居なくなったおかげで散ってくれた。
それで……目の前にあるのは、同人誌だ。
お品書きを見ると、今流行の少年漫画とスマホゲームのイラスト集らしい。
印刷所で作られたらしい立派な装丁で、かなり言いづらいけど……本とイラストのクオリティがちょっとずれてる。
いや、うん、そんなこと思っちゃいけない! きっとこれは一ノ宮君が頑張って作った本なんだから!
でもなんだか、昔の自分を思い出すなぁ……。そうそう、下書きが一番出来がいいって多いよね。
なんて思ったけど勝手に中身を見るのも悪いし、ちょっと振り返って二人が向かった大行列を眺めてみる。
無秩序に蠢いていた群衆はだんだんと形を持ち、規則正しい動きを始める。
時たま響く声はスタッフさんなのかもしれない。
動いて止まって手を挙げて……え、手を挙げる?
そんなよく分からない動きを繰り返していると、通路すらふさいでいた大行列はいつの間にかきちんと整列していた。
約束の十五分まではまだあり、一応顔を通路に向けてから考えることにした。
一ノ宮京伍。
今年から同じクラスになった男子生徒だ。
頭脳明晰、容姿端麗、スポーツ万能。
女子の理想を固めて出来たかのような男子なんだけど……残念なことに結構な変わり者だ。
学年の男子を巻き込んで放課後にいきなり鬼ごっこを始めたり、頭がいいせいか思いもよらぬいたずらをして先生に怒られたり。
そして男子とばかり話して女子とはほとんど話さない。
あまりにも女子に絡まないから男子が好きなんじゃないかなんていう噂が流れたけど、さすがにそれは否定された。
私はこっそり愉快な妄想をさせていただいた。薔薇もいける口なんです。
そんな不思議な万能男子、一ノ宮君とまさかこんな場所で会うなんて……。
「待たせたな」
かかった声に意識を戻すと、正面には真っ赤なカーディガンが見えた。
白いTシャツに黒いパンツ、足にはきれいなスニーカー。そして首にはスタッフさんと同じカードが下がっている。
「おかえり?」
とりあえず言ってみると、一ノ宮君はカードを外して長机の下をくぐってきた。
そしてそのまま畳んであったパイプ椅子を広げて座ったと思ったら、すぐにスマホを取り出す。
「ただいま。トゥインクルスターの新刊はゲットした。他に欲しい本はあるか?」
「え? いや、大丈夫だけど……」
「じゃあちょっとだけ時間をくれ」
そういうと、両手でスマホを握ってものすごい速さで文字を入力しはじめた。
うわ……親指の動きがおかしい。
あっという間に用事がすんだのか、スマホをポケットにしまい込むと身体ごと私に向く。
「助かった。ありがとう」
「いや、結局何もしてないんだけど?」
「留守番は留守番だ。事情もなしにいない場合、最悪販売停止処分にされたりするからな」
販売停止って……せっかく参加しているのにそんなことになるのは悲しい。
だからあんなに離れたがらなかったのかな。
「あのさ、一ノ宮君……」
「待った。ここでその名前は呼ぶな」
私の言葉を遮って言ったのは、さっきスタッフさんにも言っていた言葉だ。
とは言われたものの、だったらどうしろっていうんだ。
「俺は今、みや★みやとしてサークル参加をしている。
こういった場でリアルネームを呼ぶのは理念に反する。同級生の俺とは区別してくれ」
「はぁ……じゃあ、みやみや?」
「間の星を忘れるなよ」
「口に出したら分からなくない?」
「そこはニュアンスだ」
一ノ宮君なりの強いこだわりなんだろう。人のこだわりを否定するのはきっとよくない。
「それで、俺はなんと呼べばいい? ネット上の名前くらいあるだろう?」
ネット上の名前か……。同級生に知られるのは恥ずかしいけど、イベント初心者の私の知識よりサークル参加までしている一ノ宮君の知識のほうが確実だろう。
そんな一ノ宮君が言うんだから従ったほうがいいに違いない。
「シロクロって、言うんだけど」
「シロクロ……アナグラムか。いい名前だな」
リアルの知り合いにハンドルネームで呼ばれるのは変な気がするけど、先に教えてもらっていたしいいか。
その上、名前の由来まであっさり分かってるし。
「いち……みやみやは私の名前、覚えてたの?」
「同じクラスの女子の名前くらい覚えている」
くろせともの。頭とお尻を二文字ずつ拾って入れ替えてモノクロ。そのままじゃあれだからシロクロ。
女子とほとんど交流がないくせに、フルネームを覚えているとは思わないだろう。
私が一ノ宮君のフルネームを知っていたのは、彼が有名人だからだ。
「もしかして、いち……みやみやもそんな感じで作ったの?」
「まぁ、そうだな」
一ノ宮京伍……宮と京でみやみや、かな。そう考えるとどちらも同じ決め方だ。
そんな話をしているうちに周囲は落ち着きを取り戻し、ゆったりと見て回る人の姿も増えてきたようだ。
「やぁ、みやみや。サークルデビューおめでとう!」
親し気に話しかけてきたのは、私たちより断然年上に見える男の人だった。
私は突然のことに固まってしまったけど、みやみやはすぐに腰を上げる。
「霧島さん! 来てくれたんですか」
「今回オレは申し込んでなかったからな。調子は?」
「初参加ですし、記念参加みたいなもんですからね」
みやみやは長机を挟んでその人と話を続けているから、私は空気となるべく気配を消す。
知らない人、怖い。コミュ障、辛い。
だけど真横に座っている私に気付かないわけもなく……。
「ども、みやみやと共同参加?」
「え? いえ、その……」
「諸事情により急遽ヘルプに入ってもらったんですよ」
「あー、やっぱ列整理してたよな。相変わらず華麗な手さばき、御見それしたよ。お疲れ」
親し気に会話を続ける二人のことを、笑顔を張り付けながら見守るとしよう。
その人は最後に、長机に並んだ同人誌を購入して去っていった。
「悪いな、話し込んで」
「ううん。いち……みやみやの知り合い? ずいぶん仲良さそうだったけど」
「スタッフ仲間だ。向こうは引退してるけどな」
「ふーん……?」
スタッフっていうのはイベントのスタッフさんのことでいいのかな。
引退制度があるのかなんて知らないけど、みやみやがそう言うならそうなんだろう。
「もしかして、シロクロはイベント初めてか?」
「恥ずかしながら……今日がデビューです」
「俺もサークル参加は初なんだ。一緒だな」
そういうと、みやみやは私のほうを向いてニッと笑った。
高校では男子にしか向けていない視線が私に向けられていると思うと、なんだかレアな経験をした気分だ。
それからまた何人かがみやみやに会いに来て、その他にも普通のお客さんが本を買っていった。
私はというと席を離れるタイミングを掴めずに隣に座っているままだ。
いやだって、長机の下をくぐるタイミングってなかなか掴めないし!
ようやく落ち着いたっぽい空気になり、本の在庫を数えているみやみやに声をかけた。
「いち……みやみや、私そろそろ行くね。お邪魔しました」
そそくさと外に出てみると、みやみやは首をかしげて私を見上げていた。
え……なに?
本をそろえて並べ直し、小銭の入ったケースを鞄にしまってから再び顔を上げる。
「急ぎか? そろそろ本の受け渡しに行くから、お前の分も渡そうと思ったんだが」
「あ……そっか」
そういえば、手に入れてくれるって言ってたっけ……。
高校ではオタクを隠しているから学校で渡してね、とは言えない。
みやみやは手早く長机の上を片付け、大きな布と貼り紙を置いてから私と同じように出てきた。
貼り紙には何時まで席を外すって内容が書かれている。
なるほど、じゃないともう帰っちゃったのかと思われちゃうかもしれない。
すいすい進むみやみやの背中を追っていると、すれ違うスタッフさんに何度も声をかけられていた。
どうやら顔が広いらしい。そして脚も速いらしい。人混みの中どうしてあんなに早く歩けるんだろう?
「いち……みやみや、ちょっと待って……!」
「うん? あぁ、すまん」
はぐれてしまう前に声をかけると、みやみやはしまったって感じの表情で立ち止まってくれた。
さすがに列が蔓延る地域ではぐれたら再会できないだろう。気付いてくれてよかった……。
どうにか追いついて横に並ぶと、今度はゆっくり歩いてくれる。
「ごめん、ついていけなくて」
「いや、そうだったな……初めてのころは俺もなかなかうまく進めなかった」
「いち……みやみやは、イベント参加して長いの?」
しみじみ呟く様子に歴史を感じ、思い切って聞いてみた。
高校で見るみやみやにオタクの気配は感じられなかったんだけど、私と同じように隠していたのかな。
「イベント自体は高校に入ってから参加し始めた。スタッフとしてはそのすぐ後だな」
「ずいぶん早いんだね?」
「もっと前から行きたかったが義務教育を終えるまでは我慢した」
「真面目だね」
私も中学生のころから同人誌の存在は知っていたけど、さすがに買うことはなかった。
イラスト投稿サイトで十分楽しめたってのもあるけど、中学生の経済力のなさはどうにもできない。
人混みをかき分けて進んだ先には、スタッフさんらしき人たちが集まっているスペースだった。
長机で囲みがされ、休憩したり話し合ったりしているらしい。
「お、一ノ宮! お前のファンネル、帰還してるぞ」
「お疲れさまです、リーダー。いつもすいません」
「なーに、気にすんな。それにサークル参加のお前にまで手伝わせちまったからな」
みやみやが近付くとすぐに話しかけてきたのは、腕章を巻いた男性だった。
多分三十代? よく通る声と話し方から人付き合いが上手そうなイメージを受ける。
「シロクロ、ちょっと待ってろ。すぐ受け取ってくるから」
そう言うと、みやみやは長机の囲いの端っこに向かい誰かと話を始めた。
あれがさっき言ってた……えっと、ふぁんねる? とかいう人か。ハンドルネームか何かかな。
二人は手早く紙袋と封筒を交換したかと思うと、ちらりと中身を確認してそのまま別れる。
あからさまに密売人ごっこな行動は見ていてもはや面白い。
「待たせたな」
「ううん、全然」
平然とした顔で戻ってくるみやみやを見て、ちょっと笑いそうになったのは隠しておいた。
そのまま一旦外に出ると、イベントに参加したであろう人たちがいくつもグループで集まっていた。
そんな中で人の少ない街路樹の下に行くと、みやみやは紙袋から数冊の本を取り出す。
「トゥインクルスターの新刊、一冊ずつで大丈夫か?」
「大丈夫。というか、予備を買うほど潤沢な資金がないよ」
覚えておいた金額を渡して薄い本を受け取る。
さらさらした手触りはなんともいえない感触で、高級感すら感じる。
いや、商業誌なら単行本が買える金額でこの薄さならばそもそも高級だ。
でも欲しいから! 欲しいから高くない!! もはや安い!!!
すぐにでも読みたい気持ちを抑えて鞄からクリアケースを取り出す。
今日は本当にいい買い物ができたなぁなんてほくほく気分でしまい込んでいると、みやみやが缶ジュースを両手に持っていた。
いつの間にか自販機に買いに行っていたらしい。
「紅茶でいいか?」
汗ばむ室温からちょっと涼しい外に出たものの、体温は下がり切っていない。
むしろ戦利品に興奮しているからまだまだ暑いくらいだ。ありがたくいただき、冷たい紅茶に口を付けた。
みやみやはレンガの上に座って、紙袋の中身をがさがさと確認しているらしい。
私はほんの少ししか買っていないから確認するまでもないけど、なかなか重量のありそうな紙袋の中身は多そうだ。
天気は幸い晴れで、周りのグループもお互いの戦利品を見せ合ったりトレードしたり、どこも活気がある。
それをぼんやりと眺めていると、確認が終わったらしいみやみやが開けたばかりのコーラを勢いよく飲み始めた。
炭酸をものともせずに飲み干し、一息ついてからタオルで額の汗をぬぐう。
「いち……みやみや、今日はありがとう」
「いや、こっちこそ助かった。初参加なのに悪かったな」
「ううん、いい経験ができたよ」
買うだけの私がサークルの席に座るだなんて、今後ないことだろうから。
滅多にできないことをできたんだから、悪いだなんてまったく思わなかった。
「それにしても、イベントってこんなに人が居るんだね。ネットで調べた時、ここは小規模だって見たんだけど」
「それなりに参加者は多いが、やはり小規模ではあるな。オールジャンルだから初心者にはぴったりだろう」
確かにジャンルの指定がないからか、周りには老若男女、ベテラン風やビギナー風、様々な人がいる。
これだけ! っていうイベントだとガチ勢じゃなきゃ行っちゃいけないんじゃないかって思ったし、初参加がここでよかったかもしれない。
「まさか、同級生に会うとは思わなかったけど」
「俺はそのうち会うかもしれないと思っていたぞ」
みやみやはさらりと言って空っぽの缶をゴミ箱に放る。
オタぼっちになるくらい同族がいない環境なのに、会うかもしれないって……まさかそんな、ねぇ?
「少なくとも、お前が同じ人種ということは分かっていた」
「嘘っ!? え、私、そんなあからさまだった?」
「一般人には分からないだろうが、同族なら匂いで分かるものだろ」
ということは……学校では一応オタバレしていないと思っておこう。
いや、ばれてどうなるってわけじゃないんだけども。
私よりも、みやみやのほうがばれたらどうなるのか気になる。クラスどころか学年の有名人だし。
「いち……みやみやのことは全っ然気付かなかったよ。擬態、上手だね」
「俺は隠しているつもりはないぞ? まぁ、ただのマンガ好き程度の印象で止まっているようだがな」
男子高校生がマンガ好きっていうのは珍しいものじゃないし、だからこそここまでとは思われていないのか。
イベントに参加してスタッフもサークルも経験があるっていうのはなかなかのものだと思うけど。
スタッフさんとも付き合いが長そうだし、みやみやもベテランの域に入っているのかもしれない。
「あれ……? うちの高校バイト禁止だけど、もしかして内緒?」
「このイベントは給料が発生しないからボランティアだな。隠す必要はない」
「そうなの!?」
スタッフさんがやっていることはどれも大変そうだったし、てっきり社員やバイトなのかと思ってた。
なんでも、お昼ご飯と交通費の支給があるだけらしい。確かにそれならバイトじゃないだろう。
結構な人数が居た気がしたけど、あれがみんなボランティアなのか……。
「スタッフもサークルも一般も、好きだから集まっているんだ。
金銭の授受は発生するが、それだけが目的じゃないと俺は思っている」
そう言って、みやみやは周囲をぐるりと見まわす。
相変わらず人が多くて、いたるところで賑やかな会話がされている。
疲れているような人は居るけど、そういう人だって満足そうだ。
「イベント会場に居る人は、考えようによっては客と店主とオーナーになるのかもしれない。
しかし、ここに居るのは一般参加者とサークル参加者とスタッフ参加者で、全員が参加者という括りなんだ。
これはイベントによるだろうし、そもそも理念であり押し付けではない。
だが、そういう考え方をしているこの場が俺は好きなんだ」
賑やかな雰囲気の中、みやみやは嬉しそうな顔で言い切った。
それは学校で見る顔とは少し違って見えて、私もつられて周囲を見回してみた。
「……好きなんだね、このイベント」
「文化祭が年に何度もあるようなものだぞ? 楽しいに決まってるじゃないか」
言われてみれば確かにそうだ。
自分たちで企画して動いて、それが成功したらものすごい達成感を感じるに違いない。
そう考えると、いろいろな方法で参加できるイベントというのはたくさんの楽しみ方がありそうだ。
「さて、シロクロ。お前この後用事はあるか?」
「え? いや、帰るだけだよ」
どれくらいかかるか分からなかったし、なにより戦利品を持ち歩くのは気が引ける。
済んだらまっすぐ帰るつもりだったから予定も何もなかった。
「せっかくの初参加だ。アフターでも行くか?」
「アフター……」
確か、イベント後の打ち上げみたいなものだったっけ。
SNSで楽しそうな投稿を見かけたことがある。ご飯とかカラオケとか、そういう場所に行くはずだ。
「いいの?」
「楽しむ余地があるなら、全力で楽しみたいだろう?」
そう言って笑うみやみやは、学校でいたずらをしていた時と同じ顔をしていた。
全力で楽しむ、か……。言われてみれば確かにそうだ。楽しめるなら、楽しみたい。
「行きたい!」
「よし、あと一時間くらいで上がるから飯でも食べててくれ」
一時間後に再びここに集合という話になり、みやみやは足早に建物の中へと戻っていった。
時間はすでにお昼過ぎ。緊張と興奮で忘れていたけど、思えばお腹もすいていた。
すぐ近くにあったファストフード店でお手頃価格のセットを注文し、窓際の席に座ってふと気づく。
アフターって、もしかしてみやみやと二人?
知らない人がいきなり来ても戸惑うから別にいいはいいんだけど……。
「まぁ、いっか」
今日会ったのは同級生の一ノ宮君じゃなくて、オタ友のみやみや。
そう考えればなんてことないじゃないか。
自分の中できちんと落ち着いたところで、厚みの少ないハンバーガーを頬張った。
約束の時間にさっきの場所に行くと、緑色のカーディガンを着ているみやみやが居た。
さっきは目立ちすぎる真っ赤なカーディガンだったのに、どうやら着替えたらしい。
「お待たせ。もう大丈夫なの?」
「ああ、撤収は完了したし挨拶も済ませた」
サークル参加ということで大荷物かと思ったけど、みやみやは大きめのリュックを一つ背負っているだけだ。
人気者の同級生と二人というと緊張するかと思っていたけど、並んで歩いても不思議と緊張はしなかった。
あれかな、同族の安心感かな。
「誰か誘うか悩んだんだが、二人でもいいか?」
「うん、どこいくの?」
「高校生が行ける場所なんてたかが知れてるだろう」
迷うことなく進むみやみやについていくと、駅前のカラオケ店に入っていった。
学生フリータイムドリンク付きのお手頃価格だ。
手狭な個室に案内されると、手早く照明と機械の設定をするみやみやをよそに、私は邪魔にならなそうな場所に座っておく。
女友だちと来ることはあるけどここまでしっかりやったことはない。
ちょっと暗くするとテンション上がるよねーとか、そのくらいだ。
先に注文しておいたソフトドリンクが届いたころに、ようやく満足したらしい。
私と適度な距離を置いて座り、今度は伝票とスマホの時計を見比べている。
ずいぶんと細かいというか、几帳面というか……。
オレンジジュースのコップを手元に引き寄せていると、みやみやもコーラのコップを手に取った。
「じゃあ、イベントお疲れでした!」
「お疲れでしたー?」
わざとらしいほどの乾杯の音頭に付き合ってプラスチックのコップを掲げると、軽い音を立ててぶつけられる。
みやみやはそのまま一気に飲み干し、インターホンでささっと注文を済ませた。
どうやらコーラが大好きらしい。にしても飲みすぎだし炭酸に強すぎだ。
リモコンのタッチパネルを手早く操作する音が響き、コーラが届いて扉が閉まるとようやく顔を上げた。
「先、歌うか?」
「どーぞお先に」
私は曲選びすらしていない段階だ。というか、何を歌っていいか分からない。
女友達と来るときは無難な流行の曲を歌うけど、アフターというとそういうのも違う気もする。
かといってあんまりオタクっぽいのを選んで引かれても嫌だし……。
なんて思っていると、広告が流れていた画面が一瞬暗転し、見るも明らかなアニメ映像が流れ始めた。
ちょっと待って! これ日曜朝の国民的女児向けアニメのオープニングだよね!?
「光る棒はいるか? 鞄に入ってるから俺の分も出しておいてくれ」
可愛らしい前奏が終わり、みやみやは高らかに歌い始めた。
音程もリズムも強弱も完璧で、歌いなれているんだと分かる。不思議な万能男子は歌も上手いらしい。
しかし悲しいかな、明らかな男声で可愛らしさは半減だ。
サビの決めポーズを手振りで真似るのを見て、私もうっかりやってしまったのは仕方がないと思いたい。
間奏の間に喉を潤すみやみやをよそに、言われた通りに鞄の中を探る。
チャックを開けるとそこは四次元でした……。なんて言葉が浮かぶほどに、ありとあらゆるものが詰まっていた。
薄い本たちはもちろん、さっき使っていた布や小さな看板、目立ちすぎる真っ赤なカーディガンやタオルまで。
荒らさないように探し、ほんの僅かな隙間に刺さっていた光る棒を引き抜きテーブルに置く。
折って光るやつじゃなくて電池式のやつだ。ほとんど同じのが二本あり、片方を差し出された。
「好きに使ってくれ」
好きにと言われても……。話には聞いていたものの、ライブやイベントに行かない私は手にするのも初めてだ。
思ったよりも軽い棒を持て余していると、みやみやがキメキメに歌いながらボタンの位置を指さしてくれた。
おぉ、下にあるのか。ぽちぽち押してみると色が変わって楽しい。
みやみやはピンク色に光る棒を握りながら手振りをし、私も青色に光らせた棒をリズムに合わせて振っておく。
これが正しいかは分からないけど、何も言われないから間違ってはいないんだろう。
最後のサビもばっちり歌い切ったみやみやは、マイクを置いてコーラのコップを手に取る。
「シロクロ、お前の番だぞ」
「いやぁ……何を歌えばいいのか」
「なんだ? 好きなものを歌えばいいじゃないか。一曲目は気を遣ったが、次からは好きに歌うぞ」
気を遣ってあれか!
確かに知名度は高いし、女の子向けっていうので選んだのかもしれないけど。
一曲目からこてこてなアニソンを歌われちゃったら……歌いたくなるじゃないか。
普段は聞いてばっかりで歌ったことのない曲名を検索し、一瞬悩んでから送信ボタンを押す。
広告の映像はすぐに消え、またしてもアニメ映像が流れ始める。
「やはり女子はそれか……付き合おう」
みやみやは画面に表示されたタイトルを見た途端に呟き、一瞬で自分の予約を終了させる。
そしてマイクを持ったと思ったら、もう片方には赤色に光る棒を握っている。
深夜にやっている女性向けの男性アイドルアニメ。オタクなら一度ならず聞いたことがあるだろう。
前奏が始まりもうあとには引けない。勇気を出してマイクを握り、青色に光る棒を画面に向けた。
フリータイムはあっという間に終わり、喉をがらがらに枯らしてから外に出た。
最初に選んだ曲は有名ではあったけど、まさかコーラスやコールまで完璧とは思わなかった……。
続いて流れたのは今度は女性アイドルアニメの曲。もちろん私も知っていたから付き合わせてもらった。
それからは有名どころだけじゃなくマイナー路線の曲も流れ、知っていたり知らなかったり。
だけどどんな曲でも思いっきり歌うのは楽しいし、光る棒を振り回すのも楽しかった。
「初のイベントはどうだったか?」
駅に向かって歩いていると、ふとみやみやが問いかけてきた。
答えなんてもちろん決まっている。
「すっごく楽しかった!」
イベント自体はもちろん、アフターも。
リアルのオタ友が居ないせいなのかもしれないけど、ものすごく楽しかった。
その感動を伝えきれるとは思えないくらい最高な一日だった。
「ならよかった。シロクロはサークル参加はしないのか?」
「あはは、私イラストあんまり上手く描けないからさ」
描けないというか、描いていないというか。
中学生のころに一人で家で描いていたものの、インターネット上にはもう素晴らしい描き手さんがいらっしゃる。
描くのは好きだったけど、そんな中で公開をする勇気はないし、お目汚しも甚だしい。
そう気づいた時から私は完全に消費者目線になっている。
「嫌いなのか?」
「いや、そういうわけじゃ……」
「じゃあ上手い下手なんて、関係ないだろう? 描きたいなら描けばいい」
「そう言われてもね……」
「はっきり言うが、俺は下手だぞ」
みやみやは胸を張って言い切ったけど、はっきりにもほどがある。
いや、うん……確かに今日ちらっと見たけど、上手とは言えないかもしれない。
「だが描く。描きたいからな」
駅まであともう少しというところで立ち止まり、しっかり私を見てから言い放つ。
その顔は不安や自虐は欠片もなく、自信満々な顔だ。
夕方はとうに越えていて、暗い空の下の街灯が眩しい。そう、街灯が、眩しい。
「下手でも描きたい。描いたら形に残したい。形になったら見せびらかしたい。そう思うのはおかしいか?」
「いや、それは、全然……」
みやみやの言うことはもっともだ。
絵を描くのは楽しかったし、昔のスケッチブックは捨てようって気持ちにならない。
もしも同じ趣味の子が居たら見せ合いっこだってしたかもしれない。
だけど今はそういう環境に居ないし、インターネット上でそれをやるのはとても勇気がいることだ。
載せれば見られて、見られたら評価される。
それがいい評価だったらいいだろうけど、そうじゃないことだって多いって聞いたことがあるから。
そんな目に合ったら立ち直れない。だから、私はただただ消費しようって思ったんだ。
「他人の評価がどうであれ俺は俺を評価している。他人を気にしてやりたいことを我慢するような生き方はしたくない」
そういう風に言い切れるのは、みやみや……ううん、一ノ宮君だからだ。
頭脳明晰、容姿端麗、スポーツ万能。女子の理想を固めて出来たかのような男子。
私みたいに好きなことを隠したり、やりたいことをやめたり、そんなことは考えないんだろう。
「私のことはもういいって。みやみやが続けるなら応援するからさ、私は一消費者で十分だよ」
抑え込んだこととか、溢れそうなこととか、そういうのを暴かれたくないからわざとらしく話を逸らす。
きっと一ノ宮君だって、たまたま遭遇した同級生にそんなに深追いはしないだろう。
そう思ったのに……そうではなかったらしい。
「今日のお前、すごく楽しそうだったぞ。クラスでもまぁそれなりに楽しそうだが、それ以上にだ」
「それは……」
「お前なりの処世術があるんだろう。それは否定しない。だがな、玄瀬」
一ノ宮君は今まで呼んでいた名前から本名に戻し、ニッと笑った。
「やりたいならやれ。好きなら好きでいろ。そういう生き方は、たまらないほど楽しいぞ」
そう言い放つ一ノ宮君の顔は、クラスで見るよりもっともっと楽しそうだった。
好きなことを思い切りやっているからか、はたまたそれに自信を持っているからか。
なんのためらいもなくそう言い放てる一ノ宮君が、ずるくて……羨ましい。
「……みやみや、ちょっと寄り道していい?」
「ああ、いいぞ」
駅に向いていた脚を来た道に戻し、近くにあった文房具屋さんに入る。
初めて入るお店だけど、こういうお店は大体どこも配置は似ているものだ。
気持ちがしぼんでしまいそうで怖かったから、思いついた勢いのままにどんどん脚を進める。
すぐに見えたのは画材が並んでいる場所。
何年か前に使っていたのと同じスケッチブックを手に取って、立ち止まることなくお会計を済ませる。
一ノ宮君は勝手な行動をする私に対し、何も言わずについてきてくれた。
そしてお店を出て深呼吸をして、背後の気配を確認してから勇気を出して振り返る。
「私だって……やりたいことを、やる」
こんなことを言ってなんになるって思っても、出てくる言葉は止まらない。
一ノ宮君はやりたいことをやって、好きなことを好きでいて、それがずるくて、羨ましくて……悔しいから。
「みやみやがびっくりするくらい、上手くなるよ」
ブランクは長い。スキルも足りてない。だけど好きで、やりたいことだから。
「いつか、もしかしたら……サークル参加、するかもしれないし」
「そうしたら一番に並んでやる」
「みやみやより、人気サークルになるかもよ!」
「受けて立とうじゃないか。期待してるぞ、シロクロ」
思いついたことを口にしただけなのに、一ノ宮君は間髪入れずに答えてくれる。
その顔はやっぱり自信満々で、すごくすごく楽しそうだった。
興奮が冷めて我に返り、恥ずかしさで頭を抱えたくなった。
だけど一ノ宮君はそんな私を気にすることなく、二人並んで駅へと戻った。
お互いの最寄り駅は真逆で、ここで別れることになるようだ。
電光掲示板によるとどちらの電車もすぐに来るらしい。
「今日はお疲れさまでした」
「あぁ、お疲れ。初参加で疲れてるだろうからしっかり寝ろよ。体調管理は基本だ」
言われなくても家に帰ったらすぐにでも寝てしまいそうだ。
その前にご飯とお風呂と明日の準備はこなさないと。
いや、戦利品を読んだらテンションが上がって眠れないかもしれない。
「じゃあね、みやみや」
電車が来るというアナウンスに紛れるようにして、あえて一ノ宮君とは呼ばなかった。
だけどホームに向かっていた一ノ宮君は、その場でくるりと振り返る。
「じゃあな、シロクロ。それと間の星は忘れるな!」
「口に出したら分からなくない?」
「そこはニュアンスだ」
一ノ宮君……いや、みやみやはニッと笑い、ホームへ走っていった。
私も逆方向のホームへ急いで歩き、すぐに停まった電車に乗る。
混雑する電車の中で、さっき買ったばかりの袋を胸に抱えた。
描けるのかは分からない。でも、描きたいのは分かる。
他人と比べても意味はない。自分がよければそれでいい。
そんな我が儘な考えだけど、やらないよりもやったほうが……きっと、絶対楽しいんだ。
イベントで出会った同級生との関係。それは、同族であり、友だちであり……ライバルだ。
作中のイベント名やサークル名等はフィクションです。
イベントはそれぞれのルールとマナーを守って、無理せず楽しみましょう。