パッと逝ってパッと還ってくるだけの簡単なお仕事です
俺は、どこにでもいるような普通の男子高校生だった。
目つきと口の悪さから友人の数こそ少なかったが、一人も居なかったわけではないし、容姿もいたって標準。
そんな俺が周りと決定的に”違った“のは、死ぬのが早かった、早すぎたことくらいだろう。
死んだ当初——この表現も妙ではあるが——は、それなりに戸惑いや後悔のあった俺だが、今はそんなこともなく。半ば行き当たりばったりで、女神の仕事を手伝っている。
そこに至るまでの経緯は長くなるので割愛するが、要するに今の自分の立場や仕事というのは、俺自身が納得して始め、やってきたことなのだ。
だから、そこに後悔などはないし、今更あの不器用でいじりがいのある女神様を放り出す気もない。
ないのだが。
楽しいことばかりではないのなら、つい愚痴が出てしまうのも仕方ないことだと俺は思う。
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「で、ですよ。俺が台本通りに有り金全部置いてけーって言ったら、急にキレ出して。『お前らみたいな人間が居るから僕はいつも酷い目に遭うんだ死んで詫び入れろオラァ!』って俺たちを焼き殺したんですよ? どう思います?」
「そこまで言ってなかったと思うけど」
先の転生。その最後の瞬間を盛大に脚色して話す俺に、カルロスが微苦笑する。
結局のところ、カルロスが見た少女というのは無事だったそうだ。
まぁ、レンカが慌てることなく俺に構っていた時点で、見間違えか無事だということは分かっていたが。意外だったのは、路地に少女が入ったというのが本当だったことか。
俺とカルロスの報告に、レンカは「何も心配はない」と一言だけ呟いて会話を終わらせた。それは俺たちが雑に扱われているから、というわけではなく。
知ってはいけないのだ。自分が死んだ後の世界を。
考えてみれば道理である。そもそも死んだ人間が、その先の未来について想いを馳せたところで、それが生きている人間に伝わることはないのだから。
まぁそれならかえって、影響が出ないなら教えてもいいではないか、と俺も最初は思ったが、全くないわけではないらしい。
転生というのは誰にでも与えられる権利ではない。
非業の死。
その生涯を、後悔と失意の中で終えた者にしか、そのチャンスは巡ってこない。
そして『魂』と呼ばれる、その人物の全てが詰まった情報体。これが必要なのだ。
ここに影響とやらが関わってくる。
もしも死んだ後の話とやらにショックを受け、人格、果ては魂に深刻なダメージがいってしまえば、もう転生させてやることは出来ない。
だから万一の可能性とやらを失くすためにも、死んだ者にその先を語ることは原則禁止となっているのだ。
とはいえ、そこは俺とレンカの長い付き合いだ。おまけに、俺たち“使者”の場合は普通の死人とは扱いが異なる。
「詳しく!」といつものごとくせがむ俺に、レンカは煩わしそうに"神の力で未来を視る"と、事の顛末を話してくれた。
なんでも、俺たちを衝動的に殺してしまったショックで、あの少年は転生特典である炎の力を扱えなくなったらしい。その後、次々と襲いかかる困難にも、逃げることしか出来なくなってしまうとか。
だが数年後には、彼を慕う人々のためもう一度能力を発現させ、多くの人命を守った英雄になるのだそうだ。
力が恐ろしいのではない、それを扱う人の心が大切なんだと。そう笑って、彼は自らが守った大切な人たちと共に、日々を健やかに送るとかなんとか。
めでたしめでたし、である。
あるのだが、
「だいたい、人殺しておいて能力使えなくなる、塞ぎ込むのはまぁ分かるとして。それではい、おしまいっていうのはどういう了見だよ! まず逮捕でしょうが!
そりゃあ俺たちは悪党の設定で転生して、痛い目に遭うまでが仕事でしたよ? でも、殺されるほど悪いことしましたかね。小銭出せって言って指の関節鳴らしただけで、なんで殺されなきゃならないんですか! 俺の命は小銭よりも価値が無いか!? あぁ!?」
「僕に言われてもなぁ。というか、僕に全く関係のないことだと罵られても気持ち良くないんだよね」
「お前には言ってねぇよ肉壁にもならなかった役立たずの腰巾着が!」
「ああっ、ありがとうございます!」
「どう思いますレンカ様!?」
ヒートアップする俺に、はぁはぁと息を荒げる変態。
車座になって地に腰を下ろしていた俺たちと違い、どこからか取り出した椅子に座って書類らしき物に目を通していたレンカは、その視線を一瞬だけこっちに向けると、
「大変じゃったな」
「軽いよ!」
面倒くさそうにそう言って再び仕事に戻ってしまった。
いつまでも管を巻いている俺に愛想を尽かしたらしい。
レンカの反応は頷けるものだ。というより、邪険にされず、黙らされず。
好きなように言わせてもらえている時点で、相当に優しい扱いだろう。
なにせ、これまで幾度となく行ってきた“代理転生"において、いつもこんな調子で俺が文句を言うのだから。
——代理転生。
この仕組みが考えられたのは、神様たちの間で、あることが問題になったからだそうだ。
曰く、転生先でも満足な人生を送らせてあげられない、そんな人間が少なくない、と。いや、むしろ多いとすら言えるかもしれなかった。
神様たちの行う転生には、いくらかの人間への温情のようなものがある。
次こそは悔いのない人生を、と思えば、その措置は必要なものだろう。いくつかあるそれらだが、内一つに転生先を選べるというものがあった。
さて、ここで一つの疑問が生じる。
不幸にも死んでしまった人間たちが、再びその“不幸が起こった世界”にて二度目の人生を送りたいと思うだろうか。
答えは、圧倒的少数という結果が表していた。
加えて『元の世界とは、まったくの別世界』を望む人間が大多数を締める始末。
ここで、そんな世界は存在しないとかなら、ある意味まだ良かったかもしれない。が、幸か不幸か、存在してしまったのだ。その人間にとっての異世界なるものが。
俺自身、地球という、豊富な水に覆われたそれはそれは美しい惑星に生まれた日本人だったため、フィクションのような世界が実在すると分かった時は目を輝かせた覚えがある。
反対に、剣と魔法の世界にて生まれた者たちは、科学が発展した世界というものに憧れたり、同じ魔法でも、体系のまるで違う世界があると分かれば期待に胸を膨らませたりしたことだろう。
転生する前から期待に揺れる人間たちを見て、神様たちも一安心。
の、はずだった。
ここで一つの例を挙げてみよう。
たとえば俺が、着の身着のまま異世界である剣と魔法の世界に放り出されたとして。異世界を満喫し、充実した人生を送ることができるのか。
きっと、それは恐ろしく現実味のない、確率の低い話だろう。
レンカの目の前に五分足らずで舞い戻り、「えっ、なんでまだここにいるのよ?」と素に戻った彼女を見ることができる、その可能性の方がずっと高い。
そんな俺のような人間が続出した。
神様たちはその結果に頭を抱えたらしいが、すぐに対策として、その世界において生きるに困らない特別な能力を与え出した。俺の生きた時代に定着していた呼び方を借りるなら、チート能力というやつだ。
結果は、大惨敗の大失敗だった。
当たり前である。俺の世界準拠で言わせてもらうなら、「最新のPCに端末機器、その他諸々準備したから上手いことやってね」という感じだ。
無理に決まっている。
魔法にしたって、その世界において頂点と言われるようなものをポンと与えられて、使いこなせるわけがない。現実は非情であった。
そして事態は更なる悪化を引き起こした。
その世界で元から住んでいた人間、動物をはじめとした生命体への悪影響だ。
扱いに習熟していないがための誤射、流れ弾。
能力を与えられた人間たちの中から発生した、力に溺れる者。
特異な転生者に対する妬みややっかみから生まれた争い。
酷いものだったらしい。
神様の中から、もう異世界へ転生させるようなことはするべきではないと言い出す者が多く出るほどに。
そんな中で、数人の神がこんなことを言い出した。
人間のことは人間に任せてはどうか、と。
それは一見、転生を止めようという意味にも思えたが、そうではなく。死んだ人間の中から、神の協力者として登用してはどうかというものだった。
抗議の声は多数上がった。
人間を神のそばに置くといっても、霊感とかそういった資質が無いと会うことすら難しい。転生時においてのみ、ごめんねというような気分で神様の方から会いに行くため成立するのだそうだ。
つまり、神々が今までの取り決めを破り、普通に往生した人間にも声をかけるのか。それとも、“転生の権利を放棄して”神に仕えてもらうのか。
正直な話、俺としてはそこまでいった人間たちを見捨てずにいてくれたことは嬉しかった。そんな俺と同じ考えの奴は、他にも何人か居たらしく。
現状、カルロスをはじめとした多くの同僚がいる時点で、議論がどうなったのかは推して知るべしだ。
ただ、その過程で生まれた“代理転生使者”については言いたいことが山ほどある。
人間の手によって作成された転生規定。
その中に記載された、ある一文。
——転生後、当人の資質如何によって、どうしても犠牲者や被害が出る可能性が高い場合。
その世界に与える影響を小さくするために、被害者の代理として一時的に使いの者を転生させる措置を認める。
つまり。
お前一度は死んでるんだから、犠牲になるもの達の代わりに転生して、もう一回サービスで死んでくれや。
それが、俺たち代理転生使者のお仕事であった。
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ついに文句の語彙が尽きてしまい、俺は仕方なく口を閉じる。
目の前で、変わらず書類を読んでいるレンカの表情はうかがえない。
俺の文句がいつものことなら、彼女が何かしらの仕事をしているのもまた、いつものことだった。
女神レンカ。
神の中でも特に、死と再生を司り、人間登用派の第一人者だった女傑。
きっといま目を通しているものも、どこかの誰かの死亡記録、または生存報告なのだろう。
人間とは比べ物にならないような力を持つ、彼、彼女たちだが、見た目は俺たちとそう違わない。
そのせいで、俺は未だに体調などを心配してしまう。
レンカにとっては不敬もいいところなんだろうが。
黙りこくった俺に、レンカが片目でどうしたと問うてくる。
それに首を振ることで、気にするなと意思表示しながら、俺はその場から立ち去ることを決めた。
もう十分甘えさせてもらった。
口になど絶対に出せないが、そんな思いを込めて後ろ手に手を振って、他の人間を手伝いに行く。
そんな俺の横を、一機の紙飛行機が通り過ぎていった。
離れた相手に使う、伝令用のそれだろう。
何となしに、その紙飛行機を目で追いかける。
吸い込まれるようにしてレンカの手元まで飛んだそれは、空中で形を戻すとひらひらと重力に従って落ちていった。
レンカが内容を流し読む。
そして俺の方を向くと、悪戯っぽく微笑んで、
「お主に良い話が来ておるぞ?」
そう言って俺を呼び戻したのだった。
ここまでお読みいただきありがとうございました。




