選択
「ぐ、ぎぎぎ……」
徐々にこちら側へと近づく刃に、思わず苦悶の声が漏れる。
重い。
以前、牢屋でも感じたことだが、グレイの方が単純な膂力では上だ。
こればかりは、死後の肉体的成長があまり見込めないのだから仕方がない。
とはいえ、それにしたって馬鹿力が過ぎるというものだ。
均衡は長くは続かない。
そう判断し、俺は刃先を剣の腹で滑らせるようにして受け流した。
前のめりになるグレイ。
しかし彼はそこから身を起こすのではなく、時計回りに反転して打ち込んでくる。
「おいおい、本当に年下かよ……!」
剣のぶつけ合いは悪手。
俺は何とか太刀筋を見切り、紙一重の回避を続けた。
こうもスピードが乗っていると『エスケープ』では逸らせない。
剣の通過する速度が早すぎるため、離せる距離が短くなってしまうからだ。
これだから実力者との戦いでは役に立たない。
通り過ぎる鋼の塊に冷や汗を流し、俺はたまらず剣を合わせる。
「何故ですか、ワタル殿」
「あぁ? なにが、だ?」
「あの時、私たちと共に戦ってくれると。そう言ってくれたではありませんか。あれは、嘘だったのですか?」
「だから今、こうして戦ってるだろ、うが!」
「違う!」
鍔を利用して押し退けようとするも、すぐに剣を添えられる。
ならばと足元を沈めようとすれば飛びずさり、勢いのついた斬撃が振り下ろされた。
「私たちは王国を守るために、と。そう貴方に頼んだ! だというのに、どうしてこんなことをしているのですか!」
至近距離で力と力をぶつけながら、こちらを睨みつけるグレイ。
その青い瞳には怒りと困惑が宿っている。
「だから王国を守るために戦ってるんじゃねえか。あのまま騎士団長が国家元首になれば、この国は王国じゃあなくなるぞ?」
「そんな詭弁を聞いているんじゃない!」
怒りの声とともに、剣にかかる圧力が増す。
そのまま押し切ろうとするグレイへ俺は言葉を投げかけた。
「詭弁はどっちだよ。国を守るため、これ以上の犠牲者を出さないためって。だからルーチェを、年端のいかない少女を生贄にするなんて言う奴らがよ……!」
グレイの剣を押し戻していく。
それは俺の怒りからでもあり、グレイの迷いからでもあった。
先ほどから、目の前の青年は何かを迷ったまま戦っている。
「大人の事情に子どもを巻き込むな! あの子の人生はあの子だけのものだ! 外野がどうこうしていいものじゃねえんだよ!」
「姫殿下は……姫殿下はすでに成人を迎えられた、責任ある立場の大人です」
自分に言い聞かせるように呟いて、グレイは剣を振り回す。
そこに先ほどまでの冴えは無い。
「なあ、グレイ。お前だって本当は——」
間違っていると思うだろ。
そう諭すより先にグレイは否定の言葉を並べた。
それだけは聞きたくないと言いたげに。
「誰かが! 誰かがやらないといけないんですよ! 数名の命と王都に残された人々の命を選べと言われれば、誰だって後者を選ぶでしょう!
そうして一人でも多くの人を守るのが私たち騎士の役割だ!」
悲鳴のように言って剣を振るうグレイからは先ほどまでの脅威を感じない。
それでも込められる力が増した分、危険なのに変わりはないが……。
俺は正面から剣をぶつけ、グレイの目をじっと見つめる。
「ルーチェは、それでいいと言っていたぞ」
「……え?」
「俺たちが牢屋から逃げ出した時。自分には王族としての責任があるから、逃げないって。あいつはそう言った」
驚きに目を見張るグレイ。
きっと騎士たちはルーチェの方から頼まれて、俺たちが一緒に逃げていると思っている。
だからこそ言ってやらねばなるまい。
「あの子の事情は俺も聞いた。生まれてすぐに母親を亡くして、父親たちには政治の道具にされて。おまけに腫れ物みたいに扱いわれたせいで、あの年で仲のいい友達すら居ないってな……!」
「…………」
「お前たちだって、それを知らないわけじゃないだろ。むしろ俺より詳しいはずだ。
そんな子が、死ぬのを分かっていて『それでもいい』なんて言う意味を考えろよ!」
力任せに剣を弾き仕切り直す。
グレイの剣先はフラフラと頼りなく揺れていた。
俺は地面に剣を投げ捨てる。
「え?」
「選べよ、グレイ」
そしてそのままグレイの手を掴み、剣を俺の首に押し当てた。
「少数の犠牲なら問題ないんだろ。なら、そこに俺の死体が増えたって変わらないさ」
「なにを……」
「チャンスだぞ。この剣を少し動かせば俺は死ぬ。それ以外の、たとえば取り押さえようなんてことをしたらしつこく暴れまわるけどな。
ほら、早く殺してルーチェを捕まえろよ」
ぐい、と力任せに前に出れば、それだけで首が浅く切れたと分かる。
そんな俺にグレイは後ずさりするだけだ。
「"お前が"そうするしかないって選んだことだろ? 俺の気が変わらないうちにさっさと殺せよ。そして血に塗れた剣を見せつけてルーチェを捕まえてやれよ。魔王の前に引きずり出して首を切り飛ばしてやれよ。……それがお前の選んだ最善なんだろ?」
「あ、ああ……」
「今ここで俺を殺して、自分がそれを選んだってことを証明してみせろよ!!」
恫喝に剣の震えが止まる。
そしてダラリと剣を下ろすと、グレイは力無く剣を落とした。
その戦意喪失した姿を見て、これまで様子見に徹していた騎士たちが飛びかかってくる。
俺は急いで剣を拾うべく手を伸ばしたが……それより先に、向かってきた騎士の一人が吹き飛んだ。
別の方向から飛んできた騎士とぶつかって。
「お待たせ!」
「ナイスタイミングだ、カルロス!」
入り口の騎士たちを突破してきたらしいカルロスが、追撃を相手取りつつこちらへ走ってくる。
まさか騎士団長が負けるとは思っていなかったのか。
騒然とした騎士たちがカルロスの方を見た隙に、俺は項垂れるグレイへと近づいた。
「グレイ。約束を破って悪かった。でも全部が全部、嘘ってわけじゃないぞ」
「え?」
「お前たちに勝利をって約束は無理だけどな。お前たちのために戦うって約束なら俺は守る」
「な、なにを?」
戸惑うグレイに俺は囁く。
その内容を聞いたグレイは勢いよくこちらへ顔を向けた。
「なっ、正気ですかワタル殿! そんなことをすれば……」
「正気だよ。そのために俺たちは逃げてるんだ」
悪いな、と最後にもう一度謝って、騎士たちの包囲から抜け出す。
物陰に隠れていたルーチェを呼び、カルロスに合図をして。
俺たちは再びチート能力を使って逃走した。
——————
「……どうだ?」
「ダメです。深さは大してありませんが……先が全く見えません」
「そうか。あの場ですぐに飛び込むべきだったな……」
石畳の上に空いた謎の穴。
そこから這い上がってきた騎士の報告に、騎士団長のレヴォルは嘆息する。
次いで自らの部下に目をやれば、至るところで負傷者の手当てが行われていた。
そこには避難指示で遠ざけていた住民の姿もある。
幸いなことに死者は出ていないが……。
「手加減されてコレとはな」
ため息が重くなる。
そんなレヴォル自身も、先の赤髪の男との斬り合いから利き手が痺れたままだ。
あれほどの使い手を偶然見つけたとも思えない。おそらくは勇者の仲間、同じ神の遣いだと判断する彼だが、これ以上の増援の可能性まで考えるとますます王女の身柄は困難だろう。
「まぁ、それでも構わないがな」
部下には決して聞かれぬよう、レヴォルは小さく言って口を閉じる。
クーデターを起こした彼だが近衛として王族を守っていたのも事実。
思うところは彼以外の騎士にもある。尚更、トップに立つ自分が弱音を吐くわけにはいかなかった。
そうして気合を入れ直す彼の元に、一人の年若い青年が駆け寄って来る。
「団長。先の戦いでは醜態を晒してしまい、大変申し訳ありませんでした」
綺麗な姿勢で頭を下げるのは、レヴォルも目をかけているグレイだ。
同時に今回の作戦で、その”思うところ”を突かれた騎士でもある。
「お前が勇者と何を話していたか、断片的には聞いている」
「……はい」
「次があるなら迷うな。お前が正しいと思うことのために剣を振れ。それが騎士道であり騎士だ」
「……はい」
いつもよりも覇気のない声。
まだ心の整理がつかないか、と気を利かせて立ち去るレヴォルの背中に、
「あの、団長」
「なんだ?」
「あっ、いえ……なんでもありません。失礼、します」
なにかを躊躇っているような様子のグレイに、レヴォルは次の作戦には参加させない方がいいかと思考する。
敵は予想以上に強いのだから。
魔族の魔法に似た不思議な力を使う勇者。
厄介な存在を敵に回したと、何度目か分からないため息をついて、レヴォルはワタル達の消えた空洞を見つめるのだった。
一方、レヴォルやその他の騎士からも距離をとったグレイは、一人頭を悩ませていた。
去り際、ワタルに告げられた言葉の意味と、それを報告しなかったこと。そして自分が何のために戦えばいいのかを。
『俺たちはこれから中央の都市へ行く。そこで……魔王と会う』
「私は一体、どうすれば……」
まだ年若い騎士は顔をしかめて剣を握る。
それを重いと感じたのは、生まれて初めてのことだった。




