逃げるのだって立派な戦い方です
カルロスの言葉に静まり返る地下牢。
なんの因果か、天井から絶え間なく聞こえていた足音までがタイミングよく止んでいた。
もっとも、それはいつまでも続かない。
「クーデター!?」
「くーでたー?」
俺とルーチェが同時に疑問の声を上げる。俺は何故クーデターが起こったのかという意味で、ルーチェは言葉の意味が分からないからという違いはあったが。
俺たち代理転生使者は転生の際に、神様から『その世界で意思疎通を図る能力』が与えられる。
これは『相手、もしくは自分の伝えたいことを、知っている言葉に変換してくれる』という力だ。
だから『相手に伝えようとする意思がないと変換してくれない』というデメリットがあるのだが、先ほどカルロスは俺に対してのみ伝えるつもりで話したらしい。
そのせいで『反乱』などというルーチェにも分かる言葉に変換されなかったのだろう。
だが『騎士の手によって王城が占拠される』というのは伝わったようだ。
状況が吞み込めるにつれて、ルーチェは顔を青ざめさせた。
「そんな……。じゃあさっきの揺れは……」
「城門を破壊した音だろうね。全ての騎士が反乱しているわけじゃあないみたいだから。でも、大多数はクーデター側らしい」
「……おい、カルロス。はっきり言い過ぎだ。少しは濁して言えよ」
微かな明かりでもはっきり分かるほど顔色の悪いルーチェに、俺はカルロスを咎める。
ルーチェからすれば、この城は自分の育った家も同然なのだから。俺たち以上の衝撃があったはずだ。
しかしカルロスは謝るどころか、真剣な表情で俺を諭してきた。
「何言ってるのさ、ワタル。この子だって貴族の端くれなら、何も分からない馬鹿じゃないでしょ。今は状況を理解してもらって速やかに避難した方がいい」
「む……」
「普段のワタルなら、これくらいすぐ考えつくはずだよ。……どうしたの? 少し、腑抜けてるよ?」
きつい物言いだが、言っていることは間違いではない。
ついさっき『俺より大人だ』と評した少女のことを、俺は無意識のうちに『守るべき無力な子ども』扱いしてしまった。
「悪い、ちょっと冷静じゃなかった。色々あったせいで、まだ頭がうまく回ってないみたいだ」
「ううん。僕の方こそ言い過ぎたよ。まあ、お互い本調子じゃないってことで」
「……そうだ、カルロス。本調子じゃないといえば、俺のチートのことなんだが」
「発動しない、かな?」
どうしてそれを。
言うより早く、カルロスは「それも後で」と制しながら剣を振った。
その線になぞられ、錠前が真っ二つに斬り裂かれる。
「お見事」
流石は天界一の剣の使い手だ。
変態のくせに、と嫉妬してしまうくらいには鮮やかな一閃だった。
もっとも何かが納得いかないのか、カルロスは眉を寄せて己の剣を見つめていたが。
「よし、じゃあカルロスを先頭に一列で突破しよう。真ん中にルーチェを挟む形で——」
「あっ、待ってワタル。その前に一つ試してほしいことがあるんだ」
急ぐ俺をカルロスが呼び止める。
あまりモタモタしていると手遅れになると、そう言いたかったのではないのか。
「もちろん城内を突っ切るなら、入口を塞がれる前に急いで移動したほうがいいんだけどね。それをしなくていいなら、話は変わるでしょ?」
「……回りくどいな」
「要はワタルのチート能力を使えば、急がなくても安全に逃げられるってこと」
それは確かにそうなのだが……。
ついさっき、俺のチート能力は発動しないと話したばかりではないか。
じっとこちらを見るカルロスは、いいから試せと言っているようにも見える。
俺は半信半疑のまま石壁に手を当て、
「発動……」
意識を掌に集中させる。
すると明らかな手応えが感じられた。
どうしていきなり。
そんな疑問を押しやり、俺は集中力を高めていった。
慎重に能力の強度を上げていく。
それから程なくして。
頑丈な石壁に、人間大の大きな穴が空いた。
——————
トンネルを抜けるとそこは……森だった。
有名な一節を借りながら、俺は一日ぶりの新鮮な空気を思いっきり吸い込んだ。
マイナスイオンが肺に染み入る。
いつか目にしたような、ちょこんとはみ出た塔を見るに、城の裏手に出られたらしい。
脱出のつもりが王都に出てしまった、なんて間抜けなことにはならなかったようだ。
と、俺に続いて外に出てきたカルロスが、
「兄貴、お勤めご苦労様です」
「おう。シャバの空気は……って、なんでそんなネタ知ってるんだよ?」
アホなことを言うカルロスを小突く。
差し迫った状況から抜け出した安心感も手伝って、くだらないやり取りは緊張をほぐす役に立った。
そんな俺たちの落ち着いた声が聞こえたからか、なかなか地上に出てこなかったルーチェも穴から這い上がってきた。
その顔は驚きに満ちている。
いくぶんか顔色も良くなっているみたいだし、即興の手品としては上々だろう。
俺は手応えと共に能力を解除した。
すると地面に空いていた黒い穴が、みるみるうちに小さくなり、やがて幻のように消え去る。
跡には周りと同じ、元の茶色い地面があるだけだ。
その様子を見ていたルーチェは、興味深そうに地面を足で突っついていた。
「すごい……。今のは、ワタルさんが?」
「あぁ。といっても、俺の力というより俺がもらった『神様の力』って感じだけど」
ルーチェが目を輝かせる。
借り物の力だが、褒められて悪い気はしない。
これが俺の『チート能力』、その名も——、
「名付けて『神々の逃走』だ」
ふっ、と髪をかきあげながら能力名を告げる。
これは犠牲になるという意味の『スケープゴート』と逃げるという意味の『エスケープ』、二つを掛けた名前だ。
『犠牲になることから逃げる』という能力の説明にもなっている。
そんな最高にイカしたネーミングに、二人はというと、
「だっさ」
「か、カッコイイですね!」
「……今のは俺が悪かった」
人間という生き物は、気を遣われても傷つくらしい。
異世界で初めての能力行使に、知らずテンションが上がっていたようだ。
俺は冷静さを取り戻し、くすぶる厨二心を抑えつける。
改めて、これが俺の授かったチート能力である『逃走幇助』の力だ。名前は……無難に『エスケープ』とかにしておこう。
この能力はその名の通り『何かから逃げる(あるいは逃がす)時、それを手助けしてくれる』というものである。
「えっ、それだけ?」と多くの人には思われるかもしれないが、この『手助け』が結構くせ者なのだ。
地下牢から脱出した時のように『逃げ道がない』なんて時は『謎のトンネル』を出してくれるし、追っ手に使えば、たとえ相手がジェット機に乗ろうが追いつかれることは無い。
……いや、多分ジェット機とかに使うと、同じ速度で逃げることを強要されて体がぐちゃぐちゃになるけどな。
まあ、そういうデメリットはあるが、とにかく逃げるのにはうってつけの能力なのだ。
ちなみに先のデメリットも、能力の強度を上げれば『相手を俺の速度以下に合わせさせる』なんてことができる。
要するに、かなり使い勝手の良い能力なのだ。
まさに反則の名にふさわしい。
俺は魔王軍との戦いで、万が一にも巻き添えで死なないよう、この能力をレンカに与えてもらっていた。
もっとも魔王軍の戦力を考えると、巻き添えも何も普通に一対一で負けそうな勢いではあるが……。
「まあ、とりあえず外に出られたから良しとはするか」
「そうだね。ワタル、お疲れ様」
仕方なく言って、カルロスと苦笑し合う。
本当なら、いきなり能力が使えるようになった理由を聞きたいところだが、王都の裏手であるここは安全ではない。
脱獄に気づかれ、追っ手を寄越すことも考えられるのだから。
いや、むしろその可能性の方がずっと高い。
今のうちに距離をとって、情報次第で身の振り方を決めた方が賢いだろう。
幸い、月明かりを頼ればなんとか歩き回ることは出来そうだ。
「それじゃあ逃げるか。と言っても、どこへ行ったものやらって感じだが」
「森を迂回して王都に入るのはどう? 関所には人が居るけど、ワタルの能力で壁をぶち抜けば……」
「そうやって聞くと強そうに聞こえるな、俺の能力」
案を出しながら俺たちは森の方へと歩いて行く。
どこへ行くにせよ、姿を隠せるに越したことはない。
本当なら俺は、当初の目的である神殿に行きたかったが、天界のことはカルロスから事情を聞けそうなため後に回した。
そうして今後の方針を考えながら歩いていると、頭数が一つ足りないことに気づく。
振り向いてみれば、ルーチェが微動だにせず俺たちの方を見つめていた。
彼女は唇を震わせながら、
「ごめんなさい。私は、お二人と一緒には行けません」
そう言って俯いたのだった。




