1stトリップ「四畳一間で生まれた魔法少女」(2)
「マジカル、メザミィいいいーーーー!」
あたしは雄叫びを上げながら、部屋を出て自分のボロアパートを後にした。
この力で、ありとあらゆる物を滅茶苦茶にしたい衝動に駆られたのだ。
時間は既に月光が照らす夜。
あたしは道路の真ん中に立ち、おもむろにスキップを始める。
凄まじい光景だった。
「あーっはっはっは!」
スキップをする度、あたしは前方を走る車を追い越していく。
もはやスキップと呼ぶことさえ躊躇われる、それはいわば疾走。名付けて『マジカル☆スキップ』は時速二〇〇km近くへと到達していた。
しかし、疲労は全くと言って良い程感じていない。
あたしの心肺がまるで機械のように無尽蔵のエネルギーを生み出し続けてくれているのだ。
そうやって疾走を続けているうち、やがてあたしの目の前に巨大なビルが現れた。
近くの看板に目を向けると、自分が今六本木までやってきていて、眼前のこれが六本木ヒルズであると気付く。
あたしはビルの頂上を睨み付ける。
「何が金持ちの象徴よ……何がネオヒルズ族よ……! 所詮金持ってるだけが取り柄のクソッタレ共が! あたしのような敗北者を、見下してんじゃねぇっ!」
思いのままに叫びながら、あたしは両足に力を込める。そして、ももの筋肉が軋む音が響く。
「マジカルジャンプ!」
両足に押し込めたエネルギーを解放し、あたしは飛んだ。
――バシュウウッ!
と言う音と共に、ロケットのように飛び上がったあたしは、ヒルズの屋上を飛び越え、着地する。
「はぁっ……はぁっ……」
直後、あたしはその場に四つん這いになって両肩で息を整える。さすがに今の動作は肉体にかなりの負担を与えてしまったようだ。
「――熱っ!?」
不意に、肩の辺りからチリチリと何かが燃える感触を感じたあたしが目を向けると、なんとあたしが着ているし○むらの衣服が炎をあげているではないか!
「な、なにこれ!? 摩擦熱!? いやーーーーっ」
やがて火だるまに包まれたあたしは、ヒルズの屋上でのたうち回っているうち、全裸になってしまった。
「あつつ……」
が、すぐに痛みが引いていく。
腕を見てみると、すぐさまやけどの跡が消えて行くではないか。
「す、すごい……凄すぎる……」
などとあたしが、自身に目覚めたマジカルパワーに酔いしれていると……。
「誰かいるのか!?」
と言う叫び声と共に、目映い光に照らされた。
片手でひさしを作りながら光の元へ視線を向けると、そこには懐中電灯を持った男性警備員が立っているではないか。
「なっ!? あなた……!」
「あっ――やっ、これはそのっ!」
あたしは慌てながら、両手で大事なところを隠す。(これでもオンナノコだぞ☆)
このままでは公然わいせつ……なんとかで警察に捕まってしまいかねない!
「くっ……!」
あたしは奥歯を噛みしめ、地上を見下ろした。
いくらマジカルパワーに目覚めたとは言え、飛び降りるのには勇気が要る。
だがしかし、新聞の三面記事にでも載ったら両親になんと言われるか……考えただけでもぞっとするではないか!
「ああああああ~~~~~~!! マジカル☆ダアアアアアアイブ!!」
あたしは想いの丈を叫びにかえ、フェンスを跳び越える。
そのまま十階ほど通過した時点に到達したところで見えてきたベランダのフェンスにしがみつく。
「ふう……」
さて。この後はどうしたものだろうか。
ここから更に下のベランダへと飛び降りながら地上へと脱出するか、もしくはこの部屋に押し入って中から脱出しようか……。
「なるほど。それがシャパニーズの新型か」
あたしの思考を遮るように、頭上から声が聞こえてきた。
「ふぁ……!?」
反射的に顔を上げたあたしはあまりの出来事に驚愕してしまう。
なんと、先ほどの警備員がベランダにいるではないか!
「い、いつの間に……!?」
「大方偵察に来たのだろうが……そうはさせん」
なんだかよく分からないことを呟きながら、警備員はあたしの手首をガッと掴む。それはまるで万力のような圧力であった。
「いたっ! いたたっ!」
そのまま”片手”で持ち上げられたあたしは、窓に向かってまるでボールのように投げ飛ばされてしまった。
「いっっったああああああーーーーーっ!?」
衝撃で割れた窓ガラスが全身に突き刺さり、あたしはその場でのたうち回る。
多分さっきのやけどと同じようにすぐに回復するだろうが、精神的ショックは計り知れなかった。
「うわあっ!? な、なんだっ!?」
さっきの警備員のものとは違う、甲高い男の声が聞こえてきた。
声の方向へ顔を向けると、どうやらこの部屋の主であるらしいバスローブ姿の男がワイングラスを片手にソファに座っているではないか。
「ぜ、全裸の女!? いやっ、デリヘル呼んだけど……」
小太りのバスローブ男はあたしを目にしながら明らかに狼狽えた様子を見せる。一方のあたしもどう対応して良いか困っていると……。
「――はひっ!?」
小太りの男の脳天に、穴が空いた。
「……は?」
あたしは何が起きたのか全く理解できずにいると、小太りの男はそのまま仰向けに倒れ動かなくなってしまう。
「フン……」
という鼻を鳴らす音があたしの背後から聞こえる。
慌ててベランダへ目を向けると、そこには拳銃を構えた先ほどの警備員がいた。
「な、なに!? どうなってるの!?」
「お前にはここで死んで貰う」
警備員の持つ拳銃の銃口が、未だ四つん這いになっているあたしの眉間へと向けられた。
「ま、待って! あたしまだ死にたく――」
パァン!
あたしの言い分を聞いてくれず、警備員は引き金を引いてしまう。
「いやあっ!?」
が、あたしは全神経を集中し、銃弾をバック転で回避しつつ立ち上がった。
「フン。やはり被験体か」
警備員はそう言ってあたしをにらみつけると、拳銃をその場に投げ捨てる。
一体何を考えているのだろうかとあたしが考えていると、警備員の両目が怪しく光った……。
「仕方がない。これを使うまでだ」
警備員はポケットから注射器のようなものを取り出し、それを自らの首筋に突き立てる。
直後、警備員の顔が緑色に染まって行く。いや、それだけではない。その筋肉は異様な程に盛り上がり、頭部の形状も、もはや人間のそれには見えない。
――口は猛禽類のように鋭く頑丈に
――頭頂部は金属のように滑らかな光沢を帯びる
そう、これは……。
「か、河童……!?」
その例えが正確かどうかはわからないが、少なくとも人間と呼べるような生き物で無いことは確かだ。
「フン……」
”河童”は鼻を鳴らしながら、右足を踏み込む。
刹那。あたしの左肩に丸太のような腕が掴みかかってきた!
「死ねっ!」
河童はそのまま、凄まじい力であたしの肩を摘まみ上げていく。
「あぎゃあああああああっ――!?」
叫び声を上げる中、もぎ取られたあたしの左腕が宙を舞う。
「ひ、ひいいいいいいいっ!?」
腕が無くなったあたしの左肩から、大量の血液がほとばしった。
「いやあっ!? いやっ! いやあああーーーーーっ!」