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1stトリップ「四畳一間で生まれた魔法少女」(1)


 四畳一間の部屋で目覚めた朝、あたしは悲しくなった。

 天井ではトコトコと言う不気味な音が這いずり回り、畳についているカビは、またちょっと繁殖したような気がする。

 布団も敷かず寝ていたあたしは上半身をゆっくり起こすと、『ヴーン』という耳障りな音が聞こえてきた。

 そちらに顔を向けると、ちゃぶ台の上に一〇年物のノートPCが置かれていて、モニターに隈だらけで青白いあたしの顔が反射した。

 心臓がきゅっと締め付けられるような感覚を覚えたあたしだったが、二十六歳という年齢はそれで泣くことを許してくれない。


 夢の中であたしは英雄だった。

 音大を卒業して最初にやったライブがレコード会社の人の目にとまり、あたしはインディーズのシンガーソングライターとしてデビュー。数少ないながらもファンに恵まれたあたしは動画サイトにアップロードしたPVが多くの人に評価され、メジャーへと足を進める。


 心身共に充実した毎日を送っていた、そんなある日……。

 バラエティー番組に出演したあたしは、そこで知り合ったイケメンバンドマンと恋に落ちて今世紀最大のカップルと持て囃されながら結婚する……。


「――おうえぇええっ!!」


 夢の内容を思い出した途端、吐き気がこみ上げた。

 一体、あたしは何を思ってあんな夢を見たというのだ。その両目ではっきりと今の惨状を見るのよ、坂本芽久実(26)。


 音大の入試に不合格したあたしは、音楽系の専門学校へ進んだものの、なんにもならずに卒業。それでも動画サイトで一発当てようとしたが、炎上騒ぎを起こして引退させられた惨めなゴキブリ以下の存在ではないか。


「うっぷ……」


 吐き気が収まらないあたしは、ちゃぶ台に置かれていた生理痛の薬を二、三錠口に放り込み、水も使わずに飲み込んだ。

 やがて心地よい苦みが、意識と精神を少しだけ軽くしてくれる。

「出かけよう……」

 誰もいない部屋で、あたしはそっと呟いた。何年も人と会話していないと、独り言が癖になってくるのだ。

 それに外出は大事である。例え用事が無くとも、あたしは引きこもりでは無い。引きこもっていないだけあたしは正常で、世間とのつながりがまだ生きているということを自分に自覚させる行為なのだ。


 化粧品を取り出すと、あたしは鏡も見ずにメイクをする。

 すっぴんの自分を見るのはあまりにも危険だ。まだ吐き気がぶり返しかねない。


 だから早くメイクを済ませる必要がある。

 一刻も早く芸名、『マジカル☆メザミー』へと変身しなければならない。


 あたしは芽久実。違う! あたしはメザミ!

 ――あたしはマジカル☆メザミーなのっ!


              ***


「――ねぇ、キミ。魔法少女になってみない?」


 で、池袋にやってきたあたしはこうなったわけなのだ。


「ほ……ホワイ?」

 あたしは彼の言葉の意味が分からずに、首を横にかしげる。

 なんだよ魔法少女って。イマドキ小学生でもあこがれねーっつーの。


 もしかしてこのイケメン、雰囲気イケメンとかなんちゃってイケメンとかその類のアレなオトコノコなのかしら?

「あぁ……ごめん。イキナリじゃ混乱しちゃうよね」

 でもカッコイイから許そう!(結論☆)

 性格なんていくらでも変えられるし、顔が良ければ後は付き合っていく過程であたしがなんとかすればいい話だよねっ☆

「マァ……アイドル、みたいな物だよ」

「アイドル?」

「あっ、エッチな内容じゃないから安心して?」

 安心できねーっつーの☆

 いくら『脳みそチンパンジー以下』とか陰口たたかれたことあるあたしでも、そんな見え見えのトラップに引っかからないゾ!

 でもここ数ヶ月間、コンビニの店員としか会話したことのない今のあたしは人に飢えていたのだった!

「歌とか歌うんですか!? あたし、歌なら自信アリアリです!」

「エエッ!? ホントッ!? うわ、僕確変引いちゃったかな!?」

 ――キタッ!

 キタキタキタキタキタァーーーーーーーッ!!

「なんならここで、一曲歌ってもいいんですけど……」

「ううん、それは大丈夫」

 そっかぁ~大丈夫かぁ~。でもこの感触は悪くない。むしろいいカンジ。(根拠はないけどね☆)

「興味があったら、ここに電話してよ」

 そう言って、ヒャンティーはあたしにポケットティッシュを手渡した。その中には、いかにも怪しげな広告紙が入っている。

「魔法少女大募集……湯浅製薬?」

 湯浅製薬とは普段あたしが飲んでいる生理痛薬を出している製薬メーカーだ。

 かなり有名な企業だが、こんな怪しげな事業もやっているということだろうか? ううん、詐欺という可能性だってあり得る。

 でも、もし仮に、万が一……前者だとすれば……。

 目の前にいるヒャンティーさんは一流企業に勤める勝ち組エリート!?


 イヤーーッ! あたしに来た春ヤバ過ぎ!


「電話、待ってるからね」

 そう言って、ヒャンティーさんはあたしの横を通り過ぎていこうとする。

「まっ……また会えますか!?」

 慌てて呼び止めたあたしに振り返ったヒャンティーさんは、これまたさわやな笑みを浮かべ、

「キミが、魔法少女になってくれたらね」


 と言い残していったのだった……。


 あたしはそのまま、ポケットティッシュを片手に呆然と立ち尽くしていたが、やがてもやもやとした嫌な感覚に取り憑かれ、乙女ロードへ行くというルーチンワークを断念する。こんな気持ちのまま、ウィンドウショッピングに明け暮れても現実逃避にもなりはしないだろう。

 もうこのまま帰宅しようかと駅へ向かって振り返ると、大衆居酒屋『白木屋』の看板が目に止まった。


「何が魔法少女だよ。クソったれ」

 結局白木屋に入ったあたしはカルピスサワーを飲んでいた。

「クソッ、クソッ、クソッ……!」

 何が自分にやってきた春だ。何がヒャンティーだ。

 そんなことで夢を見れるほど若くないのよあたしは。


 小学生の時の親友……いや正確には親友だと思っていた娘が結婚したという話を、偶然見つけた彼女のフェイスブックのページで知り、結婚式に呼ばれなかったと言う事実と、そもそもフェイスブックをやっていた事さえ教えて貰えなかった悲しみを知っている程度には大人なのだ。


 ”夢を見るのに年齢は関係ない”、などとのたまう輩は多いが、そういうことを言う奴らに限って金も地位も名声も持っている。何が言いたいかと言えば夢を見る余裕が彼らにはあるということだ。


 ――あたしには無い。夢を見る余裕も、余裕を作ろうとする気力も。


 そもそも両親にバンド活動をしているなどと嘘をついて未だに仕送りを貰いながら、その金でこうして酒を飲んでいるあたしには資格さえないと世間は言うのだろう。

「あは、あは、あは」

 なんだかもう何もかもバカバカしくなってきた。

 あー。お酒が美味しいなぁ~。

「…………」

 既に六杯目に突入し、程よく酔ってきたところであたしは例のティッシュをイケメンのアニメキャラが描かれた安物のトートバッグから取り出す。

 右手にグラスを持ち空いた手でそれを弄びながら、ぼんやりと見つめる。


 電話をかけたのは、六杯目を飲み干した時だった。



「ここかぁ……」

 あたしが見つめる先にあるのは池袋駅近くにある小汚い雑居ビルだった。

 あれから電話をかけたあたしはヒャンティーとは違う、これまたイケメンそうなさわやかボイスに誘導され、ホイホイこの場所へとやってきた。

 なんでも驚くことに、これから面接を行うのだという。

 そもそも面接ってなんだよと言う話だが、とりあえず居酒屋のトイレでゲロを吐いてメイクと髪型を整えたあたしもあたしだ。

「すーっ、はぁ~」

 夕方になり、太陽が傾きかけた空に向かって深呼吸をしたあたしは、再び意識をメザミへと変化させる。

「……よし!」

 気合いを入れたあたしは、指定された地下にあるドアを叩く。

「すみませーん! 面接にきたメザミでーす☆」

 それからややあって、ガチャリと鍵が開く音がした。

「あぁ、あなたがメザミさんですか」

 残念! ドアが開いて現れたのは中年のおっさんでした!

「お話は聞いています。中へどうぞ」

 黒縁のダサい眼鏡に小太り。短パンに白いランニング姿はまるで裸の大将を感じさせる。(チョット古いカナ?☆)

「そこに座ってください。今お茶をお持ちしますね」

 ソファへと誘導されたあたしは素直に指示に従うと、改めて部屋を見回した。

 そこはマンションの一室といった感じで、小さいキッチンと部屋は別れておらず、ガラスで出来た応接テーブルと今あたしが座っているソファ。その背後には机が二つ置かれていて、その上にはPCがある。

 ワンルームかと思ったが、トイレらしきドアとは別に、キッチンの脇にもそれがあった。どうやら二部屋あるらしい。

「紅茶とコーヒー、どちらにしますか?」

 声の方向に顔を向けると、キッチンから裸の大将があたしを見ていた。

「あ、紅茶で……」

「ああっ! ワタシ、お茶って言いましたもんね! コーヒーはお茶じゃありませんでしたね」

 あたしの答えがツボに入ったのか、大将はニコニコ笑いながらティーバッグで紅茶を入れ始めた。

「あの、面接って……?」

「そうご心配なさらずに。ここに来た時点で八割方合格ですから」

「ホワイ……?」

 あたしは意味がわからずに首を傾げる。

 まあ、あんな勧誘からここに来るなんて相当なバカ(あたしは例外だぞ?☆)しかいないだろうから、あり得るのだろうけど……。

「どうぞ」

 ティーカップをあたしに寄越しながら大将が対面に座る。その格好はやっぱり珍妙なのだけれど、不思議な清潔感があった。所謂余裕を持っている大人のアレだ。

「ご紹介が遅れましたね。ワタシ、イシイと言います」

 イシイと名乗った大将はそう言ってテーブルに名刺を滑らせた。

「湯浅製薬……特務課長?」

「ハイ。ワタシ、こう見えても湯浅製薬の課長をやっております」

「そう……なんですか」

 曖昧に頷いて見せたものの、やはり納得できない。

 国外にも支社があるほどの大企業が、どうしてこんな池袋の雑居ビルに拠点を持っているのだろう。

「あーっ!」

 そんなことを考えていると、突然大将が大声をあげた。

「その顔。あなた、詐欺だと思っているでしょう!?」

「い、いえっ!? ソンナコトナイデスー!」

 思わずあたしは、思ってもいないことを口にした。

「嘘おっしゃい! 顔を見れば分かるんですよ!」

「う……」

 あたしが狼狽えると、大将は「はぁ~」とため息をつきながら肩を落とす。

「良くいるんですよね。あなたみたいな人……詐欺だとかなんとか。たしかにそう思われても仕方ありませんが」

 仕方ないの……? 自覚症状はあるってこと?

「ま、無理に信じることはありません。ここ、製薬事業とは別の部門なので」

「どういうことですか?」

「えーつまりアレです。新薬のモニターになって頂きたいんです」

「ち……治験ってことですか!? あたし、アイドルって聞いていたんですけど!?」

「ご心配なく。似たようなモノですから」

 いや、どこが!?

「実は我が社が今開発している商品がですね。これはもう凄い代物でして」

 そう言って大将はPCが置かれているデスクから、何かの袋を取り出して見せた。

「それ……ラーメンですよね?」

 大将が掲げて見せた物は、どこからどう見てもインスタントラーメンの袋にしか見えなかった。お世辞にも薬が入っているとは思えない。

「ハイ。これが我が社が総力を挙げて開発中の、『マジカル☆チキンラーメン』と言う物です」

「マジカル……?」

「信じて頂けるか分かりませんが、これを食べた人間の身体機能を何倍にもする凄いラーメンなんです」

 大将の話を、もちろんあたしは信じていない。そんなバカみたいな物があるわけないじゃない。

「身体機能の低下に悩む老人や、難病に苦しむ方々。そんな人々を救うために作られたのが、この新薬でして」

「それとアイドルに、なんの関係があるんですか? 大体なんでラーメンの形してるんですか?」

「食べやすさを重視しました」

「そうじゃなくて! アイドルと! なんの関係が! あるんですかっ!?」

「あ~そちらでしたか」

 どっちだと思ってたの!?(そろそろ怒っちゃうぞ☆)

「考えてもみて下さい。身体能力の向上……言うなれば自由自在に肉体を操ることができるんです。歌も、ダンスも、なんなら顔だって思うがママです」

「はぁ……?」

 ダンスについては、まあ分からなくもない。歌についても……チョット苦しいけど肺活量が増えるとかそういうことだと思えば理解できる。

 でも顔についてはどうにもならないと思うのだけど。

 なんてことを考えていると、イシイ大将は手鏡を取り出し、それをあたしに向けた。

「な、なんですか……?」

 あたしは極力自分の顔を見ないよう、鏡から視線を逸らす。

 今朝鏡も見ずにメイクしたのだ。きっととんでもない状態に違いない!(でもそれが個性的なあたしなのだ☆)

「あなた、隈も出来ていますし、お肌の張りも良くありませんね」

「それは――!?」

 あたしはハッとなって両ほほに手を当てる。

 ここ数年、肌の調子は悪くなる一方だった。多分あまり外出しておらず、日照時間が絶望的に足りないことと、カップラーメン中心の食生活が原因だろう。特に昔プチ整形したまぶたの辺りは時折痛みを伴うこともあった。


「身体能力の向上は、美容にも影響があるということです」


 あたしにとって、そんな大将の一言は甘美な麻薬だった。

「アハ……アッハッハ……そんな、夢みたいなハナシ……」

「夢かどうかは、食べてみればわかることです」

 疑うあたしに、大将は自信満々に頷いてみせる。

「もちろん。被験者となって頂く以上、報酬も弾みますよ」

「報酬……」

 それもまた、あたしを引き付ける魅力的なオプションだ。

 両親に嘘をついて得られる月八万円の仕送りで、ネズミとゴキブリが這いずり回るボロアパートでなんとか暮らしているあたしには、喉から手が出るほど欲しい。


 だが……だが……。


 こんな怪しげなインスタントラーメンを食べるだけで得られる報酬など、どうせロクなものでは――


「内容にもよりますので、一概には言えませんが……大体月収三〇万円は貰えると思いますよ」

「ワオ……」

 治験のアルバイトの報酬がいいことは、ネットで見たことがあった。それに三〇万という数字も妙に生々しい。

「だけど……その、ええと、これ治験、ですよね?」

「ハイ。似たようなモノです」

「やっぱり気分が悪くなったりとか……。最悪死んだりとか……」

「いえ。そんなことは一切ありませんよ。これを一日三食。ご自宅で食べて頂ければいいのです」

 それ、ホントォ……?

 という一方で、あたしの中で『騙されたつもりでやってみよう!』という気持ちが芽生えつつあることもまた事実であった。

「とりあえずですね。今日は一袋分お渡ししておきます」

 そう告げて、大将はインスタントラーメンの袋を差し出す。

「あたし、まだやるなんて……」

「いえいえ。乗り気でなければ捨ても構いません」

 そういうことなら……いいかな? とあたしはインスタントラーメンの袋を手に取る。見た目はなんの変哲も無いラーメンだ。

 とてもこれを食べただけで、劇的な何かが起こるようには到底思えない。

「もしそれを食べて何か効果を感じられたら、またここに来てください」

「効果って……どんなのです?」

 あたしの問いかけに、大将はニヤリと口元を歪ませると、

「それは、効果が出ればわかります」

 と答えたのだった。


 あたしはそれ以上追求しても納得のいく答えは得られないだろうと判断し、紅茶をカブ飲みしてから、大将に帰宅する旨を伝える。

 最悪ここに拉致監禁されてしまうのだろうかとも一瞬考えたが、さすがにそれはなく、あたしは春の陽気が迫りつつある夕暮れの中、駅へ向かって歩き出した。


 駅の近くでは、今年から大学生になると思わしき女の子たちが、男子を連れてキャッキャッと何かを話ながら街を闊歩している姿が目にとまる。

 そんな様子から必死に目を逸らそうとすればするほど、そんな自分が情けなくなっていき、マジカル☆メザミーであったはずのあたしは、かろうじて生命活動をしている生きた屍……あたし、坂本芽久実の意識へと戻っていく。


 逃げるように改札口へ飛び込み、電車に飛び乗ったあたしは出入り口に背中を預けながら、居心地の悪さを感じていた。

 電車に乗っているサラリーマンやOLたちは皆疲労感に苛まれているが、それでいてどこか充実しているようにさえ見えたからだ。

 彼ら彼女らはこの世の中が嫌だ嫌だといいながら、そんな自分が好きな清く正しい一般市民。対するあたしは、この社会の下水道で泥水をすすって無理矢理動いているだけのボウフラか何かだった。



 ボロアパートへ帰還したあたしに、あのラーメンを”食べない”という選択肢はなかったわけで。

 何故なら先ほど居酒屋で無駄に出費してしまったからである。

 この際、このラーメンにどんなヤバイ物が仕込まれていようと、空腹に耐えるよりはいくらかマシだろう。

「お湯を入れて、三分……」

 なんだ。やっぱり普通のインスタントラーメンじゃねーか。

 まあそれでもいいのだ。意味不明なやりとりがあったものの、タダで食事が手に入ったのならそれはそれで良しとしよう。

 なんてことを考えていると、あっという間に三分が過ぎた。

「見た目に異常は……なし」

 てっきりスープが緑色とか、正露丸のような匂いが漂ってくるかと思ったがそんなことはない。(ま、それでも食べるけどね☆)

 むしろチキンコンソメのほのかな香りが四畳一間を満たすことにより、お香を焚くという小洒落た趣味を持つ余裕もないあたしにとって、つかの間のリッチな気分さえ味わえた。

「ズル……ズル……」

 音を立てながら、私は一心不乱にラーメンを食す。

 ツルツルとした麺の食感が喉を通り過ぎ、チキンコンソメの味が五臓六腑に染み渡っていく。


 そして、あたしは知った。


 ――これは、美味しい。


 いや、ちょっと待って。何この美味しさ!?

 今まで食べたどのインスタントラーメンよりも美味しい。いや、これまであたしが食べたどんな料理よりも美味しいのではないか!?

「はあっ――はあっ……んぐっ、んぐっ……!」

 あたしは無我夢中で麺を貪り、スープを飲む。

 気づけばあっという間にどんぶりは空になっていた。

「なっ、なんなの……これ……?」

 まさか大将が言っていた『効果』とは、これがもの凄く美味しいと言うことなのだろうか?

 湯浅製薬は世界中の人間を、このインスタントラーメンの中毒にして莫大な利益を得ようとしているのではあるまいか?

 もしそうだとすれば、何の変哲もない、”強いて言えば生きていること”だけが取り柄のあたしが被験者に選ばれた理由も納得できる。


 異変が起きたのは、次の瞬間だった。

「おぅっ――!?」

 胃袋に鈍い痛みが走った……と感じた直後、全身から凄まじい量の汗が滲んでくる。

 耳の奥から『キーン』という鋭い音を感じながら、あたしの視界がぐるぐると渦をかいたように回り始めた。


 ――バッ! ババッ! シュババババババ!


 どこかで何かの音がする。

 しかし、それが何かを把握しようとも、酩酊を始めたあたしの意識では何もすることができない。

 立っていることさえ困難になったあたしはフラフラとしながら、ちゃぶ台に手をつこうとしてバランスを崩す。その衝撃で転んだあたしはちゃぶ台に乗っていたノートPCに頭から突っ込んでしまう。


 ――バッ! ババッ!


「うっ、おげ……オウ、オウ……」


 まるでオットセイの鳴き声のような物しか発せ無くなったあたしは、そこでようやく謎の音の正体に気づく。


 ―バッ、ババッ!


 これは……あたしの筋肉の音だ。

 何が起きているのかはさっぱり分からないが、あたしの意思に反して、全身の筋肉がなんらかの活動を行っているのだ。


 ――バババババッ!!


 全身を波打つような衝撃が走る。それは足、腸、胃へと連鎖していき、心臓をドクン! と脈打たせた。


「はううっ――!?」


 その心臓の動きに合わせ、あたしの意識は真っ白に染まった。


「――はああっ!?」

 と思った直後、あたしは覚醒する。

 それもただ起きただけではない。本当の意味で、あたしは”覚醒”した。


 筋肉繊維の一本一本の微細な活動を感じ、

 目に映る視界はクリアーで畳の中でうごめくダニが動く姿を捉え、

 そのダニの足音が聞こえるほど繊細音さえ感じている――。


 あたしはPCモニターに突っ込んでいた頭をバッ、とあげる。

 それから、おもむろに両手を広げ、それを少しのぞき込んでから握りしめた。

 そのまま握り拳を床に向かって突き立てる。


 ――パァン!


 刹那。爆竹のような音が部屋中に響いたかと思うと、あたしの部屋の床に大きな穴が空いた。

「あは……あはは……」

 なんだ。この現実感の無い光景は? そうか、これは夢なのだ。

 あのラーメンには幻覚作用があって、あたしは今幻覚を見ているのだろう。


 まあ、幻覚だろうがなんだろうが構わない。

 これが真のあたしの力……あたしが……あたしが……。


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