神様、異世界転移/転生者を観察する
天上界異世界管轄第三センター内部のずらりとモニターが並んだ部屋で、一人の神様がコーヒーを飲みながら仕事の勇者観察に取り組んでいた。
「久々に眺めるけれど、送り込んだ勇者たちは果たしてどんな活躍をしているのかな?」
神様の仕事は異世界に勇者候補を転移/転生させて終わり、という程単純なものではない。言語補正サービスといったフォローはもちろんの事、異世界に行った後も勇者候補が直ぐに異世界に馴染めるよう性格を調整したり、近場に手軽な盗賊団を配置して金索に困らないようにする等アフターケアも含まれている。
つい数日前まで普通の高校生だった人が容赦なく人狩りに興じる事が出来るのも、神様が罪悪感をこっそり消しているからだったりする。
とはいえ神様の極度な干渉は異世界に悪影響を与えるし、最悪の場合は異世界の神様との喧嘩に発展する恐れすらある。どこまで勇者候補に干渉するかは神様のスタンスによって大きく異なっているのが現状であり、この第三センター担当の神様はあまり干渉しないスタイルを取っている。
別に仕事が面倒くさいからサボっている訳ではない。決して。
「さて、さっそく仕事するか。一人目は……数年前に送り込んだ転生者か」
一人目の名前は木中梢。当時38歳サラリーマンだった彼をとある没落貴族の元に転生させたところまでは良く覚えている。転生前から勤勉な人間ではあったし、多少ではあるがチートも持たせておいた。きっと今頃は子供ながら頑張っている事だろう。
そう思ってモニターを覗いてみると、そこには凄惨な光景が広がっていた。なお、ここから木中さんの心の声が流れるが、これは天上界モニターの仕様であって決して手抜きではない事を釈明しておこう。
***
やぁ、僕はリエル=カルディア。とある没落貴族の末弟として転生した元日本人だ。今は七歳児をしている。不遇な立ち居地であり、上の兄弟からは厄介者みたいに扱われる事もあったけど僕はそれでも必死に努力した。
初めて魔法を使ったのは一歳の時で、確か屋敷に潜り込もうとした盗賊を追い払ったんだっけな。あの時の盗賊の顔はよく覚えている。物覚えが速かった僕は三歳児になる頃には家の本棚にある魔法書を全て読み込んでいた。
四歳児の時はメイドさんを蝕む病気を治すべく一緒に霊草を取りに行った。まさかドラゴンに遭遇するとは思わなかったが、なんとか撃退する事が出来た。霊草で病気が治った時のメイドさんの感謝の言葉が今でも心に残っている。
五歳児の時は貴族領の農業改革に取り組んだ。二毛作の導入、異世界の土壌に合った肥料の作成、農業用具の革新、こっそり収穫をピンハネする悪徳役人の炙り出しなど苦労は絶えなかったが、おかげで収穫量は順調に延びており、あと数年もすれば収穫量は改革前のの二倍に達するだろう。
そして六歳児の時、ついに僕は後継者争いへと巻き込まれる事になった。当初は私設の警備兵を侍らせる長男や毒物を使いこなす次男相手に苦戦を強いられたものの生まれた時から裏でこっそり支持者を集めていたのが功を奏し形勢は逆転、長男と次男は家から追放される形になった。長男が最後の足掻きとして放ってきた国随一の暗殺者には度々命の危険に晒されたが、なんとが撃退する事が出来た。ちなみに、その暗殺者が女であり、今では僕に忠誠を誓っているのは言うまでもない。
と、ここまで思う通りに事を進めていきついには後継者として選ばれたのだがそろそろやりたい事がなくなってきてしまった。
そんな時に僕は両親から学園に入らないかという提案を受けた。なんでも各地方の貴族が優秀な子供を派遣する名門校であり、そこで頭角を現すと国王直々に声が掛かるとまで言われている。さらにその学校には全校生徒によるトーナメントも行われており、学園の目玉になっているらしい。
よし、学園に入ってからも頑張るぞ!
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「うわぁ、これは酷い……」
典型的な燃え尽き症候群です。本当にありがとうございました。
きっと木中さんは学園に入ってからどうするか等微塵も考えていない事だろう。だが、そんな調子ではいずれ存在力を失って消滅するに違いない。目標を失った転生者はいずれも消え行く運命にあるのだ。というか学園だけでも危険信号などにダメ押しでトーナメントとかもう、ね……
うん、まぁ、がんばれ。はい、気持ち切り替えて次!
二人目は七瀬瑞樹。当時17歳だった彼女が異世界転移時に堅実に生きたいと表明していたのを良く覚えている。確かチートとして付与魔法を彼女に与えたはずだ。地球に居るときから人付き合いが上手かった彼女の事だ、きっと今頃はどこかで勇者達を影から支えている事だろう。ここ数ヶ月前に送り出した転移者なので、そこまで劇的な変化は無いかもしれないが。
そうして覗いたモニターには、確かに堅実に頑張っている少女の姿があった。
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私はナナセ=ミズキです。異世界でも地球と同じ名前で通しています。おかげでよく周りからは変わった名前だな、と言われます。
初めて異世界に来た時、森の中をさまよっていた所を親切な冒険者に助けてもらいました。始めは冒険者になるつもりはなかったのですが、この事を切欠に付与魔法で多くの人を助けられればと思い冒険者を目指す事にしました。
異世界に来て数ヶ月、私は村のみんなと一緒に地道にレベルを上げている所です。ゴブリンとスライムでレベルを上げるのは大変でしたが、おかげで大きな怪我無くレベル10に達することが出来ました。それでも村を襲ってきたオークを撃退するのはかなり大変だったけど、予め魔物の襲来に警戒して罠を用意していたので何とか勝つことが出来ました。
オーガには勝てそうに無かったので村人の避難誘導、迅速な騎士団への連絡に取り組む事で、村は壊されてしまいましたが被害を最小限に抑えることが出来ました。臆病だという人も居るかもしれませんが、私達のレベルでオーガと戦うのは付与魔法を使っても少々危険でした。やはり人間は生きてこそだと思うので、あの時の判断は間違っていなかったと私は思います。
現在は村人と一緒に村の復興を手伝っている所です。村人からは復興を手伝ってくれる事に感謝の声もありましたが、村を守りきれなかったのは私達の力不足のせいなので、これからも精進していつかは立派な冒険者になりたいです。
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「いや、戦えよ」
いや、間違ってない。むしろ正しい。勝てない相手に突撃するのは無謀者の行為だ。状況を判断し被害を最小限に留め、その後の復興まで支援する彼女は間違いなく冒険者としては優れている。それに地道にレベルを上げる行為も安全面という観点では間違い無い。堅実だ。実に堅実だ。きっと彼女はRPGの最初の村で限界までレベルを上げるタイプなのだろう。
でも、せっかく異世界に着たんだから最初の村に留まらずもっと冒険して欲しい。たとえ厳しくても目の前の壁に果敢に挑んで欲しい。付与魔法でちゃんと勝てるように設定しているのだから。わざわざ転移させた側の気持ちも考えて欲しいものだ。
とりあえず冒険者なのでもっと危険を冒してください。次。
さて、三人目……もとい三組目は集団転移で送り込んだ某高校2-3の40名である。
各々に勇者に相応しい強力な能力を渡しているがなんといっても目玉はクラスの苛められっこ、安平正治だ。彼にはこの手の転移でお約束の“一見するとまるで使えないが実は超強いチート”を渡している。
『悪夢の刻印』はスキルが使用不可になるという重い代償がある。その代わりに説明文には書かれていないが全ての魔物を触れただけで従える事が出来るという凄まじい代物である。スキル欄が空欄で雑魚だと思っていた奴が大量の魔物を引っさげて王国とクラスメイトに復讐する。きっと素晴らしい光景が広がっているに違いない。
そう思って、モニターを覗き込んだ。
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Error message
『ヤスヒラショウジ』は存在していません。入力した名前に間違いが無いかもう一度お確かめください。
***
早速下っ端の天使を召集して話を聞いた所、非常に言い辛いのですが、と申し訳なさそうに前置きをした後
「王城を追い出され異世界でも報われないと感じたヤスヒラ様は……自ら命を絶ちました」
日本では自ら命を絶つ人が多いという事は知っている。学校のいじめもその原因の一つになっている事は予てから聞いていた。現実世界で報われていない少年が、誰も助けてくれない見知らぬ世界でイジメられ、おまけに神にも見放されたと早とちりしたのではこのような結末も仕方が無い……訳ないだろ!
ほんの少し頑張れば目の前にはバラ色異世界生活があったんだよ!なんでそこで諦めるんだ、もっと熱くなれよ!
自らが送り込んだ転生/転移者が空振りに終わる様子を眺めて、神様はくらくらと目眩がするのを感じた。地球人を異世界に送るのもチートを付与するのも全て神様が自前で魔力を払っているのだ。骨折り損のくたびれ儲けとはまさにこの事である。
だが、神様の目はまだ死んでいなかった。
そう、あと一人居る。それも本命中の本命が!
彼の名前は蒼樹茂。鑑定、魅了、レベルアップ補助等の基本装備を完備し、さらに能力虜奪まで持たせた満を持してのチート勇者である。当時新米の神様だった自分が彼を成功させるべく長年貯めていた魔力を全て使って強化したのも今では良い思い出だ。
当時まだ真面目だった私はきっちりアフターフォローも欠かさず盗賊を配置したり、こっそり奴隷の人格を調整したりする等積極的に彼を助けていた。彼自身も異世界に来て俄然やる気を出したらしく、ギルドでの活躍、魔人との大立ち回り等を繰り広げていた。
彼ならばきっと魔王討伐を果たし、立派な勇者になっている事だろう。
私は心の中で祈りつつ、名前を打ち込むと彼を送り出した異世界が映っているモニターに目をやった。
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Error message
『アオキシゲル』は存在していません。入力した名前に間違いが無いかもう一度お確かめください。
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暫くの間状況が飲み込めず呆然としていたが我に返り天使を召集しようとすると、こちらの心を読んだかのようなタイミングで天使があわてて部屋に入ってきた。切迫した様子を見せる天使の表情が、想定外の事が起きたのを雄弁に語っていた。
「た、大変です!」
「大変って、まさか蒼樹さんまで自殺したとかじゃないよね?」
「蒼樹が、勇者アオキが異世界を抜け出し魔王と共に天上界に攻め入りました!」
「ふえぇぇぇ!?」
勇者の侵攻により、天上界は成す術なく壊滅した。
そして土下座と説教の後に、私は気が付くと勇者ハーレムの一員になっていた。顕在して500年目の新米神様の私は、改めて人間ってすごいなぁと感じるのだった。