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居酒屋

ただただ思いついて書いただけ。

「いらっしゃいませー!!」


 景気の良い声を聞き、店員に促されるままに席に着く。とりあえずビールを頼むと二人の男はゆっくりと話し始めた。


「んで、一体何の用だ?健吾。お前のほうから飲みに誘ってくるなんて珍しいじゃないか。」


 そういうのは佐藤仁。前に座る川内健吾と会社の同僚であり、親友であった。健吾はポケットから煙草を取り出し、火をつけた。


「ああ、ちょっとな。彼女と喧嘩しちまって・・・。」


 健吾には付き合って2年、同棲中の彼女がいた。しかし、しょっちゅう喧嘩し、そのたびにすでに結婚している仁によく相談、もとい、愚痴を聞いてもらっていた。今日もそのために飲みに誘ったのである。


「またか。一体何回目だよ。」


「ああ。すまないな。」


「いいよ。で?今回は何があったわけ?」


「それがな、あいつ、結構自分の思ってる事隠したがるんだよ。お前覚えてるか?この前、会社のサーバーにエラーが起こった日。あれさ、直るの遅くなって結局その日徹夜になっただろ?それで俺もめちゃくちゃ疲れてさ、家に帰ってついあいつに当たっちまったんだよ。あいつもすげえ悲しそうにしててさ、次の火ちゃんと謝ったんだよ。だけどあいつ、全然気にしてないから、ってすげえ悲しそうな顔で言うんだよ。絶対あいつ本当は傷ついたんだよな。だからさ、俺あいつに本音で語り合おうぜって言ったんだよ。だって今回俺が自分勝手に怒鳴り散らしたせいであいつを傷つけたんだからさ、あいつから本当の気持ちを聞くべきだよな?でもあいつ、大丈夫だから、の一点張り。いくら言っても話そうとしないんだよ。それで俺さ、つい俺には本音で話せないのかよ!まだ俺たちは気を使わなくちゃならないほどの仲なのかよ!って言ったんだ。そしたら、あいつすげえ悲しそうな顔してごめん、って言って出て行っちまった。連絡も取れずに、昨日あいつんち行ってみたけど、出てくれなかったよ。」


 健吾はゆっくりと、しかし、しっかりと、あったことを話していった。その間に来たビールも乾杯されずに泡がどんどんと消えて行っていた。煙草も一本目はすでに燃え尽きて、二本目に入っていた。

 健吾の話を聞いていた仁は適当に注文をして、再び健吾に向き直した。


「話が長い。」


「うるせえよ。」


「なに?つまり要約すると、彼女に当たって傷つけたから本音で話し合おうって言ったけど聞いてくれずに出て行ったと。」


「まあ、そんな感じだな。」


「ふーん。普段からあんまり本音を言い合ったりしないんだ。」


「ああ。別に気を使ってるとは思わねえんだけど、なんか隠してるっていうかな。そのせいで俺のほうも思ってること言いにくいしよ。」


「へえ、健吾も言いたいことはあるんだ。」


「そりゃな。一緒に住んでるんだし、文句の一つや二つあって当然だろう?」


「まあ、そうだろうね。」


 次第に料理も運ばれてくる。ビールも飲みほして、次々とお酒や料理を注文していった。


「なあ仁、お前のところはどうなんだ?普段から本音で話し合えてるのか?」


 少しアルコールが回っているのか、二人とも顔のあたりがほんのり赤くなっていた。


「うーん、どうなんだろ。よくわかんね。」


「なんだそれ。だめじゃねえか。結婚してるのに本音で話し合えないとか。信頼し合ってねえ証拠じゃねえの?大丈夫なのか?」


「ご心配なく。もうすぐ第一子誕生ですよ。順風満帆です。」


「おお、そういえばそうだったな。おめでとさん。」


「ありがとうございます。」


「でも本当大丈夫なのか?本音で話う合うって大事だと思うが。そうすれば二人とも成長するし、仲もより深まるし、絶対それまでより良くなるぜ。」


「んー。俺はそうは思わない、かな。」


「・・・・は?」


 健吾の手が止まった。一時の静寂が、居酒屋に響く店員の声と、周りの客の話し声がやけに大きく聞こえさせた。


「じゃあ、仁、お前は本音で話し合うってことが悪いことだって言いてえのか?」


「そこまでは言ってないでしょ。例えば、健吾はさ、本音って何のために言うの?」


「そんなの、自分の気持ちをわかってもらうために決まってんだろ。その人が心の中で思ってることは誰にも分んねえ。だからこそ、言ってくれなきゃな。」


「まあそうだろうね。でもさ、それを知ってどうすんの?」


「はあ?どうすんのってそりゃお前、なんかが嫌だってんならそれに合わせて周りがいろんなことしてやれるだろ?一人で悩まなくて済むじゃねえか。」


「かもしれないね。だけど、それって必ずしも素晴らしいこととは限らないんじゃないかな。」


「どういうことだよ。」


「本音を相手にぶつけて相手の本音を押しつぶしてるんじゃないかってこと。喧嘩してさ、俺はこう思ってるんだからこうしてくれ!って言って、相手の行動を制限したら、次は相手がそれまで露わにしてた本当の自分を隠さなきゃいけなくなるでしょ?結局どちらかが我慢しなくちゃいけないなら、相手に我慢させるより、自分が我慢した方が断然楽だよ。」


「いや、確かにそういう考え方もあるかもしれねえけどさ。」


「まあちょっと特殊かもね。でも、そう考えると、本音を何のために言うのかっていう答えが変わってくるんじゃない?」


「相手を従わせるためってことか?」


「まあそこまでは言わないけど、近いものはあるだろうね。それに案外自分の気持ちって変えようと思えばすぐ変えられるもんだよ。自分をだますのって結構簡単なんだよ。」


「なんかそれってすっげえ悲しいな。」


「まあそういう考えもあるかもね。」


 あははと笑う仁。酒が回ってきたのか健吾もつられて笑っていた。


「あー、なんかもういいわ俺。喧嘩なんて馬鹿らしくなってきたわ。」


 健吾が今までよりも少し大きな声でそういった。伸びをして上の照明に手が当たる。揺れる照明に再び二人は笑い出した。

 一通り食べ終え、会計をすまし、居酒屋を出ると、冷たい夜風が体を通り抜けた。


「仁、俺もう本音とかどうでもいいや。ただ、あいつが笑顔でいてくれればそれで。別に本音が知りたいわけじゃないから。笑顔でいてほしいだけだら。」


「はいはい。よし健吾二件目行くぞ!」


「えー。俺がさっき払ってやったから次はお前がおごれよ。」


「しょうがねえな!ほら歩いた歩いた!」


 狭い路地を、照明の冷たく騒がしい光が照らす中、二人の男が暖かい空気をまといながら歩いていく。二人の笑い声は周りの騒がしさとは切り離され、静かに、柔らかく響いていた。

思い付きから生まれた二人の男たちのお話です。寒くなってきたので少しでもあったかくなれれば幸いです。

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