その2(全4回) オペレーションに失策があると失敗する
フミト皇太子は、皇太子の地位を失い、元帥の地位を得て、フミト元帥となった。
元帥とは、軍人にとって最高の地位だ。皇帝から軍事に関する全権を委任されている。シン帝国では、そういう位置づけになる。
ちなみに、シン帝国では、軍事に関しては役割分担があった。
平時の管理――軍隊の人事や兵器の調達などは、軍務大臣が担当する。
有事の指揮――作戦の立案や現場の指揮などは、総司令官が担当する。
そして、重大なこと――開戦や終戦の決定などは、皇帝が担当する。
これら3つのことをすべて行えるのが元帥だ。
長らくシン帝国には元帥がいなかった。その権力が強大すぎるからだ。しかし、フミトにシン帝国の軍権を集中させるため、改めて「元帥」を設けたのだった。
どうしてフミトに軍権を集中させるのか?
「北部の侵攻、テロの実行、帝都の空襲、南部の侵略など、連邦の敵対行為はとどまるとことを知らないわ――」
ハナ摂政は、宮殿の大広間で、居並ぶ文武百官を前にして堂々と語る。
「――もはや連邦との全面対決は避けられない。きっと困難な戦いになると思うけど、この戦いを勝利に導ける人はいる?」
フミトを元帥にすることに反対した臣下を含め、文武百官のだれもが黙っている。連邦と開戦したとして、その戦争に勝てる自信のある臣下はいない。
ハナ摂政は、ゆっくりと文武百官を見渡してから言葉をつないだ。
「だからこそ、あたしはフミトを元帥にしたいわけ。フミトはかつて“百万の大軍”を打ち破った“救国の英雄”だから、連邦との戦いを勝利に導けると思う。これでもフミトを元帥にすることに反対する人はいる?」
もちろん、いない。連邦との戦争をもちだされたら、なにも言わないほうがいい。
そもそも連邦と戦うのは大変だし、失敗すれば処罰される。そんな面倒なことには関わらないほうがいい。フミトに押しつけ、知らん顔を決めこんだほうが得策だ。
そういう計算もあって、それ以来、フミトを元帥に反対する臣下はいなくなった。
今の宮廷には、でかい口をたたく連中は多いくせに、みずから難しいことを引き受けようという人材はいない。いざとなると尻ごみするヘタレばかりだ。
(まったく先が思いやられるわ)
すべては皇子派が中央にイエスマンばかりを集め、気骨ある人材を地方に追いやった結果だった。
(いずれは改革しないといけないと思うけど、まずは目先の問題よね)
目先の問題とは、もちろん連邦との関係をどうするかだ。
フミト元帥は、こんなことを話していた。
「わたしがはじめて軍師殿に会ったとき、軍師殿は教えてくれた――」
モラルで乱暴をなくしたいと言っても、それは古の名君たちがしたいと思っても、できなかったことだ。だから、武力で乱暴をなくすのだ。
「――話しあって解決する。これこそが平和的で理想的なやり方だろうね。だが連邦の敵対行動は、もはや話し合いで解決できるとは思えない。たとえ力ずくでも、その野心をたたきつぶさない限り、帝国に平和はおとずれないだろう」
たしかに連邦は、これまで敵対行動をくりかえしてきた。となると、これからも敵対行動をとってくるだろう。ならば、国を守るためには、やられる前にやるしかない。予防攻撃だ。
しかし、勝算はあるのか?
ハナ摂政は、それが心配だった。
今、中央にいる文武百官には気骨がない。いざとなれば、われ先にと逃げだすだろう。これでは、いざというとき、ふんばりがきかない。
だから、ちょっとした失策が命取りになりかねない。
「心配なのは分かるが、心配するな。そのために今回、挙国一致の態勢をつくりあげたのだからね――」
フミト元帥は笑顔で言う。
「――みんなが1つになれば必ず勝てる。団結は力なりって言うだろ?」
それに軍師殿にも相談している。勝算はある。
◆ ◆ ◆
クリーは、フミト元帥から連邦への遠征について相談されたので答えた。
「遠征するなら、将兵を召集し、行軍し、布陣し、戦闘するという流れになると思う」
「それもミン族に伝わる教えかい?」
「はい。このうち招集については、姫様が言うみたいに“じんじのさっしん”が必要になると思う」
「人事の刷新?」
「わが一族に伝わる教えだけど――」
無能な人材を採用するなら、負ける。
ならず者を兵士にしたり、負けて逃げる兵士を押し止めて戦わせたりし、そのうえ実力がないのに、あるようにとりつくろっているなら、負ける。
「――つまり、人数をかき集めるよりも、まずは人材をそろえることが大切ということ」
そう言ってクリーは、こんなエピソードを話した。
かつてホウジョウ国の名君にして名将だったチャイロンは、「軍隊は量より質が大事だ」として、軍隊をリストラして、少数精鋭の軍隊をつくりあげる。
その軍隊は、めっぽう強く、次から次に敵を撃破できた。残念ながらチャイロンは天下の統一を目前にして病死する。しかし、後継者のジャオカンインが代わりに天下の統一を成し遂げた。
「たしかに今の帝国軍は、皇子派が情実人事――能力よりも好き嫌いを優先して取り立てた軍人が多いから、必ずしも強いとは言えないね。それに数にものを言わせて勝とうとしていたから、ムダに兵数も多い」
「だから、改革が必要になる」
「そうだね。だけど、今は改革に時間をかける余裕がないから、頭が痛いよ――」
フミト元帥は苦笑いする。
「――どうしたらいいと思う?」
「えっと、たとえば殿下の北部辺境守備軍とか、シャオ隊長の民族義勇軍とか、アルキンの百人隊とか、そういった軍隊なら数は少ないし、精鋭ぞろいだと思う」
「たしかに……。皇子派から増員を許されなかったし、望むと望まないとにかかわらず多くの戦いを経験してきたからね」
最終的にフミト元帥は、これをヒントにして、3つの主力部隊と1つの別働隊から成る遠征軍を編成することになる。
「――とりあえず召集もうまくいったとして、次に行軍だけど、これについては、どうなるかな?」
「わが一族に伝わる教えから言うと――」
兵士の通る道が歩きにくくて、みんなが苦しんでいるなら、負ける。
日が暮れたけど、目的地までは遠くて、みんながイライラするようになっているなら、負ける。
「――つまり、遠征のルートが難路だったり、遠路だったりすると大変になるから、対処が必要だということ」
「なるほどね。連邦に遠征するとなれば、ルートは2つだね」
1つは、西の海を渡る海路だ。近道にはなるが、上陸戦が大変になるので、難路になるだろう。
もう1つは、北のターレン街道を経由する陸路だ。迂回作戦には最適かもしれないが、かなりの遠路になる。
道のりが遠いと、連邦に入るまでに疲れてしまう。それに補給も大変になるし、なにより難攻不落のターレン要塞があるので、緒戦で苦戦するだろう。
「海路も陸路も一長一短があるね。軍師殿としては、なにか名案はあるかな?」
「えっと……、“熱気球”と“即席の城”を使えば、海路が有利になると思う」
そう言ってクリーは、作戦のアイデアを語った。
「――なるほど、そうすれば上陸戦でもダメージを少なくできるかもしれないね」
フミト元帥は満足げだ。
「しかし、そうなれば、“即席の城”が布陣のポイントになるのかな?」
「はい。あと、これに関しては、こんな教えもある――」
堅固な陣地づくりをして、みんなが疲れているなら、負ける。
従軍のために野外での生活が続き、意気ごみが弱まっているなら、負ける。
「――布陣するときに工事や野営が大変だと、疲れて、やる気も落ちていく。だけど、“即席の城”を使えば、手軽にできあがるし、守りやすくなるから野営も楽になる」
「つまり、こうすれば、先遣隊も悪戦苦闘しなくてすむから、橋頭堡も築きやすく、上陸戦もやりやすくなるわけだね?」
「はい」
「では、あとはいよいよ戦闘だ。これについてはどうだい?」
「戦闘で気をつけたいこととしては、こんな教えがある――」
フォーメーションを組まないで狭いところに出ていくなら、負ける。
軍隊の配置が戦いやすいものでないなら、負ける。
戦うとき、一方に気をとられて、他方がおざなりになるなら、負ける。
「――つまり、連携できていないとダメということ」
そう言ってクリーは、こんなエピソードを紹介した。
かつて名将チーチーガンも、名将チェングオハンも、部隊を編成するときには、出身地が同じだったり、師弟関係にあったりする者を集めて編成するようにした。
ふだんからの知り合いで部隊を編成していれば、戦うときに助けあうようになるからだ。
その結果、チーチーガンの軍隊は、正規軍ですら勝てなかった海賊に勝つことができた。チェングオハンの軍隊は、政府軍ですら勝てなかった賊軍に勝つことができた。
「まさに団結は力なりだね」
「はい。だから、殿下も身内で固めたらいいと思う。たとえば、ヤマキ中将とか、シャオ隊長とか、フワ辺境伯とか、そういった人たちは殿下に心服しているから、たとえ苦戦しても頼りになると思う」
「もちろん軍師殿も“身内”、つまり仲間だよね?」
「あ……はい」
なぜか顔をあからめ、どぎまぎするクリー。
フミト元帥は、そんなクリーを見ると、ほほえましい気もちになる。
(軍師殿は、ただの軍師と言うよりも、凄惨な戦場に咲いた一輪の花……と言うか、一服の清涼剤だな。ありがたいよ)
それから数週間後のこと――。
ハナ摂政は、シン帝国皇帝の名のもとに「開戦の詔書」を出し、連邦に宣戦を布告した。




