その2(全4回) 空中戦艦は墜落し、南部5侯連合軍は瓦解していく。
戦場は、ちょうど中央と南部の境界にある広い平原だった。
南部連合軍は「わが軍は精悍な10万人の兵力をもつ」と号している。今回の遠征に際して多くの傭兵を雇い、兵力を増やしたらしい。
その兵力配置だが、カワ辺境伯軍が左軍となり、トウドウ辺境伯が右軍となって、それぞれ先鋒として布陣している。
先鋒は、最初に敵とぶつかる。戦いが始まったばかりのときは敵も元気なので、大きな被害を受けやすい。だから、だれもが敬遠したいポジションだ。しかし――。
「空中戦艦からの一方的な攻撃を受け、パニックになった帝国軍なら、たやすく撃破できる。だから華々しく先陣を飾ることができる」
どちらかと言えば好戦的なカワ辺境伯と、トウドウ辺境伯は「一番槍」の栄誉を得るため、みずから進んで先鋒になっていた。
そんな意気軒高たる左右両軍の中央、やや下がったところにフワ辺境伯が中軍として布陣している。
「わたくしは先鋒の突撃に続き、一息おいてから突撃し、カワ辺境伯とトウドウ辺境伯を加勢いたします――」
フワ辺境伯は、事前の打ち合わせの際に話していた。
「――かりに先鋒になにかありましたら、殿軍として全力でふみとどまり、左右両軍の後退を支援いたします。従いまして、カワ辺境伯とトウドウ辺境伯におかれては、安心して先鋒を努めていただきく思います」
というわけでフワ辺境伯軍――中軍は、左右両軍が突撃したあと、第2波として突撃を敢行する構えをとっていた。
残るシン辺境伯軍とヒラ辺境伯軍の2軍は、後衛として戦場のはるか後方に陣地を築き、たてこもっていた。この陣地は、戦闘部隊――左軍(カワ辺境伯)、右軍(トウドウ辺境伯)、中軍(フワ辺境伯)のための補給基地であり、いざというときの避難場所でもある。
どちらかと言えば心配性な2人――シン辺境伯とヒラ辺境伯にとって、今回の後衛という役割は最適なものだった。
――細工は流々、仕上げを御覧じろ。
南部5侯はそんな心境で、みずからの適材適所なフォーメーションを誇り、戦うより先に戦勝気分になっていた。
もちろん、その強気の裏には、空中戦艦の存在がある。
「帝国軍には、空中戦艦に抗う術がない。空中戦艦が味方についているかぎり、負けることはない」
南部5侯のみならず、その将兵たちも強気だった。
そして今、将兵たちが歓呼の声をあげるなか、その上空を4隻の空中戦艦が飛んでいく。 目ざすは帝国軍の陣地だ。
帝国軍は15万人の兵力をくりだし、「即席の城」を築いて守りを固め、南部連合軍と対峙していた。
「いくら地上の守りを固めてもムダなこと。上空はがらあきだ」
空中戦艦に同乗していたイチマツ宰相は、ニヤリとしてつぶやいた。
◆ ◆ ◆
空中戦艦は、なにものにも邪魔されることなく、やすやすと帝国軍の上空に侵入する。
そして、わがもの顔で悠然と爆弾の雨をふらせ、帝国軍をパニックにおとしいれていく。
はずだった――。それなのに――。
「まさか、こんなことになるなんて……」
イチマツ宰相は、空中戦艦のブリッジで唖然としていた。窓から戦況を見て、青ざめている。
ダダダダダ!
上空に浮かぶ多くの熱気球から空中戦艦に向け、機銃による一斉射撃が行われていた。
パス! パス! パス!
銃弾は空中戦艦に命中し、その布張りの艦体に穴をあける。
熱気球の一斉射撃はしつこいくらいに続き、空中戦艦はハチの巣になっていく。
「帝国軍にも飛行兵器が存在したのか!?」
空中艦隊をあずかる若い提督は、驚き、かつ悔しそうにつぶやく。
こんなことは想定外だ。提督は若いだけあって戦場の経験が少ないからだろうか、どうしたらよいのか分からない。
今や空中戦艦のブリッジは、予想外のできごとを前にして、パニックに近い状態にあった。
「とにかく回避行動をとれっ!」
艦長が急いで命じ、操舵手が舵輪をあわてて回す。
空中戦艦は、スピードをあげながら銃撃をかわすべく、右に左に旋回する。上昇や下降をくりかえす。その姿は、まるで小さなシャチの群れに襲われて身もだえる大きなクジラのようだ。
しかし、どうにもならならない。熱気球の射程内からすぐには離脱できない。
「チェックメイトだな」
帝国軍の司令部――本陣にいた総司令官は、望遠鏡で空中戦のようすをながめながら、ニヤリとしてつぶやいた。
ドッカーンッ!
まもなく耳をつんざくような轟音が響きわたった。空中戦艦2番艦が大爆発を起こしたのだ。
空中戦艦を宙に浮かべるための気嚢には、水素ガスが充填されている。水素ガスは引火性、爆発性が高い。
その気嚢に熱気球からの銃弾が命中して火を出す。それが水素ガスに引火したのだ。
「空中戦艦の艦体は木と布でつくられているから、燃えやすいはずだ。だから、命中すると火を出す銃弾――成形炸薬弾を使えば効果的かもしれない」
そんな安易な発想で熱気球の機銃には成形炸薬弾を使用していたのだが、それが意外な方向で功を奏したわけだ。
ちなみに空中戦艦の艦体に使われている木や布は、防火処理をほどこされているので、そうかんたんには燃えない。
しかし、内部にいくつもある気嚢に充填された大量の水素ガスに火がついたなら、話は別だ。
空中戦艦2番艦は、あっけなく燃えあがり、見る見るうちに巨大な火の玉となって墜落していく。搭乗員にはパラシュートが支給されているが、これだけ火の回りが早いと脱出も間にあわないだろう。
まもなく3番艦も爆発し、4番艦も爆発して、さらに1番艦も爆発した。いずれも火ダルマとなり、あっけなく轟沈していく。
「ありえない!」
南部5侯の共通した感想だ。
燃えながら落ちていく空中戦艦を目の当たりにして、南部5侯はあんぐりと口をあけていた。想定外のできごとに言葉を失っている。
呆然としてしまったのは、南部連合軍の将兵たちも同じだった。あっけなく墜落していく空中戦艦を見て、みるみる戦意を喪失していく。
「空中戦艦の空襲で帝国軍をパニックにおとしいれ、そこに突撃して圧勝する」
これが南部5侯の作戦だった。しかし、頼みの空中戦艦が使いものにならなくなった今、その作戦は破綻してしまった。もはや勝機は去った。
『攻め手の兵器が使いものにならず、守り手の守りが万全であるならば、攻め手の作戦は失敗する』
ミン族に伝わる教えだが、そのとおりだった。
◆ ◆ ◆
総司令官は、望遠鏡をのぞき、南部連合軍のようすを確認していた。
(軍旗がふらついている。動揺したか。想定どおりだな。今こそ攻める潮時であり、好機だ)
総司令官の顔には、不敵な笑みが浮かぶ。
実際、南部連合軍の将兵は、衝撃的な現実――空中戦艦の轟沈を目の前にして、心に余裕を失っていた。パニック寸前と言ってもいい。
そのせいで軍旗がふらつく。旗手の心の乱れが姿勢の乱れにつながり、それが軍旗を揺らすわけだ。
(本来なら、ここで一斉に突撃をしかければ、かんたんにケリがつく。だが、皇太子殿下も人がよいというか、なんというか……)
そんなことを思いながら総司令官は伝令に命じた。
「逆賊に対して投降を勧告せよ」
帝国軍の陣地から南部5侯のところへ、10人の使者が出発した。
使者は2名1組となり、その2名のうち1名が正使であり、残り1名が副使となる。南部5侯のうち1侯につき1組の使者が割り当てられていた。
使者たちは馬にまたがり、組ごとに1本の「軍使」の旗を掲げ、それぞれが割り当てられた辺境伯のもとへと駆けていった。
当時の国際法として、「軍使」を攻撃してはいけないことになっていた。なぜなら、使者をやりとりし、意思を通じあうことは、当事国どうしのトラブル解決のために必要なことだからだ。
もし「軍使」を攻撃したなら、国際法に違反したことになる。もちろん「軍使」のふりをして奇襲することも国際法に違反する。国際法に違反すれば、世界から非難され、世界を敵にまわすことになる。だから、だれも違反しようとは思わない。
というわけで「軍使」を使えば、たとえ戦闘中でも敵と味方が比較的スムーズにコミュニケーションをはかることができた。
今回の投降勧告は、クリーが発案して、フミト皇太子が採用を決めたものだ。
戦いに先立ってクリーは、こんな予想をしていた。
「間者の報告によると、南部5侯は空中戦艦を頼りにした作戦を立てている――」
南部5侯は、将兵たちを鼓舞するため、高らかに宣言していた。
『空中戦艦は天下無敵だ。空中戦艦の空襲によって帝国軍がパニックにおちいったところで総攻撃をしかければ余裕で勝てる』
だから、南部5侯の作戦は、たやすく帝国軍の間者にキャッチされた。
まあ、高らかに宣言されていることなので、わざわざスパイを放つまでもなくキャッチできたかもしれない。
「――だから、空中戦艦を撃破されたら、攻めの時を失い、機を逸することになる」
そう言ってクリーは、ミン族に伝わる教えを紹介した。
『軍隊が明らかな成功をおさめられないのは、チャンスを知らないから』
『強力なのに成果をあげられないのは、タイミングを知らないから』
「だから、帝国軍が空中戦艦を撃破した時点で、いくら南部5侯の軍隊が精強でも、南部連合軍に勝ち目はなくなる」
「そのとおりだな――」
総司令官は同意する。
「――したがって空中戦艦が撃破され、南部連合軍が動揺したところで、わが軍が一気に突撃をしかければよいというわけだな」
ところが、クリーは、とまどう。
「えっと、たしかに、そうすれば勝てると思う。だけど、そうすると味方も敵も多くの死傷者を出すことになる」
「ん?」
「南部5侯の軍隊は、たとえ勝ち目がなくなったとしても精強であることには変わりがない。だから、まともに戦えば、それ相応の犠牲を覚悟しないといけなくなる」
「そのとおりだが、なにか問題があるのか?」
総司令官はけげんそうな顔をした。
(戦争とは、人と人との殺しあいだ。戦争をすれば敵味方を問わず死傷者が出る。あたりまえではないか。それなのに異なことを言う)
「はい。わたしとしてはできるだけ犠牲を少なくしたほうがよいと思う」
そう言うクリーの本音として、「人の命を大切にしたい」という思いがあった。しかし、戦争には似合わない考えと思われるので、そのことを理由として言わない。
もっともクリーが言わなくても、一部には見透かされていたが。
「つまり、力ずくでいくのではなく、効率よくいったほうがいい。できるだけ犠牲を少なくする戦い方をして、味方の兵力を温存し、敵の恨みを少なくしたほうが、帝国の守りにとって将来的な効率がよくなる。そういうことだね?」
フミト皇太子が助け舟を出すように温かいまなざしで言った。
「はい」
「つまりクリー大佐、貴様は殿下の言われるように、政治的かつ軍事的な効率性を考えていたというわけか。ほう――」
総司令官は感心してうなった。
「――そういうことならば納得できる。いやはや若いわりには思慮が深いな」
もちろん、これは勘違いだったので、クリーとしてはとまどってしまう。しかし、なんと言っていいのか分からず、黙るしかなかった。
「では、犠牲を少なくする方策としては、以前も話題にのぼったが、南部5侯を離間して結束できなくしてしまえばいい、ということでいいかな?」
フミト皇太子が話を進めた。
「えっと……。はい。空中戦艦をやっつけたところで、総攻撃をしかけるのではなく、離間策をしかけたらいいと思う」
「というわけだけど、総司令官としては、どうだろうか?」
「はっ。まずはクリー大佐の策を聞き、それから判断したいと思います」
そこでクリーが提案したのが、南部5侯に対して投降を勧告するというものであった。
「投降を勧告するときには、南部5侯に対して、それぞれ違ったメッセージを送るようにする。そうすれば、南部5侯の利害が一致しなくなるので、南部5侯も結束しにくくなる。結束できていない集団は、ただの烏合の衆だから、たやすく勝てる」
どのようなメッセージを送るのかについては、ミン族に伝わる教えをベースにしてクリーが原案を考えた。
『相手が乱暴な軍隊なら、下手に出てチャンスをまつ』
そこで乱暴なカワ辺境伯に対しては、こんな投降勧告を行う。
「貴侯の武人としての才能は、帝国にとって貴重なものだ。ゆえに今回の件は残念でならない。考えなおしてもらえまいか?」
『相手が傲慢な軍隊なら、礼儀を尽くして時間をかせぐ』
そこで傲慢なトウドウ辺境伯に対しては、こんな投降勧告を行う。
「貴侯の強さは、帝国の盾となり、矛となる。ゆえに貴侯を失うのは、帝国にとって痛恨の極みだ。賊軍を去り、官軍に復帰する気はないか?」
『相手が頑固な軍隊なら、誘い出して討ち取る』
そこで頑固なフワ辺境伯に対しては、こんな投降勧告を行う。
「もはや勝ち目はないから、さっさと降伏しろ」
この投降勧告案を聞いて、フミト皇太子はいぶかしそうな顔をした。
「一つ聞きたいのだけど、こんな勧告をすれば、フワ辺境伯も激怒するのではいかな? 投降を勧告するつもりが、かえって戦闘を誘発するのではないかな?」
「ですな。フワ辺境伯も頑固ゆえに意固地となり、決して投降などしなくなるのではないだろうか」
ヤマキ中将も心配そうに言う。
「えっと、フワ辺境伯をやっつけると南部5侯のまとまりが崩れるから、フワ辺境伯とは戦うほうがいいと思う」
そう言ってクリーは、こんな説明をした。
フワ辺境伯は、南部5侯のなかで調整役、司令塔としての役割を果たしている。だから、フワ辺境伯さえ攻略すれば、南部5侯のまとまりも崩れてしまう。
そこでフワ辺境伯を挑発して、戦場に誘い出す。フワ辺境伯だけなら、兵数も少ないので、帝国軍が全力で攻めたてればあっけなく敗北する。
クリーの説明を聞いて、だれもが納得した。
「それに、そのくらいの戦闘であれば、たやすくケリがつく。犠牲も少なくてすむであろうし、効率的であると言えるな」
総司令官の感想だ。
「はい。そのうえシン辺境伯とヒラ辺境伯を寝返らせれば、さらに効率的になって犠牲も少なくできる」
「どういうことか?」
「はい。シン辺境伯とヒラ辺境伯の2侯には、背後から3侯――カワ辺境伯、トウドウ辺境伯、フワ辺境伯たちを奇襲してもらう。すると、3侯の軍勢はその時点でゲームオーバーとなる」
「それはそうだと思うが、そうやすやすと寝返るか?」
「はい。そのためにも、まずはこんな投降勧告を出す」
そう言ってクリーは、ミン族の教えをふまえての説明を続けた。
『相手が疑心暗鬼な軍隊なら、ゲリラ的に襲撃して城においこんで兵糧攻めにする』
そこで疑心暗鬼なシン辺境伯に対しては、こんな投降勧告を行う。
「このままでは貴侯はジリ貧になるばかりだ。それを思えば、このまま座して死を待つよりも、今回の好機をのがさずに投降したほうが得策であろう。他の辺境伯もそうすると思うが、いかがか?」
『相手が優柔不断な軍隊なら、おどして追いつめていく。出てくれば攻撃するし、出てこなければ包囲する』
そこで優柔不断なヒラ辺境伯に対しては、こんな投降勧告を行う。
「帝国軍が向かうところ敵なしであることは、空中戦艦が撃破されたのをその目で見て、貴侯も思い知ったであろう。悪いようにはせぬから、降伏したらどうか?」
そのうえで、シン辺境伯とヒラ辺境伯が投降勧告を受け入れるなら、あらためてこんな命令を出す。
『ならば、今回の反省を行動で示すため、帝国軍と南部諸侯との戦いが始まったとき、南部諸侯――カワ辺境伯、トウドウ辺境伯、フワ辺境伯を背後から襲撃せよ』
「――わが一族に伝わる教えによると、疑心暗鬼な人は“城に追いこん”で、優柔不断な人は“おどして追いつめ”ればよいわけだけど、シン辺境伯も、ヒラ辺境伯も、陣地にたてこもっている点で、すでに追いこまれ、追いつめられていると言える。だから、こちらの要求を飲みやすいと思う」
「ゆえにシン辺境伯とヒラ辺境伯が寝返ると申すわけか?」
「はい」
「なるほどな――」
総司令官はうなずき、フミト皇太子のほうに向きなおると、うやうやしく頭を下げる。
「――殿下に申し上げます。たしかに複数の敵が結束しているとき、敵それぞれに違ったメッセージを送り、その分断をはかるのは有効であると思います」
かくしてクリーの提案した作戦が実行されることになった。その結果――。
投降勧告を受けて、ヒラ辺境伯はまっ先に思った。
(あまりにも出陣を急ぎすぎ、帝国軍の戦備について十分に調べられなかったので、結果として勝算を正確に判断できず、対処をあやまってしまった)
ミン族に伝わる教えに「備えについて分かっていないから、事前に勝敗を判断できない」とあるが、ヒラ辺境伯はそのとおりの状況にあった。
(いくら南部5侯の結束が重要だと言っても、ダメな連中とつるんでいたら、ボクまでダメになってしまう。さっさと縁を切ったほうがいいや)
優柔不断な人は、意志が弱いので流されやすい。長いものに巻かれやすい。
だからヒラ辺境伯は、帝国軍の強さを目の当たりにして、あっさりと帝国軍に寝返ることにした。優柔不断なわりには、このへんの決断は早かった。
同じようにヒラ辺境伯も寝返りを決める。
疑心暗鬼な性格の人は悩みやすいものだが、ヒラ辺境伯も疑心暗鬼な性格なので、空中戦艦が撃墜されてから、あれこれ思い悩んでいた。
(イチマツなどという信用ならない政治屋の口車に乗せられたせいで、今のような不利な立場に追いやられてしまった。もはや身の破滅だ。いくら後悔しても、後悔しきれない)
ミン族に伝わる教えに「疑わしいことを信じるから、後悔することになる」とあるが、それと似た境遇にあるのが今のシン辺境伯だった。
(イチマツ宰相は信用ならなかった。南部諸侯も帝国軍より弱いので信頼できない。かと言って帝国を――皇太子を信じてよいものか?)
あれこれ思い悩んだ末、シン辺境伯は損得で決めることにした。「長いものには巻かれろ」と言われるように、強いほうについたほうが得策だ。だから、帝国軍に寝返ることを決める。
かくしてシン辺境伯とヒラ辺境伯は、それぞれ寝返る決意を帝国軍の使者に伝えた。
「それは殊勝なことであります。さっそく総司令官閣下に伝えてまいりましょう。これで貴侯の将来も安泰でありますな」
使者はうやうやしく言った。
総司令官は、クリーの作戦、とりわけシン辺境伯とヒラ辺境伯の寝返りについて、半信半疑だった。
しかし、結果的にクリーの思惑どおりになる。正直なところ、これには驚きを禁じえない。
(わずか15歳の少女でありながら、ここまでの知略をみせるとは、一体どんな育ち方、育てられ方をしてきたのか?)
総司令官は、クリーのあどけない表情を見ながら思う。
これまでミン族といった少数民族のことなど、さほど興味のなかった総司令官だったが、にわかに興味がわいてきた。
そんなことを思いながら、総司令官がぼんやりしていると、フミト皇太子が言った。
「では、今後の予想を整理しようと思うが、いいかな?」
「あ、はい。よろしくお願いいたします」
あわてて我に返る総司令官。
フミト皇太子が整理したところでは、こうなる。
フワ辺境伯は戦いを挑んでくるだろう。
カワ辺境伯とトウドウ辺境伯は腹が決まらずに動けないだろう。
シン辺境伯とヒラ辺境伯は寝返るだろう。
「フワ辺境伯はスタンドプレイに走るみたいな形で突出して、帝国軍の攻撃を一身に浴びて負ける。カワ辺境伯とトウドウ辺境伯は損得を計算して行動をためらっているところ、背後からシン辺境伯とヒラ辺境伯に攻められて混乱におちいる。そこに帝国軍が突撃することでケリがつく。こういう流れかな?」
「はい」
クリーは、クールにうなずいた。




