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その少女は異世界で中華の兵法を使ってなんとかする。  作者:
第23話 兵失=軍隊が敗北する場合
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その1(全4回) 帝国軍は航空隊を創設する

(くに)(すく)なきところを()いて(おお)くし、()って敵国(てきこく)(おお)きところに(おう)ずるは、(すみ)やかに(くっ)するの(へい)なり。」


(わが国の弱いところをムリやり強くし、そうして敵国の充実したところに立ち向かうなら、その軍隊はすぐさま敗北する。)


孫臏兵法(そんぴんへいほう)』「兵失(へいしつ)」篇より


 帝都には、50万人の兵力が集結していた。


 ふつうなら帝都をふくむ中央にいる常備軍の兵力は、陸海あわせて25万人くらいだ。


 およその内訳は陸軍15万人、海軍10万人となる。ただし海軍の兵数は、艦隊の出入りに応じて増減するので、固定されていない。


 そのような現状であるにもかかわらず、帝都だけに、それも陸軍だけで50万人という数字は、帝国の常識からすれば「異常」だった。


「ことわざにも“大軍の前に関所なし”と申しますが、これだけの兵力をもってすれば、いかに南部5侯の手勢(てぜい)が精強とはいえ、たやすく撃破できますな」


 ヤマキ中将は驚きをまじえながら言う。


 これについては、南部5侯もよく自覚していた。


 南部5侯は、それぞれ1万人くらいの常備軍なので、総兵力は5万人となる。


「わたくしどもの10倍の敵と戦えば、わが軍がいかに精強でも、まちがいなく苦戦いたします」


 フワ辺境伯が言うと、残りの4侯――カワ辺境伯、トウドウ辺境伯、シン辺境伯、ヒラ辺境伯の4人も同意するようにうなずいた。


 しかし、ことはそう単純なものではない。


 イチマツ宰相は、ニヤリとして言う。


「帝国の経済や財政をかんがみるに、これだけの兵力を維持するのは容易ではない――」


 イチマツ宰相は、これまで長らく帝国の政治に関わってきたので、帝国の財政について熟知している。


「――食費、光熱費だけでも、最長3か月くらいしか(まかな)えないであろう。したがって50万人の兵力で帝都を守り続けるのは無理であるし、それだけの兵力で南部に遠征するのは不可能である」


 兵力が多ければ多いほど、それだけ多くの出費が必要となる。出費が多ければ多いほど、国力が弱まっていく。なにもしなくても自滅しかねない。


 そのことは、帝国軍の総司令官も分かっている。


 だから総司令官は、帝国の財産をベースにして経費を試算しながら言った。


「ですから、南部の皇子派が出兵してくるとすれば、それは少なくとも3か月をすぎてからとなるでしょう。たとえ50万人の兵力を残したとしましても、3か月もすれば維持できなくなると知っていますから」


「たしかに、そうだろうね」


 フミト皇太子は、うなずきながら言った。


「もちろん、こちらがすぐさま大軍を(よう)して攻めていくという手もありますが、空中戦艦がいる以上、それは無理です」


「とにかく限られた戦費を大事に使うためにも、兵力を削減する必要があるわけか」


「はい。持久するためには、とりあえずイチマツ宰相が徴兵してかき集めた50万人のうち、常備軍をのぞく35万人近くに対し、取り急ぎ兵役解除を命令したほうがよろしいと思われます」


「分かった。さっそく解除してくれ」


「はっ」


 総司令官は即答すると、近くにいた伝令になにやらテキパキと指示を出す。伝令は、さっと敬礼し、すばやく退出していった。


「それで敵が攻めてくるとすれば、どのくらいが想定できる?」


「こちらが兵役解除をはじめたとして、一斉に解除すれば混乱が生じますから、じょじょに解除していくことになります。その場合、だいたい3か月で完了します。敵としては、こちらの兵力が最低になったところをねらうでしょうから、3か月を経過してから攻めてくるのではないでしょうか?」


「それに南部5侯も(いくさ)の準備があります。あの者たちの現状からして、おそらく3か月か、4か月くらいは準備にかかるものと思われます」


 ヤマキ中将が補足した。


「なるほど。ともあれ、わたしたちとしては空中戦艦に対する対策――熱気球(こんみんでん)の配備が完了するまでは動けないし、しかも3か月以内に配備を終わらせないといけないということか。なんとも(きわ)どい状況だね」


 フミト皇太子は、その場の沈鬱(ちんうつ)な雰囲気を打ち破るように苦笑いしながら言った。


「でも、それなら心配ないわ――」


 ハナ皇姫が自信たっぷりに口をはさむ。


「――すべての工廠(こうしょう)熱気球(こんみんでん)の生産にふりむけて、昼も夜も休まずに稼働(かどう)させているから、3か月もあれば相当の熱気球(こんみんでん)が配備できるもの」


「そうか。今回ばかりは、おまえのじゃじゃ馬ぶりも役立ったな。ふふ」


 フミト皇太子は、ほほ笑む。


「はぁ?」


 ハナ皇姫は、少しばかりふてくされた。


「とにかく感謝しているよ――」


 フミト皇太子は笑顔で言うと、そのまま視線を総司令官に向ける。


「――あとは熱気球(こんみんでん)の運用だけど、戦法のほうはどうだろうか?」


「先の戦闘で空中戦艦の尾翼を撃ち抜きましたが、その際に落下してきた破片を分析したところ、空中戦艦の装甲は木材と綿布のようです」


「!?」


 それを聞いて、だれもが驚く。あれだけの最新鋭兵器の装甲が木と布だとは、あまりにも意外だった。


「ですから、熱気球(こんみんでん)で空中戦艦に接近し、そこから機銃掃射をしかければ、内部にある気嚢(バルーン)に穴をあけるのも容易でしょう。そうすれば浮遊ガスが漏れて、空中戦艦も飛行できなくなります」


 空中戦艦に関する情報は、実際に見て分かったことのほかに、心術担当官から聞いた話と、回収した破片くらいしかないので、きわめて乏しい。そのなかで最善と思える戦法を総司令官は考案していた。


「ありがとう。これまでにない想定にもかかわらず、よく立案してくれた。なかなかの名案だと思う」


「おほめいただき恐縮です――」


 総司令官は一礼しつつ言葉を続ける。


「――しかしながら、懸案事項も依然として残っています。今回の場合は戦場が高度となりますので、兵士――熱気球(こんみんでん)搭乗員(とうじょういん)が高山病に罹患(りかん)して動けなくなるかもしれないということです……」


 言いながら総司令官が、ヤマキ中将をチラ見した。


「その件でありましたら、シャオ隊長が協力してくれております。異民族のうち、標高3千メートル級の高地出身者のなかから、大至急で射撃の名手を集めてくれました。その者たちなら、たとえ高度でも、体調に異常をきたさないはずであります」


「なるほど。それは助かる」


 フミト皇太子が笑顔で言う。


「まもなく第一陣が帝都に到着いたしますので、到着次第すぐに熱気球(こんみんでん)の基本的な操作法を教えこむ予定であります」


「ヤマキ中将は、ある意味、訓練の天才だからな。よろしく頼む」


 ヤマキ中将は、フミト皇太子にほめられ、感激したようすで敬礼した。


(なるほど高山病対策に山岳民族を使うか。それにしても必要なときに必要な人材を集められるとは、やはり皇太子殿下は人使(ひとづか)いがうまい)


 総司令官は感心していた。


(そう言えば、ミン族に伝わる兵法――『三略』だったか、その兵法にこんな言葉があるのだったな)


『それ主将の法は、つとめて英雄の心をとり、有功を賞禄し、志を衆に通ず』


 ――そもそも将軍として兵士をうまく率いるコツは、つとめて優秀な人材の心をつかみ、功績のあった人に恩賞を与え、全軍において上下の心を一つにまとめることだ。


(人材の活用に巧みな殿下は、このミン族の少女からそこまで大きな影響を受けたのか?)


 総司令官は真顔でクリーに目を向ける。


 その視線を感じてクリーは、恥ずかしそうにさっと顔をそらした。


(男子のような装いをしているほかは、ただの15歳のあどけない少女にしか見えぬが、そこまでの影響力があるのか?)


 もちろんクリーは『三略』までは身につけていないし、総司令官のクリーに対する評価は「買いかぶり」というものだ。


 ただしミン族に伝わる兵法は、基本のところが共通しているので、兵書が違っていても似たところがあるのかもしれない。


 そんなこんなで、それから3か月もするころには、熱気球(こんみんでん)の数もそろった。


 山岳民族を集めて新たに編成された航空隊の慣熟訓練も、ヤマキ中将の「スパルタ教育」でスムーズにいった。


 訓練がスムーズにいったのは、ヤマキ中将の訓練のうまさだけでなく、山岳民族が「生活の場を与えてくれた皇太子殿下に報いたい」という気もちをもっていたことも大きく影響している。


 ところで今回、帝国軍に緊急で配備されることになった熱気球(こんみんでん)は、専用トラックを開発し、それで運搬する。


 専用トラックの荷台には、四隅(よすみ)に柱が立っていて、それで熱気球(こんみんでん)を支えている。


「出発だ! 暖機運転ユニットの接続を忘れるな!」


 航空隊に専属する熱気球(こんみんでん)輸送隊、その隊長が大声で指示すると、各トラックを動かすエンジニアたちも元気よく「おぅ!」と答える。


 専用トラックは、その排熱を利用して、走行しながら荷台のうえで熱気球(こんみんでん)内の空気を温めておく仕組みになっていた。こうしておけば、飛び立つまでの時間を短縮できる。


『ガガッ……、近くに雷雲なし……ガガッ……風速は毎秒……1メートル、飛行に問題なし。……風向きは南西……オーバー……』


 司令部から各トラックに無線で情報が入る。


 司令部、各トラック、各熱気球(こんみんでん)は、近ごろ実用化されたばかりの無線を利用して連絡をとりあう。まだまだ性能はよくないが、ないよりはマシだ。


 そして、司令部には、気象予報士も常駐している。戦場の天気や風向きなどを計算して、最適な発進ポイントや飛行ルートを割り出すためだ。


 今回は、熱気球(こんみんでん)を使った慣熟飛行訓練が行われることになっていた。全部で30の熱気球(こんみんでん)が参加する。


 専用トラックは、草原のデコボコ道を疾駆して、演習場に向かう。演習場に入ると、そのまま四方八方に広がっていき、それぞれの発進ポイントまで行って停車した。


 司令部からの気象情報に応じて、最初の予定とは微妙に位置がズレているトラックもある。無線による連絡も順調で、全体として円滑な展開ができた。


『……ガガッ……司令部より、通達……ガガッ……全機、発進せよ……ガッ……オーバー……』


 司令部から指示が入るやいなや、熱気球(こんみんでん)のコックピット――ゴンドラでは、搭乗員3名――運転員、監視連絡員、射撃員が、せわしく動きはじめる。


「バーナー点火!」


 バーナーから勢いよく炎があがる。


「内部温度90度超過、浮力よし!」


 搭乗員が言うや、熱気球(こんみんでん)から4本の支柱がはずれ、そのまま四方に倒れた。自由になった熱気球(こんみんでん)は、そのまま上昇していく。


 今回の目標高度は3千メートルだが、熱気球(こんみんでん)の上昇速度は分速600メートル程度なので、およそ5分で目標高度に到達した。


 大きなトラックも小さく見える。搭乗員の健康にも異常は見られない。気温は低いが、防寒着で対応できる寒さだ。


『……想定を示す……ガガッ……敵は6時の方向……より侵入せり。……ガガッ……銃撃を開始せよ……』


 射撃員は、さっと備え付けの機銃を握りしめ、その安全ロックを解除するや、すぐさま射撃スイッチを押した。


 総数30の熱気球(こんみんでん)から南の空に向かって、連続して発射される銃弾がキレイに平行して30本の直線を描く。


 ときおり熱気球(こんみんでん)が風にあおられ、揺れることもあったが、その射撃に狂いは生じない。さすがは射撃の名手を集めただけのことはある。


「成功だな?」


 フミト皇太子は、地上の監視所から上空を望遠鏡でながめながら言った。


「はい。想定どおりです」


 総司令官が満足そうに答える。


 空中戦艦が侵入して来たら、その周囲に熱気球(こんみんでん)を飛ばし、一斉に射撃して撃破する。


 これが今回の戦法だった。まだ実験段階なので、どこまで通用するかは不明だが――


「さしもの空中戦艦も、これで少なくとも好き勝手はできなくなりしたなぁ」


 ヤマキ中将はうれしそうだ。


 そう言えば、今回の件に先立ち、クリーが言っていた。


「わが一族に伝わる教えによると――」


 守り手がどんなに守りを固めていても、攻め手のすぐれた兵器を使いものにならなくさせられなければ、守り手は劣勢に追いやれる。


「でも今回は熱気球(こんみんでん)があるから、敵のすぐれた兵器――空中戦艦の威力を弱められる。それに――」


 攻め手の兵器が使いものにならず、守り手の守りが万全であるならば、攻め手の作戦は失敗する。


「こういう教えもわが一族にはあるけど、もし南部5侯が攻めてきても、頼みとする空中戦艦もそれほど役立たないから、南部5侯のもくろみはあっけなく(つい)えると思う」


「つまり、自分ら(ていこく)に勝算があるというわけだな?」


 ヤマキ中将が満足げに問いかけると、クリーはクールに答えた。


「はい」


 それから数週間後、南方の監視所から電信で緊急の連絡が入る。


『南部連合軍がおよそ5万の兵力で北上を開始!』


 南部に潜入していた偵察隊が南部5侯の動きを察知し、すぐさま最寄りの監視所に通報したのだった。


 南部5侯の連合軍は、威風堂々としており、見ただけで「泣く子も黙る」ような精強ぶりをいかんなく見せつけている。


 その数日後には――


『空中戦艦4隻の北上を確認!』


 天下無敵の空中戦艦を味方につけ、南部連合軍の将兵の士気はいやがうえのも高まる。


「帝国軍がどれだけ多くの兵力をそろえようとも、われらが破竹の勢いをもって蹴散(けち)らすのみ」(カワ辺境伯談)


「オレたちほど強ければ、帝国軍なんて赤ちゃんみたいなものさ」(トウドウ辺境伯談)


「わたくしたちが心を一つとし、敢闘精神を貫けば万が一にも負けはありません」(フワ辺境伯談)


「帝国の連中は狡猾(こうかつ)ゆえ、ゆめゆめ油断してはならない」(シン辺境伯談)


「帝国軍が“航空隊”という新たな部隊を創設したというけど、その実態について分からないままで進軍して、だいじょうぶかなぁ?」(ヒラ辺境伯談)


 南部5侯には、それぞれに思うところがあった。しかし、程度の差こそあれ、とにかく「勝算あり」と考える点では一致していた。


 そう考えさせるほど空中戦艦は、南部5侯にとって心強い兵器であった。


「空中戦艦の猛烈な空襲によって帝国軍の隊列が乱れたところで、南部連合軍が突撃をかけて帝国軍を蹴散(けち)らし、その余勢を駆って帝都になだれこみ、皇帝を確保する」


 イチマツ宰相の計画だ。


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