その4(全4回) 敵には無理をさせるけど、自分たちの仲間には無理をさせない
帝都に向かう直前のこと。
フミト皇太子は、ヤマキ中将、クリー、アルキンを私邸にまねき、詰めの打ち合わせをした。
「とりあえず陛下を味方につける手はずは整った。これでわたしたちは“よいポジションをとり、みんなのやる気をあおり、うまく駆け引きすることができる”わけだけど、軍師殿の言う“そのうえで敵を弱める方法を考える”とは、どういうことかな?」
フミト皇太子は、やさしい笑顔をクリーに向けながら問いかけた。
「敵を弱めたほうが、勝ちやすくなるという意味。こうすれば、味方のダメージだけでなく、敵のダメージも小さくできる」
「敵のダメージも小さくできる……か――」
ヤマキ中将は心配そうに言い、そして教えさとすような口ぶりで言葉をつなぐ。
「――まあ、そのやさしさは軍師殿のよさでもあるとは思うが、戦においてやさしさはときとして弱点となる。“なにがなんでも敵を皆殺しにしてやる”くらいの勢いがなければ、つけこまれて負けてしまうぞ」
言われてクリーは、ちょっとだけ考えこんでいるように見えた。
「……えっと、そうじゃなくて、これは合理的な考え方ってやつ。今回の敵は、敵と言っても同じ帝国の臣民だから、できるだけ死なせないほうがいい。今は敵でも、あとで味方になる。だから、へたに死なせると、あとあと不和のもとになる。そう思った」
そう言えば、ミン族の故地に伝わる話だが、かつて明国の始祖である朱元璋は、南方に攻めこむにあたり、こう命令している。
「今は敵国の人民でも、いずれわが国の人民となる。だから、攻めこんだ先で人民に乱暴するな」
このとき明国の遠征軍を率いていた常遇春は命令されたとおりにした。朱元璋は喜んで、ほめちぎる。
「天下に恵みをもたらす軍隊とは、このことを言うのだろう」
クリーの言ったことは、この故事と似ているところがあった。
「あ、ああ――」
ヤマキ中将は納得したようにうなる。
「――そうであったな。今回は同胞と敵対するのであった。政争など不慣れなもので、ついつい忘れてしまう。いかんな」
ヤマキ中将は苦笑いしながら頭をかいた。
「あ、でも、それだけでなくて、やっぱり死人を少なくしたいという思いもある」
クリーはヤマキ中将をフォローするようにあわてて言った。
ヤマキ中将がせっかくアドバイスをくれたのに、それをつっぱねるようなことを言ってしまい、申し訳なく感じたようだ。
「そう言えば、前にも教えてもらったね――」
フミト皇太子がおもむろに口をはさむ。
「――たしか“月戦”の教えだったかな。軍師殿の一族では“この世で人間より尊いものはない”と考え、戦争でも人命を重視するんだったよね?」
「はい。人が死ねば死ぬほど、それだけ不幸も増える。わたしは不幸を増やしたくない……」
そう言いながら、クリーは息遣いが荒くなってきた。かつて家族が虐殺されたことを思い出したのだろうか。フラッシュバックがくる?
「ところで、敵を弱くさせる方法とか、あるのかな?」
フミト皇太子は、話題をきりかえるように言った。
連邦の心術担当官ことカー博士から「きりかえがうまければ、PTSDになりにくいし、なっても重症になりにくい」という話を聞いていたので、それをヒントにしたわけだ。
「はい。3つの質問に答えるといい。それは――」
――どうやって敵の兵力を少なくすればよいか?
――どうやって敵を飢えさせ、疲れさせればよいか?
――どうやって敵の離間をはかり、不和をさそえばよいか?
◆ ◆ ◆
敵の兵力を少なくするには――。
天長節の当日。
フミト皇太子は、皇帝が離宮に入ったのを確認すると、単身で宮殿の近くにある煉瓦造りの洋館を訪問した。
そこは帝国軍の総司令部だ。三階建ての洒落たデザインの建物で、先の空襲でも破壊されずにすんでいた。
フミト皇太子は、正面玄関から総司令部に入り、帝国軍を統べる老将――ムトウ総司令官に面会を求めた。この日、ムトウ総司令官が総司令部にいることは、事前の調べで分かっている。
「わたしは、君側の奸を除き、帝国の政治に安定を取り戻すため、決起することにした」
フミト皇太子は、総司令部の大会議室で堂々と宣言した。どよめきが大会議室にわき起こる。
大会議室には、ムトウ総司令官をはじめとする総司令部の幹部たちが勢ぞろいしていた。全員が起立し、皇太子の前に整列している。
ムトウ総司令官は、皇族が、それも次期皇帝候補である皇太子が訪問してきたということで、総司令部をあげて対応することにしたらしい。こうして皇族に敬意を表するのは、臣民にとって「常識」であった。
「すでに陛下は、わがほうにつき、離宮におられる。諸君らには、賊軍となってもらいたくない。だから、今回の決起を成功させるためにも、ぜひ協力してもらいたい。協力してくれるなら、上着をぬいでその意思を示してほしい」
その場にいたムトウ総司令官をはじめとする総司令部の幹部たちは、整列したままで黙ってはいたものの、互いにチラチラと顔を見あわせるなど、とまどっていた。
そのとき、伝令が火牌をもって駆けこんできた。
(グッドタイミングだな。わが妹ながら、ハナの手際のよさには感心する。やはり宮廷における政争に向いているのかもしれないな)
そう思ういながら、心で苦笑いするフミト皇太子。
ところで火牌とは、緊急の連絡を記した書類だ。なによりも優先されるので、なにがあってもすぐさま総司令官に伝える決まりになっている。
だから伝令は、ムトウ総司令官が来客中でもかまわず入室し、火牌を総司令官に差しだした。
火牌に目をとおしたムトウ総司令官は、驚きと安どとがいりまじったような複雑な表情になる。
「勅命だ。“文武百官は、皇太子に従え”とある」
ムトウ総司令官は、すみずみまで通るような声で告知した。ざわめきが大会議室に広がっていく。
このとき幹部たちの思わくは、さまざまだった。
(これまでは皇子が皇帝をおさえていたが、その形勢も変わり、皇太子が皇帝をおさえるようになったのなら、皇太子に味方したほうが将来の出世につながるだろう)
このように損得で考える者もいる。
(皇子や宰相たちは、皇帝が病気であるのをいいことに好き勝手なことをしていた。その姿勢にはムカつていたから、ざまあみろだ)
このように好き嫌いで考える者もいる。
(皇子らは私利私欲に走り、帝国の序列を乱してきた。それにひきかえ皇太子は帝国の正当な後継者であり、帝国を守るために数々の戦功をあげてきた。そのうえ皇帝が皇太子を支持するなら、皇太子に味方するのが正しいだろう)
このように善し悪しで考える者もいる。
いずれにしろ「フミト皇太子についたほうがよい」という点では共通していた。タケト皇子やイチマツ宰相に忠誠を尽くそうとする者はいない。
ムトウ総司令官は、もはや迷わず上着をとり、跪いてフミト皇太子に忠誠を誓った。
するとまるで草が風になびくように、残りの幹部たちも次から次に上着をとり、ムトウ総司令官と同じように跪いていく。
かくしてフミト皇太子は、帝国軍の掌握に成功した。
これはミン族の故地に伝わる周勃の故事と似ていた。
西漢国で権勢をほこっていた呂氏は、皇族をないがしろにし、政敵を排除するために国軍を動かそうとまでする。
このとき忠臣の周勃は、国軍に乗りこむと全将兵の前に立って堂々と言った。
「皇族に味方する者は左肩を出せ。呂氏に味方する者は右肩を出せ」
すると国軍の将兵は、だれもが左肩を出し、皇族への忠誠を誓う。
かくして周勃は国軍を掌握し、呂氏を討伐することに成功した。
「これと同じで、殿下なら帝国軍をおさえられるし、それができれば敵の兵力も少なくなる」
はたして結果は、クリーの見こみどおりだった。
このときタケト皇子は、いつものように宮殿の執務室にいたのだが、決起の知らせを聞き、びっくり仰天する。すぐさまイチマツ宰相を呼びつけた。
「どうするんだよ! 父上が――陛下がフミトにおさえられたうえ、帝国軍までフミトの味方についてしまえば、勝ち目がないだろ!」
タケト皇子は、取り乱していた。
「とりあえず陛下を奪還すべく、手勢を離宮に差し向けましたので、今しばらくのご辛抱かと……」
イチマツ宰相は、冷や汗をハンカチでぬぐいながら、あたふたと言った。
しかし、今や離宮は堅固な陣地と化している。イチマツ宰相の私兵が力ずくで突入しようとしても、うまくいくはずがない。あっけなく撃退されてしまった。
「全然ダメじゃないか!」
タケト皇子はあせっている。
「――父上の奪還にしくじったうえ、父上のいる離宮を攻めたことから、なんか賊軍みたいにされたぞ!」
宮殿はすっかり帝国軍に包囲されていた。
『たとえ皇子といえども、陛下に対して弓を引くことは決して許されるものではない。おとなしく投降せよ。すぐさま力ずくで制圧しようとしないのは、皇子の名誉をおもんぱかっての陛下のご慈悲である。賢察されよ』
そのような勧告が出されていた。
「このまま捕縛されてしまえば、一巻の終わりです――」
イチマツ宰相は、ひれふしながら言う。
「――でありますから、とりあえず郊外要塞にたてこもり、再起をはかりましょう」
「はぁ!? 厳重に包囲されているのに、どうやって郊外要塞まで行くんだよ! 無理だろ……」
「ご安心ください。わが手勢が血路を切り開きますゆえ」
このとき、イチマツ宰相のもとにいた私兵の獅子奮迅ぶりは、尋常ではなかった。まるで鬼神にでも取りつかれたかのように大暴れする。
そのせいで帝国軍の指揮系統に混乱が生じ、包囲にゆるみが生じた。
そのスキをついて、タケト皇子とイチマツ宰相は馬にまたがって駆け出し、包囲を突破する。そのまま郊外要塞に駆けこんだ。
◆ ◆ ◆
敵を飢えさせ、疲れさせるには――。
郊外要塞は、帝都の郊外にある小山をまるごと要塞化したものだった。
さすがは帝国防衛の最後の砦だけあって、その守りは堅固になっている。あちこちに砲台や銃座があって、外敵に対してにらみをきかせていた。たやすく近づけない。
たとえ近づけたとしても、いくえにも張りめぐらされた塹壕や堀、城壁などが行く手を阻む。そう簡単には突破できないだろう。
要塞の中央――小山の頂上には鉄塔がある。この鉄塔はイチマツ宰相の発案で最近になって設置されたものだが、ここに登れば広く四方を遠くまで見渡すことができる。死角はない。この下に指令室があった。
その司令室では今、タケト皇子が司令の席についている。その傍らにはイチマツ宰相がいて、タケト皇子の名のもと、将兵たちにテキパキと指示を出していた。
郊外要塞にいる1万の将兵たちは、すべてイチマツ宰相の子飼いの将兵ばかりだ。だからイチマツ宰相が指示を出すと、将兵たちは素直に命令に従っていた。
タケト皇子は、イチマツ宰相の発案にしたがって声明を出す。
『陛下が逆賊フミトに拉致され、離宮に監禁された。汝ら臣民に告げる。今こそ勤皇のために立ち上がれ。帝国のために君側の奸を討て』
しかし、だれ一人としてタケト皇子の声明に応じる者はいなかった。
「皇太子が皇帝をおさえた時点で、すでに大勢は決している。この状態で皇子につくのは、自殺するようなものだ」
帝国政府の文武百官は、すでにタケト皇子のことを見限っていた。
しかも、タケト皇子が声明を出したとたん、郊外要塞の食料庫と弾薬庫で爆発が起きる。それも一か所ではない。弾薬庫の武器弾薬が誘爆して、数か所で連鎖的に激しい爆発が起きている。
この爆発のせいで、籠城戦に必要な食料と武器弾薬のほとんどが一瞬にして失われてしまった。
郊外要塞の近くにある練兵場――北部辺境守備軍1万の野営地では、ヤマキ中将が満足そうに郊外要塞での爆発をながめていた。
ヤマキ中将は、歴戦の猛者であるので、政争には不慣れでも、戦争には熟練している。だから、こと戦争に関しては、あれこれと気がまわる。
「タケト皇子たちが郊外要塞にたてこもる可能性についても考慮し、あらかじめ対策を立てておくべきであります」
ヤマキ中将は、前もってフミト皇太子にアドバイスしていた。
「ならば、どんな対策をすればよいだろうか?」
そう問いかけるフミト皇太子に対して、クリーがアイデアを出した。
「食糧と武器弾薬がなければ、どんなに堅固な要塞だって持久できなくなる。だから、もし郊外要塞が敵対しそうなら、先手を打ってその食糧庫と弾薬庫を爆破したらいい」
「それは名案だが、しかし、そうする場合、どうやって郊外要塞に忍びこむかが問題になる。あそこの守りの厳重さときたら、半端ないぞ」
ヤマキ中将が神妙な面持ちで言った。それに引きかえクリーはすずしい表情をしている。
「ちょうど北部辺境守備軍は郊外要塞に近い練兵場に野営するように命じられている。だから、そこから地道を掘ればいいと思う」
「たしかに練兵場は郊外要塞の目と鼻の先だし、距離も短いから地道も掘りやすいかもしれないね」
フミト皇太子は、クリーの策を採用することに決めた。かくして北部辺境守備軍1万の将兵たちは、野営地から郊外要塞の食糧庫と弾薬庫の真下を目ざして、密かに地道を掘りすすめる。
掘り出された土砂は、昼間は野営地にある倉庫用テントのなかに隠し、夜になってから練兵場内の森のなかに捨てに行かせる。また、土嚢につめ、野営地を囲むバリゲード作りにも利用した。
北部辺境守備軍1万の将兵は、うまく偽装しながら食料庫と弾薬庫の真下まで地道を掘ると、そこに大量の爆薬をしかけた。さらに炎が燃えあがるようにするため、燃料のつまった容器も数多く置く。
あとは必要に応じて起爆装置のスイッチを入れるだけでいい。
「もし郊外要塞が敵対するようなら、即座に爆破してもらいたい」
フミト皇太子は、帝都に入るために野営地を離れるとき、ヤマキ中将に指示していた。
そして今回、郊外要塞にたてこもるタケト皇子が、フミト皇太子に敵対する声明を出した。ヤマキ中将は、これをもって郊外要塞が敵対したと見なし、即座に爆破命令を出す。
かくして郊外要塞の食料庫と弾薬庫は、吹き飛ばされてしまったわけだ。
「全軍撤退!」
ヤマキ中将は、爆破と同時に指示を出す。
「ぐずぐずしていると砲撃されかねんぞ!」
かくして北部辺境守備軍1万の将兵は、さっさと野営地を放棄し、すばやく郊外要塞の射程外まで離脱していった。まさしく「ヒット・アンド・アウェイ」だ。
それと入れ替わるようにして、まもなく帝国軍が遠巻きに郊外要塞を包囲する。
「敵の食料と武器弾薬が少なくなったところで包囲して、兵糧攻めにすれば、敵はおのずと飢え、疲れていく。だから、攻めなくても降伏するしかなくなる」
クリーのアイデアだ。
ただし、郊外要塞を包囲するにしても、郊外要塞から近いところに陣取れば、郊外要塞からの猛烈な砲撃にさらされ、むだに被害を出してしまう。だから、郊外要塞の射程外に布陣する必要がある。
そうなると郊外要塞を囲む円周が長くなるので、それだけ多くの兵力が必要になってくる。北部辺境守備軍1万の兵力では、とうてい実現できるものではない。
しかし、幸いにしてタケト皇子たちが50万の兵力を集めてくれていた。そして、今や帝国の全軍はフミト皇太子の指揮下に入っている。だから、たとえ遠巻きに布陣するため、布陣すべき距離が長くなっても、問題なく包囲することができた。
「帝国臣民同士が争うのは、望ましいことではない。ゆえに首謀者以外は、おとなしく投降するなら許す」
郊外要塞を包囲する帝国軍は、籠城軍に対して降伏を勧告した。
「追いつめられたネズミがネコをかむように、人は追いつめられると必死になって強くなる。だから、あまり追いつめないほうがいい」
そういう考えで、籠城軍に対して逃げ道をあけてやったわけだ。
◆ ◆ ◆
敵の離間をはかり、不和をさそうには――。
食料庫と弾薬庫の爆破は、郊外要塞にたてこもる将兵たちを動揺させた。
「食糧と武器弾薬が尽きてしまえば持久できなくなる」
「郊外要塞は完全に包囲されているので補給も受けられない」
「わがほうは1万人だが、包囲軍は50万人なんだろ?」
「もはや勝ち目がないのは明らかだ」
郊外要塞にたてこもる将兵たちは、だれもが不安に思う。
しかも、日が経つにつれて、配給される食事も「節約のため」に少なくなっていく。それがいやがうえにも将兵たちの不安を高める。
そのせいで郊外要塞の将兵たちは、精神的に追いつめられていく。それは司令室にいるタケト皇子も同じだった。
「このまま籠城していても、勝ち目がないだろ!」
タケト皇子は、興奮して、怒鳴りちらす。
「あんな大軍に包囲されたら、動けない! おまえの言うとおり籠城したら、このざまだ!」
わめきながら、イスを蹴とばす。
「にっちもさっちもいかなくなった! この責任をどうとるつもりだ!」
このすごい剣幕を前にして、イチマツ宰相はいつものようにあたふたしながら、タケト皇子の足もとにひれ伏す。とにかくタケト皇子の怒りがおさまるのを黙ってまつ。
しかし、タケト皇子のふるまいは、有事のリーダーとしてはふさわしいものではない。いざというときに上官が取り乱せば、おのずと部下たちも乱れていくからだ。
実際、郊外要塞のなかでは、上に立つタケト皇子が所かまわず当たりちらすので、日に日にイライラがまん延していった。しまいには、ちょっとしたことで将兵たちがケンカするようになる始末だ。
今や郊外要塞は、すっかり不和におおわれていた。
そして、これはクリーの思わくどおりだった。クリーは事前に言っていた。
「損得や打算でつるんでいる人たちは、追いつめられると仲間割れをするようになる」
「ことわざにもありますな。“金の切れ目が縁の切れ目”と」
ヤマキ中将も同感するように言った。
「その言葉の使い方はちょっと違う気もするが、ともあれ、どうにもできなくなれば、あの弟のことだから、周囲に八つ当たりをはじめるだろうな。そのせいで、おのずと不和になるのはまちがいない」
フミト皇太子も同意する。
そして今回、そのとおり郊外要塞にたてこもる面々は不和になったわけだ。
◆ ◆ ◆
クリーは、郊外要塞の包囲に先立ち、こんなことを言っていた。
「わが一族の教えに、こうある――」
敵を重装備で、遠距離を急行させる。
疲れても休めないようにさせ、飢えても食べられないようにさせる。
こうして飢えさせ、疲れさせ、せかせかさせる。
「これは“敵には無理をさせろ”ということ。それから。こうある――」
味方については、たらふく食べさせ、じっくり休ませ、のんびりさせる。
「これは“味方には無理をさせるな”ということ。つまり、敵には無理をさせて、味方には無理をさせないようにしたほうがよいということ」
「だから、兵糧攻めにするわけだな――」
ヤマキ中将は、満足そうに言う。
「――そうすれば、時間が経過すればするほど、敵は食料がなくなっていき、飢えて疲れていく。戦うにしても無理して戦うしかなくなるが、無理して戦って勝てるわけがない」
「それにひきかえ、こちらはのんびりと守りを固めて、敵が音をあげるのをまてばいいわけだから、無理をしなくていい。ムダな死傷者も出さなくてすむ。合理的だね」
フミト皇太子は、笑顔で言った。
クリーの故地に伝わる「以逸待労」すなわち「こちらを楽にして敵が疲れるのを待つ」という戦術は、このようなものを言うのだろう。
実際、帝国軍による包囲がしばらく続いていると、籠城軍は不和になり、あきらめムードになっていく。
(どのみち戦っても勝ち目はないんだから、おとなしく投降したほうがいい。そうすれば命が助かる)
郊外要塞にたてこもる将兵たちは、口には出さないが、だれもがそう思うようになっていた。いつ音をあげてもおかしくない。
そのとき、帝国軍の総司令部に西部辺境守備軍から緊急の電信が入った。
『葉巻型の飛行物体が西方より侵入し、そのまま東方に飛び去った。連邦の空中戦艦の可能性もある。注意されたい』
全文訳『孫ピン兵法』善者
うまい人は、敵の軍隊が(強大)で、兵士が多数であるときは、敵をバラバラにして、互いに助け合えなくさせます。攻撃を受けたなら、互いに連絡をとれなくします。
それで、敵は、たとえ堀が深く、防塁が高くても、それで守備を強めることができません。たとえ戦車が頑丈で、武器が鋭利でも、それで威力を強めることができません。いくら兵士が勇敢で、有力であっても、それで戦力を強めることができません。
そこで、うまい人は、よく地形をみて、守りやすく攻めにくい場所を利用し、全軍を勢いづけ、たくみに進退します。敵の兵力が多いなら、少なくさせます。敵軍に食糧が豊富なら、飢えさせます。敵が楽なところで待機しているなら、疲れさせます。敵が各国を味方につけているなら、離間させます。敵の全軍が仲良くしているなら、不和にさせます。
そこで、軍事には、四路と五動があります。前方に行くのも路ですし、後方に行くのも路ですし、左方に行くのも路ですし、右方に行くのも路です(以上が四路です)。前進も動ですし、後退も動ですし、左に折れるのも動ですし、右に折れるのも動ですし、静かにして待機するのもまた動です(以上が五動です)。
うまい人は、四路は必ずスムーズに行けるようにし、五動は必ずたくみに行うようにします。ですから、進むときは前をふさがれませんし、退くときは退路を断たれませんし、左や右に行くときも困難におちいりませんし、静かにして(待機する)ときも、敵方の人間に~。
そこで、敵には、四路は必ずゆきづまるようにさせますし、五動は必ず困らせるようにさせます。進んできたら前をふさぎ、退いていったら退路を断ち、左や右に行ったら困難におちいらせ、静かにして待機していても敵軍は何か患いを受けざるを得なくさせます。
うまい人は、敵が重たい装備品をかついで、遠い道のりを急いで進むように仕向け、疲れても休めず、飢えても食べられないようにします。このような状態で戦えば、きっと勝てません。
こちらは満足に食べて、敵が飢えるのを待ちます。楽なところにいて、敵が疲れるのを待ちます。整然と待機して、敵が動くのを待ちます。ですから、人民は、進むことは見えても退くことは見えませんし、刃を踏みこえていくほど勇ましくなって敵に背を向けて逃げたりなどしません。
以上、二百八十三字




