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その少女は異世界で中華の兵法を使ってなんとかする。  作者:
第18話 十問篇=いずれにせよ敵の弱みをねらうとうよい
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その4(全4回) 賊の油断を誘って奇襲する

 賊は、水場を討伐軍におさえられても、痛くもかゆくもない。その砦には十分な水と食料が備蓄されていたからだ。


 これでは賊をおびき出すこともできないし、短期決戦も難しくなる。戦いが長引けば、戦費の(とぼ)しい討伐軍にとって不利になる。


「ここで時間をかせげば、討伐軍も(しり)()をかけ、逃げ帰るしかなくなる――」


 ガントーは、ほくそえむ。


「――だからこそ、おめぇら、しっかり守りを固めて、軽はずみなことはするんじゃねえぞ。ここで討伐軍を追いかえしたとなりゃあ、おれたちの威勢も強まるってもんだ。再起も夢じゃねぇ」


 もはや賊の思わくどおりに、ことが進みはじめた。そんなふうに見える。


 しかし、クリーは気にしない。


「わが一族の教えには、こうある。“敵将が勇者で、その参謀が智者、しかも敵兵が強大で、その物資が豊富なら、弱いふりをして見せ、敵軍を油断させたうえで、その不意をついて攻め、自軍の兵力を多く見せかけたうえで、その本陣を襲う”と」


「具体的には、どうする?」


「はい。こうするといいと思う」


 クリーが作戦計画を示し、シモダ准将はそれを検討し、採用することにした。


 かくして討伐軍は、要害を総攻撃することなる。


『弱いふりをして見せ、敵軍を油断させたうえで、その不意をつく』


 クリーの作戦計画は2つの段階から構成されており、これが作戦計画の第1段階だった。


 要害は、円陣からよく見える山岳地帯にある。急峻(きゅうしゅん)な山々が(つら)なっているなか、そのうちの一つに賊は砦を築いていた。それが賊の要害だ。山城をイメージしてもらってもよいかもしれない。


 砦に近づくためには、急な斜面をよじ登るしかない。


 だが、斜面の上、砦のへりには、多数の滾木礧石(こんぼくらいせき)がしかけてあった。これは、丸太や丸石を落として、斜面を登ってくる敵兵をやっつけるための装置だ。


 力ずくで砦を攻めようとして、斜面をよじ登っていくなら、賊からの銃撃だけでなく、滾木礧石(こんぼくらいせき)による攻撃も受けて、討伐軍が大打撃を受ける。


 だから、討伐軍は、砦に迫ろうとしたものの、総攻撃をためらった。手前で止まってしまう。ぐずぐずしていると、砦から銃撃を浴びせかけられ、あわてて退く始末だ。


 ほうほうのていで逃げていく。その姿は無様(ぶざま)と言うほかない。


 それを見て、賊は有頂天(うちょうてん)になる。


「ざまあねぇな」


「おととい来やがれってんだ」


「ははは」


 砦を歓声がおおう。


「てめえら、油断はするな!」


 賊の親分ガントーが一喝(いっかつ)した。


「あいつらは、わずか一日で馬賊の円陣を落とした猛者(もさ)だ! それを忘れるんじゃねぇ! 分かったか! とにかくしっかり守れ! 気をぬくなっ!」


「「「へいっ」」」


 手下たちは、一気におとなしくなり、しおらしく答えた。


 しかし、心は違う。


(後先も考えないで突っこんでいく馬賊のやつらと、おれたちは違う)


(この砦にたてこもってさえいれば、おれたちは負け知らずだ)


 砦にいる賊は、あまりにも砦が堅固であるうえ、十分な食料と武器があったので、それに慢心(まんしん)していた。


 それは仕方のないことだ。難攻不落の要害にたてこもり、敵が攻めあぐねて引き下がっていくのを目の当たりにすれば、だれだってそうなるだろう。


「ウサギのカメの童話と同じ――」


 クリーが言う。


「――へたに能力があると、そのせいで思いあがってしまう。どんなに気をつけていたとしても、ついつい油断してしまう」


 だから、砦にいる賊の警備は手薄だった。


 夜間の見張(みは)りは、適当そのもので、ガントーの目を盗んでは酒を飲み、居眠(いねむ)りさえしてしまう。なにしろ絶対的な安全地帯にいるのだから、気がゆるむのも無理はない。


 ガラ、ガラ、ガラッ!


 ゴロ、ゴロ、ゴロッ!


 ガコン、ガコン、ガコンッ! 


 いきなり大きな物音が響いた。


「なんだ!?」


 あわてる賊たち。


 見ると、すべての滾木礧石(こんぼくらいせき)が作動して、しかけていた丸太や丸石が転がり落ちていっていた。もう丸太や丸石は、1つも残っていない。すっからかんだ。


 アルキンが率いる百人隊の戦士たちの仕業(しわざ)だった。


 アルキンたちは、討伐軍が総攻撃に出て、賊の注意がそちらに向いているとき、こっそりと砦の裏手にまわりこんだ。そこから急峻な(がけ)をよじ登り、砦の近くに(ひそ)む。


 日が暮れるのを待って滾木礧石(こんぼくらいせき)に近づくと、それを作動させた。不意をついて、賊の強みを1つ奪ったわけだ。


『その不意をついて攻めたら、自軍の兵力を多く見せかけたうえで、その本陣を襲う』


 これが作戦計画の第2段階であり、最終段階だった。


 アルキンたちが夜襲(不意討(ふいう)ち)によって滾木礧石(こんぼくらいせき)を使いものにならなくした翌朝、討伐軍はさっそく総攻撃を再開する。


 前日と打って変わって、討伐軍は勇猛果敢に斜面をよじ登っていく。もはや滾木礧石(こんぼくらいせき)を使えないので、恐れるものはない。


 パンッ! パンッ! パンッ!


 賊は砦から激しく銃撃する。


 銃弾が討伐軍の頭上に雨あられのように降りそそぐ。


 カンッ! カンッ! カンッ!


 はじかれる銃弾。


 討伐軍は、鉄の盾をかざしていた。それで銃弾をしのぎながら、よじ登っていく。じわじわと砦に近づいていく。


 よく見ると、討伐軍の兵士は2人が1組になり、1人が盾をもち、1人が銃をもつという編成になっていた。身を守りながら攻撃するための措置だった。


「力攻めもときに有効かもしれないけど、できるだけ損害を少なくするために工夫するのが兵法の定石(じょうせき)だと思う」


 そう言ってクリーが提案したのが、この方法だった。どうやらミン族の故地で活躍していたと言う名将チーチーガンの戦法をヒントにしたものらしいが、詳細は不明だ。


 こうして討伐軍は、被害を最小限におさえる工夫をして、前進する。


 ときおり、砦からは手榴弾(しゅりゅうだん)や、ダイナマイトが飛んでくる。そんなときも、あわてない。


「爆弾っ!」


 見つけた兵士が叫ぶと、兵士たちはさっと身を伏せ、爆発に備える。着弾地点に近い兵士は、すばやく遠ざかる。


 だから、これまたダメージを少なくできた。


 事前の準備が余裕をもたらし、その余裕が冷静さをもたらす。その冷静さが正しい判断をもたらし、それが兵士たちの身を守る。まさにプラスのスパイラルが作用していた。


 ところで、討伐軍による総攻撃がはじまって、しばらくすると――


 ドンッ! ドンッ! ドンッ!


 いくつもの砲声が轟いた。


 ドスッ! ドスッ! ドスッ!


 野球のボールくらいの鉄球が、がんがんと賊の砦に()りふりそそぐ。


 炸裂弾(さくれつだん)ではないが、それなりの殺傷力、破壊力はあった。直撃弾を受けた賊は肉体がはじけて即死し、建物は命中したところが(くだ)ける。


「「「なんだ!?」」」


 思いもよらない攻撃を受け、賊のだれもがたまげていた。思わず恐怖心がめばえる。


 見ると、砦の周辺にある高い山の上に帝国軍の軍旗がひるがえっていた。軍旗の(かか)げられている山は、1つだけではない。いくつもの山の上に軍旗がはためいている。


 いずれも賊の砦を見下ろす高さがあり、砲撃もそこから行われていた。それらの山は、どれもが急峻な山であり、たやすく登れるようなものではない。


 それなのに、そんなところに砲台をつくりあげるなんて。


「ありえねー!」


 賊は恐怖をとおりこし、パニックにおちいる。


「帝国軍のやつらは、いつに間にやら大軍を動員して、あんな高いところに砲台をつくりやがった」


「これじゃ、砦は丸見え。好きなだけ(ねら)い撃ちにされるじゃねぇか」


「それに砲台の数も1つ2つって話じゃねぇ。あんなにたくさんありゃ、砲弾の雨がふってくる」


「もう勝ち目なんてねぇ」


 賊はすっかり戦意を喪失(そうしつ)してしまう。


 しかし、このとき討伐軍が使った大砲は、木砲だった。円陣に残されていた廃材を使って急ごしらえで用意したものだ。だから強度も弱く、何度も砲撃できない。だから、賊が思うほどコワイものではなかった。


 木砲は、ふつうの大砲よりも軽いうえ、いくつものパーツに分解できるので、もち運ぶのに便利だ。だから、兵士たちも木砲のパーツを背負って、難なく急峻な山をよじ登ることができた。


 このときの兵士は、討伐軍のなかから山登りの得意な者が集められていた。全部で5百人だ。いくつかの部隊に分かれ、総攻撃に先立ち、軍旗や木砲のパーツなど必要な物資を背負って部隊ごとに違った山に登る。


 山頂にたどりついた兵士は、すぐさま木砲を組み立て、火薬を充填(じゅうてん)し、鉄球を装填(そうてん)した。そのうえで照準を賊の砦にあわせる。


 各「砲台」には、それぞれ数門の木砲がある計算になるので、しばらく連続砲撃ができる。


 さらに軍旗を掲げる用意もした。そうして総攻撃のときをまったわけだ。


 もちろん木砲の射程距離は短い。しかし、高いところから低いところを砲撃するので、そのぶんだけ射程距離を延ばすことができた。


 このように山上の砲台は、実際には大した破壊力をもっていなかった。しかし、賊は砲台の正体を知らない。だから、賊に脅威(きょうい)を与えるには十分なものだった。


「わが一族の故地に伝わる話では、かつて名将ワンヤンミンが同じような作戦で、山にたてこもる賊をやっつけたと言われている」


 ワンヤンミンは山上から銃撃させたらしいが、クリーはそれをアレンジして木砲による砲撃にしたらしい。そのほうが賊に与えるインパクトも大きくなるからだそうだ。


 この作戦は成功し、討伐軍は賊を一網打尽(いちもうだじん)にすることができた。ガントーは、戦闘のさなか、討伐軍に斬りかかったところ、銃撃されて絶命している。

全文訳『孫ピン兵法』十問


 軍人が質問して言いました。

「両軍が対峙して布陣しているとき、食糧は互いに十分で、兵力は互いに同じで、攻めるほうも、守るほうも、互いに恐れており、敵軍は円陣を組んで待機しており、守りが堅い場合、これを攻撃するには、どうしたらよいのでしょか」

 回答しました。

「これを攻撃するには、全軍を四隊と五隊の編成とし、各部隊のうちのどれかが敵に近づいて、わざと敗走して見せ、こわがっているように見せかけます。敵は、こちらが恐れていると見れば、各隊がバラバラになって、あとさきを考えないで追撃してきます。そうすることで、敵の堅い守りもくずれます。そこで進軍を合図となる太鼓を打ち鳴らしながら戦車を突撃させます。それに続いて五隊も突撃させることで、全軍の兵力を利用できます。これが円陣を撃破する方法です」

 質問しました。

「両軍が対峙して布陣しているとき、敵は多く、こちらは少なくて、敵は強く、こちらは弱くて、敵が方陣で攻めてきた場合、これを攻撃するには、どうしたらよいのでしょうか」

 回答しました。

「これを攻撃するには、~陣をしいて敵を~し、策謀をめぐらして敵を離間し、兵力を集中してわざと敗走する一方で、すばやく気づかれないように敵の背後にまわりこみます。これが方陣を撃破する方法です」

 質問しました。

「両軍が対峙して布陣しているとき、敵が多くて強いうえ、すばやくてタフで、鋭陣をしいて待機している場合、これを攻撃するには、どうしたらよいでしょうか」

 回答しました。

「これを攻撃するには、必ず全軍を3つにわけて、1つは横に展開し、2つは~恐れて兵士は惑います。将軍と兵士が混乱してしまえば、敵の全軍は大敗して敗走するしかありません。これが鋭陣を撃破する方法です」

 質問しました。

「両軍が対峙して布陣しているとき、敵が多くて強く、横に展開しており、こちらは布陣して待機し、兵力が少なく、戦えない場合、これを攻撃するには、どうしたらよいでしょうか」

 回答しました。

「これを攻撃するには、わが軍を3つにわけ、決死隊をつくります。3つのうち2つは横に展開して両翼となり、1つは精兵で編成し、中央から突撃していきます。これが敵将を殺し、横に展開する敵軍を撃破するする方法です」

 質問しました。

「両軍が対峙して布陣しているとき、こちらは歩兵が多く、戦車や騎兵が少なくて、敵の兵力が十倍である場合、これを攻撃するには、どうしたらよいでしょうか」

 回答しました。

「これを攻撃するには、険しいところ、狭いところにいるようにして、広いところ、なだらかなところは、慎重になって避けるようにします。なだらかなところは戦車に有利で、険しいところは歩兵に有利だからです。これが戦車を撃破する方法です」

 質問しました。

「両軍が対峙して布陣しているとき、こちらは戦車と騎兵が多く、歩兵が少なくて、の兵力が十倍である場合、これを攻撃するには、どうしたらよいでしょうか」

 回答しました。

「これを攻撃するには、険しくて進みにくいところは慎重になって避け、確実に敵を誘導し、なだらかのところに行かせて攻撃します。たとえ敵の兵力が十倍でも、わが軍の戦車と騎兵に便利であり、敵の全軍を撃破できます。これが歩兵を撃破する方法です」

 質問しました。

「両軍が対峙して布陣しているとき、食糧の補給がなく、兵士が頼りなく、全力をあげて侵攻し、敵の兵力が十倍である場合、これを攻撃するには、どうしたらよいでしょうか」

 回答しました。

「これを攻撃するには、敵がすでに~して要害の地にいて守っており、こちらは~して反ってその虚を害します。これが争~を撃破する方法です」

 質問しました。

「両軍が対峙して布陣しているとき、敵将は勇敢で怯えさせるのが難しく、兵士は強くて多くて団結しているとします。全軍の将兵が勇ましくて、こわいもの知らずです。その将軍はと言えば、威厳があり、その兵士と言えば、武勇があります。しかも、参謀はしっかりしており、物資もたっぷりあって、どこの国の君主もこれに太刀打ちできません。これを攻撃するには、どうしたらよいでしょうか」

 回答しました。

「これを攻撃するには、攻めるつもりはないと宣伝し、攻める力がないことを示し、おとなしくしてチャンスを待ちます。そうすることで、敵を思いあがらせ、敵の闘志を失わせ、敵が実情を知れないようにします。そうしてから、敵の~してないところを撃ち、敵の守ってないところを攻め、敵の急所をつき、敵の動揺を攻めます。敵は優勢であり、有力ですが、全軍が移動にかかり、前後の連絡がおろそかになります。そこで、敵の真ん中を攻撃し、こちらが大軍であるかのように見せかけます。これが強くて多い敵を撃破する方法です」

 質問しました。

「両軍が対峙して布陣しているとき、敵が山にたてこもって攻めにくいところにいて、遠くからでは攻撃のしようがないし、近づくと有利なところに布陣できないとします。これを攻撃するには、どうしたらよいでしょうか」

 回答しました。

「これを攻撃するには、敵はすでに要害を占拠しており~すれば~を危うくし、敵が必ず救援にかけつけるところを攻め、敵を要害の地から離れさせます。そのうえで敵がどのように動くかを予測し、伏兵を配置し、援軍を用意し、敵が移動してきたところを撃ちます。これが要害の地にいる敵を撃破する方法です」

 質問しました。

「両軍が対峙して布陣しているとき、攻めるほうも、守るもほうも、互いに臨戦態勢ができており、敵はカゴのような陣形をしており、敵の計画を推測するに、わが軍を包囲して、殲滅しようとしているのが明らかにわかったとします。これを攻撃するには、どうしたらよいでしょうか」

 回答しました。

「これを攻撃するには、腹がすいても食べず、のどが渇いても飲まず(必死になり)、全軍の3分の2の兵力を使って、敵の中央にぶつけます。敵が~したら、精兵を使って、敵の両翼を撃ちます。~敵の全軍は大敗して敗走します。これがカゴのような陣形をしいている敵を撃破する方法です」


以上、七百十九字


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