その2(全4回) 馬賊は平原で戦うつもりだ
いよいよ「賊の討伐」が開始される。
西部辺境守備軍から選抜され、編成された討伐軍は、平地に布陣していた。その陣容は、歩兵を正面に出すというものだ。
遠くに馬賊の陣地が見える。さすがに馬賊だけあって、大量の騎馬を保有しているのだろう。馬の嘶きが頻繁に聞こえてくる。
「わが一族の教えでは、こう言われている――」
歩兵がメインなら、険しい場所で戦ったほうがいい。
騎兵がメインなら、なだらかな場所で戦ったほうがいい。
「――これは、わが一族に限らず、どこでも同じだと思う」
「うむ。そうだな。山地では歩兵の踏破性がモノを言うし、平地では騎兵の機動力がモノを言うものだ」
「てことは、オレらも騎兵隊をメインにして戦いを挑むってわけだな」
「違う。歩兵隊を前面に押し出して、戦いを挑む」
クリーに速攻で否定され、思わずガクッとくるシャオ隊長。
「は? それじゃ、オレらが不利になるじゃねぇかよ」
「うん。そのほうが賊も“官軍は戦い方も知らない”と思って油断してくれるから、賊を誘い出しやすくなる」
「あ、ああ。――なるほどな」
「あ、でも、歩兵隊は、あくまでも本隊だけ。シャオ隊長の率いる伏兵は、スピードが必要になるから、騎兵隊にしてほしい。できる?」
「大丈夫だぜ。任せときな」
「では、本隊を歩兵隊とする件については、さっそく閣下に伝えて、そのように手配しよう」
かくして今回のような歩兵隊メインの布陣がなされるようになったわけだ。
もちろん、クリーたちの魂胆を知らない馬賊たちは、討伐軍の布陣を見て笑った。
「見てみろよ。あいつら平地に歩兵を並べてやがるぜ」
「あいつらの司令官はダメなやつって評判だが、ここまでダメだったのかよ」
「まわりにいる連中もよ、少しは教えてやれよ」
「あいつは傲慢だから、教えられても聞く耳がねぇんだろ」
「ははは。愚将の見本みたいな野郎だな」
「それに見ろよ、うしろのほうには馬車もたくさん並んでるぜ」
「ありゃ荷馬車だな。ついでに、あれも頂戴するか」
「だな。やつらを蹴散らしてから、もらって帰ろう」
「今日は大漁になりそうだな。むふふ」
というわけで賊は、すっかり討伐軍をバカにして油断する。
ちなみに、このときオウツカ少将は、討伐軍の本陣にはいなかった。
シモダ准将から「負けたふりをして逃げてほしい」と依頼されると。
「え? 大丈夫なの? 危なくない?」
あからさまにイヤな顔をして、シモダ准将を見た。
「とりあえず、ボクの名前を使ってもいいからさ、ボクが現場にいることにしといてよ」
というわけで。
『討伐軍はオウツカ少将が指揮する』
そういう布告だけが出された。実際の指揮はシモダ准将がとる。
もちろん討伐が成功すれば、それはオウツカ少将のものになるわけだが。
(やってられない)
ふつうなら、そう思うだろう。
しかし、シモダ准将の考え方は違った。
(軍人にとって大切なことは、手柄をあげることではなく、任務を果たすことだ。たとえ評価されずとも、滅私奉公の精神で、公のために尽くすのだ)
こんなだから、シモダ准将は士官学校を卒業しながらも出世が遅れたし、手柄を横取りされることも多かった。
ただ部下からの信望はあつくなり、麾下の部隊も動かしやすくなった。部下のだれもがシモダ准将の言うことを信頼し、その言葉に従ったからだ。
「突撃準備、完了しましたっ!」
伝令が本陣にきて報告する。
「では定刻まで待機せよ」
シモダ准将は言った。
「はっ」
伝令は走り去る。
その瞬間、馬賊の陣地から、ウォーッという威勢のよい鬨の声が聞こえてきた。
「「「!?」」」
討伐軍は思わず震撼する。
すぐさま報告が入る。
「馬賊どもが一斉に突進してきますっ!」
討伐軍が負けたふりをして逃げるよりも先に、馬賊たちが出てきた?
「平地で騎兵と歩兵が戦うなら騎兵が楽勝って、昔から相場は決まってる。こいつはチャンスだ。一気に蹴散らしてやるぜ」
かくして馬賊は、いきなり総攻撃をしかけてきたのだった。
「後退せよっ!」
シモダ准将は、悠然と指示を出した。
思わぬ奇襲を受け、心には動揺もあるが、表には見せない。指揮官があたふたすれば、全軍もあたふたして、パニックにおちいりかねない。そうなれば潰走だ。
ミン族の故地でも、名将は同じようにしている。
東漢国の呉漢も、宋国の岳飛も、夜襲されて将兵が騒ぎ出したとき、寝たままで動かなかった。その様子を見た将兵は安心し、まもなく落ち着く。そして、敵軍を追い払うことに成功した。
泰然自若としたシモダ准将の指揮のもと、討伐軍は馬賊に対して発砲しつつ、急いで退却を始めた。
その後方には、ただ荷馬車を並べただけだが、いちおう「即席の城」がある。そこまで逃げていけば、突進してくる騎馬の勢いをそげる。
討伐軍は不意をつかれたとはいえ、もともと逃げる予定だった。だから、後退のほうはスムーズにいった。混乱しているように見せかけながら、実際には整然と逃げることもできている。
ただし、馬賊の攻撃が予定より早かったせいで、少なからず逃げ遅れた者も出てしまった。馬賊の大軍に蹴散らされ、轢殺され、斬殺され、銃殺されていく。
(自分にも慢心があったか……。策士が策に溺れるとは、このことを言うのであろう)
後退しながら、シモダ准将は反省していた。
(まさかの総攻撃の可能性についても、考慮しておいて、しかるべきであった。現状でも十分に対処できているとはいえ、本来なもっと犠牲者を出さずにすんだやもしれぬ)
なかなか自分に厳しい人物のようだ。
そのころシャオ隊長は、事態の急変を受け、「ない頭」をフル回転させて対策を練っていた。ゆっくり考える余裕はないが、考えもなしに突っこむわけにはいかない。
(とにかく軍師殿の知恵を拝借して急いで答えを見つけろ!)
シャオ隊長は、自分で自分を奮起させながら、クリーの言葉を思いかえしてみる。
『敵が大軍で野戦する場合は、基本的に3つのパターンになる。方陣で整然と攻めてくるか、横陣で横に広がって包囲しようとしてくるか、鋭陣でまっすぐに突進してくるか、の3つ』
(対策はどうだった?)
『方陣なら、全軍を2つに分け、1隊が引きつけているすきに、もう1隊が背後に回りこむようにする』
(見るかぎり、馬賊はがむしゃらに突進しているわけじゃねぇ。それ相応に整然としていやがる。だが方陣じゃねえ)
『鋭陣と横陣のときには、まず全軍を3つに分ける』
(オレら左右に隠れている伏兵が2隊で、シモダ准将の部隊が1隊で、とりあえず3隊がそろう)
『横陣に対しては、精兵を1隊に集めて、一気に中枢を攻める。もし包囲網が狭まってきたら、2隊を集めて中央突破をはかる。精兵は左右両翼をけん制する』
(馬賊は突出しすぎている。少なくとも横陣ではない。しかも、それなりに整然としている。――だったら鋭陣!)
『鋭陣に対しては、1隊が正面で受け止め、残り2隊が奇襲して敵を混乱させる』
(決まった。とにかく予定どおり、オレら伏兵が左右から馬賊を奇襲すりゃあいい)
「合図を出せっ! 突撃すっぞ!」
シャオ隊長が号令を出すやいなや、信号弾が打ち上げられた。
大きな破裂音が轟き、赤い煙が上空に広がっていく。
そのころ馬賊たちは「即席の城」に対して、波状攻撃をしかけていた。
こっちの馬賊が近づいてきて、荷馬車のすき間をねらって銃撃し、すばやく去ったかと思えば、あっちの馬賊が近づいてきて、荷馬車に向かって手榴弾を投げつけ、すばやく去っていく。そのあとには別の馬賊が近づいてきて銃撃。そのくりかえしだ。
まさに「ヒット・アンド・アウェイ」だが、そうやって「即席の城」にダメージを蓄積させていく。突破口が開かれたら、そこから一気になだれこむ。そして、蹂躙する。そのつもりだろう。
馬賊はすばやく右に左に駆けまわっているので、討伐軍の兵士たちは銃の照準をなかなかうまく合わせることができなかった。思わぬ苦戦を強いられる。
ただし、討伐軍は、もともと「即席の城」を防衛ラインとしていた。あくまでもそこに踏みとどまり、馬賊たちを引き止め続ける予定だった。
だから、どんなに熾烈な攻撃を受けても、一歩も引かない。頑強に耐えた。
こういう作戦だから、シャオ隊長は分かっていた。
(シモダ准将の部隊は、まちがいなく正面で馬賊の攻撃を引き受けてくれる。だから、オレらが側面から奇襲すれば、馬賊の陣形も崩壊する)
そして、シャオ隊長の期待どおり、シモダ准将は「即席の城」を死守していた。討伐隊は、馬賊をすべて引き受け、善戦健闘している。
そのスキにシャオ隊長の率いる伏兵(騎兵隊)は、馬賊を左右から急襲した。
「「「うおぉぉぉっ!」」」
伏兵(騎兵隊)のだれもが勢いよく突っこんでいく。
不意をつかれた馬賊は、その足並みを乱す。あわてて対応しようとするが、間にあわない。伏兵(騎兵隊)の突撃を受け、次から次に蹴散らされていく。
「退却だぁっ!」
馬賊のリーダーが大声で叫んで、先頭をきって逃げようとした。
そのとき、馬賊の陣地から爆音が轟く。いくつもの爆音が次から次に聞こえてきた。
見ると、陣地の各所で爆発が起きている。
「!?」
馬賊たちは、驚きのあまり、あ然としてしまった。
ぼやぼやしているうちに、その爆発によって飛び散った火花が建物や馬草などに引火したらしい。あちこちで火災も発生した。燃えさかる炎が見える。
「……」
火の回りは早く、ついには陣地の火薬庫にまで火の手がまわったようだ。すさまじい爆発が起きた。火柱が天高く立ちのぼる。
馬賊は、あんぐりと口をあけて、言葉を失っていた。ついには観念したらしく、馬を止め、その場で武器を捨てた。馬から降りると、両手をあげて降伏の意を示す。
なにが起きたのか?
戦いが始まる前の話だが、クリーは「平地なら騎兵隊が有利になるし、山地なら歩兵隊が有利になる」という話をしていたとき、こんな話もしていた。
「わが一族に伝わる教えによると、たとえば補給が続かないとか、兵力が少ないとか、援軍が来ないとか、とにかく持久力が足りないなら、敵の虚をつくといいと言われている」
「そういや、今回の場合、オレらの司令官閣下殿は、すぐに根負けするだろうから、気もち的に持久力がないよな」
「それに、そういった心理的な側面だけでなく、すでに自警団の訓練に多額の経費をつぎこんでおるゆえ、これ以上は補給、兵力、援軍などを増強できない。討伐が長引けば、戦費をまかなえなくなり、撤退するほかなくなる。そうなれば、賊が勢いづくのは必定だ。これは非常にまずい」
「だから、賊の虚をつこうと思う」
そう言って、クリーはアルキンに目を向けた。
「馬賊が誘導されて陣地から出ていったら、敵陣も警備が手薄になると思う。そこを百人隊のみんなに急襲してもらい、制圧してもらいたい。できる?」
「どれだけの敵兵が敵陣に残るのか不明なので、確実なことは言えないが、破壊工作でよければ可能だ。つまり、手薄になったスキをついて潜入し、各所を爆破してまわり、火災を起こす。これでよければ、確約できる」
「うん。それで十分。敵の戦意をそげれば、それでいいから」
「ならば、たやすい。任せろ」
「ありがとう」
そういうわけで、アルキンと百人隊の戦士たちは、開戦の前日、もてるだけのダイナマイトを携帯すると、夜陰に紛れて馬賊の円陣(陣地)に近づいた。そのまま物陰に潜んで時をまつ。
翌日、意外に早く馬賊が総攻撃をしかけるために出陣していった。
アルキンたちは、そのスキをついて陣地に潜入すると、各所にダイナマイトをしかけ、その導火線に火をつける。見張りがいれば、即座に襲って黙らせた。
こうして、あの大爆発、大火災が発生したわけだ。
ちなみに、大爆発が起きるころには、アルキンたちは任務を完了し、すばやく陣地から撤収していた。さすがはミン族の精鋭部隊といったところだ。手際がいい。
かくして手前にある賊の円陣は、攻略された。その向こうには、賊の要害がある。




