その3(全3回) 賊は草が風になびくように投降する
いよいよ西部では、演習がはじまる。
それに先立って、オウツカ少将が全軍の前――特別に組まれた物見台の上に立ち、高らかに宣言した。
「われらは勅命を奉じ、賊どもを殲滅させる!」
拡声器を通じてオウツカ少将の声が、演習地に響きわたる。演習は、海港都市・ゴトーから北東に行ったところにある荒野のど真ん中で行われていた。
「「「おーっ!」」」
全軍の将兵がときの声をあげた。その声には、大地を震撼させるような勢いがある。
その前に立つオウツカ少将は、満足そうだ。ニコニコしている。面倒なことは嫌いだが、こういう「いいとこどり」は好きなのだろう。
オウツカ少将の宣言は続く。
「もし賊どもが、その罪を悔い、投降すると言うなら、慈悲深き皇帝陛下の御名において、その罪を許して開拓地を支給し、その生活を保証してやろう」
そう言うオウツカ少将は、自分に酔っているのか、芝居がかったように両手を大きく広げて見せる。
「だが、あくまでも歯向かうと言うなら、容赦はしない。皇帝陛下の大切な臣民たちを守るため、われら西部辺境守備軍は、その総力をあげ、賊どもを掃蕩する!」
言いながらオウツカ少将は、おもむろに片腕を胸の前まであげ、ぐっと拳を握りしめて見せた。
「「「おーっ!」」」
将兵らは喊声をあげて答える。
「われらは、すでに賊どものアジトを把握している。まつろわぬ者たちに対しては順次、軍勢を差し向けるであろう。今回の演習は、そのための予行演習でもある。陛下のため、臣民のため、心して取り組め」
うれしそうに話しているオウツカ少将の近くには、シモダ准将、シャオ隊長をはじめ、西部辺境守備軍の幹部たち数名が居並んでいた。
クリーとアルキンは、あくまでもシャオ隊長の「客人」であるので、物見台の脇に控えている。
「まさか、あいつの口から“臣民のため”とかいう言葉を聞くなんざ、夢にも思わなかったぜ」
シャオ隊長は、忌々しそうにボソッと言った。
その声は隣にいたシモダ准将の耳にも届いたが、シモダ准将は苦笑いしただけで、なにも答えない。まあ、立場上、上官批判はできないから、そうなるだろう。
「だがよ、マジで賊のアジトをすべて把握してんのか? 軍師殿の話じゃ、すべてつかみきれてないって話だったぜ」
「把握できてはいない。司令官閣下の言葉は、はったりだ。クリー大佐から、はったりをかましてほしいとの依頼があったのだ」
「はったりねぇ。まあ、軍師殿のことだから、必要なことだろうけどよぉ、あの司令官閣下殿が言われると、とたんに胡散臭く感じるな」
シャオ隊長は、いやみったらしく言う。
「ふふ。それはさておき、はったりが効いて、賊が勧告に従って投降してくるなら、戦わずして賊も減っていくうえ、さらに開拓地の人手不足も解消できる。まさに一石二鳥だ。クリー大佐のアイデアは、みごとだな」
「まあな」
そう言うシャオ隊長は、まるで自分がほめられているかのように誇らしげだった。
ところで、クリーは、オウツカ少将の宣言が口先ではないと思わせるため、すでに手を打っていた。
演習開始から一週間ほど前の話だ。
山あいにある小さな集落。そこを屈強な男たちが襲撃した。
男たちは抜刀して、四方八方から襲いかかっていく。覆面をしているので表情が見えず、しかも無言で住民たちを手当たり次第に斬り殺していく。
その沈黙ぶりが、住民たちの恐怖心をあおった。
住民たちも、最初のうちは銃や刀を手にとり、反撃を試みようとはしていた。しかし、男たちは強すぎる。まったく歯が立たない。
大半の住民が斬り殺されたところで、すっかり戦意を失い、ほうほうのていで逃げ散っていった。
男たちは、その様子を黙って見ているだけで、追いかけようとはしない。
「集落内に生存者はいません」
男たちは集落じゅうに散らばっていたのだが、そのうちの一人が大男に報告した。
「では、火をかけろ」
大男の命令で、集落には火が放たれ、燃え上がった。
しばらくして大男は、覆面をとる。アルキンだ。
その他の男たちも覆面をとったのだが、そちらは百人隊の戦士たちだった。
もちろん全員が帝国軍の軍服を着用している。
ここは、とある山賊のアジトだ。
百人隊の情報収集によって、山賊や馬賊のアジトがいくつか判明していた。そのうちの一つを今回、急襲したのだった。
これと同じようにして、アルキンたちは短期間のうちに3つのアジトを襲撃し、賊の半数ほどを逃がし、そしてアジトを焼き払った。
賊を逃がすのは、クリーの作戦だった。
「逃がしてよいのか?」
アルキンは作戦の決行に先立ち、クリーに確認した。
「うん。さんざん賊たちを恐れさせてから、逃がしてほしい。そうすれば、逃げた賊たちが“帝国軍はアジトを知っている。帝国軍は強い。帝国軍には勝てない”と宣伝してまわってくれるから、帝国軍が投降勧告を出したとき、投降しやすくなる」
「そういうことなら承知した。半分くらいは逃がそう」
そう言えば、似たような話がミン族の故地に伝わっている。
かつて蒙古国が南宋国を攻めたときの話だ。
ある戦いで南宋軍が敗走したとき、蒙古軍を率いていた伯顔は追撃しようとしなかった。
部下が不思議に思って追撃しない理由をたずねると、伯顔は答えた。
「逃げた連中は、わが軍の強さを宣伝してくれるだろう。そうなれば敵軍の士気も落ちるだろうから、こちらとしては戦いやすくなる」
クリーもこの話を知っていたのかもしれない。
こうしてアルキンたちが賊をさんざん脅してまわったところで、オウツカ少将が投降勧告を出した。しかも、すなおに投降すれば開拓地を与えられるので、まじめに働くつもりなら路頭に迷う心配もない。
「賊は追いつめられると必死になって抵抗するだろうけど、たとえば生活の保障とか、逃げ道を用意しておいてあげたら、投降しやすくなると思う」
それがクリーの考えだった。
そして、その考え方は、それなりに成果をあげる。
しばらくすると、山賊や馬賊たちが武器を捨て、近隣の駐屯地や警察署に自首してくるようになったのだ。
もちろん、それでも投降しない者もいた。「賊のプライド」にかけ、わずかに残った賊を糾合して、最後の抵抗を試みようとする者があわられる。
全文訳『孫ピン兵法』十陣
およそ布陣には、10パターンがあります。方陣[四角い布陣]があり、円陣[円形の布陣]があり、疏陣[分散した布陣]があり、数陣[密集した布陣]があり、錐行の陣[尖った布陣]があり、雁行の陣[斜めの布陣]があり、鈎行の陣[三方から攻める布陣]があり、玄襄の陣[大軍に見せかける布陣]があり、火陣[火を扱う布陣]があり、水陣[水を扱う布陣]があります。
これらには、すべて利点があります。方陣は、切りさく[攻勢をかける]手段です。円陣は、丸くなる[守りを固める]手段です。疏陣は、吠える[威嚇する]手段です。数陣は、拾い取れなくする[敵の攻撃をかわす]ためです。錐行の陣は、確実に突破する手段です。雁行の陣は、次から次に射撃する手段です。鈎行の陣は、敵の目標を変化させて敵の計画を変更させる[敵を混乱させる]手段です。玄襄の陣は、敵軍を悩ませて攻撃しづらくさせる[敵をまどわせる]手段です。火陣は、邪魔者を取り除く手段です。水陣は、堅固な敵を途方に暮れさせる手段です。
方陣のやり方は、こうです。必ず中央の兵力を少なくして、外周の兵力を多くし、本陣は後方に置きます。中央の兵力が少ないのは、敵を威嚇するのに使うつもりだからです。その(外周の兵力)を重(厚)にするのは、敵を切りさくのに使うつもりだからです。本陣を後方に置くのは、~するためです~
(円陣のやり方は、こうです~)
(疏陣のやり方は、こうです~)その防具が少しで、兵士が少ないのであり、そういうわけで堅固にします。武威は旌旗[色あざやかな軍旗]によって表現され、敵に対する示威は武器によって表現されます。ですから、必ず部隊どうしの間隔をまばらにして広がり、その旌旗と羽旄[雉の羽と牛の尾でつくった王者の旗]を多くして、刃をピカピカに磨いて旗の横にそえます(すると、遠くから見たとき、たくさんの旗、キラキラ光る武器が見えるので、敵は強そうな大軍がいると誤認し、恐れます)。分散するときには、お互いに接近してはいけませんし、密集するときには、一ヶ所に駐屯してはいけません。それは慎重であるためです。戦車は駆けさせてはいけませんし、歩兵は走らせてはいけません(落ち着いて見せないと、弱そうに見えるからです)。およそ疏陣のやり方は、いくつもの小隊を編成し、進んだり、退いたり、攻撃したり、堅守したり、力を合わせて征伐したり、敗走する敵を追撃したりすることにあります。そうすれば、分散して敵の精鋭を撃破することができます。
数陣のやり方は、こうです。部隊どうしの間隔をまばらにして広がるなんてことをしてはいけません。互いに接近して、先頭の兵士はそろって武器を構えて、刃先を外に向かって伸ばします。先鋒と後衛は互いに支えあい、~変~、完全武装の兵士が圧倒されているならふんばり、声によって~にふんばります。敵が逃げて行くなら(好きに逃がしてやり)追撃しません。敵が攻めて来るなら(好きに攻めさせてやり)阻止しません。(構えるときは)兵士どうしの間隔を毛先くらいにしてすき間をなくします。(退くときは)山のようにどっしりと落ち着いて退きます。そうすれば、密集して敵の攻撃をかわせます。
錐行の陣は、陣形を剣のようにします。先[先鋒]が鋭くなければ、突き刺せません。刃[両翼]が研がれていなければ、切りさけません。本体が重厚でなければ、敵陣を突破できません。そういうわけで、先は必ず鋭くし[先鋒には精鋭を置き]、刃は必ず磨ぎ[両翼には熟練した兵士を置き]、本体は必ず大きくします。そうすれば、錐行の陣は、敵陣を確実に突破できます。
(雁行の陣は~)~中~。以上が雁行の陣の働きです。前列は猿のようにし(て、機敏に動き)ます。後列は狸のようにし(て、しかけるタイミングをねらい)ます。~三~。~網を破って自力で生存できます。以上が雁行の陣の働きというものです。
鈎行の陣は、前列は必ず四角形に布陣し、左右に付属する両翼は必ず釣り針のような形に布陣します。(軍隊には)太鼓、ドラ、笛の3つの楽器はきちんとそろえ、5種類の旗は必ずそなえ、(兵士には)楽器を使って出される命令をわきまえさせ、旗を使って出される支持をわからせます。前なく、後なく、~なく~。
玄襄の陣は、必ず旌旗や羽旄を多くし、太鼓はおごそかに打ち鳴らします。完全武装の兵士の隊列が乱れたら、ふんばる態勢をとらせます。戦車の隊列が乱れたら、整列させます。乱れが治ったら~し、威勢よくトキの声をあげさせ、まるで天から降ってくるように、まるで地から湧き出してくるように、どんどん歩兵がやってきているように見せかけ、朝から晩まで見劣りがしないようにします。以上が、玄襄の陣というものです。
火を扱う戦い方として、(陣地を守るための)堀と防塁が完成したら、さらに塹壕をつくります。そこから五歩(約6メートル75センチ)のところに薪を積み、必ず密度を均等にします。一定数の兵士を任務につかせ、敵の突入を防ぐための障害物をつくらせます。(その障害物は)必ず手軽であり、必ず鋭利であるようにします。風が押し寄せ~。~火気が自然と消えてしまい、敵と戦って勝てないなら、ふんばって整列しながら逃げます。火を扱う戦い方として、低くて平たくて雑草があり、全軍の兵士に逃げ場がないとします。このようであれば、火をつけられます。強風と雑草があり、薪が積み終わり、敵陣が油断しているとします。こんなふうであれば、火をつけられます。火をつけて敵を混乱させ、矢を雨のように放ち、太鼓をとどろかせ、トキの声をあげ、武器を打ち鳴らして、勢いをつけてダメ押しをします。以上、火を扱う戦い方です。
水を扱う戦い方としては、必ず歩兵を多くして戦車を少なくし、全軍に鈎、楷、柤、貳、輯、~、絳の8つの道具をつくらせて完備させます。進むときには必ず行けるところまで行きますし、退くときには接近しませんし、いかだが接近してきたら流れに従って、敵の兵士をねらって射撃します。水を扱う戦い方としては、便舟が軍旗がわりとなり、馳舟が使者がわりとなります。敵が行けば追撃し、敵が来れば接近します。敵を押しやり、追いはらうときには、慎重にやって警戒します。移動して敵を急襲し、布陣して敵を(打撃し)、計画して敵を分離します。ですから、軍隊には誤車[障害と戦車?]があり、御者と歩兵がありますが(※1)、必ず兵力の多寡を明らかにし、船を攻撃し、港を堅守し、人民にたくさんの歩兵が応援にかけつけてきているように見せます。以上、水を扱う戦い方です。
七百八十七字
訳者注:※1について、「兵器には水路をつくるための農具があり、戦車には御者と護衛の歩兵がいますが」と解釈する立場もあります。




