その2(全3回) 帝国はデモンストレーションを行うことにした
クリーは、訓練の成果を確認するための視察に出る前、アルキンに頼んだ。
「山賊や馬賊の情報を集めたいから、百人隊のみんなに商人のふりをして山賊や馬賊に接触してもらいたいけど、できる?」
「もちろんだ。ただし、クリーの警護もあるから、百人隊のうち10人を残して、あとの90人を偵察に出そう。それでいいか?」
「うん。ありがとう」
かくして百人隊のうち、90名が商人に変装して、山賊や馬賊との商売にたずさわるようになった。山賊や馬賊と接触しながら、情報を集めてまわる。
残り10名は、アルキンの指揮のもと、クリーの護衛にあたったことは、すでに紹介したとおりだ。
クリーたちが、一通り集落をまわって戻ってくるころには、それなりに情報が集まっていた。入れ代わり立ち代わり百人隊の戦士たちが報告にくる。
「結局のところ、山賊も、馬賊も、グループが細かく分かれていて、アジトもそれこそ無数にあるというわけか」
シモダ准将が、クリーの話を聞いて言った。
「はい。だから、すべてのアジトをつきとめられていない」
「となると、賊のアジトをことごとく把握し、しらみつぶしに制圧していくとなれば、かなりの時間と手間を要するというわけだな」
「はい」
「ならば、どうする?」
「えっと、わたしだったら、こうする」
クリーは、作戦のアイデアをシモダ准将に伝えた。
「ふむ、おもしろい。検討の余地はある」
シモダ准将は、クリーのアイデアを前向きに検討してくれることになった。
ところで、これに先立ってクリーは、商人に変装した90人に対して
「山賊や馬賊と接触した際には、こんな噂を流してほしい」
こう頼んでいた。それは
「西部辺境守備軍は、海賊の討伐に成功して勢いに乗っている。このたび賊討伐の勅命がくだり、西部辺境守備軍は山賊と馬賊を確実に仕留めると意気ごんでいる。もはや賊稼業も潮時かもしれませんね」
この噂を山賊や馬賊の間に流してもらいたいということだ。
数日後、シモダ准将から連絡がきた。
「西部辺境守備軍は、クリー大佐の作戦に協力する用意がある」
さらにシャオ隊長からも返事がきた。
「民族義勇軍の連中もOKだそうだ。人手を出してもらえるぜ」
クリーは、シモダ准将だけでなく、シャオ隊長にも話をふっていたのだった。
「あ、それと、各集落からも数人の代表を出してもらうっていう話だけどよ、民族自治会のメンバーに頼んで問い合わせてもらったら、ほとんどの集落が自警団から一人二人くらいは出してもいいってよ」
「ありがとう」
かくしてクリーが音頭をとって、西部辺境守備軍、民族義勇軍、自警団が合同で演習を行うことが決まった。
「雑然としている軍隊は弱い。だけど、整然としていれば強くなる。だから、整然とさせるため、軍隊はフォーメーションを組むことになる」
クリーは、たんたんと語った。
今日は、演習の打ち合わせの日だ。西部辺境守備軍の司令部にある会議室にシモダ准将、シャオ隊長、クリー、アルキンが集まっていた。
シモダ准将は、もちろん西部辺境守備軍の代表だ。シャオ隊長は、民族義勇軍を代表していたが、自警団の代表も兼ねていた。
「大軍を集められたなら、ふつう大勢で一斉にワッと攻めたほうが、強そうな気がするけどよ。連邦“百万の大軍”も、あっけなく負けたよな」
シャオ隊長が言う。
「うむ。だからこそ役割を分担し、みなで連携して戦ったほうが効率もよくなる。これは戦いの常識であるな」
シモダ准将が続けて言う。
「はい。それがフォーメーションの正しい使い方。でも、今回は奇をてらった使い方をしたい」
クリーは、クールに言った。
「すなわち、われらが帝国軍の威風堂々たる軍容を見せつけ、賊どもをふるえあがらせるというわけだな」
「そんでもって、賊をこわがらせて降参させるって寸法か。これぞまさしく戦わずして勝つっていうやつだぜ」
「わが一族の故地で、かつて名将の王景仁が似たような方法を使って成功しているから、うまくいくと思う」
ミン族に伝わる話では、梁国の王景仁が趙国を攻めたとき、晋国が援軍を出してきた。
このとき王景仁は、その将兵や騎馬をきらびやかに飾り立て、見た目をりっぱにする。
これを見た晋国の将兵は、精兵がいると思い、ひるんでしまったそうだ。
というわけで今回、クリーの発案により、ミン族に伝わる10種類のフォーメーションを組むという演習を大々的に行い、帝国軍の威容を山賊や馬賊に見せつけ、賊の戦意をそぐことにしたわけだ。
ちなみに、そのフォーメーションとは次のようなものだった。
1.方陣は、攻めの陣形だ。
四角に兵力を配置した形をしていて、敵を粉砕するために使う。
2.円陣は、守りの陣形だ。
一丸となって敵の攻撃を受け流すために使う。
3.疏陣は、分散した陣形だ。
広く分散して、その大軍ぶりを示し、威勢よく見せるために使う。さらに、多方からゲリラ的に攻撃したりもする。
4.数陣は、密集した陣形だ。
兵力を集中することで、敵の突撃をはねかえすために使う。
5.錐行の陣は、尖った陣形だ。
剣の形をまね、先鋒と両翼に精兵をおくことによって、敵軍を突破するために使う。
6.雁行の陣は、斜めの陣形だ。
はすかいに部隊を配置し、射撃するときに使う。
7.鈎行の陣は、混乱させる陣形だ。
中央と左右が一斉に攻撃をしかけ、敵の注意を3つの方向に引きつけることによって、敵の力を分散させるために使う。
8.玄襄の陣は、まどわす陣形だ。
整然と多くの旗を立て、多くの太鼓を打ち鳴らすことによって、大軍がふってわいたように見せかけ、敵の戦意をくじくために使う。
9.火陣は、火攻めの陣形だ。
敵が燃えやすいモノのある場所に来たら放火し、そこに矢を雨のようにふらせたうえ、勢いよく攻めかかることによって、敵を壊滅させるために使う。なお、砲撃も火攻めにあたる。
10.水陣は、水上戦の陣形だ。
水上を自由に動き回れる手段をととのえ、水の上でもスムーズに進退できるようにすることで、戦力をアップさせるために使う。
◆ ◆ ◆
その頃、北部辺境守備軍の作戦室には、フミト皇太子、ヤマキ中将のほか、守備軍の幹部たち数名が集まっていた。
「では、よろしいのですね?」
ヤマキ中将が確認するように真剣な表情で言った。
「もちろんだ。みんなには迷惑をかけるが、ついてきてくれるか?」
そう言うフミト皇太子の表情は、いつになく険しい。
「自分をはじめ、北部辺境守備軍の将兵は、殿下を信頼しております。殿下のご命令とあらば、たとえ火の中、水の中の覚悟をもって、ことにあたる所存であります」
ヤマキ中将が言うと、幹部たちも真剣な表情でうなずく。
「ありがとう」
フミト皇太子は、すなおに感謝した。
「では、作戦の第一段階として、さっそく演習の準備に入ります――」
ヤマキ中将が言った。
「――シャオ隊長や軍師殿といった北部につらなる人間が、北部から西部に出向いているタイミングで、北部と西部が同時に演習を行えば、互いに連携していると思われるのは必定であります」
「そして、それこそが、わたしたちの狙いだ。このことを肝に銘じて、みんなには動いてもらいたい」
「「「はっ」」」
ヤマキ中将ほか数名の幹部たちは、ピリッとした口調で答えた。
「北部に手を出せば、西部から横槍が入りかねない。西部に手を出せば、北部から横槍が入りかねない――」
そう言うフミト皇太子の表情は、いつもの穏やかなものだった。
「――こうやってけん制し、敵の動きを封じることを、軍師殿の故地では“犄角をなす”と言うらしい」
「百万の大軍を退けた北部辺境守備軍と、賊を平らげつつある西部辺境守備軍。この戦功も輝かしい2つの方面軍が連携したとなれば、中央もかなりの脅威を感じるでありましょう。戦を知らない中央軍には、つゆほどの勝ち目もありません」
「そのうえで作戦の第二段階として、わたしが折を見て中央に乗りこみ、ケリをつけてくる。帝国のためとは言え、みんなの希望にそえないが、どうか許してほしい」
「いえ。殿下の願いこそが、われらの願いであります」
力強く言うヤマキ中将。幹部たちもうなずいた。




