その1(全4回) とにかく「死中に活を求める」つもりだ
「我、仁義を責み、礼楽に式り、衣裳を垂れ、以って争奪を禁ずと曰うも、此れ堯舜も欲せざるに非ずして、得べからず。故に兵を挙げ、之を縄す。」
(いくら「私はモラルで乱暴をなくすのだ」と言っても、それは名君がしたいと思っても、できなかったことだ。だから武力で乱暴をなくしたのだ。)
『孫臏兵法』「見威王」篇より
「なるほど。おもしろい作戦ではある」
フミト皇太子は、クリーから作戦を聞き、うなずいた。
「まあ、たしかに、そうすれば敵は油断し、誘導されて、術中におちいりますな」
ヤマキ中将も、得心したように言う。
「おそれながら追加として申し上げますと――」
アルキンが、うやうやしくひざまずき、言う。
「――わが百人隊が当作戦を遂行すべく、すでに配置についております」
「そうか。すでにやる気で、ここまで来たというわけか。ははは、おもしろい。で、中将としては、どう思う? この作戦は使えそうか?」
「とんだ奇策ではありますが、成功の見込みもないとも申せません」
ヤマキ中将は、珍しく悩んでいた。
作戦としては魅力的なのだが、しかし、こんな若造の作戦に安易にのって大丈夫なのか?
どうせ死ぬなら、姑息な策などろうさず、正々堂々と突撃し、玉砕したほうが、武人として潔くないか?
そう。全軍で一斉に突撃し、敵陣に突破口を開き、殿下だけでも無事に帰還させる。
そのために死ぬなら、将兵らも「名誉の戦死」となる。死んでも浮かばれるはずだ。
殿下の説得が難しいかもしれないが、場合によっては薬で眠らせ、剛の者に背負わせて逃がすという手もある。
しかし、判断が難しい。
こうなれば、クリーが武人として信じるに足るかどうか、ひとつ試してみるか。
「ただ自分としては、城を枕に討死するほうが、武徳を汚さずにすむと考えております」
ヤマキ中将は、クリーのほうをチラッと見た。
どう反応するか?
「軍事の基本は臨機応変だと言われている――」
クリーが言う。
「――戦って勝てば国を保てるが、負ければ国が危うくなる。もはや戦いが始まっている以上、負けるわけにはいかない」
「あたりまえだ」
「だけど、好戦的なら滅びるし、勝ちにこだわるなら恥をかく」
「負けるなとか、勝ちにこだわるなとか、矛盾しておらぬか?」
「だから、臨機応変。状況に応じて、最適なことをする。わが一族に伝わる教えによると、“物資があれば、守りが堅固になる”とある」
「いちいち言われるまでもない。あたりまえではないか」
ヤマキ中将はなじるが、クリーは気にせず続ける。
「ここには物資がない。だから、もはや守りに徹することはできない。これまでどおりにやっていれば、おのずと壊滅する」
たしかに連邦軍は、ちょくちょく砲撃戦やら、銃撃戦やらをしかけてくる。だが、総攻撃だけはしかけてこない。
城塞都市を厳重に包囲することで、城内への補給路を完全に遮断することを優先している。
兵糧攻めで、北部辺境守備軍が弱って降伏するか、自滅するのをまっているのだろう。
「そういう状況だけど、わが一族に伝わる教えに、“正義があれば、軍隊が強くなる”ともある。そして、正義はわれらにある」
(物おじしない堂々たる態度は評価に値するが、しかし、いきなりの正義論。やはり若いな)
ヤマキ中将は少し残念そうだが、今は黙っている。
「殿下は、良心的な人だと思う。それに今回の戦いは、敵からしかけてきたもの。だから正義は、殿下にある」
「たしかに、わたしは好戦的ではないし、できることなら互いに平和でいたかったと今でも思っている」
(しかし、わが帝国が弱みを見せたがために、連邦も今がチャンスだと思い、兵をあげたのだろうが……)
フミト皇太子は複雑な心境だった。
「殿下は良心的だから、将兵のみんなに対する求心力が強い。将兵のみんなは、殿下を敬愛しているから、これまで奮闘し、寡兵にもかかわらず城を守りぬいてきた。だから、わが軍は強い」
クリーは力強く断言した。
「ほう」
ヤマキ中将は、感心した。
(こやつ、殿下のことを分かっておる。おべっかやもしれぬが、うれしくはある)
フミト皇太子は、立ち居振る舞いがおだやかなので、リーダーとして「頼りない」と悪く言う者もいる。
しかし、おだやかさのもとにある良心的な性格、それが人望となり、将兵らを心服させている。それがフミト皇太子の戦争における強みとなっている。
それを会って間もないのにみごと見抜いたクリーは、少なくとも見る目がある。
ヤマキ中将の感想だ。
「もし殿下がこれからも正しいことをしたいと望むなら、わが一族に伝わる教えによると、武力をつかって悪をやっつけないといけない。だから、殿下は死んではいけない」
「さようであります」
ヤマキ中将は、いきなり割って入ってきた。
「殿下が生きておられてこそ、わが帝国の守りは安泰となるのです。なにがなんでも生きのびていただきたい」
クリーの話は、フミト皇太子を死なせたくないヤマキ中将にとって、まさに「渡りに船」であった。
だから、機を見るに敏な猛将ヤマキ中将は、いきなり話に割りこんだのだった。
ヤマキ中将の必死なまなざしに見つめられ、フミト皇太子は思わず苦笑いする。
「そういうことなら、クリー大佐の策を採用し、死中に活を求めることにするわけだな?」
「はい」
ヤマキ中将は、即座に答えた。