その1(全3回) 連邦が政争にあけくれたので、要塞司令官は困った
「紀綱の則ち得ば、陣の乃ち惑わず。」
(全軍がまとまり、各隊ががんばるなら、布陣して戦うとき、うまく連携して戦える。)
『孫臏兵法』「地葆」篇より
連邦からターレン街道に入り、森林地帯から山岳地帯に変わるあたりに、独立した急峻な山がある。その山全体がターレン要塞となっている。険しい斜面に囲まれているので、守りやすく、攻められにくい。まさに要害の地だ。
あちらこちらに銃座や砲座が築かれており、とりわけ街道側に多く配置されていた。聞くところによると、ターレン要塞には、一年の籠城が可能なくらいの武器弾薬と食料、医薬品などの物資が備蓄されているらしい。
今は深夜。ちょうど商業都市・チュージャンで祝宴の行われた日だ。
睡眠をとっていた要塞司令官の私室をノックする音が。
「なにか?」
要塞司令官が言う。
「警備本部より、電信であります」
ドアの向こうから声がした。通信兵だ。
「入れ」
こうして要塞司令官が通信兵から受けた連絡は。
『帝国の一団が不正をはたらき、逃走をはかった。要塞司令官は、逃走を阻止し、これを捕らえよ。生死は問わない』
「帝国の一団? あの捕虜を連れた皇太子の一団か?」
「おそらく」
「また捕虜を使って、たばかられたか?」
かつてフミト皇太子たちは、クリーの策「即席の城」を実行する際、捕虜を使って連邦の目をあざむいたことがあった。そのことを言っているのだろう。
「あのとき、捕虜の入国について打診していたが、ついに返答は来なかった。帝国のロジン砦について報告しても、いまだに特段の防衛強化策を指示して来ない。いったい、どうなっておるのか?」
要塞司令官は、憤懣やるかたなしのようだ。
通信兵は黙って、恐縮している。
しかし、だれもが答えは分かっている。「100万の大軍」の大敗をキッカケにして、首都や政府内での政争が激しさを増した。革命党内の派閥争いもこれまでになく激化していると聞く。
政治家たちは、政治生命をかけて必死だった。また、今こそ権力の座につくチャンスだと思い、権力闘争に全力をそそぐ者もいた。だから、捕虜のことなど、地方の要塞司令官の報告など、気にかけている余裕はなかった。
「とりあえず伝えろ。警戒警報を発令せよ。街道にバリケードをしけ、とな」
「はっ!」
通信兵は、さっと敬礼して、足早に出ていった。
ターレン街道は、「国際街道」に指定されている。「国際街道」とは、その街道が通れなくなると、不特定多数の国に迷惑がかかるので、どの国にも自由な往来を許されている街道のことだ。
国際的に「国際街道」に指定されると、その街道を「恒久的に封鎖」することは許されない。たとえば、ターレン街道に関所などをつくり、城壁や城門を築いて道を塞ぐことは許されない。
だから、連邦も、帝国も、ターレン街道の近くに要塞や砦を築いて、にらみをきかせるだけに止めているわけだ。余計なことをして、国際的な非難をあびるわけにはいかない。世界を相手に戦って勝てる見込みなど、ないのだから。
ただし、その街道を敵軍が通って、自国に侵攻してきていることが明らか場合など、警備や防衛のために必要なら、一時的に封鎖することが許されている。だから、要塞司令官は、バリケードをしかせることにしたわけだ。足止めの役には立つのだろう。
まもなく司令官は、司令室に入る。
司令室は、山の中腹あたり、岩盤をくりぬいた中にあった。その小窓から、連邦側のターレン街道を一望できる。夜ともなれば、視界は不良になるが、しかし、無数のサーチライトで照らされるので、敵が近づけば分かる。狙いも定めやすい。
開口一番、要塞司令官は命令した。
「全守備兵に伝達。奇襲に注意しろ。やつらの常とう手段は奇策だ。思いもよらない方向からの襲撃もあり得る。街道とは反対方向にも注意せよ」
まもなく要塞全体に「ヴゥーン!」という警報が鳴りわたる。その音は周囲にも聞こえるくらいだ。
これは、要塞の全守備兵に警戒をうながすためだけではない。
「われわれは、おまえらの攻撃意図に気づき、警戒しているぞ。奇襲をしかけてもムダだぞ」
敵に対して、そうアピールするねらいもあった。威嚇するわけだ。
「準備は万端。この要塞を抜くことはできんぞ」
司令室のイスに腰かけ、不敵な笑みを浮かべる要塞司令官であった。




