その5(全5回) 勝利の決め手は「必殺技」にある
民族会議の前日。
ここは作戦室。フミト皇太子、ヤマキ中将をはじめとする北部辺境守備軍の幹部たちが集まっていた。もちろんクリーもいれば、アルキンもいる。そして――。
シャオ隊長は報告していた。
「根回しのほうは、問題なく終りました。明日、すべての民族の代表が、殿下に対して傭兵としての雇用を求める要望を出します」
「新聞記者たちも、明日は取材におとずれます。明後日には帝都で報道される見込みです」
情報将校が言う。
「まさに“細工は流々、あとは仕上げをごろうじろ”ってところか」
フミト皇太子は、感心している。
「だが、20万の傭兵とは、想像を絶しますなぁ」
ヤマキ中将が遠い目をして言う。
「まったくです。実際に雇用したとすれば、わが守備軍は一日で破産です。考えただけでも、おそろしい」
主計将校は、身震いする。
「われらには、不要の兵力だな。しかし、それだけの兵力があれば、連戦連勝かな?」
「はい。ただ、わが一族の教えでは、連戦連勝はよくないとされている」
「そうだね。軍師殿からは、何度も教えられたかな。ひんぱんに戦争ばかりしていては、臣民に対する負担も多くなる、と」
「はい」
「でもよ、一度くらいは、それくらいの兵力を動かして、敵をフルボッコにしてやりてぇよな。まあ、軍師殿からは、前にダメって言われたけどな」
「うん。敵をフルボッコにするだけでは、問題は解決しない。わが一族の教えにもある――」
敵側の人間を多く殺したからと言って、その兵隊を攻略できるわけではない。
兵隊を攻略したからといって、その陣地を攻略できるわけではない。
陣地を攻略したからといって、その敵将を攻略できるわけではない。
「――つまり、邪魔となるものを手当たり次第につぶしていっても、それが必ずしも成功にはつながらない」
「そこで、出てくるのが、必殺技だったよな?」
シャオ隊長がうれしそうに言った。
「うん。さっきの教えに続いて、こんな教えもある――」
敵軍を壊滅させ、敵将を戦死させるものがあるわけだから、そういう道理を使えば、敵は生きたくても生きられなくなる。
「――つまり、必殺技でターゲットをピンポイントでねらって、やっつけることが大切ということ」
「以前の会議でシャオ隊長から聞いたけど、それが今回の作戦というわけだね?」
「そう。殿下は、わずか3万の手勢で100万もの大軍勢を退けた。しかも、ターレン街道に橋頭堡を築くことにも成功した。だから、殿下は“救国の英雄”って言われている」
クリーは、たんたんと語る。
「軍師殿から、そう言われると心苦しいな。事実としては、すべては軍師殿のお手柄なんだけどね……」
フミト皇太子は、苦笑いする。
「事実はどうあれ、世間の評価のほうが大事になる。殿下は今、臣民からは期待され、政敵からはたぶん恐れられている」
「うーん、複雑な心境だ……」
「そして、そんな殿下のもとに今、20万人もの兵力が味方につく。しかも、殿下に忠節を誓っていて、殿下のためなら一致団結するから、チームワークもいい」
「忠節を誓っているかどうかは分からないけど、まあ好感はもたれているかな……」
フミト皇太子は、ポリポリと頭をかいた。
「英雄である殿下が、団結した20万もの大軍を率いている。これが敵に与える脅威は、ものすごいものだと思う。だから、ポジション的に殿下は、圧倒的に優位にある」
「だね。おそらく“向かうところ敵なし”に見えるだろうから、敵としてはコワイだろうな」
「さようですな」
ヤマキ中将は、うれしそうだ。
「道理として、戦えば必ず殺される。まさに“必殺”ですな。だから、敵としては生きた心地がせんでしょう。あやつも恐ろしくてたまらんでしょうな。ははは」
そう言って笑うヤマキ中将の頭の中には、タケト皇子の顔が浮かんでいた。
「なるほど。それで、わたしの率いる20万の軍勢という存在が、われらの“必殺技”にあたるというわけか」
「はい。だから、殿下としては、民族会議のニュースが帝都で報道されるタイミングをねらって、陛下に対して20万の傭兵部隊を正規兵にしたいと申請するといい。中央は無視できないから、なんらかの命令を出してくると思う」
「おそらく、わたしから20万の傭兵をとりあげようとしてくるだろうな」
「さようですな。だが、傭兵に対して、悪い待遇はできません。待遇をよくしなければ、殿下のもとから去ろうとはしませんし、反乱を起こしかねませんからな」
「これで、われらを悩ませた捕虜の問題も解決するわけかぁ。よく考えてくれたね。ありがとう」
クリーは照れて赤くなる。
「かくして殿下は、グッドタイミングをつかみ、ベストポジションに立ち、チームワークをよくしたことによって成功したってことになるのか。うーん、今回はオレも、よくがんばったぜ」
「まあ、軍師殿の発案であるがな」
「あぁ? やんのか?」
このように言いあう2人を見ていると、そういったかけあいを2人が実は楽しんでいるのではないかと思えてくるから、不思議だ。
さて、結果として、中央からは、フミト皇太子が「傭兵を正規兵にする件」について申請するより先に、20万人の捕虜を開拓団として西部に送るように勅命がきた。
但し書きとして「連邦に帰還を望む者があれば、連邦に帰還させよ」ともあった。
クリーの読みとは多少のズレはあったが、北部辺境守備軍にとって結果オーライだ。
全部訳『孫ピン兵法』月戦
孫子は言いました。
この世の中で、人間より尊いものはありません。~戦~人~は、一つではありません。天の時、地の利、人の和、この三つがそろっていないなら、たとえ勝っても災難があります。そこで必ず天の時、地の利、人の和の3つがそろってから戦、戦うしかない状態になってから戦います。ですから、ちょうどよい時に戦わないといけませんし、ひんぱんに人びとに負担を求めたりしません。あてどなく戦うような人は、勝利を小さくすることで犠牲を出す人です。
孫子は言いました。
十戦して六勝するのは、星[和]を用いるからです。十戦して七勝するのは、太陽[徳]を用いるからです。十戦して八勝するのは、月[刑]を用いるからです。十戦して九勝するのは、月が~を有し~、十戦して十勝するのは、賞賛すべきものに見えますが、実は災難を生み出すものです。ただ単に~。
~勝てない原因は5つあり、その5つが1つでもあれば、勝てません。ですから、戦いの道理としては、人民を多く殺しながら兵隊を制圧できないものがあり、兵隊を制圧しながら陣地を制圧できないものがあり、陣地を制圧しながら敵将を征圧できないものがあり、敵軍を壊滅させて敵将を戦死させるものがあります。ですから、その道理に従うなら、(敵は)生きたくても生きられません。
八十




