その3(全5回) 真心をもって接すれば、心と心が通じあうものだ
第3収容区は、背の低いフェンスで囲まれた一角で、もともとは公園だった。今は捕虜を収容するためのテントが、所狭しと数多く張られている。
かつての公園に出入口には、簡易式の門扉が取り付けられ、第3収容区の正門となっていた。
その正門を塞ぐようなかっこうで、捕虜たちが群がり、シュプレヒコールをあげていた。
「か~え~れっ!」
「か~え~れっ!」
「か~え~れっ!」
憲兵隊は、騒ぎをおさめるため、収容区内に突入したいが、捕虜たちに邪魔されて、なかなか突入できないでいた。
かなり騒然としている。
フミト皇太子は、現場を確認するため、北部辺境守備軍の幹部らといっしょに第3収容区までやってきた。まもなくヤマキ中将も、百名規模の警護隊を引き連れ、駆けつけてくる。
「どうした?」
フミト皇太子が声をかけると、憲兵のひとりがさっと敬礼して言った。
「はっ。リーダー格のシャオという隊長が、なかなかの曲者でして、この者が捕虜たちを扇動し、騒いでおりまして……」
「騒ぐ理由は?」
「それが分かりませんもので、申し訳ございません」
「そうか。だったら、行って聞いてこよう」
「では、自分らがお伴いたします」
ヤマキ中将がそう言って合図を出すと、警護隊がさっと銃をかまえ、隊列を組んだ。
「いや、ひとりで行ってくるから、だいじょうぶだ」
フミト皇太子は、笑顔で言った。
「なりませんっ! 危険でありますっ!」
「彼らにはこちらを襲撃したり、暴動を起こしたりするつもりはないようだ。その気があれば、今ごろ収容区内から飛びだしてきているだろう?」
「ま、まぁ、たしかに」
「襲撃や暴動を起こすつもりがないのなら、いくらでも話しあう余地はある」
「しかし、危険であることには変わりがありません」
「ここは任せてくれ」
フミト皇太子は笑顔で、しかし、しっかりとした目つきで、ヤマキ中将を見た。
こうなればフミト皇太子が意見を曲げないことは分かっている。
だからヤマキ中将は、おとなしく従うことにした。しかし、いつでも突入できるように、警護隊には臨戦態勢で待機させる。
いっぽうフミト皇太子は、単身、丸腰のまま、すたすたと正門に向かった。
「なんだ!?」
「てめぇっ!」
「近づくんじゃねぇ!」
捕虜たちは怒号を浴びせてくるが、フミト皇太子は気にしない。
「おまえたちのリーダーに会いたい」
「はぁ? なんだテメェはよ?」
捕虜のひとりが、メンチをきりながら顔を近づけてくる。
もはや裏町のチンピラだ。
「ここの司令官、皇太子のアシノハラ・フミトだ」
フミト皇太子は、気品のただよう笑顔で堂々と答えた。
「皇太子だぁっ!?」
その名を耳にして、捕虜たちは近いところから順に、さぁーっと静かになっていく。
「マジかよ」
「まちがいないのか?」
「わからねぇよ」
「顔とか見たことねぇし」
「どうすんだよ?」
捕虜たちは、互いに顔を見あわせながら、ひそひそ言い合う。
「とりあえず、入らせてもらうぞ」
フミト皇太子は、スタスタと歩きはじめた。
ゆく手をさえぎっていた捕虜たちは、次々と左右によけ、道をあけていく。人ごみの間をフミト皇太子はしっかりとした足どりで歩いて行く。
ちょうど人ごみの途切れるあたりに、やくざの兄貴のような若い男が、腕組みをして立っていた。
軍服を着くずし、シャツのすきまからは、その鍛えぬかれた肉体が見えていた。シャオ隊長だ。
「なんだ、てめぇは?」
フミト皇太子をにらみつける。
「ここの司令官、皇太子のアシノハラ・フミトだ」
「はい?」
シャオ隊長は、内心、びっくり仰天している。
(皇族だと!? こんなところに? しかも1人でって、ありえねぇだろ)
しかし、動揺を見せたら負けだ。
がんばってフミト皇太子にメンチをきる。
「なんだと、こらぁっ!」
「なかなか威勢がいいな。しかも、その格好で、寒くはないのか?」
フミト皇太子に動じた様子はない。おだやかな表情をしている。
「オレは凍てついた北部の出身だからな。これくらいの寒さは、春みたいなもんだぜ」
「そうか。強いな」
「けっ。で、なんの用だ?」
「どうして騒いでいたのか、知りたいのだ」
「騒いだ理由? そりゃかんたんさ。あんたらがオレらを連邦に帰そうとするからだよ」
「なに? 祖国に帰りたくないのか?」
フミト皇太子は驚く。
「けっ、なにが祖国だ!」
シャオ隊長は、いまいましそうにツバをはく。
「だいたいオレはホーチン族の出身だ。連邦に無理やり徴兵され、戦争に行かされただけだ。連邦なんざ、祖国でもなんでもねぇよ」
「そうか」
「そうだ。だいたい捕虜になった連中は、投降してきたのが多かったろ?」
「そう言えば、そう聞いたな」
「連邦に帰りたくないから、投降したのさ。捕虜になった連中は、だいたいがオレと似たような境遇だろうな」
「つまり、連邦に徴兵された周辺民族の出身者というわけか?」
「そうだ」
「ふぅむ、そうだったのか。それは気づかなかった――」
言いながらフミト皇太子は、思案している。
「――しかし、そういうことだとすれば、連邦は大軍を編成するため、その支配下にある周辺民族からも兵を出させたということか?」
「なんのためかは知らねぇが、30万人近くが徴兵されたって噂だったな」
「よく分かった。ありがとう」
「!?」
シャオ隊長は、驚いた。まさか「皇族」という身分の高い人物が、自分のような身分の低いに人間に対して「ありがとう」なんて言うとは、思ってもいなかったからだ。
少なくとも連邦では、周辺少数民族は軽く見られ、あなどられている。道具くらいにしか見られていないので、その扱いはひどい。「ありがとう」なんて、まず言ってもらえない。
「だったら、おまえたちは、どうしたい?」
「は?」
シャオ隊長は、キツネに化かされたような顔をした。
「オレらの望みを聞いてくれるのか?」
「わたしにできることなら、聞くつもりだ」
「だったら、オレらを故郷に返してくれ」
「わかった」
(即答かよっ!)
意表をつかれっぱなしのシャオ隊長だ。
「その代わり――」
「その代わり?」
シャオ隊長は警戒する。
「――わたしの部下たちが困るから、あまり騒がないでほしい」
「はぁ?」
シャオ隊長は、あぜんとした。
「それだけかよ?」
(おいおい、ふつうなら“命を助けてやる代わりに忠誠を尽くせ”とか、“あの城を落とせたら解放してやる”とか、そんな交換条件を出すところだろ。なに考えてんだ?)
「それだけだ」
フミト皇太子は、きっぱり言った。
シャオ隊長は、黙っている。
話の流れが想定外だったので、とまどっているのだろうか。
「不服か?」
「そんなことはねぇ。むしろ跳びあがりたいほど、うれしいぜ」
「だったら、交渉成立だな」
シャオ隊長は、けげんそうにフミト皇太子の顔を見ている。
「ん? どうした?」
「いや、思うんだけどよぉ。オレらは捕虜だ。だから、あんたが兵隊を使えば、いくらでもオレらを黙らせられる。それなのに、どうしてなんだ?」
「どうして、って?」
フミト皇太子は、ちょっと考えこむ。質問の意味が分からないって感じだ。
「うーん。……わたしのところには、おもしろい軍師殿がいてね」
「軍師殿?」
「ああ、今回の戦いで連邦軍をコテンパンにやっつけた軍師殿だ」
「どんなやつだ?」
シャオ隊長の目が輝く。
「信じられないかもしれないが、かわいらしい15歳の女の子だ」
「……女の子? は? マジかよ!?」
「ほんとうだ」
シャオ隊長は、フミト皇太子の目をのぞきこむ。
どうやらウソではなさそうだ。だが、にわかには信じられない。
「……」
「で、その軍師殿が、こう言うんだ。“戦争において、一番の財産は善行であり、一番の褒美は信用であり、一番の成功の要因は戦いを憎むことであり、一番の勝利の要因は人びとの支持である。わが一族に伝わる教えだ”と」
「……?」
「軍人のくせに、善行とか、信用とか、ほんと戦争とは関係のないようなことばかりを大切にしろと言うんだ。おもしろいだろ?」
(いやいや、あんたも十分におもしろいがな)
「そして、この教えは、わたしも正しいと思う。いくら相手が捕虜だとはいえ、いや、むしろ相手が立場の弱い捕虜だからこそ、力ずくで言うことを聞かせようとするのは、まちがっているのではないか。やはり互いの信頼こそが大切ではないかとね。だから、おまえと話しあいたいと思ったのだ」
「ははははははは」
シャオ隊長は、いきなり腹をかかえて笑いだした。
「あんたっていうやつは、よほどの大バカか、大ものだな。オレとしては、後者であってほしいが……」
言ってシャオ隊長は、フミト皇太子の前にひざまずく。
「オレの負けです、殿下。これまでのご無礼、どうかお許しください」
フミト皇太子は、あまりの豹変ぶりに、ちょっと驚いた。
「ところで、ご無礼ついでにお願いがございます。よろしければ、いずれ軍師殿に会わせていただきたいのですが、可能でありましょうか?」
「わかった。本人に意向を聞いておこう」
(おいおい殿下、あんたは部下のことをいちいち部下に聞くのかよ。あんたは皇族なんだから、命令すればいいだけじゃないのか? ったく、おもしろすぎるぜ)
そう言えば、ミン族の故地には、こんな言葉があるらしい。
「赤心を推して人の腹中に置く」
真心をもって人と接し、その人のことを信頼する。
そういう意味だ。
この言葉は、次のような故事にもとづいている。
ミン族の故地での話にはるが、のちに東漢国の初代皇帝となる劉秀は、まだ一武将にすぎなかったとき、農民反乱軍の赤眉軍を討伐したことがある。
形勢不利と見た赤眉軍は、劉秀に降伏を申し出た。
「われらは100万の兵力をもって降伏いたしますが、どのように待遇してくださいますか」
「命の補償をもって待遇しよう」
劉秀は回答した。
なお赤眉軍は、最盛期には100万人を超えていたかもしれないが、このとき降伏したのは10万人にすぎなかった。
それでも劉秀の軍勢よりも大軍であることには変わりがない。そのうえ赤眉軍の将兵は心配していた。
「オレたちは反乱者だから、やはり処刑されるのではないか」
だれもが戦々恐々としている。少しでも手違いがあれば暴動でも起きかねない雰囲気だ。これだけの人数が暴動を起こすと大変だ。
このとき劉秀は、赤眉軍を警戒するのではなく、信頼した。丸腰で赤眉軍の陣営をおとずれ、親しく視察してまわったのだ。
これを見た赤眉軍の将兵たちは驚き、そして感動した。
「劉秀様にとってオレたちは投降したばかりの敵兵だぞ」
「命の危険だって考えられるだろうに丸腰だ。少しも警戒している様子がない」
「劉秀様はオレたちのことを信じていると身をもって示してくださったのか」
かくして赤眉軍のだれもが劉秀に対する警戒心を解き、一転して心服するようになる。
フミト皇太子の行いも、この故事に通じるものがあった。




