表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
その少女は異世界で中華の兵法を使ってなんとかする。  作者:
辺境動乱(全3章)~第3章 増減軍竈
109/120

その2(全3回) たとえ相手が怪物でも知略があれば立ち向かえる

 大陸の北に広がる辺境地帯、その南側は山岳地帯で、その北側は草原だ。さらに北上していけば、ツンドラ地帯となる。


 空はどんよりと曇り、吹く風は肌を刺すように冷たい。空気は乾き、大地は凍りついている。


 ここは今、文字どおり魔物の巣窟(そうくつ)となっていた。不死の軍団(アンテッドアーミー)が横行していたのだ。


 不死の軍団(アンテッドアーミー)は、草原の民を襲い、金品を奪い、住民を殺した。殺された住民は、いつの間にやらゾンビとして(よみがえ)り、不死の軍団(アンテッドアーミー)の一員となる。


 こうして不死の軍団(アンテッドアーミー)は、日に日に兵数を増していった。それに伴い、その活動範囲も広がっていき、今では草原の北半分が不死の軍団(アンテッドアーミー)の支配下となっている。


「このままでは、いずれ草原はすべて不死の軍団(アンテッドアーミー)に占領されるでしょう。われら草原の民は生活の場を失います」


 使節団長は悲壮な雰囲気で言った。うしろには数名の使節団員が控えている。


 ここはミン族の邦国(くに)――族長の館にある大広間だ。修復されたばかりなので、木材の生き生きとした香りが漂っている。


「だから、オレたちに助けてほしいってことか?」


 上座に座っているミン族の新しい族長――ジンが真顔で言った。その傍らには長老たちが着席して、様子を見守っている。長老たちは、ジンが若くて経験不足なので、補佐役としてジンに付き添っていた。


「はい。われらはかつて北部軍の一員として貴国を攻めました――」


 使節団長は言いにくそうに言う。


「――それにもかかわらず助けてくれとは、虫のいい話だとは自覚しております。ですが、われらが生き残るためには、もはや他に打つ手がないのです」


 言って使節団長は席を離れ、その場に平伏し、頭を地面に押しつけた。使節団員たちも団長に(なら)い、土下座して頭を下げる。


「まあ、この件に関しては、オレも複雑な心境だ――」


 ジンは言いながら立ち上がり、使節団長に歩み寄っていく。


「――だけどさ、ある意味、あんたらも被害者みたいなもんだしな」


 捕虜となったダン族の幹部たちを尋問したところ、先の南北戦争を画策したのは、ダーハン族長の軍師――チャオ先生らしい。


 この人物は、かつて連邦で謫兵団長として非道の限りを尽くしていた。首都防衛戦で革命党が敗北したとき、十数名の手下をひきつれ、空中戦艦1隻を強奪して北に逃走している。


 そのまま北上してダン族の邦国(くに)に入り、ダーハン族長に取り入って軍師となった。ダーハン族長を(そそのか)し、ダン族を使って力ずくで周辺の諸部族を従え、勢力の拡大をはかる。その延長線上で先の南北戦争に至った。


 こうした点から考えると、草原の民も強制されて戦ったわけだし、被害者だとも言える。


「だからさ、辺境の安定のためにも過ぎたことは水に流したほうがいい」


 ジンは(かが)んで使節団長の手をとり、頭をあげるように促した。


「おお! ミン族の新しい族長は、なんと度量の大きな方でありましょうか。われら草原の民は感動し、この御恩を末代まで語り継ぐことでありましょう!」


 使節団長はジンに促されて立ち上がりながら涙を流した。そして、身をもって感動と感謝を示すようにジンをギュッと抱きしめる。


 使節団員も感動して、そのまわりに群がってきた。涙を流しながら、口々に感謝の言葉を述べる。


(いやいや大げさだから)


 ジンはドン()きしてしまい、苦笑いするしかなかった。


「あんたらの気もちは分かったから。――だからさ、とにかく席について落ち着いて話そうぜ。これじゃあ話したくても、ゆっくり話せない」


「おう、そうでありますな」


 いったん仕切りなおす一同。それぞれ着席して居ずまいを正す。


「われら草原の民は、不死の軍団(アンテッドアーミー)と戦うため、連合することにしました――」


 使節団長は改めて用向きを語り出す。


「――ですが、不死の軍団(アンテッドアーミー)は、不死身です。軍刀で斬っても死にません。小銃で撃っても死にません。爆弾で吹き飛ばしても、肉片が集まって蘇生します。どうやっても殺せないのです」


「……って、マジかよ」


 ジンは思わず目を丸くする。まるでホラー小説みたいな話だ。にわかには信じられない。


「はい。本当です。実際に草原を訪問され、その目で確かめていただければ、きっとご理解いただけるでしょう」


 しかし、ジンは族長という立場にあるので、自由には動けない。今は大事な復興作業の最中だ。トップが不在というわけにはいかない。


「まあ、それがマジ(ばな)だったとして、そいつらは人を襲って、なにがしたいんだ? 金品(カネ)が欲しいのか? それとも仲間を増やしたいのか?」


不死の軍団(アンテッドアーミー)をあやつっているのは、あのチャオです。チャオからのメッセージによると、復讐(リベンジ)のためだそうです」


復讐(リベンジ)?」


「はい。革命党を没落させた帝国と連邦に復讐(リベンジ)するため、辺境の民をすべて不死の軍団(アンテッドアーミー)に編入して遠征するそうです」


「は?」


 辺境には少なく見積もっても100万を超える人口がある。100万の不死の軍団(アンテッドアーミー)とは、想像しただけでも身震(みぶる)いがする。


「てことは、やつらは草原を制覇し、それから南下して山岳地帯も襲撃するってことか?」


「はい。われらの生活を守るためにも、不死の軍団(アンテッドアーミー)に勝利し、チャオの目論見(もくろみ)を打ち破る必要があります。ですが、どうにも勝てません――」


 使節団のだれもが暗い顔になる。


「――不死の軍団(アンテッドアーミー)が襲って来たら、逃げ回るしかないのが実情です」


「まあ、やつらも不死身なら、たしかに勝てっこないよな」


「そうなのです。ですから、われらは辺境でも最強と名高い貴国に相談することにしたのです。われらに戦い方を指南してくださらないでしょうか」


「そう言われてもな。化け物に勝つ方法なんて聞いたことがない――」


 ジンが困った顔で言う。使節団の面々は涙目になっていく。


「――それにさ、マジで悪いんだけど、オレたちは今、邦国(くに)を復興するために人手がいる。だから、不死の軍団(アンテッドアーミー)と戦うために援軍を出す余裕がない」


「その点でしたら、ご心配めされますな。われらとしては、クリー大佐を軍事顧問として派遣していただければ、それで十分であります」


 クリー大佐は、シン帝国とハン連邦という大国どうしの大戦(おおいくさ)で活躍した「救国の軍師」だ。その知恵があれば、きっと不死の軍団(アンテッドアーミー)にだって勝てるはず。


 さらに「救国の軍師」を味方に引き入れておけば、いざとなれば帝国も助けてくれるだろう。そんな計算もあった。


「なかなか悩ましい話だな。とりあえずクリーに聞いてみる」


 ジンは即答を控え、いったん会議を終えた。


 別室にクリーを呼び出して打診してみる。すると、クリーはあっさり承諾した。


「相手は化け物なんだぜ。よく考えなくていいのかよ?」


 ジンは、あまりにもクリーが考えなしに安請(やすう)けあいしたように見えたので、心配だった。


「うん。問題ない。だって、化け物を放置したら、わたしたちの邦国(くに)も危なくなる。それなら早目に手を打っておいたほうがいい」


「まあ、たしかにそうだけどさ。けど、化け物と戦う方法なんてないだろ?」


「うん。でも、化け物が相手だとしても、動かしているのは人間だから、手の打ちようはある」


「なにか策でもあるのか?」


「えっと、ないこともない」


 クリーは、策を説明した。


「なるほどな! いけるかもな!」


 ジンは破顔していた。


 ◆ ◆ ◆


 シャオ隊長は、民族自治会の代表としてミン族の復興事業を手伝うため、千人を超える志願者(ボランティア)を引きつれ、首府・ミンタオに来ていた。現場事務所で寝泊まりしながら、現場を監督している。


親友(ダチ)が危ないときに駆けつけられなくて本当に悪かった」


 シャオ隊長はクリーに再会したとき、開口一番そう言った。勢いよく頭も下げる。


「知らなかったとはいえ、不義理にすぎる。だからよ、せめて復興事業くらいは手伝わせてくれ」


 もちろんクリーは不義理だとは思わない。それどころか、わざわざ千人を超える志願者(ボランティア)を集めてきてくれたことを素直に喜び、感謝する。


「オレと軍師殿は親友(マブダチ)だ。だから、困ったことがあったら、いつでも言ってくれよ。力になってやるからよ」


 だからクリーは、その言葉に甘えることにした。現場事務所にシャオ隊長を訪ね、お願いごとを伝える。


「とりあえずトラック20台だな。任せとけ。オレらが資材を運んできたやつが50台ばかしあるからよ、そこから貸してやるよ」


「わりがとう。わが一族は今、人手が足りないから、すごく助かる」


 クリーは笑顔で丁寧に頭を下げた。


「おい、おい、おい。なに他人行儀(たにんぎょうぎ)なことやってんだよ。オレたちは親友(マブダチ)だろ。気にすんなって」


 それから3日後、クリーとアルキンたち百人隊は、使節団と一緒に騎馬にまたがって北上していった。


 それに遅れて2日後、トラック20台からなる輜重隊が、荷物を満載して北に向かう。


 クリーは道すがら、使節団長と作戦について打ち合わせた。


不死の軍団(アンテッドアーミー)神出鬼没(しんしゅつきぼつ)と聞いたけど、正しい?」


「はい。東を襲ったかと思えば、西を襲ってきます。最近では、いくつかのところを同時に襲ってくるようにもなりました。おそらく仲間も増え、いくつかの部隊が編成されたのではないでしょうか」


「ということは、やっぱり不死の軍団(アンテッドアーミー)は散らばっている?」


「ですな。ゲリラみたいな感じでしょうか。こちらとしては、いつ、どこから、どのように襲ってくるのか、まったく見当がつきません」


 となると、かりに不死の軍団(アンテッドアーミー)と互角に戦えるとしても、一気にケリをつけるのは難しい。


 もし攻勢をかけるなら、相手があちこちに散らばっている以上、あちこち探して戦う必要がある。時間と手間が非常にかかる。


「敵は強いうえに散らばっていまして厄介です。なんとかなりますでしょうか?」


「はい。策はある。わたしがエサになればいい」


「はい?」


 使節団長は目を丸くした。


 どういうことか?


 クリーによると、こうだ。


 チャオは、復讐(リベンジ)を考えている。とりわけ「救国の軍師」であるクリーは、憎たらしくてたまらないはずだ。


 だから、クリーが出てきたら、きっと命を狙ってくるだろう。この機会に殺してしまえとばかりに全力で襲ってくるはずだ。


「つまり、クリー大佐を殺すため、各地に散らばっている不死の軍団(アンテッドアーミー)を集めて襲ってくるということでしょうか?」


「はい。いわゆる“選択と集中”というやつ」


 実際、かつてダン族軍がクリーたちを包囲したとき、チャオ先生はクリーたちを皆殺しにしようとした。


「ですが、危なくありませんか?」


「危ないけど問題ない。アルキンたち100人の戦士がいるから大丈夫」


 クリーと(くつわ)を並べていたアルキンは思わず苦笑いした。


「それでも、やはり心配です。ただでさえ勝てない不死の軍団(アンテッドアーミー)が集まってくるのですよ。さらに勝ち目がなくなるのではありませんか?」


「その点なら心配ない。不死の軍団(アンテッドアーミー)一網打尽(いちもうだじん)にする」


「なにか策でもあるのですか?」


「はい。ある。とりあえず、わたしが不死の軍団(アンテッドアーミー)を討伐しに来たと宣伝してまわってもらいたい。敵にも知られるように大々的に宣伝してほしい。できる?」


「お安い御用です。すぐに手配させましょう」


 使節団長は、その日のうちに本部に無線を入れ、「軍師クリー到来!」を宣伝してもらうことにした。


 その宣伝は、まもなくチャオ先生のもとに届く。


「ふふ、“飛んで火に入る夏の虫”とは、まさにこのことを言うのですね――」


 チャオ先生は、まるで魔法使いのような恰好(かっこう)をして、広い洞窟のなかにいた。いくつものトンネルも掘ってあり、洞窟どうしをつないでいる。


 どこもかしこも電灯で照らされているので明るい。


 外はツンドラ地帯でコートを着こんでいても寒いくらいだが、洞内は暖かい。いろんな機械がせわしく動いているからだろうか。


 どこそこに大型機械が置いてあるので、洞内はまるで地下工場の様相(ようそう)を呈していた。


「――ちょうどよい機会ですから、クリー大佐たちにも殭屍(ジャンシー)になってもらいましょう」


 殭屍(ジャンシー)とは、ゾンビのことだ。


 チャオ先生はミン族から道教関係の書籍をごっそりと盗んだが、そのなかには方術について記してある本もあった。方術とは魔法であり、方術の1つとして死体をあやつる術がある。この術で動く死体のことを殭屍(ジャンシー)と言うらしい。


 チャオ先生が動き出したとき、クリーは北部軍5千人の軍師として、ツンドラ地帯と草原の境い目あたりに駐屯していた。騎兵中心の部隊なので機動力がある。


 四方八方に斥候隊を出し、警戒を怠らない。しばらくは何事もない日が続いたが、この日は違った。次から次に「敵発見!」の知らせが届く。


「今のところ分かっていることから言えば、不死の軍団(アンテッドアーミー)は3方向から進軍してきている――」


 北部軍の総司令官を務めるトンジュ将軍が言う。


「――いずれも歩兵隊らしい。総数は5千人といったところですかな」


「さっそく行動を開始してほしい」


 まもなくトンジュ将軍の命令のもと、1500人の騎兵隊が手近な不死の軍団(アンテッドアーミー)の一団に攻撃をしかけていく。すさまじい撃ちあい、激しい斬りあいを展開した。ときには手榴弾も投げつける。


 もちろん殭屍(ジャンシー)は不死身だから、斬られても、撃たれても、爆破されても、まったく平気だった。騎兵隊に勝てる見込みはない。


「た、退却しろ!」


 騎兵隊長が悲鳴のような号令を出し、真っ先に逃走した。これにつられて他の騎兵たちもわれ先にと逃げ出す。潰走(かいそう)だった。


 不死の軍団(アンテッドアーミー)は、すぐさま追撃に入り、走って追いかける。しかし、歩兵の足では騎兵には追いつけない。全力疾走したものの取り逃がしてしまう。


 このとき不死の軍団(アンテッドアーミー)を指揮していたのは人間――チャオ先生の手下たちだった。手下たちはさっそく戦況を無線でチャオ先生に報告する。


 チャオ先生は喜んだ。


「草原の民は、不死の軍団(アンテッドアーミー)の怖さを思い知っていますからね。いくらクリー大佐が有能な軍師でも、兵隊が恐れて逃げ出すようでは勝ち目がないでしょう」


 この頃、トンジュ将軍は「全軍撤退!」を下知していた。


 野営地はあわただしくなる。将兵らは身のまわりをバタバタと片づけ、騎馬にまたがって逃走をはかった。


 しばらくして不死の軍団(アンテッドアーミー)が、北部軍の野営地に到着する。しかし、そのときには、すでに北部軍は去っており、もぬけのからだった。


(かまど)の数からして、北部軍の総数は1万5千人ほどと推測されます」


 手下の1人がチャオ先生に無線で報告した。


「分かりました。戦えないほどの戦力差ではありませんね。追撃を続けなさい」


 手下たちはチャオ先生の命令を受け、不死の軍団(アンテッドアーミー)を全力で疾走させて追撃していく。


 殭屍(ジャンシー)は死体なので、呼吸をしない。だから、どんなに全力疾走を続けても息がきれることもなければ、あがることもない。もちろん疲れを知らない。食べなくても平気だし、寝なくても平気だ。


 手下たちは殭屍(ジャンシー)たちの(かつ)輿(こし)に乗って行く。生身の人間なので、長く輿(こし)に乗って揺られていたら疲れてしまう。もちろん腹だって減るし、眠くもなる。


 しかし、休んでいては、北部軍――騎兵隊に追いつけない。手下たちは、昼夜兼行で殭屍(ジャンシー)たちを全力疾走させながら、輿(こし)に乗ったまま食事をとり、仮眠をした。強行軍だ。


 翌日、北部軍が次に野営していたところまで来ると、竈の数が8000人分に減っていた。


不死の軍団(アンテッドアーミー)を恐れるあまり、多くの脱走兵が出ているようだな。1日で半減だ」


「まあ、ふつう化け物においかけられたら、怖くて逃げたくなるわな」


「この調子なら楽勝かしらん」


 手下たちは喜んでいた。


 さらに追撃を続けて翌日、次の野営地では竈の数が4000人分だった。


「われらの兵数より少なくなったぞ」


「一気に勝負に出るチャンスだな」


「とにかく先を急ごうぞ」


 北部軍は、足の速い騎兵だが、野営しながら進んでいる。それに対して不死の軍団(アンテッドアーミー)は、足の遅い歩兵だが、不眠不休で走り続けている。


「この調子でいけば、明日には北部軍に追いつけるはずだ」


 手下たちは計算した。そして、計算どおりとなる。翌日の夕方、ついに北部軍に追いついたのだ。


 北部軍は小高い丘の上に布陣していた。ちょっとした崖がうしろにあるので、背後から襲われる心配は少ないだろう。前には20台のトラックが縦列で並んでいた。トラックの側面にはパネルが貼られており、「城壁」となっている。「即席の城」だ。


 立っている軍旗も少なく、見える人影のまばらだ。


「さらに逃亡兵が出たのだろう」


「もう千人もいないのではないか」


 手下たちは、そんなことを言いあった。すでに勝って気でいる。

 

 ◆ ◆ ◆


 北部軍の陣内――「即席の城」内には、5千人の騎兵に加え、シャオ隊長たち輜重隊のメンバー100人もいた。兵数は減るどころか、むしろ少しだけ増えている。


「うまい具合(ぐあい)にエサに食いついてくれましたな」


 トンジュ将軍が、トラックの隙間(すきま)から敵のようすを見ながら言う。


 敵――不死の軍団(アンテッドアーミー)は、「即席の城」から3キロほど離れたところに群がり、たむろしていた。総攻撃をしかけるため、陣形を整えているように見える。


「これも将軍たち北部軍のみんなが上手にやってくれたから。ありがとう」


 クリーはペコリと頭を下げた。


「いえいえ、そのようなことはありません。すべては軍師殿の作戦によるものです」


 トンジュ将軍は思わず恐縮して言った。


 ところで、どんな作戦だったのか?


 クリーは、まず敵を油断させるため、北部軍の将兵が不死の軍団(アンテッドアーミー)を恐れ、逃げ出しているように見せかけようと思う。


 そこで、まず1500人の騎兵を戦わせ、恐れて逃げ出すふりをさせた。こうやって北部軍が臆病者だと印象づける。


 そのうえで、かつて孫臏(スンピン)のやったようにした。すなわち、野営するたびに(かまど)の数を減らしていき、逃亡兵が続出しているように見せかけることにする。


 兵隊は、野営地で食事をするため、竈をつくる。竈が多ければ兵隊が多いということだし、竈が少なければ兵隊が少ないということだ。


 はたして、この作戦はうまくいった。


 不死の軍団(アンテッドアーミー)は、北部軍に(とど)めを刺そうとして、あちこちから集まってきてくれた。そして今、北部軍の目の前にいる。


「これで一網打尽(いちもうだじん)だな」


 そう言うシャオ隊長は、うれしそうだ。


「うん。シャオ隊長のおかげで、うまくワナをはれた。ありがとう」


「いいってことよ。それにしても、あれだけ化け物が集まると壮観だな」


 そのとき警報が鳴った。不死の軍団(アンテッドアーミー)による総攻撃が開始されたのだ。


 不死の軍団(アンテッドアーミー)は、断末魔の叫びにも似た雄叫(おたけ)びをあげながら、まっすぐ「即席の城」に向かっていく。


 クリーは、勢いよく突進してくる不死の軍団(アンテッドアーミー)をじっと見ていた。間合いを見計らいながら、頃合いを見定めている。


 不死の軍団(アンテッドアーミー)が目の前まで迫ってきた。あと少しで先頭が「即席の城」に達するだろう。


放火(ファンフオ)っ!」


 クリーが号令する。


 多数の火炎が「城壁」から勢いよく噴き出した。まるでドラゴンが火を吹いているようだ。火柱がまっすぐ横向きに延びていく。


 殭屍(ジャンシー)たちが次から次と炎につつまれていった。あっけなく丸焦げとなり、活動を停止していく。


 これが猛火油櫃(モンフオヨウグイ)の威力だった。それは猛火油を燃料としたポンプ式の火炎放射器だ。猛火油は、ナフサを主な原料としている。


 ミン族に伝わる歴史書の『宋史』や『遼史』には、こんな話がある。


 かつて南唐(ナンタン)国が(リャオ)国に猛火油を献上した。


「城を攻めるとき、この油を使って敵の(やぐら)を焼いてみなさい。敵が水をかけても、火は勢いを増すでしょう」


 遼国の皇帝は喜ぶ。しかし、実戦では使わなかった。


 なぜか?


 遼国の大臣は、皇帝に言った。


「敵地を焼き払えば、その大地が不毛となり、そこで人が生きていけなくなります。こうなれば、その土地をとっても数年で放棄するしかなくなります」


 それほどの威力が猛火油にはあったわけだ。


 ちなみに、猛火油を燃料としたポンプ式の火炎放射器――猛火油櫃(モンフオヨウグイ)は、(ソン)国で城を守るための兵器として開発された。


 それにしても、どうしてクリーは、猛火油を使って殭屍(ジャンシー)を火攻めにしようと思ったのだろうか?


 今回の作戦に先立って、クリーはジンに策を問われた。


「斬っても、撃っても、爆破しても死なない連中を相手にして、どうやって戦うつもりだよ?」


「それなら焼けばいいと思う――」


 クリーはあっさり言う。


「――死体のせいで疫病が広まって困ることがあるけど、そんなときは死体を焼くことで感染の拡大も止まる。だから、死体が悪さをするなら焼けばいいと思う」


 クリーの答えは、子どもじみた発想で、至ってシンプルだった。


 そう言えば、かつて中世ヨーロッパでペストが流行し、多くの人命が失われていたときのことだ。預言者として有名なノストラダムスは、ペスト医者として働いていたのだが、死体をこれまでのように土葬するのではなく、火葬する。すると、感染の拡大も収束していった。


 そうした点から考えると、クリーの思いつきも、そう悪くはない。


 というわけでクリーは、シャオ隊長に頼んで、猛火油と猛火油櫃をトラックで決戦予定地まで運んでもらった。そして、トラックを利用して「即席の城」もつくってもらう。


 それだけではない。


 北部軍の陣地には、ミン族の故地に伝わる大きな投石器――回回砲(マンジャニーク)が5つ設置されていた。この投石器は、重さ90キロの巨石を400メートル以上も飛ばすことができる。一説によると、射程距離は1000メートルにも達したらしい。


 ミン族の故地での話になるが、かつて蒙古(モンゴル)軍が襄陽城を攻撃するときに使ったそうだ。その破壊力の大きさに当時の人たちは驚いたらしい。


 仕組みとしては、シーソーをイメージしてほしい。一方に重たいものを載せ、他方を下におろして、そこに物を載せる。手を離すと、一方が下がり、他方が上がる。その勢いで他方に載せられていた物は飛びあがる。


 だから、回回砲(マンジャニーク)で巨石を飛ばすときには、まずウインチを回して巨石を載せるほうを下におろし、重りを持ちあげる必要がある。


 本来なら人力でウインチを回すので、重りを持ちあげるのに長い時間を要する。しかし、クリーたちの回回砲(マンジャニーク)は、エンジンでウインチを回すように改良していた。だから、手軽に連射できる。


 北部軍は、この回回砲(マンジャニーク)を使って、猛火油をつめた壺を飛ばした。遠くに飛ばしたり、近くに飛ばしたり。右に飛ばしたり、左に飛ばしたり。とにかく万遍(まんべん)なく飛ばしていく。


 大砲だと、発射時の衝撃が強すぎて、壺が割れてしまうので、うまく飛ばせない。じわじわと加速していく投石器だからこそ、割れやすい壺でも難なく飛ばせるわけだ。


 壺は地面に落ちると割れて猛火湯をまき散らす。それに猛火油櫃から発射された火炎が燃えうつり、燃えあがった。


 あたり一面が火の海だ。


 壺は次から次に飛んでくるので、火の勢いが衰えることはない。ひっきりなしに燃料が投下されるので、火の勢いは増す一方だ。


 ミン族の故地に伝わる『昨夢録』によると、わずかな量の猛火湯を燃やしただけで駐屯地1つを全焼させるほどの威力があったらしい。


 猛火油の火力のすさまじさを物語るエピソードだ。



 殭屍(ジャンシー)のなかには火だるまになりながらも「即席の城」に突進してくる強者(つわもの)もいたが、「城壁」に(はば)まれてしまう。そのうえ頭上から猛火油をそそがれ、さらに激しく燃えあがり、あえなく丸焦げになって活動を停止する。


 かくして多くの殭屍(ジャンシー)が火の海のなかで丸焦げとなり、あっけなく全滅してしまった。


 遠くで戦況を見守っていた手下たちは、あわてて逃げ出していく。


 北部軍の圧勝だった。


 ◆ ◆ ◆


 戦いが終わってまもなく、地面を激しく打つような音が聞こえてきた。空気が揺れ、大地も震える。


 音のする方向――北のほうを見やると、雪煙がもうもうとあがっていた。


 クリーたちが望遠鏡をのぞいて見ると、鼻が長くて体の大きい4本足の動物たちが山のように走って来ていた。鼻の両脇には大きな2本の牙も()えている。


「「「象!?」」」


 しかし、全身が毛むくじゃらなので、象ではない。マンモスだ。それも殭屍(ジャンシー)となったマンモスだった。


 マンモスの上には、まるで像使いのように人が乗っている。ほとんどが殭屍(ジャンシー)だったが、なかには生きている人間もいた。チャオ先生も乗っている。


「クリー大佐の手のうちは、とくと拝見させてもらいましたよ。もはや打つ手もないでしょう?」


 チャオ先生は、ほくそえんだ。


 実際、クリーたちは猛火油を使いきっていたので、もう火攻めを使えない。


「先ほどの不死の軍団(アンテッドアーミー)は当て馬で、あれが本隊だというのか!?」


 トンジュ将軍は思わず青ざめた。アルキンやシャオ隊長も言葉を失っている。さすがのクリーも意外そうな顔をしていた。


 他の将兵たちが恐れおののいていたことは言うまでもない。


 あれだけの巨象に体当たりされたら、トラックもたやすくはじき飛ばされてしまうだろう。「即席の城」も歯がたたない。


 ただ幸いにして、あたり一面が火の海となったことから、凍土が解けて地面がぬかるんでいた。だから、マンモスたちは泥濘(でいねい)に足をとられ、勢いを()がれてしまう。なかには滑って転倒するマンモスもいた。


 このスキにクリーたちは、すばやく騎馬にまたがり、「即席の城」の裏手にある崖を駆けくだっていく。それは、まるで「鵯越(ひよどりごえ)逆落(さかお)とし」のようだった。


 ちなみに「鵯越(ひよどりごえ)逆落(さかお)とし」というのは、源義経(みなもとのよしつね)という名将が、人びとから「馬の乗って下ってくのは無理」と思われていた断崖絶壁を馬に乗って駆けくだり、敵陣を奇襲した故事のことだ。


 ミン族に伝わる有名な戦法に「可を見て進み、難を知って退く」とある。勝てそうなら進んでいくが、負けそうなら逃げるという意味だ。

 

 まさに「三十六計、逃げるに如かず」で、クリーたちが急いで逃げ出したのは、兵法的に見て正解だった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ