その2(全3回) 力が弱まれば天才軍師がいても善後策を図れなくなる
『ダン族のダーハン族長は、激戦の末にミン族のスン族長を討ち取った』
このニュースは、またたく間に辺境に広まった。チャオ先生が各地に工作員を派遣し、情報をばらまいたからだ。
その結果、辺境南部の山岳地帯に住む部族――山の民の結束は、もろくも崩れてしまう。
「あの最強の部族として有名なミン族が族長を殺されるほどだから、ダン族の強さは半端ない。まともに戦って勝てる相手ではない」
だれもが思い、ひるんだ。「風を聞きて胆を喪う」とは、このことを言うのだろう。
かくして山の民の半分がダン族に降伏することを検討しはじめ、残り半分が様子見を決めこむようになった。同盟して戦おうという意気込みは、いつの間にやら雲散霧消していた。
「さてさて、どうしたものか」
今は亡きスン族長の館では、その大広間に数名の長老たちが寄りあい、今後のことを話しあっていた。
今回の戦いで、スン族長のみならず、多くの幹部たちも命を落とし、ミン族の指導部が不在となってしまう。だから、取り急ぎ長老たちが現役復帰し、臨時で政務を執ることになったのだった。
ただ長老たちは、知恵はあるが、元気がない。だから、有事のリーダーシップを任せるには心もとない。
しかも、スン族長の後継者が決まらない。
一応の後継者は、スン族長が生前に決めていた。それなのに後継者争いが生じたのだ。
「多くの幹部が戦死し、これまでの指導体制が崩壊してしまったのだから、これまでの取り決めは一旦すべて白紙に戻すべきだ」
スン族長の身内の多くが、そんなことを言いだした。それぞれ「自分こそが族長にふさわしい」と言って譲らない。
戦場で臨時に指揮を執ったジンなどは、「あいつは族長になりたくて、族長を見殺しにしたのだろう」と悪く言われる始末だ。
「は? あいつらバカじゃないのか?」
ジンは憤慨した。しかし、ジンは、一族のなかでは年少だし、強力なバックがついているわけでもない。
しかも、今回の戦いでは、みごとに同盟軍の指揮を執り、同盟軍の瓦解を防ぎ、所期の作戦をやり遂げた。その指導能力の高さは実証されているし、軍功もある。
族長の座をねらう者たちからしてみれば、ジンは邪魔な存在だった。だから、あれやこれやとジンの悪口を言いふらしてまわったのだ。
「ったく、バカらしくて、やってらんない」
ジンは頭にきて仕方がなかった。今は、お忍びでクリーの自宅を訪ね、クリーに不満をぶちまけているところだ。
「というわけだから、オレは邦国を出る。おまえには悪いが、あのバカどもの面倒を見てやってくれ。おまえがいれば、この邦国も安泰だからさ」
「!?」
クリーにしては珍しく驚いて目を丸くした。ジンとは気のおけない仲なのだろうか。
「――えっと、この大事なときに若君様が邦国を出るのはよくない。みんなで一致団結してがんばらないといけない」
「そうなんだけどな。でも、オレがいるとさ、いざこざが増えるみたいだし……。かえって一致団結できなくなるだろ?」
「……」
「それにじいちゃんだって、こんなときはこうするはずさ」
「あきれて邦国を捨てる?」
「ふふっ。それは、どうかな」
ジンはニヒルな笑みを浮かべた。
この日のうちにジンは出奔し、そのまま行方不明になる。
みんなが1つにならないといけないときに、なかなか1つになれない。さすがの長老たちも、ほとほと困っていた。
しかし、外敵から見れば、これは攻略するチャンスだ。
ダン族のダーハン族長は、態勢を立て直すと、配下に入れた多くの部族を従え、ミン族の邦国を攻めた。
◆ ◆ ◆
ミン族の邦国は、高山に囲まれた大きな盆地にあるので、守りやすくて、攻められにくい。天然の要害だった。
外部との交通路は3つで、それらはいずれも堅固な関所で守られている。南の鎮南関、西の鎮西関、東の鎮東関だ。北には3000メートル級の高山が屹立しており、踏破できない。
関所はどれも高くて分厚い城壁で守られ、多くの砲座や銃座が睨みをきかせていた。大きな要塞砲もすえつけられているし、地雷原だってある。近づくことすら困難をきわめるだろう。
一部の櫓の上には、大きなラッパをようなものがあって、その口を空に向けていた。
ミン族の故地には、城を守るための道具の1つとして甕聴という装置があった。
これは大きな甕で、その口を地面につけ、その底に耳をあてることで、地中の音を聞き取ることができる。敵が城内に攻め入ろうとして、ひそかにトンネルを掘っていても、すばやく探知できる。
これを応用して開発されたのが、大きなラッパのような装置だった。これは聴音機で、もし敵の空中戦艦が攻めてきても、その到来をすばやく探知できる。シン帝国とハン連邦の戦いに従軍し、空中戦艦の存在を知ったミン族の職人たちが防空のために開発した装置だった。
だいたい10キロ先までの音を聞き取ることができるらしい。かりに空中戦艦が近づいてきたとしても、そのエンジン音を聞き取ることで、その接近を事前に知ることができる。
早目に知り、早目に動けば、空中戦艦の奇襲を防げるだろう。そういう算段だ。
対空兵器としては、最近になって開発されたばかりの対空砲のほかに、多段式の火箭も用意されていた。
ミン族の故地には火龍出水という名の多段式ロケット兵器が伝わっている。長距離の飛行が可能な火箭だが、これを応用して高空の敵を攻撃できる多段式の火箭を開発したそうだ。
「こんな山間僻地まで、希少な空中戦艦が攻めてくることもないだろう」
そんな楽観論もあったが、悲観的に考えて対処するのが危機管理のコツだ。そして、ミン族は危機管理のプロ集団でもあった。だから、もしもに備えて、多額の国費をつぎこんで防空対策を行ったわけだ。
このようにミン族の関所は、地上の敵にも対処できるし、上空の敵にも対処できる鉄壁の守りを誇っていた。
攻めてくる北部軍は、総勢5万人を超えるようだ。それに対してミン族の軍勢は、5千人にも満たない。明らかに劣勢だ。しかし、これだけの備えがあれば、いくら劣勢でも十分に守れるだろう。
ミン族の故地には、こんな言葉がある。
「一夫関に当たれば万夫も開くなし」
1人が関所を守れば1万人でも攻略できないという意味だが、ミン族の国境防衛はこの言葉がピタリと当てはまるほど堅固だった。
「しかしながら、陛下も知ってらっしゃるかと思いますが、“大軍の前に関所なし”という言葉もあります――」
チャオ先生が北部軍の本陣で言った。不敵な笑みを浮かべている。
「――どんなに守りが堅固でも、わが大軍をもってすれば、たやすく突破できます」
「だからと言って、この前のように力攻めで行けば、ムダに死傷者が増える」
ダーハン族長は、本陣のイスに悠然と腰かけている。その左右には、多くの将校が緊張した面持ちで控えていた。
北部軍は今、ミン族の鎮東関を遠巻きにするように布陣しており、その本陣はちょっとした高台の上にある。本陣からは遠くに鎮東関の威容を望むことができた。
「はい。ですから、今回は奇策を用意したわけです。できることなら、緒戦で“虎の子”を使いたくはなかったのですが、まあ仕方ありませんね」
チャオ先生は自信満々だ。
だが、その自信が危うい。慢心して油断すれば、この前のように痛い目にあう。
「だが、ミン族には“虎の子”を知っているクリー大佐がいる。気取られるのではないか?」
「はい。ふつうに攻めなければ、その心配も出てきます。ですから、ふつうに攻めればよいのです」
「なに? また力攻めで行くのか?」
「はい。陛下は犠牲を気にされますが、犠牲を恐れては戦争などできません」
「……」
「それに今回は、新たに配下に加わった山の民どもに先陣を命じます。やつらの忠誠を試すことができますし、従属するのが遅くなればなるほど待遇が悪くなることを示すこともできます。様子見を決めこんでいる連中も焦り、急いで従属を決めるかもしれません」
「たしかにチャオ先生の言うとおりではある。今回はそれしかないか……」
かくして北部軍は鎮東関に攻めかかる。すさまじい砲撃戦、激しい銃撃戦が展開された。とめどない轟音のせいで耳がおかしくなりそうだし、火薬の匂いが鼻につく。しかし、鎮東関はびくともしない。
北部軍の将兵は、決死の覚悟で突撃していくが、砲弾の雨、銃弾の嵐にさらされ、次から次に血まみれの死体となっていく。最初の攻撃が終わったとき、鎮東関の前は死体の山、血の海となっていた。
しかし、北部軍は、攻撃の手をゆるめない。次の日も、そのまた次の日も、同じように力攻めをしかける。守るミン族はほとんど無傷だが、攻める北部軍は連日の力攻めでダメージを蓄積していった。
ダーハン族長は先の戦いの二の舞いにならないか気が気でなかったが、チャオ先生は平然としている。
「待てば海路の日よりあり、ですよ」
◆ ◆ ◆
その夜は、闇夜だった。
東から西に向かって風が吹いている。風に乗って城壁の上まで血の匂いが漂ってくるので、鎮東関の守備兵たちとしてはイヤな夜だった。
その夜も敵に動きはなく、空も静かだった。聴音機からは風の音が聞こえるくらいで、エンジン音などの機械音は聞こえてこない。
だからと言って気は抜けない。いつ敵の夜襲があるか分からないからだ。
そのときだった。いくつものカチャリという音を聴音機がひろう。と思いきや、すぐさまヒューンという音がたくさん聞こえてきた。
(敵襲!?)
次の瞬間、鎮東関のなかで連続して爆発が起きた。兵士を吹き飛ばし、建物を木端微塵にしていく。
「敵襲―っ!」
鎮東関のあちこちで大声があがり、仮眠していた守備兵も急いで武装して飛び出してくる。
敵はどこにいるのか?
あたりに敵の姿は見えない。夜陰に紛れているのだろうか?
迫撃砲で爆弾を打ちこんできたのか?
それにしては発砲音が少しも聞こえなかった。聞き逃したのだろうか?
爆弾は降り続け、爆発はやまない。
焼夷弾もまじっていたようで、飼料に火がついて燃えあがった。急いで消火しようとするが、焼夷弾の油は消えにくい。
またたく間に火が燃え広がり、一部の火薬庫にまで火の手がまわった。まもなく火薬庫の1つが大爆発して、さらに火災を悪化させていく。
天を焦がす炎が、上空を漂う飛行物体を照らしだした。巨大なラグビーボールのような形をしている。見覚えのある形だ。
「連邦の空中戦艦!?」
守備兵たちは驚く。
あとで分かったことだが、空中戦艦は鎮東関を奇襲するため、エンジンを止め、風に乗って鎮東関の上空まで飛んでいったらしい。
守備兵たちが気づいたときには、すでに上空にたくさんの落下傘が開いていた。空中戦艦から多くの敵兵が降下してきていたのだ。
対する守備兵たちは、驚きながらも行動は速かった。さすがは戦いのプロだ。
ただちに対空砲が火を吹き、多数の火箭が打ち上げられた。
空中戦艦は降下部隊をおろすため、低い高度で飛んでいる。だから、鎮東関の対空兵器の命中率も高まった。
多くの砲弾や火箭が空中戦艦に命中し、その機内にある水素にも引火したようだ。まもなく空中戦艦は爆発して燃えあがり、火だるまとなる。そのまま鎮東関のなかに墜落した。そのせいで関所内の火災も激しさを増す。
今や鎮東関のなかは大混乱におちいっていた。その混乱に乗じて、無事に降下した敵兵は関所の城門に殺到していく。
城門の周辺では死闘が繰り広げられた。
守備兵――ミン族の戦士は、世間から「騎兵としては一騎当千で、歩兵としては百人力だ」と言われるほど、とにかく強い。しかも、天下無敵の少林拳の使い手がそろっている。格闘戦では向かうところ敵なしと言っていい。
しかし、敵兵も強かった。まるで猛獣のような目をして、狂ったように襲ってくる。その動きは速く、その力もパワフルだ。5発や6発の銃弾を受けたくらいでは倒れもしない。
さすがのミン族の戦士たちも、1対1では押され気味だった。
しかし、どこかで闘ったことがある気がする。
(もしかして、こいつら連邦の狂戦士じゃないか?)
敵兵と実際に戦った戦士たちは、だれもが同じように思った。
かくして不意打ちを受け、思わぬ苦戦を強いられたミン族の守備隊は、ついに城門を守りきれず、ロックを解除されてしまう。城門がギギーッと開いた。
すると、周辺に潜んでいたのだろう。多くの北部軍の兵士たちが怒涛のように関所内になだれこんできた。
守備隊は善戦健闘するが、いくら敵兵を倒しても、次から次に新手が城門から入ってくる。こうなれば「衆寡敵せず」だ。
ついに鎮東関は陥落し、北部軍の大軍がミン族の領内に入りこんできた。
そう言えば、『孫子《スンズー》』の教えにもある。
そもそも兵士を疲れさせ、鋭気をくじかせ、力をへこませ、財産を使いつくせば、諸侯がこちらの疲弊に乗じて攻撃をしかけてくる。
知恵のある人がいたとしても、善後を図れなくなる。
実際、そのとおりだった。
ミン族は、力が弱まったせいで、ダン族を中心とする北部軍に侵略されることになった。
クリーという天才軍師もいたが、今やどうしようもない状態におちいっている。




