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ドラゴンクロニクル  作者: ふぉび子ちゃん
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6/18

Wild Card(前編)

NO.0



「お前か……」

 潰れたかけた片目で、俺は「それ」を見る。

 泉の中の「それ」は俺の呼び掛けに答える様に、首をもたげた。

「お前なのか……」


「それ」は竜だった


 美しく、そして歪な、白き竜。

 私は静かにひざまずく。

 白竜が瞳を動かし俺を観る。

「お前が、イライジャを……」

 泉が沸き立つ。

 月の様な黄金の輝きが、波紋の様に広がって行く。






NO.1




「スマイター」とかいう、随分と大層な名前のチームの訓練に、私、ホンユは今参加している。

 訓練というより強化合宿、もしくはキャンプとでも言うべきなのだろうか。

 この何処とも知れぬ島に私達六人二班、計十二人のドラグーン達は、ほぼ幽閉に近い状態で、かなりハードな訓練を日々強いられている。

「他の方々は、何であんなに楽しそうなのかねぇ」

 私は宿舎のベッドの上で不貞寝をしながら、誰に言う訳でもなく独り言を呟く。

 窓の外に見えるグラウンドでは、自主練習とかいう走りこみをしている野郎が何人かいる。

 今日は二週に一日の、折角の休日だというのに……

「ご大層な人たちで」

 私は悪態をつきながら、頭の中に巣食うむしゃくしゃした感情を、なんとか解きほぐそうとする。


 事の発端はただの思いつきだった。

 良く分からない、でもヴラグ曰く「とても有名」らしい部隊からの訓練参加の勧誘が来て

 それが焔空祭最大のイベント「合戦」の、花形の部隊からの勧誘と聞いて

 「面白そう」という理由だけで、私は二つ返事で承諾してしまったわけなのだが

――


「まさかこんな詰まらない日々が待っているなんて」

 私はゴロリとベッドに転がり、深いため息を吐き出す。

 ヴラグでも呼んで、気晴らしに少し飛び回ろうかな、そんな事を考えていると、ホンユ、という呼び声が聞こえた。

 私は声の方を見る。

 ドアの向こうだ。

 私の部屋の前に誰か居る。

「ホンユ、居るか?」

 ノックと共に、再び私を呼ぶ声。

 透き通った、それでいてどことなく無機質な声。

「誰?」

 私は半分寝ぼけたような間抜けな声を出す。

「マミヤだ」

「お」

 マミヤ――だったか。

「居るよ、入っていいよ」

 私はそう声を掛けると、ドアが静かに開き、一人の少女が入ってきた。

 引き締まった、無駄な所が一つも無い、獣の様な体をした少女。

「ちょっと一緒に来てほしい」

 彼女は私の前に立つと、いきなりそう言った。

「え?」

「グエンが待ってる」

「グエン?」

「グエンに貴女を連れてこいと言われた」

 彼女は無表情で、端的な言葉を続ける。

「なんでグエンが? なんでアイツが直接こないの?」

「アイツは男だ」

 あぁそうか、ここ女子寮なんだっけ?

 私はようやく色々理解すると、気だるい体を無理矢理起こす。

 ――なんというか、このマミヤという女性は、変な人だ。

 別に話が通じないという訳では無いのだけど、なんとなく心が通じてない、そういう実感を彼女と話していると常に感じる。

 だから実在の人物として現実味を持たなくて、夢の登場人物みたいな曖昧な印象を私は持っている。

 グエンは何処で待っているのかと聞くと、廃虚と返された。

 それは多分男子寮のさらに奥に建っている、封鎖されている建造物の事を指しているのだろう。

 なんでも、昔はスマイターの人数がもっと多くて、そこが寮の別館みたいになっていたとか。

 南側にある遊歩道の先、小高い丘の上にそれは建っていて、そこからはこの訓練場全体を良く見渡せるようになっている。

 しかしグエンは何故私を?

 道すがらマミヤに尋ねてみたところに依れば、私が頼んでいた「調査」の結果報告だそうだ。

「え? 早くない? もう調査終わったの?」

「そうだ」

 私の質問に、マミヤは短く答える。

「マミヤも調査を手伝ったりするの?」

「手伝ってない」

「なんで?」

「手伝うまでも無かった」

 そんな――簡単な依頼だったのか?

 それとも――

「マミヤって優秀なの?」

「その優秀の定義が分からない」

 彼女は本当に表情を変えない。

 私達は立ち入り禁止の柵を乗り越え、廃虚に入る。

 良く分からないゴミが大量に散らばった玄関を抜け、薄暗い階段をひたすら上り、屋上にでる。

 今までにも廃虚に何度か来た事があったが、屋上まで来たのは初めてだ。

 屋上にはボロボロのロッカーが何故か大量に積まれ、山になっていた。

 そして男が一人、その山の上に座り込んでいる。

 彼がグエンだ。

 私がその変なシチュエーションに意表を突かれていると、グエンが嬉しそうに手を振ってきた。

「遅いぞホンユ」

 彼はそう言って、山の上から飛び降りてくる。

「なにこれ」

 私は呆れながらロッカーの山を指差して尋ねる。

「俺の切り札、ってかそんな事はどうでもいいからさ」

 そう言うと彼は一枚の紙っぺらを私に突き出す。

「依頼の件、調べておいたよ」

 私はそれを受け取りまじまじと見る。

 なにやら紙一面にびっしりと書かれているが、ミミズののたくった様な文字の羅列で、まるで読めない。

「読めないよ、説明して」

 私はそう言って紙を突っ返すした。

「ほらマミヤ、だから言っただろ」

 そう言ってグエンは口を尖らす。

「私はお前の助手じゃない」

 そうマミヤは即答した。

 助手じゃないんだ……

 なんというか、この二人の関係を私はよく知らない。

「まぁいい、説明するとだな――ホンユの言う白い竜、『ロナ・ヴァルフリアノ』に関する該当データは、残念だけど『書庫』には存在しなかったんだよね」

「やっぱりそっか」

 まぁ、そうだろうなとは思ってた。

「だけどホンユ――」グエンはそう言って言葉を続ける「――気になる物もあったんだ」

「何があったの?」

「めちゃくちゃ見つけづらい様に、特殊な細工が施された情報があったんだよ」

「細工? 隠蔽されてたの?」

「いんや、隠蔽とは違う、完全に隠されてたわけではないから。ただ何も知らない一般人だったら気に留めず、スルーしちゃうような書かれ方だった」

 なんだか良く分からない。

「で」

 グエンは再び紙を私に見せる。

「そのロナってヤツの年齢、百八十歳ぐらいなんだよね?」

「え? あぁうんたしか」

「丁度百八十年ぐらい前、ミリーが死産をしまくった年があったみたい」

「死産?」

「人間の死産とは大分違うけど、本来竜が作らない筈の無精卵を、大量に産むようになった時期があったとか、多分一種の病気だったんだと思う」

 ――それはつまり。

「ってことは、その中から?」

「そう。もしその無精卵から孵った竜が居たとすれば、君の言うロナみたいな『変わった竜』だったかもしれない」

 全ては憶測の域を出ないけど、グエンはそう付け足した。

「それで? なんでその死産は隠されてたの?」

「実はそれが問題でね、その理由がさっぱりわからないんだよ」

「わからないって?」

 グエンは肩を竦める。

「単純にミリーが病気になったってだけの事件なのに、何故『年表』から削除するほど大掛かりに隠されてるのか。どう考えたって隠すような事じゃない」

「病気の原因は?」

「それもわからない、何せ百八十年も前の事件だ、ろくに情報なんて残ってない」

 そう言って彼はくしゃくしゃの髪を掻き毟る。

「調べようは無い?」

「いや、その時代から生きてる奴に聞いてみれば何か覚えてるかも――ヴラグなら何か知ってるんじゃないか?」

 私は首を横に振る。

「彼は百四歳だよ、多分知らないと思う」

「それなら他の成竜に聞くしかないなぁ――」彼はそう言うと、考え込むように腕を組む「――たしか成竜がやたらいる所が、ここギドにあったはず」

「成竜が? 沢山居る?」

「うん、なんで彼らがそこに留まってるのか、俺はよくは知らないんだけどね、兎に角成竜の秘境があるんだけど……君みたいにバリバリ怪しい人が果たして歓迎されるかね」

 素性の知れない人間は歓迎されないってことか?

 でもグエンでさえ大して情報を持ってない所を見るに――

「そんなに排他的なの?」

「いや、排他的というか、人目を避けてる」

「なんで?」

「だから俺も知らん」

 そう言って彼は、複雑そうな顔をする。

 良くわからないが、あまり関わっては行けない領域の世界なのかもしれない。

 ヴラグが何か知ってるかも。

「そうそう、でも確かそこ出身の女の子がいたな、名前はえーっと……そうアイシア、アイシア・パタッセ。一時期話題になってたよ、『竜に育てられた娘』ってね」

 アイシア――私は反芻する。

「もし秘境に行くなら、彼女と会って、彼女に紹介してもらうのがいい。それなら成竜達もそれほど警戒はしないだろう」

「彼女は今何処に?」

「多分学校だよ、学生さんだからね。彼女は子供だよ?」

 学校に乗り込んで、接触して、仲良くなって、紹介してもらえと?

 それはちょっと面倒だな。

「ねぇ、そんな秘境なんか行かなくても、カルシナ様とかに聞けばいいんじゃん?」

「それは止せ」

 唐突に、今まで黙っていたマミヤが口を挟んできた。

「え? なんでマミヤ」

「カルシナ様に過去を尋ねるな」

「過去?」

 あぁ、やめたほうがいい――グエンもそう頷きながら、言葉を続ける。

「カルシナ様はね、トラウマを抱えていらっしゃるんだ。『なりそこない』になった時のトラウマをね」

「どういうこと? 何があったの?」

「それは知っちゃいけないし、探ってもいけない。まだカルシナ様はそれに苦しまれているから」

 だからマミヤの言うとおり、カルシナ様に過去の話をしちゃいけない――グエンはそう言って、どこか落ち着けな気に視線を散らした。

「つまり、こう言いたいの? 『ロナ・ヴァルフリアノに関する話は、カルシナ様のトラウマに関係してる可能性が高い。だから止せ』って?」

 そう、その通り――と彼は大げさに手を叩く。

「わかりづらいよマミヤ、警告するならちゃんと警告してよ」

 私は文句を言ったが、彼女は特にそれに反応を見せない。

「同じ理由でさ、アーリヤさんに聞くのも止めていたほうがいいぞ」

「え? なんで?」

「昔、身の程知らずにもカルシナの過去を探ったバカな竜がいてな。怒ったアーリヤさんに半殺しにされたんだよ」

「半殺し?」

「ヴェリアナっていうクソみたいな竜だ、あんな性格の歪んだ竜を俺は見たこと無い。いっそあの時殺されればよかったんだ」

 グエンは一人ごとの様にそう吐き棄てる。

 ヴェリアナ……その竜も何かを知ってるかもしれない。

「まぁとにかく、これ以上の情報が欲しければアイシアと接触してみる事だね、それ以外のルートは危険だよ」

 彼はそう言うと、再び私に紙を差し出す。

 私はそれを受け取って丁寧にお辞儀した後、屋上を出た。






NO.2




 空には月が輝いている。

 星々の輝きを背負いながら、さらに一段と美しく煌き、宙を統べている。

 美しい、私は純粋にそう感じる。

 地上にいた頃も、こうして夜空をよく見上げていたが。

 瘴気の無い澄んだ空気で観る空では、まったくの別物だった。

「なぁホンユ――訓練はどうだ?」

「退屈、その一言に尽きるよ」

 ここの訓練生になって一週間が経とうとしていたが、今まで行われた訓練は基礎的な物ばかり。

 所謂体力づくりだ。

 一応仮にも「魔物」の私は、一般的な人間よりも体格以外のそういったフィジカル的な物は遥かに高いので、本当に無為な時間ばかり過ごす破目になった。

「ヴラグはどうなの? そっちもなんか訓練してるんでしょ?」

「お前と大して変わらないよ、成竜の私には些か退屈だ」

「そっちもか。、ねぇもう抜け出しちゃおうよ?」

 私は半分本気でそう言ったが、ヴラグは鼻で笑うだけだった。

「それで、交友関係はどうだ?」

「ぼちぼちかな。寮のみんなは私をかなり警戒してるよ、『素性の知れぬ成竜使い』ってね」

「友達はできないか」

「いやなんとか二人できたよ、マミヤっていう女とグエンっていう男」

「それが例の情報屋か」

 ちょっと割高だけどね――私は欠伸をかみ殺しながら言う。

 あの二人は、本当に変な人間だ。

「あ、そうだヴラグ、成竜の知り合いっていない?」

「なんだ藪から棒に」

「百八十年前、ミリーが患った病気について知りたいんだけど――」

「『あれ』が病を患ったりするのか?」

 ヴラグはかなり強い懐疑の視線を私に向ける。

「とにかく、当時を知ってる竜を探してるの、カルシナ、アーリヤ、ミリー、この三名以外で」

「妙な話だな――」ヴラグは訝しむ様に唸る「――残念だが、私に知人の類はいないよ。八十年も『石』をやっていたんだ、今の私はお前並に浮世離れした存在だ」

 彼はそう言って卑屈に笑う。私はどう反応すべきかよくわからない。

 さて――そう言ってヴラグが話題を変える。

「随分と腕が良い様だな、その二人組の情報屋は」

「え? あぁ、うん」

「彼らとはどうやって友達などという仲に?」

「うーんと、向うから話かけてきてね、それでまぁいろいろ話す内にってとこかな?」

「なるほど」

 彼はそう言うと、暫く黙り込む。

 何かを考え込んでいるようだ。

「なんか気に掛かるの? ヴラグは」

「……その二人には、多少なりとも警戒しとくべきかもな」

 彼らが善人という保障は無いのだろう、ヴラグはそう言って私から視線を逸らす。

 そうか、あの二人――

 言われて初めて、この空の世界になれすぎて警戒心を失っている自分に気づいた。

「うーん、そうじゃないといいなぁ」

 極力呑気そうにぼやいたが、私の内心は多少なりとも波立っていた。


 彼らは、どうして私に、何か目的があって?




NO.3



 ホンユはひりひりと痛み出した角に、とても困っていた。

 彼女は被った帽子の上から角をなで、その痛みを緩和しようとする。

 スマイターの強化合宿に参加するに当たって、一応角の大半を削っておいたのだ。

 なかなかに痛みを伴う作業であったが、その甲斐あって帽子を外しても一目ではなかなか角を視認しづらくなっている。

 もちろん顔を近づけてよく観察すれば、生えかけの角が直ぐ見つけられるのだが。

「痛いなぁ痛いなぁ」

 彼女はブツブツと呟き、目の前の昼食に手を付けられないでいた。

「よう、ホンユ」

 唐突に声を掛けられ、彼女は顔を上げる。

「ん? なんだグエンか」

「なんだってなんだよ」

 そう言ってグエンはニヤニヤと笑いながら彼女の隣に座り、やたら具の多いサンドイッチを取り出し食べ始める。

「なぁホンユ、掲示板は見に行ったか?」

「掲示板?」

「中央看板のヤツ、明日の『戦闘訓練』の対戦カードがでてるぞ」

 あぁ、そういえばそんな訓練あったっけ、ホンユは気の無い返事をする。

「それで? 私の対戦相手は誰だった? ――まさかマミヤ?」

「違うよ、俺だ俺――」彼の瞳には、若干の興奮のが浮かんでいる「――まったく成竜と一騎打ちとかツイてないぜ」

「ふーん、じゃあお手柔らかによろしく」

「なんだよ、反応薄いな」

 彼は苦笑する。

「そういえば、今日はマミヤと一緒じゃないの?」

 ホンユは何気なく適当な質問をしたつもりだったが、グエンは暫し唖然としてから返した。

「いや、一緒じゃないよ。というか俺とマミヤはそういう間柄じゃないし」

「そうなの? でも仕事仲間なんでしょ?」

「違うよ、手を組んでるのは今回だけだ。マミヤがいきなり『手伝わせてくれ』なんて話しかけてきてね」

「なんで?」

「俺も知らんよ。気味が悪かったけどマミヤの竜は便利だからな、とりあえず手伝ってもらってる」

 そもそもああいう乳の無い奴はタイプじゃない――と彼は下らない事をいって嗤う。

「あっそ、じゃあグエンも実はマミヤのことはあまり知らないの?」

「そうだよ、唯一知ってることは『彼女は武器を隠し持ってる』それだけだ」

「武器?」

 空の世界ではあまり聞きなれない単語に、ホンユは少し驚く。

「それもめちゃくちゃに殺傷能力の高い武器ね、もちろんバリバリの違法物」

 刃渡りがこーんなにある特殊な形状をしたナイフだ、彼はやや興奮気味に捲くし立てる。

「それアームブレードじゃん」

「アームブレード?」

 その武器は、たまに地上に来る空の人間達が装備している。

 セラミック製で刃渡りが三○センチもある大振りのナイフ。刺すことよりも斬ることに特化した、逆手に持つタイプの物。

「そのアームブレードかどうかは知らないけど、とりあえずちょっと危ない人だよ彼女は」

 武器……それも対地上兵装……

 ホンユはしばし腕を組み、考え込む。

「どうしたのホンユ、いまさらアイツが怖くなった?」

「いや――何故彼女は私に興味をもったのかな――ってね」

「さぁな、理由なんて腐るほど思いつくな。正直に言えば、この寮でアンタに興味を持ってない人間の方が少ないよ」

 成竜との契約者、紋章を持たない、素性が不明、いつも帽子を被ってる、彼は得意げに言葉を並べていく。

「じゃあ、グエンは私にどんな興味があって?」

「そりゃあそのデカい乳だよ」

 ホンユは煩わしげにため息をつく。

「冗談だよホンユ。俺がお前に興味を持ってるのは、お前が『俺と同じ』だからだ」

「同じ?」

「あぁそうさ、これを見ろよ」

 彼はそういって自分の首筋を彼女に見せる。

 そこには巨大な紋章が描かれていた。

「それが何?」

「紋章さ、でもただの紋章じゃない――」彼はそう言うと、曖昧に微笑む「――失効した紋章だ」

 失効した紋章?

 ホンユはその言葉の意味がまったく理解できなかった。

「この紋章の相方、つまり始めて俺と魂縛した竜は死んじまったんだ」

「え……」

「ようするにさ、俺とお前は『パートナーと魂縛を行っていないドラグーン』っていう珍しい人間なのさ」

 まぁホンユのヴラグと違って、俺のは純粋に借り物の竜だけどな――彼はそう付け加える。

「あの、その死んじゃった竜って――」

「イライジャっていう名前の竜だった、最強の竜だったんだぜ。ガキの頃は天下無敵で、アーリヤさんの再来とかいって持ち上げられてたんだ」

 彼は得意げに、そして何処と無く寂しげに言う。

 そして彼はその後しばらく、イライジャとの思い出話しを滔々と語った。


 ホンユはそれ以上なにも尋ねることはできなかった。





NO.4



「おーい、ヴラグ!」

 私が声を掛けると、ドッグの奥に蹲っていたその黒竜は、ゆっくりと立ち上がり此方に歩いて来た。

「こうやって他の竜と比べると、ヴラグって本当に大きいんだね」

 周囲では私達と同じように、ドラグーン達が各々の竜とコミュニケーションを取っている。

 これから戦闘訓練、つまりドラグーン同士でのの一騎打ちの試合が始まるのだ。

 多分この結果が「スマイター」内での後々にいろいろ影響するのだろう、随分な量のと緊張と昂ぶりで部屋は満ちていた。

「それで、今日私が闘うペアはどれなんだ?」

「何? ヴラグも気になる? ちょっと緊張してきた?」

「まぁそんな所だ」

 彼は笑いながら、私の冷やかしを受け流す。

「ほら、あそこに居るよ」

 私は手を大きく振り、遠くのグエンに呼びかける。

 グエンは直ぐにこちらに気づくと、軽く手を振り返した。

「ほら、あそこの男がグエン……」

 そこまで言って、私は言葉に詰まる。

 ヴラグが――

 グエンの姿を一目見たヴラグが、今まで見たことの無いような表情をしていた。

 全身の鱗が逆立ち、瞳が大きく縦に広がり

 何かを恐れるように、じりじりと後ずさりしている。

「ヴラグ?」

「……ホンユ、本当にあの二名なのか?」

「え? そうだよ、グエンと――たしかテンペニー」

「変えろ」

 彼はは短く、そして力強く私に命じた。

「変えろ?」

「変えるんだ、対戦相手を別の奴にしろ」

「そんな、そんなの無理に決まってるじゃん今さ――」

「いいから何とかするんだッ!」

 ヴラグが突如激昂した。

 周囲の竜どころか、ドッグ中にいた全ての人と竜の視線がヴラグに集まる。

 数瞬の気まずい静寂。

 四方八方から突き刺さる様な、鋭い視線だった。

 でもヴラグはそれではない何かを恐れていた、何かを恐れ、テンペニーとグエンを睨んでいた。

「ヴラグ――」

 私が口を開きかけたとき、ドッグに教官が入ってきた。

「準備ができたぞ、一組目、闘技場に向かえ」

 ホンユ、グエン、貴様らの事だ。教官は低い声でそう言う。

 グエンは直ぐにその言葉に従い、ドッグの出口に向かう。

「ヴラグ――一体」

 黒い竜は静かに眼を瞑る。

 そうする事で多少なりとも自身を沈静できた様で、徐々に逆立った鱗も倒れていく。

 再び目を開くと、私の方へ顔を向け、意を決したように言葉を発した。

「あいつは、あいつ等は、お前と同じだ」

 私の予想とは裏腹に、ヴラグが重々しく言ったそれは、いささか拍子抜けする物だった。

「え、それは知ってるよ私も。魂縛した相手とパートナーが別って言う――」

「知ってたなら何故だ」

「え?」

「おいそこ! 早く闘技場に向かわないか!」

 教官が怒鳴る。

 ヴラグは苛立たしげに唸ると、乱暴な歩調でドッグの出口へと向かう。

 私もあわててそれに続く。

「ねぇヴラグ、いったいどういう事なの?」

 ヴラグの歩みは尋常ではない速さで、私は必死にそれに追いつこうとする。

「――奴のプライムはどうした」

「え? プライム?」

「最初に魂縛をしたパートナーの事だ、それをプライムと呼ぶ」

「あ、イライジャの事? イライジャはたしか死んでしまったって言ってた」

 クソッ、っとヴラグが悪態をつく。

 私は不安になる、こんなヴラグは今まで見たことも無いのだ。

「そうだろうな、死んだんだろうな、その他の理由でプライム以外をパートナーにすることは滅多にない」

「何が言いたいのヴラグ」

 彼は再び目を瞑り、声のトーンを落とす。

「教えろ、そのイライジャは何故死んだ」

「それは……多分聞いてない」

「いいか良く聞けホンユ、この空では竜はまず死なない、少なくとも定命の人より先に死ぬことはありえない――」ヴラグはそこまで言うと、首を傾け私を見る「――ある例外を除いてな」

 そこで私はようやく、ヴラグが謂わんとしていることに気づいた。

「それって、つまり――」

「そう。地上の魔物だ、地上の魔物による殺害、それが唯一の例外だ」

 イライジャは殺されたんだ、お前ら地上の魔物にな。ヴラグは勢いに任せるように強い言葉を放った。

「私たちが……殺した……」

 グエンは殺された、イライジャという最も親しい存在を

 私たち魔物に――

 彼は当然魔物を憎んでる――

 地上を呪っている――

 どうして、彼は私に興味を――

 恐ろしい想像が、まるで白紙に零したインクのように広がっていく。

 彼は……私を……

「ついたぞ」

 ヴラグに言われ、顔を上げる。

 いつの間にか私たちは、闘技場のゲートの前に来ていた。

 このゲートの向うに、グエンがいる。

「引き返すぞ、それが最良だ」

 ヴラグはそう言い、ゲートに背を向ける。

「待って」

 私は彼の尻尾を握り、それと留める。

「ここで逃げれば、『私は地上の魔物です』って認めるようなものよ」

「なに?」

 ヴラグは大きく息を吸うと、試すような視線を私に突き立てる。

「どういう事だホンユ」

「グエンが私を魔物だと断定できてる確率って、多分相当低いはず」

「何故そう思う」

「決定的な証拠は、まだ私は晒してないから」

 紋章を持たない、素性が不明、それらは全て確たる証拠にはなってないはず、たぶん。

「だがなホンユ――」

「それにもし彼が私を魔物と見抜いていたとして――」私は語気に力をこめる「私を悪人だって、決め付けることができてると思う?」

 ヴラグは暫く考え込むように目を細める。

 やがて短く鼻息を吹くと

「お前の好きなようにしろ」

 そう言って彼は、私の横に並んだ。

「ありがとうヴラグ」

 私はそう言って、できる限り精一杯感謝の意をこめて、彼の顎を撫でてあげた。


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