ss《リーとヴェリアナ》
「それで、ヴェリアナはどう思うんだい?」
僕はステーキを一切れ、ナイフに突き刺して持ち上げる。
「さぁ? どっちでもいいわ」
黒髪の美しい彼女はそう答えながら、優雅にその肉を口の含む。
「どっちでもいい?」
「えぇ、だって私は妹の顔が見たいだけですもの」
僕は思わず苦笑する。
――変化系統の魔術が大分上達してきたヴェリアナは、もうほぼほぼ人間の姿を写せるようになっていた。
ただ手が
手だけはまだ三つ指のままで、彼女はそれを恥ずかしがるようにテーブルの下に隠している。
「ヴェリアナ」
「何?」
僕は肉をもう一切れ、彼女に食べさせる。
「今年の焔空祭は楽しくなりそうだね」
「ほら、来たよ」
そう言うとその男、リー・オルゾフは恭しく俺に手を降った。
隣には薄手の黒いドレスを着た、黒髪で、唇まで黒く塗った女性が座っている。
あれが――鎖のヴェリアナ
「やぁ、久方ぶりだねリオ君」
リーは座ったまま俺に握手を求める。
「キスキンは? 来ていないのかしら?」
俺はリーと適当に握手をして、ヴェリアナの質問を流す。
「要件は伝わってるな?」
さっさとこんな場、切り上げたい。
「落ち着けリオ君、先ずは座りなよ。僕らだって落ち着けない」
「いや、結構。直ぐに出ていく」
リーは眉を上げ、小馬鹿にしたような笑みを浮かべた。
「そう急ぐなリオ、君の分の料理もある」
「キスキンの分もね」
ヴェリアナが間の手を入れる。
俺は心の底でため息をつくと、リーと向かい会うようにテーブルに座った。
「このステーキはとても美味しい、食べてみてくれ。君たち財団が手に入れてくれた『魔物』の肉だ。豊潤な肉汁がとても美味なのだがね、如何せん臭みが強い。ウチの料理人が試行錯誤の末になんとか――」
「それよりも仕事の話をしないか?」
無理やり話を遮ると、流石のリーも怪訝そうな目を覗かせた。
「そんなに僕が嫌いかい?」
「俺の注文は『ホンユ』の情報で、食い物じゃない。それだけだ」
「僕にとっては、肉も情報もそう違いはない。体の一部となるか、思考の一部となるか、その違いしか両者には無い」
「あぁそうかい」
苛立つ俺を尻目に、彼は肉を一切れ頬張り、美味そうに咀嚼し始める。
「リオ君、人が物を食べるとき、何を基準にしてそれを決定してると思う?」
「は?」
「簡単なクイズだ、人々が食物を選ぶ時、最大の基準は何か?」
「悪いがリー、下らない話に付き合ってる暇は――」
「正解は、『どんな体を作りたいか』それが最大の理由付けとなる」
そう言って彼は背もたれに寄りかかり、俺へ向けていた視線を少し浮かす。
「つまり僕は魔物のような強い体を作りたくて、こうして魔物を食ってるのだよ」
さて、リオ君――そう言って彼は薄ら笑いを浮かべる。
「君はどんな思考を作りたくて、『ホンユ』の情報が食べたいのかな?」
こいつ……やはり何か知ってるな。
俺から何かを引き出そうとしてやがる。
「リオ君はもっとシンプルな情報ばかり食す人間だった。一体どういう風の吹き回しなのかな……とね?」
「ほっとけ、余計な詮索をするな」
リーは俺の牽制を鼻で笑うと、再びステーキを切り刻む作業に戻る。
「この肉と一緒でね、ホンユの情報はいささか希少なんだ。誰もが彼女の正体を知りたがり、そして誰もがそれを知らない」
「お前は知ってるのか、リー」
「君こそ。知ってるんじゃないかい?」
そう言って彼は、ヴェリアナに何かヒソヒソと囁きかける。
彼女は楽しそうにクスリと笑うと、私をジッと見つめる。
ヴェリアナ……こいつが、キスキンを……
「三週間程前まで、ホンユはある特殊な訓練に加わっていたの。攻城戦におけるギド連邦の切り札、精鋭部隊『スマイター』の訓練にね」
ヴェリアナが透き通った声で、唐突に情報を喋り始めた。
「スマイター? ホンユが選ばれたのか?」
俺は思わず尋ねる。
スマイター、その名はよく聞く。
ギド連邦最強の切り札、攻城戦でのエース分隊の名だ。
かつて一度、ミリーを打ち倒したという伝説もある。
「ヴラグとホンユのペアは、そのスマイターの分隊長候補だったらしいわ。まぁ成竜なんだし、当然と言えば当然の成り行きよね」
非常に高い戦闘能力と、その結束力を武器に、強引に相手をねじ伏せる分隊。
優秀な指揮官によって動かされるスマイター達は、時として台風の様に暴れまわり、観客を沸かせる。
「連邦の高官達は大いに沸き立っていた。成竜がスマイターの分隊長を務めるのは、そう伝説の第四期スマイター、カルシナ様の時以来だからね」
――あぁ、でも正確には「なりそこない」だったっけ?
ヴェリアナは嫌味っぽくそう付け足す、リーは大袈裟に笑う。
俺はそれに辟易しながら、質問を挟む。
「スマイターの訓練は全て極秘なんだろ? 良くそこまで知ってるな」
「普段だったら私も、この段階でこんなに情報持っていない」
「というと?」
「大きな事件があったの。ここから先は全て噂なんだけどね――」そう言ってヴェリアナは得意げに目を細める「――スマイターの訓練が中止になったらしい」
中止?
「は?」
中止だと?
「信じられないわよね?」
スマイターの訓練が中止? 前代未聞だ。
中止なんて、そんな前例は少なくともこの一世紀もの間、一度も無かった。
「現在訓練場は完全閉鎖。カルシナ様が直々に事態の収束に乗り出してるんだって」
「何があったんだ?」
「殺人があった、そう聞いてる」
「殺……人?」
「教官が一人殺されたとか」
俺の思考が完全に停止する。
殺人? 殺人だと!?
そんな馬鹿な……
「どうして? 何の為に? なぜそんな馬鹿な事を?」
「さぁね。相当惨い殺し方だったそうよ」
馬鹿な、馬鹿げてる。
この空の世界で、殺人なんて物はまず起きない。
何故ならミリー様がいるから。
ミリー様が、そういった悪しき事象を発生させるような因果は、全て断ち切ってしまうから。
有り得ない。
有り得ないんだ。
「噂はいろいろある。教官は生皮を剥がされてたとか、臓器をバラバラにされて瓶詰めにされてたとか、死体の一部が喰われてたとか……」
俺はいよいよ混乱する。
何故だ、何故そんな惨い事――
しかもヴェリアナの口ぶりからは、まだ解決してないように聞こえた。
何故解決されてない、そもそも何故そんな……
その時、俺の思考はけたたましい悲鳴と共に旧停止した。
答えが、恐ろしい答えが――
「どう思う、リオ君?」
リーが静かに私に尋ねる。
彼はゆっくりと、フォークに刺さった魔物の肉持ち上げた。
そう、魔物ならできる。
ミリーに察知される事なく、殺人を――
「なぁリオ君、君はどう思うんだい?」
リーが再び尋ねる。
俺は顔を上げる。
リーとヴェリアナが氷のように冷え切った瞳で、俺をじっと見つめていた。
「まるで魔物の仕業みたいだと思わないかい?」
それまでの胡散臭い陽気さの抜けた、突き刺すような口調。
動悸が激しくなる、嫌な汗が吹き出す、俺は何も答えられない。
「リオ君、君は何故ホンユの情報を求めたのかい?」
違う、アズラはそんな……
彼女は殺人なんて……
「君は何を知っているんだい?」
俺は席を立つ、そして逃げるように出口へ向かう。
「答えろリオ! お前ら財団領は何を逃がした?」