ss《リオとキスキン》
「何が聞きたいのですか?」
カルシナが言葉を発する。
同時に私の体毛が一斉に、ざわめきと共に逆立った。
カルシナ様。カルシナ・ヘムネス様、竜の中の竜の彼と……
緊張で目が回る、軽いパニックが押し寄せてくる。
だけど私の隣に座るリオは対照的で、静かにカルシナ様を睨んでいた。
「全部だ、お前達が企んでることを全部」
リオが斬りつけるような言葉を放った。
「ちょ、ちょっとリオ、そんな失礼駄目!」
私は思わず口を出すが、彼にそれを気にかける様子は無い。
「私がそんな邪な事をしてると?」
カルシナ様も、私の言葉を流す。
「違うのか?」
居ても立っていられない。
リオの無礼な発言の連続に、私は久しぶりにそんな気分になる。
姉さんに怒られた時以来だ……
私は身を竦ませながら、リオとカルシナ様の表情を交互に伺う。
一週間前、アズラが文字通り煙の様に消え、リオは逃走に関わったと疑われ財団領の連中に即座に拘束されてしまった。
そして今、この拘留室にカルシナ様が現れ、リオを厳しく尋問する筈だったのだけど……これじゃあ、あべこべだ。
「アズラ回収作戦については私は一切認知していなかった。あれは私の管理力の低さが招いた事件です」
すみません、本当にごめんなさい――カルシナ様はそう言って深々と頭を下げた。
リオは静かに目を瞑ると、そっと頭を振る。
「俺が聞きたいのはそれについてじゃない……アズラについてだ」
「赤毛の魔物ですね」
「いいや、魔物じゃない。彼女は人間だった、僅かな差異をもってはいたが」
真紅の体毛、褐色の太い角。
「答えろカルシナ、魔物とはなんだ? 俺たちは何と闘っているんだ?」
リオの問い掛け。
カルシナ様からの返答は無い。
「俺たちは『人殺し』をしていたのか?」
人殺し、その言葉に私は思わず体をビクつかせる。
「そ……そんなわけないですよねカルシナ様。そんなわけ……」
カルシナ様はリオを見つめたまま、何も答えない。
数瞬の間、私にとっては永遠のようなの間の後、カルシナ様はそっと息を吐いた。
「昔、遠い昔。瘴気と魔物の溢れる地上から、偉大なるミリー・ジオラルタ様が人々を救い上げた――」カルシナ様は言葉を噛みしめるように続ける「――そういう歴史になっています」
「嘘なのか?」
リオが身を乗り出す。
「嘘ではありません。でもそれが全てでもない」
「どういう意味だ」
「意図的に削った前日談があります」
前日談? そんなの私も知らない。
「呪い、貴方は人に刻まれた呪いを知っていますか?」
「――呪い?」
「この星が人に刻んだ呪いです。生存競争という魔力によって刻みこまれた呪い。我々竜はそれを『渇望』と呼んでいます」
渇望? なにそれ?
ひょっとしてこの話はヤバい話なんじゃ……私レベルの竜が聞いていいような話じゃ……
「渇望は人の、いや、この星で産まれた全ての生命の本質です。この星の全ての生命は、自ら種の繁栄と保全を渇望する。これは絶対の法則です」
「当然だろ」
リオが冷たく言い放つ。
「そう、当然です、だから人は道を誤った」
カルシナ様の瞳孔が縦に広がる。
竜の瞳だ。
「人は渇望の体現者、『機械の神』を産み出し、それによって自ら破滅しようとした」
「機械……」
「太古、ミリーがこの星に来るよりも遥か以前。この星は人と機械によって支配されていました」
そう言いながらカルシナ様は、指で地面を指し示す。
大地の世界、太古の国家。
「機械、それは人が生み出した強力な存在。星の命を削り、人々の渇望を満たす」
竜と対の存在とも言われている。
神聖と邪悪、従属と隷属、生命と傀儡。
カルシナ様は言葉を続ける。
「機械によって星は侵食され、全ての生命が壊死しようとしていた。でも人類はその運命を受け入れていた」
「受け入れていた? 何故機械を捨てない?」
「人々にはそれができなかった。渇望という呪いが、人の本質だから」
「そんな馬鹿な」
そんな馬鹿な話があるか――
リオが食って掛かる様に言うと、カルシナ様は目を伏せた。
「貴方に残酷な質問をします」
「なんだ」
「機械によって、セリカが命を取り戻すとしたら――」
――貴方はどうします?
リオの表情が、黒く塗りつぶされる。
混沌とした感情。
私は思わず目を逸らす。
見てられない
見たくない
泣いている
彼の心はまだ泣いているのに
「人は機械を捨てられなかった。星が崩壊するその日まで」
十分な沈黙の後、カルシナ様が再び語り出した。
「崩壊の日、大地から瘴気が噴き出した。それは地上の全ての生物に深刻なダメージを与え、多くは息絶えるか変質してしまいました」
リオはもう何も言わない。
表情を歪めたまま俯き、ただカルシナ様の言葉を聞き流していた。
「そしてその時ミリーがこの星に降り立ち、人々を救済しようとした。人々を空へと逃し、呪いを全て断とうとした」
そして、この空の世界が生まれた――全ての人々を救う世界、そうなる筈だった。
「だけどミリーを拒み、逆に牙を向けた人間達もいた」
機械を崇め、戦争を望み、星を喰らう人間。
「それが……魔物の正体……」
「人の本質は渇望、地上の魔物こそが人の本来の姿、だからこそミリーは地上を忌み嫌う。人々は機械に触れてしまえば、再び渇望に取り憑かれてしまうから」
貴方の心が、今さっき揺れ動いた様に。
カルシナ様はそう付け加えた。
「最後にもう一つ教えてくれカルシナ」
「何ですか?」
「何故お前は、地上を調べている。ミリーを欺いてまで」
「私は娘のロナを探してます。彼女の遺骨だけでも、空に戻してあげたいから」
「リオ、大丈夫?」
カルシナが居なくなって暫く経った後、それまで黙っていたキスキンが口を開いた。
心配してる時のクセで、ひょこひょこと耳を廻してる。
「あんま大丈夫じゃない」
俺はそう言うと、軽く息を吐き出す。
自分で思ったよりも弱々しい溜息が溢れ、思わず苦笑する。
「悪いなキスキン、なんか最近心配ばかりかけてるな」
「いいわよ別に、私が貴方のパートナーなんだから」
そう言ってキスキンは得意げに胸を張る。
ありがとな――俺はそう言ってイスの背もたれにより掛かる。
天井の蛍光がちらちらと明滅していた。
ロナ、聞いたことの無い名だ。
カルシナに娘なんていたのか。
まったく聞いたこともなかった。
「地上……魔物は……人間」
――俺は。
幾つもの思考が、脳内に浮かんでは消え、そしてまた浮かび上がる。
「カルシナは……財団領の奴らは、アズラを捕まえるよな」
俺は独り言の様に呟く。
「どうかな。もう彼女は『ホンユ』として、ヴラグのパートナーってことで有名になっちゃったから、知らぬ存ぜぬで通した方が無難かもよ」
キスキンはそう返すと、俺の瞳を覗き込む。
「心配なの? 彼女の事が」
「いや、むしろ……」
心配というより、そう言って俺は言葉がつっかえる。
ロナ、魔物、カルシナ、機械、ミリー
ひょっとして、これら全ての中心に彼女は今……
「ちょっとは休みなよリオ、尻尾でさわさわしてあげようか?」
「いいよ、よせ」