ss《ホンユとアズラ》
「あーッ、もうアンタ達は何時まで私を閉じ込めてとくつもりなのよ!」
アズラを名乗るその女性はバンバンとテーブルを叩き、俺にやつあたりをする。
俺はため息を吐き出し、読んでいた新聞を畳む。
「さっきから何度も言ってるだろ、事態が沈静化するまでだよ」
「だからそれが何時なのよ!」
「さぁな、相当長引く事だけは確かだ」
何せ竜が一匹落とされ、人が一人死んだのだ。
「もーっ!! だから私は次の十五夜まで待てっていったじゃん。今は危険だから決行すべきじゃないって散々メッセージ送ったよね?」
彼女は駄々を捏ねる子供の様に不満をぶち撒ける。
「上で色々あったんだよ」
社長と懇意にしていた貿易庁高官の更迭。監査官の連中とグルになって偽装通行証で商売を始めたその高官は、下らない痴話喧嘩がきっかけで司直にあっさり捕まりミリーの前にしょっ引かれると判決がでるや否や、減刑を求めて俺達の社長が二十年かけて築き上げた地上への密入ルートを暴露しやがった。
あの高官が、あのド腐れ野朗がセリカを………
ふと視線を感じて、俺は思考を中断する。
アズラが、それまで不平不満を喚き続けてた彼女が、妙に神妙な面持ちで俺を視ていた。
なんだ?
「あの……ひょっとして……」彼女は申し訳なさそうに言葉を絞り出す「……貴方の……」
あぁ、俺今表情出ちまってたか。
「そうだよ、地上の魔物が放った『ヒートシーカー』を避けきれなかった彼女は、俺の後輩だよ」
彼女、セリカとはそれ以上の関係だったが、まぁ話す必要性は無い。
司直の連中がウチ乗り込んできて、社長がしょっ引かれたあの日。俺は真相を知るや否やあの高官がいる留置所に乗り込み、野朗を殴り殺そうとしていた。
駆けつけたカルシナ様に俺は竜ごと組み伏せられ、怒りのあまり奥歯を噛み砕き呪詛を喚き散らす俺へ、下卑た笑みを向けた高官の頭をミリー様が吹き飛ばした頃、セリカはアズラという名の大地の科学者の回収作戦を、焦った経営陣達によって強行させられていた。
俺がもしあの時で我を失わず、高官殴りなんかに行っていなければ、回収作戦には俺も参加できていたはずだ。
ひょっとしたら、セリカは死なずに済んだかもしれないんだ。
「……ごめんなさい、私…その」
「別に気にしなくていいぞ。さっきお前自身が言ったとおり、お前は作戦の危険性を最後まで主張し続けた。お前に落ち度は無いよ」
この会話は、もうこれで終わりにしたい。そういう意思表示を込めて俺は新聞を再び手に取る。
しばらくの沈黙。
まいったな、この科学者さんには知られたくなかった。
妙な罪悪感を背負わせたくなかったのに……
ぼんやりとそんな事を考えながら紙面に目を滑らせていると、いきなりアズラが立ち上がった。
「どうした?」
アズラは俺の質問に答えず、それまでずっと背負っていたリュックサックから、奇妙な材質のコートを取り出した。
「おいアズラ、お前何を――」
「貴方の名前を教えてください」
「は?」
「名前です」
彼女はそのコートを手早く羽織るとフードを頭にかけて、中の紐を角に結いて固定し始める。
「リオだ、リオ・ウィンダム」
「リオ・ウィンダムさんですね、覚えました」
フードの固定を終えると、次はリュックの中から仮面を取り出す。
白地に黒い点が複数打たれただけの、これまた奇妙な仮面だ。
「リオさん、貴方の事は忘れません。いずれこの恩、いや贖罪、いや……とにか何かを絶対にします」
仮面が装着される、彼女の表情は完全に隠れた。
「おい、アズラお前さっきから何を……」
「また会いに来ますよリオさん、またね」
「は?」
彼女は俺の方を向くと、その場で深々と頭を下げる。
「私はもうここを出ます、最初からその予定でした」
次の瞬間、彼女の姿が消えた。
忽然と、一瞬にして。
「は?」