徐々に、次第に、ゆっくりと
宇宙人が日本を侵略したら、いつまでもビームが放たれたり、ビルが崩壊したり、群衆が逃げ惑い・・にはならないと思います。
巧妙に人心に忍び込む、宇宙人の深慮遠謀の方が怖いと思います。
2-5
「ちーす。」
いつものように文化部長屋の新聞部室のドアを開ける。が、いつもと違うのは構成メンバー。
「あれ、お菊人形はどうした?」
他のメンバーは定位置に座って、いつも通り…じゃない。それぞれが大きめの紙を広げている。村上さんですら、今日は教科書や参考書を机上に出していない。
「瞬クン、お菊人形はひどいわよ。一度言おうと思っていたけど…」
「まぁ、長いつきあいですし。それに僕が彼女にどれだけ虐げられているか深江さんも知っているでしょう。」
宿題のレポート写しや掃除当番の代行なんか空気のように感じているはずだ。
「まぁ、つきあっているんだから、それくらいはねぇ」
「つきあっていません。」
だから僕は常に石尾さん、と呼ぶことにしている。向こうが僕をどう呼ぶかは自由だが。
「はたから見ていると、うらやましい関係なんだがな。」
そういう鍵野は村上さんが好みらしい。僕のようにこき使われたい、と聞いたことがある。ちなみに内本の女性の嗜好は謎である。アマゾネスの女戦士なんかどうだろうか。
「で、その石尾さんがいないのは何故なのか。緊急集合をかけたのはアイツだろ。」
その疑問には、自分の大きめの紙に何かを書き込みながら、こちらに目も向けずに村上さんが回答してくれた。
「運動部員全員、緊急集会で体育館に集められたでしょ。その昼の放送を聞いた途端『ネタの臭いがプンプンする』って、猟犬の目になってたから、今頃は体育館でしょう。」
「なんか重大な連絡らしくて『全員必ず』を連呼していたわね。」
ん、内本は手元の紙から一時も目も離さない。鍵野や深江さんも返事をした後はすぐに紙に集中している。
質問に答える余裕がありそうな人に尋ねてみよう。
「村上さん、その紙は何ですか。」
無言で、新しい一枚を手渡される。ん、これは有名なゲームソフト『信長の無謀』の諸国マップではないか。戦国武将一覧と、各国の財政状況、軍事力、初期の配下武将等々。でも、パソコン版オンラインのデータってこんなに詳しいのか。これは手強そうだ。
「俊くん、たぶん勘違いしている。これはデッド・ストームの次のステージよ。」
「え、でもグラフィックとかシステムは『信長の無謀』そのままじゃないですか。」
「うん。ゴーエーというゲーム界では有数の企業も、デッドストームの運営会社に吸収されたそうよ。」
栄枯盛衰は世の習い。ゲーム業界やアニメの製作会社は分裂合体巨大化分裂が宿命とは言え…南無。
「授業態度を犠牲にするという瞬クンの献身的な行動により、我ら風春新聞部一同は戦国期にまで進むことが出来た。くわえて、各自の銀行にはそれなりの金額が蓄えられている。」
一番時間を費やしている僕の銀行には八〇億ゴールト近く貯まっている。他のメンバーを合わせると200億近いはずだ。しかし、この仮想マネーを電子マネーに変える方法はまだわからない。今日までにゲーム内でそれなりの強者に出会ってきたが、みな『いつか、わかるから』としか教えてくれない。それ自体がイベントの可能性もあるので守秘義務でもあるのかと勘ぐっているのだが。
「ここまで進めたのは、村上さんの助言も大きいですよ。僕や鍵野は一応ゲーマーだから勝てばいいとしか考えてなかった。」
「そうそう、ボロボロになっても勝利条件をクリアすればその面は終了と思っていたもんな。」
多大な犠牲を払って羅生門のオニを調伏したり、兵士全てを犠牲にして義経を討ち果たしたとき、功績ポイントは少なかった。鍵野&内本コンビに貯金が少ないのは先行実験してもらったからだ。その結果をもとに、村上女史が仮説を立てた。
「瞬クン、極力味方の犠牲を少なくして、勝利条件が達成できたらどうなるかな。」
遠くからマップ攻撃を重ね、敵が籠城するように仕向け、兵糧攻めを主体とするなど、多少は時間がかかっても部下(PC制御の名もないキャラたちである)を殺さない戦法を優先的に採用して戦いを続けた。 その結果、功績ポイントは圧倒的であった。村上&深江組が僕の戦法をそのまま真似したところ、やはり功績ポイントは莫大な数字が出た。
「この戦国時代ステージからは、共同作戦がとれる。この新聞部チームで、なるべく損害を出さずに魔王信長を倒すにはどこから始めればよいか、検討している。俺としては武田か上杉か今川がよいのだが。」
仮想世界ではマッチョ極まりない内本ならそうだろう。だがその辺りは小競り合いも多く、部下の損耗は年がら年中限りないと思うぞ。
「村上さん、これまでのゲームの過程で知り合ったプレイヤーにも共同戦線頼むってのはどう?」
「あ、それは気づかなかった。こちらの意を汲んで同じ歩調をとってくれそうな心当たりはいるの。」
新しい検討要素が加わったことで、自分の国決定はさらに時間がかかりそうだった。二人ほどにメールを送って見たが、一人は大学生で夜まで加われない。もう一人は社会人なのか返信もなかった。
「ふふふふふうふふふふっふうふふふ。」
ドアを蹴り開ける前から不気味な声が聞こえてきた。その瞬間、鍵野がドアを引き、開けてやる。見事に空を蹴りバランスを崩すお菊人形。
「なによーーー。気合いが入らないじゃない。」
「ドアを直す手間が馬鹿らしい。特に今はデッド・ストームにかかりきりだ。お前が言い出したことだろう。」
その返事に納得したのか、ふくれ面ではあるが素直に定位置に座り込む。が口は止まらない。
「大ニュースよ。大ネタよー。日本中の学校で大混乱が始まるわ~。」
うれしそうだ。ネタをつかんだのがうれしいのか、大混乱がうれしいのか、どっちだ。
「宇宙人が侵略したっていうのに、何も変化がないのおかしいと思ってたんだー。来たよ来たよ。ついに侵略が始まったワー。」
「マニャ、落ち着いて。ウチの高校の運動部ってたいしたことないでしょ。そんな弱小高校運動部に何が起こるって言うのよ。」
おお、さすが冷静な突っ込みは村上さん。
「ううん。新聞の号外を出す価値はあるわ。至急印刷準備よ。」
「だから、何がすごいのか、大ネタなのか、説明をしろ。」
「うん、聞いて驚け!あのね、日本じゃなくて~銀河日本、は今後オリンピックやワールドカップ、世界陸上や世界水泳に一切参加しないんだって。オリンピックの会場も返上って決まったって。」
「ええええええ、男の肉体の熱い戦いが見られなくなるのか。」
内本はもしかしたらホ○成分も持ち合わせているかもしれない、と記憶にメモ。
「うん。だからインターハイやインターカレッジ、国体なんかもなくなるんだって。」
それは運動部にとっては大きな事件だ。宇宙人が日本を侵略しても、日常生活はほとんど変わらなかった。今回のそのお達しが事実なら、相当な反対が出るんじゃないのか。
「でもね、運動部をなくすわけじゃないんだって・・・・・」
マニャがにんまりと周囲を見渡す。猫がネズミをいたぶる表情ってこういう感じだろうか。期待を持たせ、自分に注目が存分に集まる至福の瞬間を、しかし、深江さんがぶち壊した。お見事。
「あーネットに出てるよ。マニャの言うとおりだ。」
本気で椅子からズリ落ちて後頭部を座面にぶち当てる。あれは痛い。
「なになに、『これまでのスポーツの特性を生かした、運動訓練は今後も継続してもらいたい。その能力の高さを基準に、進学や就職の際にかなりの優遇措置を取り入れる。勉強が苦手な者や運動が得意な者は、運動分野での能力を高く評価する社会体制を作り出すので、明日からも部活動に身を入れて心身を鍛えてもらいたい。その成果を比べ合う国内での試合や大会は現在計画中である。』だってさ。」
深江さんの携帯端末が掬い上げた情報は、とっくに広まっていることであろう。そして夕方か夜のニュースの目玉になるだろう。運動部の連中にとって、喜ばしい情報じゃないのか?
「ああああああああ、ネタが、大ネタがあああああああ・・・・」
「ということは、号外は無用ね。コッチの作業を継続しましょう。」
再度、一五〇〇年代の日本地図に目を落とす。しかし、何かがひっかかる。それが気になって、集中できない。運動部は宇宙人が・・・じゃあ頭脳派や、僕たちみたいな特徴のない一般ピープルは…?
「このゲーム、宇宙人の仕掛けってことないよね。」
村上さんの一言が、僕のハートを貫いた。無論、恋に落ちたわけではない。、
2-6
「ここが、モデル・グラフエックスの編集部ですか。思っていたより小さくて汚いですね。あちらの人は熟睡してますねー。」
こんな無礼なこと言われても、怒るわけにはいかない。今、私たちの目の前にいるのは日本を侵略した宇宙人だ。どう見ても地球の材質ではない白銀の衣服に包まれ、数人は武器と思われる武装を腰や太ももに吊している。(ああ、武器をあそこに設置するのは宇宙人でも一緒なのか、とどうでも良いことも思う。)いや 何よりも、今の無礼な発言の主は、数ヶ月前、あの演説を行った当人そのものである。
「編集長さんですね。お忙しいのにすみません。」
「いえいえ、宇宙人の最高司令官がこんな所にお出でになるなんて、てっきり悪戯電話と思っていました。」
「はい、それで小型UFOを使って窓から入らせてもらいました。信用したでしょ。」
「いや、びっくりしました。」
私の周囲の数人も素直に笑った。向こうから指名された三人だ。このメンバーを宇宙人に紹介しなくては。
「こちらがご指名のあったメンバーです。本誌に欠かせない、デザイナーのまさのあさひこさん。」
一人が立ち上がり、ぺこりと頭を下げた。宇宙人の司令官も頭を下げる。(握手しないんだな、とまた思う。)
彼は癖のある顔つきであるが、当人に実力が無くて出せない表情でもある。本誌の様々な企画に不可欠の人物。口もだすけど、手も出すし、膨大な時間も費やしてくれる最高の逸材である。
「それと、西海村原七さんとBEE熊村さん、このコンビを呼ぶと言うことは…。宇宙メカでしょうか。」
二人とも凄腕のモデラーであるが、本誌ではリアルな(無茶な)デザイン設定とその完璧な立体化で毎度周囲の度肝を抜くコンビである。どちらかはコンビ解消したがっているかもしれないが・・。
「はい、いつも楽しんで読ませて、いや見せてもらっています。どうぞお座り下さい。」
宇宙人がウチの雑誌を読んでいるだって???
「老舗のボーイ・ジャパンや雷撃ホビーは読まなくなってしまったのですが、モデル・グラフエックスだけはまだ定期購読していますよ。まぁ全然興味のない巻頭特集も多いですが。」
この人は本当に宇宙人なのだろうか。白銀の服装と、特殊な眼鏡がなければ、一人のファンが編集部に入ってきたとしか思えない。(ファンが来たときの会話内容も似たようなものだ。)唖然としてたら、彼の表情が変わった。宇宙人の顔色が読めるのも不思議と言えば不思議だが。
「すみませんが、時間がないので用件に入ります。」
「あ、はい。そりゃ忙しいですよね。」
日本を侵略したということは、外国相手の交渉もしないといけないだろう。編集長の私でさえ、投げ出したくなるほど渉外があるのだ。
「はい、このあと京映さんにも行きます。ニチアサの特撮番組について依頼するのです。」
「え、闘隊シリーズや覆面ライダーですか。」
「はい、ちょっと無茶なお願いを。でも脚本家やスーアクさんに会えるのが楽しみなんですが。」
まったくわからない。この人は何をするつもりなのか。そしてウチには何をしに来たのか。
「それでは説明します。我が宇宙軍、いやこれからは日本の自衛隊等も含めて銀河宇宙軍となりますが、その銀河宇宙軍の主力兵器、装甲戦闘服の標準デザインをお願いしたいのです。」
私を含めて、四人とも理解が出来ない。
「えーと、装甲戦闘服というのは、宇宙服が少し太ったようなデザインです。もう少しカッコ良いですが。その戦闘服は、表面にホログラムを映写することが可能です。部隊ごとの色替えや、部隊マークを簡単に表示できるわけです。」
原七が手を挙げる。どうぞ、と司令。
「もしかしたら、痛車みたいなことも出来るんですか。」
「正解、その発想さすがです。装甲戦闘服はスーツと呼んでいるので、それをしちゃうと痛スーツになりますね。」
話している内容は理解できるが、私には素直に信じることが出来ない。相手は宇宙人だぞ。これではモデラーの居酒屋談義じゃないか。
「表面にペタリと貼り付けるだけでなく、肩をせり出したり、背中にとげとげを付けたりも立体映像で可能です。全身まっピンクでツノつきに改造も一瞬で完成します。」
こちらの四人と司令官どのは微笑んだが、おつきの宇宙人たちは不思議そうな顔だ。
「で、お三方にお願いしたいのは、細身の主力スーツと援護型の重武装スーツの基本デザイン=通常時の形や色遣いを考えてほしいのです。地球人が信頼し、期待が持てるような斬新なデザインをお願いします。」
沈黙が始まった。頭の中でいくつものアニメの主役ロボットが渦巻いていることだろう。
「戦闘時は、その状況に合わせて色も形も変えるのですが、平時には綺麗であってほしいと思いまして。デザインと言っても装甲の外に映し出すわけですから、干渉し合うようなパーツがあっても支障はありません。ただし、そのロボット…といっても2m程度ですが、そのスーツを主人公にしたアニメや特撮を放映してもらう予定です。」
急に商売の話になった。こちらの専門分野だ。三人も顔つきが変わる。趣味の話し合いでなく、仕事の話の大人の顔だ。
「製作委員会にはこの編集部も入ってもらいますし、お三方にはデザイン料以外にそのスーツのおもちゃやプラモデルが発売後、売れた数に合わせて印税形式で支払う予定です。宇宙人は太っ腹ですよ~。」
三人の頭はもう高速回転を始めている。
「ある程度は、動きのつくデザインか…。」
「2mならマシーナン・クリーガンのイメージかな。」
「あー泥臭いのはちょっと好みではありません。ほら、この服ピカピカしているでしょ。宇宙人側はこういうのが好きみたいなんです。」
「わっかりました。三人でいくつかたたき台のデザインを至急上げてみます。」
リーダー格のまさのあさひこが断言した。こうなると編集部や編集長の意見なんて入る余地がない。
「感謝します。人が直接着るスーツは基本二種類ですが、一人乗りの飛行機や戦車もあります。それとヴァルキーのように飛行機から人型に変形するロボットもあるんです。そちらの外装デザインも間に合うならば、こちらのみなさんにお願いしたいと思っています。」
私は後ろに控えていた別の宇宙人と具体的な金銭や次の打ち合わせのの交渉に入ることになった。三人へのギャラ以外にも本誌には信じられないくらいの広告費を入れてくれることになり、営業部は歓喜の涙を流した。
その間、地球人と宇宙人の四人は「模型博物館」の設置などというこれまた予想外の話をしていたが、そちらは本誌編集部とは関係がない。宇宙人の全面協力による、宇宙兵器のデザインという巨大なネタをどのように打ち出していくか、私の頭も高速で回転を始めていた。
宇宙人の日本侵略は少しずつ深まっていく・・・
少しずつしか進まない、しかも方向性の全く見えない物語におつきあいいただいて、感謝の念が絶えません。最後まで読んでいただき、ほんとうにありがとうございます。