ケフェウス座の戦い②
宇宙での戦いは、絶対零度の中で、熱く熱く繰り広げられます。絶対零度の中で冷静な者だけが勝利を得るのです。
4-1-② ケフェウス座の戦い②
「アミーラ姫、出させていただきます。」
虎族全艦隊総旗艦「ネムル・アミーラ」の隣の艦隊が突出していく。全ての艦艇が白く塗装された、「白虎族」の艦隊である。それを見るやいなや、反対側の「金虎族」艦隊も巡航速度から戦闘速度に船足を変化させた。いやタイミングからするとこの二艦隊は、同時に先行を独断したとしか思えない。
「金虎に白虎、戻れ。近衛隊としての責務を果たされたし。」
参謀群の誰か一人が命じたのであろう、通信担当の一人が声を限りと呼びかけるが、どちらの艦隊も止まる様子は微塵も見られない。
「よい。あの二人に『我慢して見て居ろ』など、私が直接申しても素直に聞くまい。すでに血がたぎっているのであろう。」
何本の軍配を引きちぎったか、数え切れない虎姫が溜息をつく。全虎族きっての荒ぶる若武者『白虎』と先々代から仕え、最年長に近いはずであるのに老いてなお盛んな老将軍『金虎』。虎姫様の命令すら破るが、もっとも信頼する二人でもある。
『白虎』艦隊の戦術は基本に一見忠実である。最前線の戦艦が一撃を加え、第二陣がそれを継続する。第一陣は適度なところで後衛と入れ替わり、第二陣が最前線のとして砲撃を続け…とローテーションを崩さずに少しずつ敵の表面を削り取っていく。しかし、将軍「ノモゥダベト」の艦隊旗艦を含む本陣が最前線に立った瞬間、戦法は急変する。全艦船が最前線に進む。つまり艦隊の全てによる完全包囲で一点を集中砲撃するのである。そして開いた一穴に全艦船が我先に突入し、その穴を一気に広げ、敵の中枢艦を沈めてしまう。最後は単純きわまりない、がむしゃらな攻撃としか思えないのであるが、一騎当千の艦艇集団がそれを行えばどれほどの破壊力であるか。
その『白虎』艦隊の攻撃を防ぎきれる、もしくは同等の破壊力を持つと評価されているのは老将軍「サーナダベト」の『金虎』艦隊である。一艦一艦が数隻の敵艦と渡り合う操船と戦闘の技術を兼ね備え、最も弱い部位を見つけ、そこに攻撃を集中する。援護艦隊が現れれば、次の弱点を見つけ出し、千変万化の戦術変更で確実に敵の傷を増やしていく。一つ一つの傷は小さくとも、出血多量で敵艦隊は滅びていく、と表現されるいたぶるような戦い方は「まさに虎族」と虎族以外から恐怖される存在である。
その二艦隊が、最前線に到着した。均衡状態にあった虎族の艦隊は歓喜し、通信兵は援護艦隊の到着の喜びを全周波で艦船と出撃中の艦載機に通信をした。
しかし、高級将校「上将軍」専用の通信波では、
「この若造、後ろで控えておれ。姫様をお守りするのがそなたの役割であろう。」
「お年寄りの心臓に戦場は良ろしくないでござる。遠く離れて参観なされるがよかろう。」
「若者に手本を見せてやろうという親心は、最近のバカ者には通じぬのかな。」
「その教育の成果を、本番でお見せしようと思いまジジィてござる。」
「ぬう、ぬぬぬぬ!」
「くぅ、くくくく!」
互いに、じんわりと悪口をおりまぜた心温まらない会話の進む間に、両艦隊は敵の最前衛の左右艦隊を壊滅させている。両艦隊とも、司令官の指示など全く無用で「虎族の両牙」に相応しい素早い戦果である。が……局面は急展開する。
“敵”の戦術はいかなる場面でも変わりない。艦隊は「巣」にすぎない。底から出撃される艦載機“スズメバチ”や“クマバチ”の破壊力は艦隊戦以上に恐怖である。宇宙戦艦の装甲を食い破り、艦内で暴れ続け、自爆する。艦橋や砲塔に数十匹が群がり、何百本もの針を打ち込む。「虎族の両牙」に対しても、その戦法は変わらず、そして確実に艦船を屠っていった。
「金虎どの、そちらは如何でござるかな。」
「ハチが鬱陶しいわい。若虎が可愛く思える程じゃ。」
最終局面が近づき、「巣」から全てのハチが出撃したと偵察艦隊からの報告が虎姫に届く。彼女は最後の決断をするほかなかった。
「くやしいが、あの戦法を使う。準備せい。」
「承知いたしました。」
総旗艦「ネムル・アミーラ」のすぐ背後に控えていた、補給艦隊が戦闘速度で移動を開始する。自艦隊から見て、右の上方向に向けて。それに気づいたハチたちは戦闘を放棄し、一斉にそちらへと転進する。いや、ネスト艦隊も虎族艦隊が出撃させた補給艦隊へと向かっていくようである。
「“敵”は尻と腹しか見せておらん、全艦隊、全砲門を開き、最高出力で砲撃開始。魚雷も全て撃ち放て。一艦、一匹たりとも、この宇宙に残す出ないぞ。ぅてーーー。」
虎族全艦隊の砲撃が始まった。補給艦隊の各艦に群がっていたハチはその砲撃で蒸発するか、戦艦の爆発に巻き込まれていった。反撃をしようとすらしない。ハチどもは補給艦の内側の物資に夢中で、それを体内に取り入れることが最上位命令なのである。
それぞれの補給艦には、“敵”がこの宇宙で集める二つの物質が満載してあった。この宇宙における最も安定した金属、「純金」。そして有機物である、「家畜」が満載してある。虎族にとって、肉食は常であるので「家畜」はいくらでも放出できるが、「純金」はやはり重要である。温度変化や化学変化に最も強い純金は機械構造体の各部で使用される。“敵”が純金を収集するのもそれが理由と思われている。その「純金」や「有機物」をどのように察知するのか不明であるが、ハチどもの前にそれらを投げ出すと、敵は戦闘を放棄し、物資の収奪を開始する。
「補給艦隊、自爆開始。ハチの98%を殲滅できると推定。」
情報官の報告のすぐあと、各艦のスクリーンには爆発の連続が映し出される。無人艦であるとは言え、腹立たしい光景である。その怒りは、武器を失った敵の「巣」艦隊に向けられる。
「やってしまえーーー」
「全機、発進、」
「魚雷、撃ち尽くせー」
自艦隊の様子を見、その声を聞いた、虎姫はもう十分、とシートに腰を下ろした。従兵が彼女の好む飲み物を捧げる。グラスの全てを飲み干し、彼女はやっと一息をついたが、悔しさは隠せなかった。
「龍族あずかりのサルの戦法を、この私も使うとは…屈辱よのぅ。」
(現在、銀河宇宙軍の全ての艦隊が、万一の際の準備として使用している作戦でございます。そう、お気にされることはないと思います。)
虎姫の独り言と思われたが、彼女の影の中から返答があった。虎姫は驚くことや、振り返ることもなくもなく言葉を続けた。
「そのサルは猫族の欲ぼけ娘と同行していると聞く。少し様子を見てきてはもらえないか…。頼むぞ。」
「承知いたしました。」
虎姫の影はその濃さを少しだけ薄くした。何かが立ち去ったはずであるが、戦闘艦橋の誰一人気づかない。虎姫の左右で、次の飲み物と軽食を用意している従兵も、金属ゴミ箱を持つ従兵も全く気づかなかった。
(虎族最高の諜報兵、フー・スー。彼女ならばシヴァイの秘密に迫れるはず。いや、ヤツ自身ををさらって来ることも十分ありえるか。楽しみだな。)
虎姫様の機嫌が急に良くなり、微笑みを浮かべた理由を、戦闘艦橋の誰一人想像できる者は居なかった。
一つの戦闘が終わった。しかし、その瞬間、銀河の違う場所に“敵”が現れたことに気づいた者はまだいない。
今回もお読みいただいた方、ありがとうございます。貴重なお時間を使っていただき、本当にうれしく思っています。
インフルエンザが流行しているそうですので、皆さんご用心下さい。
それと立体物も、もう少しで完成です。あとしばらくお待ち下さい。




