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268  時間を早めて

銀河宇宙人類と異次元からの侵入者“敵”の戦いは続く はずであるが。

268  時間を早めて


 宇宙空間は完全な「無」ではない。

 かつては恒星だった巨大な岩塊、惑星であった破片、衛星由来の石、さらに細かな砂粒。

 いや、もっと目にも見えない大きさの分子、物質、粒子・・・が宇宙空間には濃密に漂っている。

 星も生き物も透過してしまう宇宙線がきらめき、磁力線や小さな力、重力波はどこからともなく出現し、何処かに消えていく。

宇宙は静かではない。知覚できる存在にとっては、であるが、宇宙は常に雑踏に満ちている。

 音が広がり、光がきらめき、かけらが飛び交う、刹那たりとも何もかもが何処にもとどまらない、それが宇宙なのだろう。

 静止することなく、広がり続け、伸び続け、膨張することが宇宙の真理なのかもしれない。


 その静かで騒がしい宇宙を切り裂く集団が現れる。


『反乱軍、位置を確認。【猫族】よりの通信通り、密集隊型…ほぼ球形陣にて等速移動を継続しています』

 旗艦“リュトゥガ”の情報官が叫ぶ。

 戦闘艦橋の正面大画面に詳細な映像が映し出される。

 “妖精”通信によって、担当者の提示した反乱軍の情報は旗艦“リュトゥガ”の戦闘艦橋だけでなく、艦内どころか艦隊全艦にくまなく届いている。情報官が声を上げたのは自身の「無意識」「意識的」を区別をするためにすぎない。

 そして情報は映像だけではない。可能な限りの「音」そして「匂い」の情報も伝わっている。【龍族】艦隊の中には【犬神】や【猫族】出身の者も少なからず居るからである。

 戦闘艦橋のほぼ全員が、これも無意識に艦隊司令の方に顔を向ける。

 だが、艦隊司令席の前に位置する艦長だけは前を向いたまま身じろぎもしなかった。

 その艦長の様子に恥じ入ったのか、ほとんどの者はそれぞれの座席の正面に向き直る。が、幾人かは艦隊司令の顔から目が離せない。

 【龍族】の全員が不安を抱いている。

 【龍族】宇宙艦隊総司令・リュトゥーは彼らの不安を少しでも薄めねば、と考え立ち上がる。

 リュトゥーの意識を受けた“妖精”赤龍が全艦・全将兵へリュトゥーの言葉を通達する。

 『リュトゥーである。【龍族】遠征艦隊全ての者に告げる。我が【龍族】艦隊は、反乱軍を追尾し、確認した。これより【猫族】の攻撃開始と同時に我らは総攻撃を開始する。』

 【龍族】艦隊旗艦“リュトゥガ”の主翼が大きく広がる。

 上下左右の近衛艦、いや戦列艦、巡洋艦、駆逐艦、全てが主翼を最大限に展張する。

 【龍族】戦艦の主翼は戦闘時推進部と種々の砲座から構成されている。

 全艦最大戦速、全攻撃態勢である。

 その【龍族】艦隊、戦闘準備の報が伝わった【猫族】偵察艦隊は慌てることなく次の行動へと遷る。

 反乱軍の球形陣を追いかける三族艦隊。その中でも情報収集を主任務とする【猫族】艦隊は索敵のために広大な半包囲陣形をとっている。

 【猫族】艦隊の端に位置する偵察艦隊が、反乱軍艦隊を捉えたため、【猫族】主力艦隊は【龍族】艦隊の距離よりも攻撃開始が遅れることになる。火力に劣る【猫族】が単艦ずつで攻め込んでも戦力としては乏しいゆえである。

『反乱軍、亜光速から戦闘速度に落とします。・・・【猫族】艦隊、発砲!』

 それでも【猫族】の外縁艦数隻が戦端を開く。1つの戦いの火蓋を切ることは武人の誉れであり、この場に居る将兵はみな各種属の未来も担っているのだ。銀河宇宙人類全体に【猫族】の価値を高めずしては、戦士として生きられない。

 【猫族】高速巡洋艦からビームが伸びていく。

 この世界では、超高熱化した金属質粒子を高速で射出することを“ビーム”と定義している。

 射程距離を外れれば、ビームを構成する粒子は拡散してただの冷え切った金属粉でしかなくなる。

 まだ、この距離では【猫族】艦艇では致命打を与えられるはずはない。

 それでも砲撃を続ける【猫族】偵察艦隊とその場に駆けつける近くの戦艦へと指令が届く。

『【猫族】艦隊は次の仕事があるのナー。各艦、分艦隊ごとに集結し、各艦隊司令の次の指示に従うのナー』

 【猫族】宇宙艦隊司令シロサン・エルビーの理性的な情報が“妖精”通信で広がる。

 攻撃を開始した偵察艦は回頭し、指定された位置座標へと最速で向かう。

 【猫族】偵察艦の攻撃は無駄ではない。亜光速で巡航機動を行っていた反乱軍艦隊が速度を落とす。

 艦隊位置を正確に知られたことにより、背後をとられる危険が生じたのだ。

 広大な宇宙空間であっても、その戦闘は背後の取り合いである。相手が意識しない方角からの攻撃は基本である。

 さらには、宇宙戦艦の内部は有限なのだ。戦闘は数週間、数ヶ月に及ぶこともある。

 最後は推進剤と武器弾薬量の削り合いとなる。数十分、数時間でしかないゲームやシュミレーターとは異なり、ほんの数分の戦闘機動によって、最終局面で推進剤が枯渇する状況もあり得る。

 相手を先に見つけ、その動きを知ることが出来れば、推進剤の浪費を押さえられる。

 前の【龍族】宇宙軍総司令は、「戦闘前はケチん坊に、戦闘中はお大尽に、なりなさい」とつぶやいたものだった。

 【龍族】は【猫族】や【犬神】とは異なり、外部情報は視覚で認知することが基本である。

 将兵は自分の目の前に空間画面が次々に開いていき、最新情報を最速で得られる・・・と将兵は認識をしているが。

 実際には“妖精”により情報は逐次脳内へ直接転送されている。

 自分の前・左右・上下に幾つもの画面が開き、刻一刻と情報を映し出しているような「気がする」が、全て脳内の情報受け渡し過程のイメージに過ぎない。“はたらく生体電流”が脳内を駆け巡る、その速度を早め、追加情報を付帯させるのが“妖精”の力。

 偵察機や索敵艦の探知機器から送られた情報は艦隊の将兵全てへ、ほぼ同時に転送されて一人一人が「戦術・戦闘支援装置=“妖精”」の能力を駆使して、各自の最善の戦闘行動を行う。

 【猫族】は反乱軍に一撃を加えた。「お前ら、見つけた」とネコに相応しいネコパンチで。

 次は【龍族】の番。と、【龍族】出撃艦隊の誰もが思った。

 【龍族】各艦の戦闘情報担当は目・視覚情報によって得た情報を精査する。そして知覚とほぼ同時に攻撃開始を意識する。

 全【龍族】艦は各艦の正面に重力制御防盾を最大に展開する。

 跳躍航行直前の光速巡航時に、デブリや宇宙線は弾き飛ばす、重力制御の盾=通称、反重力シールドを最大・最厚に拡げる。

 同時に【龍族】最強のビーム砲=通称、火炎砲もいつでも発射可能に準備して戦闘速度で宇宙を突き進む。



【猫族】艦隊の外部情報認知手段は「触れる」である。

 偵察艦隊だけではない、【猫族】艦隊が【龍族】の突撃を肌で感じている。

 ネコは耳が良いのではなく、全身で音の波を感じ取れるにすぎない。波動を捕まえるのは「耳」だけとは限らない。

 全身の毛(の下の皮膚だが)が自分の周囲の流れを察知して、その情報を脳へと送り込む。

 重力下では「耳」が便利である。そのために発達した器官なのだから。

 しかし宇宙空間には上下も左右もない。いつかは適応した進化を遂げるであろうが、今は全身を「耳」いや「探知器官」として、宇宙空間の流れを探知する。それを補助するのはかつては電子機器、今は“妖精”である。

 【猫族】の優れた触感を再現する繊細な細い探知機器は柔らかく作られてる。しなやかなアンテナ、細く長く何十何百何千何万もの感知“毛”の集合体を、乗り物の外部に貼り付けることが【猫族】では当たり前。(地球の乗り物に必ずガラスの窓があるように)【猫族】の移動手段には必ず“毛”と“探知皮膚”がセットで貼り付けてある。

 ゆえに【猫族】の宇宙戦艦は全てモフモフである。

 この「毛」状センサー群を戦艦のあらゆる箇所に纏っているため、【猫族】は他の種族の宇宙戦艦と趣が異なる。

 その中でも【猫族】艦隊の総指揮艦は純白のモフモフで気高くもある一品である。

 司令官シロサン・エルビーの雰囲気を醸していると評される旗艦、“シロ・サガ”は長毛種のネコに見える。

 シロサンの前の騎乗艦“セリェブロー”は普通の白猫をイメージするスタイルであったが、“シロ・サガ”は洋ネコの雰囲気…。

 【猫族】宇宙軍の全てを司ることになったシロサン・エルビーに相応しい乗艦ではある。が、

(この不安は何なのかナー。アシュバス様の代行として指揮を執ったことは数え切れない。リュトゥー閣下との共同戦線も数え切れない。後詰めのイェズゥ閣下も併せて三族艦隊としての戦闘行動に不安だ生じるいわれなどない、はずニャンだがナー・・・)

 常日頃から、落ち着いた白猫であるシロサンは常と変わらぬ【猫族】特有の無表情。

 だが彼女の内心は、かなり波立っている。隠そうとしても漏れ出るため息を幕僚たちが気づいていないことが不思議なほど。

 

 いや、【猫族】の全てが、アシュバスという象徴を失った衝撃から、まだ立ち直っていない だけかもしれない。


 【猫族】の新たな(おさ)である、シロサン・エルビーは、両肩の重さに一層猫背になる気分。

 ぶるぶると身を震わして彼女は情報に集中する。

 『シロサン様、【龍族】が急行、反乱軍艦隊へ突入を開始しましニャ。』

 【猫族】らしく、情報官の口と尻尾が同時に情報を伝えている。“妖精”通信があってもシッポが動くのは種族の性である。

『【龍族】もこれまで通りとはいくまいナー。索敵艦以外、戦闘艦は“シロ・サガ”に向けて合流行動、通信担当は【鎧獣族】と【龍族】に位置信号を絶やすナー。我が艦隊も集結次第戦闘を開始するのナー』

 長距離砲撃に秀でた【龍族】が最初に集中攻撃を行う。それは三族艦隊が結成以後、不変の決まりである。

 シロサンが今、最も気にしているのは自軍の偵察機・索敵艦の喪失数である。

 宇宙の各種属人類をまとめた「銀河宇宙軍」~政治形態は各種属の歴史を尊重するため、それぞれの軍だけを統合した、という意味合いの名称である~人類がどこまでもひとつにはなれない象徴のような気がして、シロサンはこの「銀河宇宙軍」の名前は好きではない

 その銀河宇宙軍に編入後【猫族】は不当に低く扱われた。【猫族】は個人としては【虎族】に力で及ばず、集団としての戦い方は【犬神】に勝てようもない。その結果、銀河宇宙軍の戦力としては一段下に見られたのも仕方がない・・・と納得がいくわけがない。

 “敵”との戦いにおいて【猫族】は二戦級という評価は、【猫族】人類そのものを不当におとしめる状況を生み出したからである。

 そのために、先々代以前の【猫族】の長は、数えきれぬ屈辱を受け、【猫族】人類は他種族からの見下した眼に耐えるほかなかった。

 だが、先代の長アシュバスが【龍族】【鎧獣族】と親交を厚くし、三族艦隊を結成するなり“敵”との戦闘は連戦連勝となる。

 かくして【犬神】【虎族】の危機を救う功績を幾たび、その果てには【九尾】存亡の危機にも三族艦隊は招聘された。

 そして【猫族】は銀河宇宙人類の最古種族【九尾】の星域にて“滝口武者(たきぐちのむしや)”を任されるほどの評価を得たのだったが・・・

 【猫族】の最大の長所は、探知能力である。ゆえに三族艦隊における【猫族】の役目も“敵”の探索であった。

 “敵”の先遣隊を先に発見することで、常に【龍族】の先制攻撃の効果を高められた。

 逆に撤退戦闘においても【猫族】が常に四方八方上下全座標に異変を察知し、防壁たる【鎧獣族】の能力を生かせた。

 【龍族】の司令官シヴァイも【鎧獣族】の長ガネーザも【猫族】の能力を常に称え、ひいては【虎族】や【犬神】からも【猫族】偵察艦隊に参戦の依頼が成されるほどとなる。

 その結果、銀河宇宙人類内における【猫族】の地位も向上した。

 ところが、この数ヶ月で情勢は一変した。“失われたアシュバス様事変”である。

 (自慢の索敵艦隊が、この戦闘においては十全にその力を発揮されていないのナー。)

 偵察機や索敵艦の損耗率が、これまでとは大きく異なっている。

 分艦隊司令や参謀たちは重要視していないようだが、【猫族】宇宙軍総司令代理たるシロサン・エルビーの不安は微塵も減ることがない。

 偵察は敵地に侵攻しなくてはならない。敵陣に深く、長く入り込むことが肝要である。

 けれども【猫族】戦艦であっても、宇宙空間と距離の壁は「よくわからニャイ」と諦めを生じるモノだ。(ネコの特性上か?)

 不覚にも敵に発見され、墜とされるのは偵察としての宿命とあきらめるしかない。ところが

(索敵艦どころか偵察機すら、損失がゼロ。それはどういうことだ。艦・機どころか一人の将兵も失っていない。ニャのに情報は乏しいとは。)

 【九尾】星系における“シアエガ封緘の儀陣”における“透明触手の握圧吸収”を思い出させるが、将兵たちは失われていない。

 ただ、反乱軍の情報は最小限しか得られない。

 戦闘行動に不足するほどではニャいが、シロサンとしては()(しよう)()(しよう)に指令を下している。 

 シロサンが無意識に尻尾を指揮卓に叩きつけていることは誰も知らない。


 宇宙の戦闘は巨大な水槽の中の魚群の動きに似ている


 反乱軍の艦隊は速度をおさえ、いや迫り来る三族艦隊を迎え撃つかのように動きを止めた。

 その周囲には一撃後に距離をとった【猫族】の偵察艦隊が再度に“傾聴”し、砲撃を控えている。

 【猫族】の第一射は発光弾のようなものだ。反乱軍の気を引けば十分、足を止めるに至れば宝くじに当たるようなもの。

 【猫族】艦の射程距離としては、まだまだまだ遠い、はずだったが・・・宝くじに当選したようである。

 反乱軍の艦艇が、絶妙の位置で反転し、逆進を開始したのだ。

 数隻の【猫族】が射出した探知器を押しのけるように、反乱軍はその身をねじった。

『【猫族】索敵艦に告げる、至急離れたし!』

 【龍族】からの“妖精”通信。

 跳ぶように回避機動するモフモフの偵察艦。宇宙空間であるのに、その毛並みが大きく揺れる。

 途端に、すぐ後方【龍族】艦隊が出現する。

 宇宙距離としては至近、反乱軍とは指呼の距離。

 【龍族】は見敵即射。長距離火炎砲を反乱軍の艦隊中央部に向けて叩きつける。

 赤龍だけではない。“シアエガ封緘の儀陣”以降、緑龍、黄龍の部族も火力重視の艦隊編成となっている。

 【龍族】戦艦独特の両翼からのフル・アタックである。ビームだけでなく、飛翔体ミサイルも発射口全てが開扉。

 全光・全弾命中。反乱軍艦隊の中央部は弾け散り、宇宙の深闇の空洞が見える。

『『うおっーー』』

『『命中』』

『反乱軍からの応射は・・・なし』

 砲撃担当官や戦闘情報官たちの歓喜の声が上がる、が、“妖精”通信の歓声は、すぐさまに掻き消えていく。

『は、反乱軍艦隊、拡散っ! 陣形を…グーからパーに…球形陣から、漏斗陣に変更。ラッパがこちらを向いています!』

 反乱軍の戦艦は、高速で回避したのだ。是までの“敵”ならば数十、数百単位で爆散させた【龍族】の先制攻撃、それを避けきったのだ。

 【龍族】にとっては百発百中の距離、であったハズが、反乱軍の艦艇は苦も無く避けたのだ。

 全砲塔全発射口より射撃していた【龍族】艦隊のうち、前衛艦隊は反乱軍に至近となっている。

 待ち構える反乱軍の砲火の予測射線の中央へと導かれた。 

 だが、【龍族】最前列分艦隊“イグニス艦隊”は停止行動をとらない。いや、逆に最大戦闘速度へ加速する。

『イグニス艦隊、距離が読まれているぞ。』

 かつては赤龍の前衛の代名詞。今では【龍族】の前線はイグニス隊、と呼ばれるイグニス艦隊は次弾を装填する。

 反乱軍は先制砲撃を見事に躱した。けれど、近寄って殴りつけるのはイグニス隊の仕事だ。

 勢いをわずかも止めることなく、反乱軍艦隊に中央へと接近するイグニス艦隊。

 中央部を空洞にして膨らんだ反乱軍艦隊は、外縁を花びらのように拡げてイグニス艦隊を包囲。射撃を開始する。

 ビーム光は見られない。全てが飛翔体。数え切れない飛翔体が反乱軍イグニス艦隊へと糸を引く。蜘蛛の巣が外側から形作られるようだ。

 反乱軍の中央本体まで突き進む如くイグニス艦隊は飛翔体の群れを掻い潜ったに見えた。

 常に被弾は覚悟の上、外側に装甲の厚い防楯艦や戦列艦を配備し、芯に駆逐艦や巡洋艦を配置するイグニス艦隊独特の配置構成が今回も功を奏したに見えた。爆発光はほとんどなく、イグニス艦隊は最小限の損害で反乱軍艦隊中央部へと距離を詰める。

 広大な宇宙を高速航行しながらの砲撃は命中確率は低く、かすめただけでは費用対効果が少ない。

 いや、戦場では犠牲対効果である。一兵、一将、一機、一艦を失うに相応しい「効果」とはなんだ。

 「火のイグニス」と呼ばれる将は、自ら先陣をきることで敵への痛撃を心がけている。

 今回も、反乱軍の本隊は目の前だ。

 だがしかし。

 イグニスが得意とする最速突撃&集中砲撃は、敵との速度同調と突入角度という緻密な計算が不可欠である。

 出鼻をくじく一撃を与えるのか。的確に顎を砕くクロス・カウンターを放つのか。はたまたマタドールに突き進む牛と成り果てるか。

 宇宙空間の距離と亜光速を全て掌握して演算し、進行現示を下せる“妖精”の存在。

 前の【龍族】宇宙艦隊司令シヴァイの“妖精”だる“銀髪”は大“妖精”を大きく越える存在だった。

 彼女(?)の能力は“妖精”の範疇に収まらなかった。

 “シアエガ封緘の儀陣”における時間と空間の相転移は【九尾】の陰陽師たちだけで成し遂げられはしなかった。

 “銀髪”は特異な存在であり・・・失われた。 

 副官であったリュトゥーの“妖精”赤龍も通常空間に顕在を可能とする特一級“妖精”である。

 されど光年単位を背後を取り合う艦隊運動戦。

 すれ違い様に一撃を加える近接機動戦。

 機動兵器に戦術支援強化する密着戦。

 全ての状況で最大限の能力を発揮する“妖精”はこれまでの銀河宇宙の歴史では皆無である。

 兵士の“妖精”は兵士の役割を担い、将官の“妖精”は戦艦を司るのが役割である。“大妖精”は“場”でしかない。

(“銀髪”は・・・シヴァイ閣下は、何を見ていたのであろう)

 リュトゥーの視覚情報には善戦する2つの艦隊が見て取れる。

 反乱軍艦隊に接近するイグニス艦隊、それを包み込むように迫り来る飛翔体を航続艦隊が叩き落としていくのはリヤーフ艦隊。

『リヤーフ艦隊、全弾撃破。・・・イグ、ひとつ貸しだぞ。』

『うるさいっ、滅多にないことだろうが。…ゴメン感謝する。』

 【龍族】の兵士は言う。「火の後ろにはいつも風あり」「火のないところに風は吹かない。」

 火のイグニスと風のリヤーフを並び立てる配置は【龍族】総司令リュトゥーならずとも決定する。

 “双頭の龍”というアダナは、いつから定着したのか。

 “シアエガ封緘の儀陣”において、戦力が尽きかけた【龍族】艦隊。

 その局面で最後の最後まで気炎と砲火を吐き続けたのは、この二人の艦隊であった。

 イグニス艦隊は力を溜めて第2撃、近接砲撃を準備する。

 反乱軍の外縁部、無数の花びらの如き反乱軍戦艦からは絶えない飛翔体。

 だがリヤーフ艦隊の援護砲撃は精密で飛翔体を寄せ付けない。イグニス艦隊の将兵は背後を預けて前進と攻撃に気を注ぐ。

 全力でたどり着いて全力で、ブン殴る。

 躱されたときのことを考慮しない。攻撃しか考えない艦隊機動こそが信条。

 猪突する(龍なのに)イグニス艦隊を守るリヤーフ艦隊の火線は壁の如くイグニスたちを包んでいる。

 火炎え作られた長いトンネルを抜けると反乱軍の目前であった。

 宇宙の底が白くなった。反乱軍艦隊にイグニスの眼が止まった。

『反乱軍、本陣見えました。・・・旗艦らしきもの視認!』

 イグニスの“妖精”が脳裏で跳ねる。―――絶好ノ攻撃位置。総攻撃準備完了―――。

 

 その瞬間、イグニス艦隊は足を止めた。

 

『イグニス、どうした!』

 機動兵器乗り、の頃からの付き合いゆえの気安さで、リヤーフとイグニスは常に直接通信で呼びかけ合う。

 どちらかの“妖精”通信に返信がなかったことは、記憶にない。

 今、イグニスからの返答は   ない。

 リヤーフ艦隊の迎撃火線は濃密で精密、されど完全に飛翔体を封殺することは不可能である。

 暴力的な光の網をすり抜けた反乱軍の飛翔体は幾つもあっただろう。

 イグニス艦隊の防楯艦や戦列艦には数え切れないほど着弾しているはずだ、が、擦過傷にすぎないハズ。

 リヤーフ艦隊も反乱軍・飛翔体の流れ弾や散発的な迎撃を受けている。所詮は返り血の程度、・・・と思っていた。

 両艦隊とも艦隊機動を止めるような連鎖する爆発はほとんどない。僚艦からの爆沈報告も皆無だ。

 機動力も、打撃力も、今の状況は反乱軍艦隊を上回っていたハズだ。

 そう、イグニスは寸刻もためらわず反乱軍中心部に向け、全艦突入を下命した。

『足を止めるな。背後はリヤーフたちを信じる。ただただ前に進み、旗艦を一点集中砲撃で我が軍の勝ちだ!』

 前衛艦隊の役割を十全に自覚しての発言。イグニスは物事を単純化して自己の行動を決する人柄。

 この状況下で自分に課せられたのは、【龍族】前衛艦隊のみで反乱軍艦隊を乱すにつきる。

 生じたた綻びを【龍族】本営が掻っ捌いて、深手を負わせるであろう。

 千切れた破片は【猫族】が各個撃破して、反乱軍の反撃の芽を摘もう。

 とどめに【鎧獣族】艦隊が圧倒的な巨体と数にものを言わせ包囲殲滅。

 三族艦隊の必勝パターンである。

 その勝利に至る“道塗に飢凍する”などあり得ない筈であった。


『ヒャヒャヒャ。「矢を打ち終えた弓兵は弓を置いて刀を抜き突撃・・・じゃあ~な~くて~。

 “持ったその弓で直接ブン殴りなさ~い!」って習ったのかな~。ヒャヒャヒャヒャヒャ。それは古い、古いよ~ 』


 反乱軍から、意識が跳んでくる。

 それは“妖精”通信である。

 この相手は“敵”ではなかった。

 “敵”とは異次元からの侵入者“虫” 

 眼前の艦隊は蟲を吐き出し、星を食らい尽くす “敵” の艦隊ではない。

 同じ銀河宇宙にて発生した「人類」。すなわち同胞である。それなのに銀河宇宙軍に弓を引いた、すなわち反乱軍。

 宇宙で同じく戦える術を持つならば、“妖精”使用しているのは当然。

 そう人類は“妖精”無しでは空間跳躍航法どころか恒星間航行も未だ不可能な存在。

 宇宙戦艦同士の戦闘に“妖精”が介在していない理由などなかった。

 反乱軍からの不埒な“妖精”通信を傍受した【龍族】宇宙軍総司令官リュトゥーは指揮座から腰を浮かせる。

『イグニス艦隊、撤退せよ。リヤーフ艦隊も、だ。両艦隊とも、転進せよ!』

 リュトゥーは無意識に立ち上がっていた。

 この(いくさ)の前から感じていた不安のかけら。まるでそれが実体化して出現したかのよう。

 リュトゥーの直接通信の下命はイグニス艦隊とリヤーフ艦隊全将兵に届いている。

 されどイグニス艦隊は急転回行動をとらない。いや、静止不能なのが見て取れる。

『イグニス・リヤーフ両艦隊、慣性移動中…等速度移動しか出来ないようです。』

 リュトゥーの指示を繰り返し叫ぶ通信官の声にかぶせるように戦闘情報官が状況を説明する。

干からびた蛇の死体のように、イグニス艦隊が伸びきっている。このままでは動きを止めてしまうであろう。

 戦闘行動中の静止状態、それは死に直結する。


 【猫族】総指揮艦“シロ・サガ”もこの状況を把握している。

 シロサン・エルビーは脳裏の“妖精”に問いた。

(反乱軍の攻撃は飛翔体ニョみ。【龍族】リヤーフ艦隊は迎撃していたはずナー。この状況は如何(いニヤン)

 〈反乱軍ノ飛翔体ニハ、特殊液体ガ充填サレテイタト推察スル〉

 戦術・戦闘支援装置“妖精”は根拠のない推論は述べない。その能力の一は確実な情報を速やかに集積。

 シロサンは気づいた。

(我が【猫族】偵察機や索敵艦からの連絡が途絶えたことにも関連するのかナー)

 〈(シカ)リ〉


 イグニス、リヤーフ艦隊を行動不能にした反乱軍の攻撃は【龍族】第二陣艦隊へ向けられつつあった。

 リュトゥーは第二陣への指令に躊躇する。

 前衛2艦隊の救援に差し向けるならば密集隊形で進撃。スペルピラミッドの尖端が折れたのだからデザートランスに陣形変更するべきか

 反乱軍が2艦隊を封じた勢いのまま膨張し続け、包み込んでくるのを迎え撃つならば、玄武陣か虎穴陣か

 宇宙は地上とは異なり、平面でなく立体で戦闘陣形を組まねばならない。射撃に特化した【龍族】の選択肢は限られている。

 “妖精”によってリュトゥーの生体反応は飛躍的に高速化し、思考はコンマ秒単位で帰結する。

 その瞬寸の間にも被害報告が届く。

 

『第2陣ゴナト艦隊巡洋艦“スターク”が被弾。戦闘艦真下、左舷吃水線上18メットに反乱軍飛翔体1発目が入射角35度で命中。

 飛翔体は消防主管を破壊し第2甲板上の10、11区画まで貫通、先任海曹室の角で停止。

 弾頭は・・・爆発せず、飛翔体外郭部が数秒で融解、先任海曹室を中心に謎の粒子が散布されたことが艦内撮影機及び嗅覚装置から確認されました。粒子の詳細情報は不明。この映像の20秒後に2発目の飛翔体が入射角30数度で初弾の数メット前方にも命中、艦内侵入後これも外郭が融解、粒子を散布されました。この後“スターク”からの“妖精”情報は沈黙しています。』


『第3陣ドラッホ艦隊戦列艦“キエデス”被弾。艦隊真横に、ほぼ同時に3発飛翔体被弾。既にダメージコントロール当該区画に向かっていた乗員が直撃。多数が負傷。死者は無し。3発の被弾箇所は艦橋構造物直下のためCIC(戦闘指揮所)を放棄。“キエデス”は現在操艦不能。』


『第2陣駆逐艦“ベッケン”被弾。消防主管系を破壊されました。ダメコン不能。A・B・C洗浄不可能。続けて第2弾被弾。防火隔壁が損傷し謎の粒子は短時間で“ベッケン”内部に拡散した模様。“妖精”反応停止。


『第2陣福旗艦“レンキュア”も被弾。ビーム砲塔、飛翔体弾庫に未知の粒子が達してます。誘爆のおそれはなし、という“妖精”通信を最後に連絡不能。』


 リュトゥーの脳裏に参謀群からの“妖精”通信が同時に送信される。5割が状況報告。3割が一時退却を進言。2割が突撃である。

 それら【龍族】人類とは異なる色の“妖精”通信がリュトゥーの脳裏に光る。リュトゥーの“妖精”である“赤龍”だ。

〈アレは現在開発中トサレテイル新型兵器トノ類似点ガ多イ〉

(私もそう思った。“妖精”通信を普通にしているのは謎の粒子の効能か。“妖精”同士で連絡は出来ないのか?〉

 文章では疑問形であるがリュトゥーの口調は命令的であった。冷静な彼が激情に揺れている。

 その間も被害報告は続き、反乱軍の飛翔体はリュトゥーの本陣艦隊へも流れ弾が届くほどになってくる。

 イグニス艦隊とリヤーフ艦隊はほとんどの戦艦が行動不能に陥っている。

 1艦、2艦、と数隻ずつが爆発することなく、停止していった。さらに各艦の停止報告すらも成されなかった。

 最前衛で指揮、突撃を敢行していたイグニスは、後続艦が減っていく状況に気づくのが遅かった。

 同僚艦が爆発していれば早くに気づいたであろう。味方を振り返り、艦隊の分断を察知すれば次策を採ったに違いない。

 それと悟られない、反乱軍の飛翔体の効果である。

 宇宙戦艦の行動停止を目論み、その未知の能力は“妖精”を沈黙させた。

 【龍族】だけではない。銀河宇宙軍が初めて知る、反乱軍の新兵器である。

 イグニス艦隊は一歩前進するごとに、身体のどこかが麻痺していき、ついには地に墜ちた巨竜と化した。

『リヤーフ艦隊は?』

 リュトゥーの指示よりも早く情報官たちは索敵を始めていた。しかし、

『て、偵察機、索敵艦が…反乱軍に近い機・艦から順に、“妖精”通信不通です。』

『沈められたのか。』

 旗艦“リュトゥガ”だけでなく、近衛艦や情報統合艦も艦隊全ての戦艦に状況確認を続ける。

『偵察艦隊、機、報告せよ。…位置座標確認。・・・レーザー通信?“我、戦闘参加不能” どういうことだっ?』

 別の情報官はリヤーフ艦隊からのレーザー通信と光点滅信号を確認する。

『船外壁消滅…戦闘参加、不能…』

『“妖精”は機能停止。されど電子機器は正常に動くため、電気・酸素・水のライフラインは稼働中…』

 被弾した戦艦は電気と化学反応に頼るほかない状態となっている。

 人類が初めて宇宙へと、その手を伸ばした時代のロケット。そのレベルの機能しか使えないようだ。

 イグニス艦隊もリヤーフ艦隊もほぼ全艦が行動停止。

 先頭集団としては完全な“全滅”である。(軍事的用語における全滅→おおよそ部隊の3割≒戦闘担当の6割を喪失すると組織的抵抗が出来ない事から全滅とされる。)

 頭部しか…いや、目玉しか動かせない巨竜になったイグニスとリヤーフの艦隊は完全停止。

 これほどの「負け」は初めての2人であった。


 反乱軍艦隊。球形陣から漏斗陣に変陣しての後、もなお後方に位置する3隻の艦が連絡を取り合っている。

 花で言えば“(がく)”や“花柄(かへい)”の辺り…ファンネルの細い方の先っちょ、の辺りのため、この3隻の周囲に護衛艦はほぼない。

 しかし3隻のそれぞれの指揮座の3人は意に介していない。それどころではないらしい。

『なぜ、通常攻撃を加えないのだ・・・【龍族】を、それもあの赤龍を、完全に殲滅する最高の好機ではないか、私が出る!』

 “妖精”通信に感情を直接載せて伝えている男の顔は怪しげな仮面で覆われている。

 日本人ならば「上半分は“般若”面で下半分は“(おきな)”面に見えるかもしれない。が、もっと恐ろしい。“激怒”のマスクだ。

『まぁ、待て。【鎧獣族】の動きがわからん。【鎧獣族】の若長は見込みがある・・・今ではもっと歯ごたえがあるだろうし、な。』

 こちらの人物の仮面は“無表情”面と表現されるだろう。

 だが、その仮面の覆い尽くせないほど顔面は大きく、その頭部に相応しい身体、いや筋骨隆々の巨躯。

 その体つきに相応しい余裕のある態度が、“激怒”面の人物には腹立たしいようで、反感が“妖精”通信で伝わる。

 その感情を上書きする「嘲笑」の感情。

『白猫も静観しっぱなし、ってわけないしいいいい。だいいちぃ、この艦隊には通常の光熱兵器や火薬飛翔体は搭載してませんんん~。艦から降りて、直接殴りに行きますかぁああああ。ホホホホホ~』

 最後の人物の仮面は、地球では“ペスト医師”と呼ばれるものに似ている。真ん丸の両目は大きく、その下は大きなクチバシだけの仮面。

 ただし“嘲笑”の感情は“激怒”面に向けられてはいない。故に“激怒”面も“無表情”も“ペスト医師”に反感は抱かなかった。

『ふむ。今回の(いくさ)は新型兵器の試験だけが目的、とそなたは宣言したからな。我も“蒼”もそれに承諾して随伴した。“蒼”そなたは【龍族】に思うところがあるようだが、今回は矛を収めよ。我の部下にも示しが付かん。』

『あの赤蛇を千切る絶好の機会・・・いや、千では気が済まぬ。万、億、兆、に擂りつぶさねば気が済まぬな。』

 “蒼”と呼ばれた人物は、何かを思い出したらしく、唐突に感情を消した。

 勝利、ではない何かを思いつき、その仄暗い目的のために“激怒”を沈火ように2人は感じた。

『・・・シオウ殿、アオ殿、今宵は是までに致すとします。“反乱軍”艦隊は撤収です。』

 有無を言わせぬその言葉の後半は、全艦への下命でもあった。

 独自の構成素材の形状を三族艦隊に知られる前に戦闘終了する、というQ・Sの戦闘前の宣言通りに反乱軍は速やかかつ整然と撤収した。

 

『イグニス、生きているか?』

『・・・戦いにもなっていない。殴る前に倒された。』

 2人の指揮官の下には情報が集いつつあった。

 物理的な艦の損害時に負傷した将兵は幾人も居るが、戦艦の重力制御障壁と“妖精服”の耐衝撃性能のおかげで、死者はゼロという報告がどの艦からも伝えられている。

 【龍族】だけでなく、【猫族】も同様らしく、【鎧獣族】は戦場に到達することも叶わなかった。

 赤龍のリュトゥーの性質は本来「火」である。

 幼少時から自律を心がけた結果、冷静沈着な為人(ひととなり)と思われているが、今この瞬間は「炎」に身を焦がしている。

 旗艦“リュトゥガ”の戦闘艦橋の気温が1,2度は上昇している。

『シロサン閣下、反乱軍の新型兵器に関して、【九尾】に御説明をいただたく。シロサン閣下から重ねていただきたい!』

『然り。ワタクシの名前では弱かろうと存じます。【猫族】名義で上奏文を早急に作成いたしますので、出来上がり次第お目通し下され。』

 ぎりり、と口を閉ざさねば、火を吐きそうな感情を堪えて、リュトゥーはガネーザにどう説明するか考えて感情抑制しようとする。

 ・・・いや、あの方が居てくだされば・・・

 いつも目尻を垂らしたヘラヘラ顔つきをリュトゥーは思い出し、顔を振るった。


 残された者で戦うしかない。

 前には異次元からの侵入者“敵”。後ろからは反乱軍。


 【龍族】【猫族】艦隊は【鎧獣族】艦隊と合流し、粛々と母星系へと帰還した。



 日本は宇宙人に侵略されました。




「ん?・・・和歌山組でーす。小学1年生から中3まで学級委員で成績優秀運動万能の西室礼司くん。それに匹敵する女子シンボル奥山紅葉ちゃん、いつも元気な自称“ヘッド”佐古野一太くん、アニメと漫画で知識豊富な鍛冶利明くん。それと日生七菜がメンバーです・・・む、無理。礼司くんか、モミジちゃん、替わってええ。私、視界なんて無理ムリムリのカタツムリ~」

 小柄な中学生の女の子が顔を震わせる。セミロングのストレートの黒髪についたピンクの髪留めは東京見学で買ったもの。

「いや、和歌山組の進行役はトシアキだ。トシ、今日も頼む。」

 委員長に言われたから、ではなく礼司は昔から自然に仕切ってくれる。適材適所?というには人数が少なすぎるけど、ずっとこの5人がクラスメート、いや入学する前から、ボクらは仲間なのだ。

 和歌山にはないカラフルな店を何箇所も付き添ってくれた宇宙局の女性に連れて行ってもらって女子2人はご機嫌なのだ。

 西室は、いつか出場したいと願う武道館の見学、鍛冶は秋葉原、をこれも趣味を同じくする局員が付き添い満足している。

 1人不満露わ、はチビ太 佐古野一太である。

 和歌山戦闘で“生首”になった彼の身体は外見上は元通りである。

 しかし、地球上のトカゲのように「自切」したわけでもなく、また「軟骨」だけの再生でも困るため、【龍族】超科学の再生手術でも神経や毛細血管の再生には時間がかかる、ということだ。

 地球上のトカゲ(グリーンアノールトカゲ)の尾が再生するには326個の遺伝子が関わっているが、326の遺伝子の約93%、302個は哺乳類(人間)も共通、残りの遺伝子+【龍族】の遺伝子を使用することで“虫”と戦闘した“妖精”装着者は、身体再生が可能である。

 この超医学は銀河人類でも「誰でも彼でも」適用されるわけではないらしい。「チキュウ」の“妖精”装着者は特例事項であり、チキュウに大量の“妖精”が持ち込まれていることと併せて、宇宙人は口を濁している。

 そんなことは田舎の中学生には知ったことではない。

 大阪、京都、神戸ですら滅多に行けない和歌山の中学生に「ご褒美」として金一封が与えられて、東京に放り出されたら・・・

「だから、なんで俺が治るまで待ってくれないんだよおおおお・・・おおんおん、おんオンン・・・」

「あああ、チビ太泣いちゃった。」

 大柄なモミジがヨチヨチと佐古野一太の頭を撫でると、まるで赤児と母親のようだ。

「うっせえ、お前らなんてもう、親でもなければ子でもねえ、出て行け。」

 頭部の損傷は全くなかったおかげで、寝たきり、寝返りも打てないけれど口は達者な一太である。

「チビ太、それいつも親父さんに言われているんだろうけど」

「僕は元々一太の親でも子でもないからね。じゃあ、お大事に~」

 お見舞いは一太を不要に疲れさせるので、時間が限られている。モミジを残して3人は宇宙局へ向かう。

 東京某所に作られている宇宙局の“派出所”地下、にボクらは泊まっている。

 午前中は【龍族】のガシーロ先生に色々なことを学び、午後は“妖精”使いとして、運動訓練を受けている。

 和歌山に戻ったとき、また“虫”が出現したら。そう思い宇宙局からの提案を素直に受け入れた。ボクらである。

『ふむ。チキュウ人だからか、それともニホン人だからか、時間に正確なのはよいことだ。』

 年齢不詳のガシーロ先生が呟いた。キラキラした目玉は保育園児のようなのに、言葉遣いは老人で、容姿は…30歳前後かな。

『それも、じゃ。若く見られた方が良いという文化も面白い。大抵の惑星では“早く大人になりたい、自由を手に入れたい”が当然なのだが、キミら、いやココでは子供のままの方が自由を甘受できるような文化があるのぅ。』

 ガシーロ先生が“妖精”を使用しているため、日本語で意思疎通が出来る。ボクらの“妖精”は・・・ない。

『さて今日はワシに、ついてきてほしい。』

 そう言うとガシーロ先生はモミジの到着を待って、いつもの小会議室からボクらをエレベータに乗せて駐車場まで連れ出した。

 4人+ガシーロ先生。運転席は…無人だよな。この車のデザインは日本車でも外車でもないもん。ゼッタイ宇宙製だ。

 滑るように、どころか、動き始めたことすらわからない。振動も音もない。親父の運転する軽トラとは大違いだ。

 ボク以外の3人も軽トラと比べているようで、みんなで窓の外の景色が早すぎることに目を丸くした。

『で、どこまで授業したかな?空間跳躍航法だったか・・・』

 恒星間航行、何光年、何十何百光年もの距離をふつうに宇宙船に乗っていたら寿命が尽きてしまう。世代交代型宇宙船だと、生まれたときから死ぬまで宇宙船暮らし、というとんでもない人生の世代が出来てしまうのだ。

 それで、銀河系の人類は自分の恒星系を移動できるようになったら行き詰まってしまうらしい。科学文明はきれいな右上がりのグラフを描くモノではないらしく、停滞期とその次の段階がある。

 “妖精”が接触することにより、人類の科学は次に進む。恒星間航行の可能が、ヒトを次のステージに進ませる。

 で、空間跳躍航法または宙間跳躍航行と言われてボクは無意識に広げた紙をぺたりと折り畳む絵を思い出したのだ。端っこと端っこを素直に移動するのではなく、紙自体を折り曲げることで、と話したら叱られた。

『宇宙空間全てを折り曲げる力があるならば、それを推進力にした方が安上がりじゃわい。第一、宇宙は平面ではない。折り畳めんわ!』

 なんかの逆鱗に触れたらしい。【龍族】だからなぁ…

 と、思い出していたら、七菜が手を上げた。

『センセー、“敵”の正体って話から、異次元の説明で時間切れでした。』

『そうじゃったか。今どき、メビウスの輪とかクラインの壺なんぞ古くさいので、カラビ・ヤウ多様体について調べていたら、某急転直下アニメで使われて放り投げた話だったかな』

 違います。

『異次元からの侵入者=“敵”と常々言っておるが、異次元ってなんぞや?』

 1,別世界。カオスな空間。2,ヤ○ール人が怪獣を混ぜて超獣を作ってる世界。3,物理的におかしいイラストの事。異次元画像。 

『空間内の点の位置を表す際に、直線上なら1つの数、平面上なら2つの数、3次元空間内なら3つの数で表現できる。こういった、「空間内の点をいくつの数で表現できるか」を次元と呼ぶ。』

 あ、そうなんだ。ロパン3世の相方ってボケしなくて良かった。

 「・」が1次元「―――」が2次元だから、1次元の人間がいるとしたら、2次元の人間は「横から」現れるため、理解出来ない。

 2次元の人間にとっては、3次元=「高さ」がある世界は理解出来ず、壁を乗り越えるとか地下から来るという概念は理解出来ない。

 って説明はもう古くさいんだなぁ・・・父さんの文庫本のどれでよんだのかなぁ。

『ところが4次元となると、点の位置を表す際に4つの数を必要とするという定義によると、3次元空間にさらに1つの座標軸が加わるだけでよいとも言える。長さの軸が4つある空間も4次元であり、複素数2つの組も、(実数上では)4次元となる。  

「センセー、銅鑼右衛門のおなかのポケットじゃないんですか?」

「3次元空間と時間軸を合わせて、4次元時空として扱うって理科の先生が雑談で話してました。けどニュートン力学においては時間は空間から独立しているので、理科の先生としては時間じゃないんだけど、浪漫がないって聞いた記憶があります。」

「4時限にはもうおなかペコペコなんで、体育が4時間目の日はアッチャーって思います。」

 【龍族】の本星では大学以上のところで講義をしているらしいガシーロ先生が頭を抱える。ロパン三世ネタ言わなくてホント良かった。

『K本薫先生の“魔界水滸伝説”の話はしたな。』

 ガシーロ先生の話題転換にはもう慣れた。さらにこの『魔界水滸伝説』という物語はこの世界にとって重要なようだ。

『クゥトゥルーのインスマウス人に支配された合衆国政府は、地球に向けてI・C・B・Mを発射した。』 

 小声でICBMの説明を3人にする。大陸間弾道ミサイル=有効射程が超長距離で大陸間を飛び越える大型ミサイルで、

『魔界水滸伝説では核兵器の描写がされていた。その威力を打ち消すために、“先住者”最強の御柱である世界の創造者“ジョカ”ですら力を使い果たす。無論彼女が死ぬわけはない。力を使い果たしたら、子蛇から再生しなおすだけ、作品から姿を消してしまうのだが、このタイミングでクゥトゥルーが地球へと降臨するのじゃ。クゥトゥルーへに対抗する“先住者”たちですら首魁クゥトゥルーには無力じゃ。唯一抗えたのが“ミズチ”の長たる“タイチロウ”けれど、彼をもってしてもクゥトゥルーには力を使い果たし、好敵手たる“禍津神”の一族と一時休戦するきっかけとなる。』

 壮大なサーガの一小節、いやもっと一部なのだろう。ガシーロ先生は遠くを思い出すように、昨日のことのように語り続ける。

『タイチロウ…“タ・1・LOW”と混沌の象徴、ブラック・ホールに目される“禍津神”を共闘させるという最大のドラマへの伏線でつい忘れがちになるが、どうやって“タイチロウ”はクゥトゥルーと争えたのか。“先住者”はサイコ生命体という説明があったが、その活動の根源を精神世界から得ている、もしくは存在そのものが精神現象であるのが“先住者”であれば、クゥトゥルーは同位置レベルの存在であるのか?

仮にも「神」と称される存在が物質世界と精神世界のどちらかにしか立ち位置がないでは、力不足すぎる。サイコ生命体たる“ジョカ”が物質世界の最強クラス「核兵器」でも滅ぼせない設定で、クゥトゥルーが「一番強い」“先住者”と互角というのは前哨戦でも「お粗末」だね。』 ガシーロ先生は作品の設定に怒っているのか、クゥトゥルーが好きなのか、どっちだろう。

『この疑問を解消するワシの仮説が《高次元の存在であっても、下次元で実体化する際には下次元の“何からかの法則”に従う》という説じゃ。

“ジョカ”は物質界に身を落としたため、核兵器なんぞと相討ち、クゥトゥルーはサイコ生命体と戦うために、この次元のルールに従い、互角の戦いになった・・・“神”と呼ばれる存在であるなら、ルールを破るのではなく、ルールを作る側のハズじゃろう。常には審判者の立場の者が、違う世界ではルール破りまくりのチートなプレイヤーになっては、面白さが半減という“神”にふさわしい判断…神には神のルール・・・時間を超越する、はそのルールの内側か外側か。今回“銀河宇宙軍の未来の戦い”を見せられたのは、クゥトゥルー側の時間の自由がどれほど不自由かを知るためと、作者が先のストーリーを考えてはいるが、打ち込む時間が半年以上得られなかった不満をぶちまけ・・・な・ん・だ・と?』

 ガシーロ先生は黙りこくってしまった。

 こうなるとテコでも動かない、のテコってお好み焼きを食べるアレですか? と言うボケはともかく、沈黙して2時間近くたった。

『ガシーロ先生、お考えの途中にすみませんが、僕らはどこに行くのでしょうか?』

 モミジ、ナイスだ。ボクはそろそろトイレに行きたい。

『あ、すまんすまん。・・・どこに行くかと問われたら・・・ここはもう宇宙じゃ』


 ・・・・・・ええええええええええ!!!!!       ボクとしちゃん15歳キンドーさんは40歳いいいいいい


 気がつけば、窓の外の世界は夜の景色、ではなく、テレビで見たことのある「月」だった。

 ウサギが餅つきしている(うそ)


 



日本は宇宙人に・・もう、さっきやった。


最後までお読み頂き、ありがとうございます。

このお話を「最後まで書く」ことだけは決めているのですが、現実世界が邪魔しています。

ですが、細々と書き続けるのは・・・誓います。

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