263 【犬神】首都星 柳生道場 (1)
地球から遠く離れた【犬神】星系。
その首都星にて、とある「侍」とチキュウジン「久良木健人」が対峙する。
異次元からの侵入者“敵”の最強種“黒胡蜂”を墜とした健人は何をさせられるのか。
263 【犬神】首都星 柳生道場 (1)
銀河宇宙軍の最大戦力の双璧【犬神】。
彼らは、人類を脅かす異次元からの侵入存在“敵”の侵攻を阻む最強の種族と呼ばれている。
“敵”は銀河宇宙に唐突に出現する。
宇宙空間に裂け目が生じるや巨大な枝が伸びていき、その小枝や葉を落とすが如く“敵”艦隊は実体化していく。
この【九尾】が“敵”の存在を証明し、さぶらいし数多の種族から【犬神】を選んで数百年の戦ノ日々。
德川が征“虫”大将軍に就いて以降、銀河宇宙に侵攻する“敵”を阻むのは、彼らの役割であった。
銀河宇宙人類の中では、最初期に発生したとされる【九尾】と【犬神】は近しいとされている。
広大な【九尾】【犬神】の星系を守護者たる【犬神】宇宙軍に、動揺が生じている。
「あれが、“黒胡蜂”を落とした男なのか…。」
もうすぐ太陽が真上に位置する刻限である。江戸の中心部から、やや外れた辺りの道場に数え切れない侍が集っている。
【犬神】将軍家御指南番“柳生”の道場である。今ここに集う誰もが、大身の旗本本人かその子弟である。
もしくは10万石以上の格式を持つ親藩譜代家の武門より選ばれし者。
そんな彼らが、神聖なる道場に於いて無礼たる高言放言などするはずもなし。
それなのに無意識に漏れ出ずるつぶやかれる言葉の集積は、ざわめきとなって道場のアチコチに伝播していく。
つい先日、【虎族】星系中心部における、“敵”巨大艦隊迎撃戦の終結が宣された。
【虎族】の長“虎姫様は【虎族】星系の安寧安堵を星系内外に発信し、その言葉の中には【犬神】に対する広深な感謝の念も組まれていた。
【虎族】は【犬神】と比される銀河宇宙軍最強の一璧である。
扱いづらい人柄である、と銀河に知らしめられる“虎姫様”が【犬神】に深々と頭と尾を垂れて、感謝の言葉と死傷者への悼みを述べる姿は
各種族・星系の全てでニュースとなった。銀河に知らぬ者のない「激情たる美貌」を黄金の戦袍にひた隠し、虎姫様は【犬神】将軍家と参加した兵たちに謝儀をとりはからった。【犬神】ノ侍たちの心は幾許かは救われたことであろう。
それはさておき冷静になると【犬神】はその大きなる損害に蒼白になった。
精鋭の中の精鋭たる“壱百壱艦隊”は“敵”に対し苛烈なイクサぶりを発揮した。
その功績は【虎族】率いる“虎姫様”が個別に“101艦隊”あてに献礼使節を遣わしたことでも証された。
「101に弱狼なし」を、この度のイクサでも見せつけたわけである。
けれど、損害も多大。膨大な失われた武将たちの後を埋める人材は選びようがない程。
“101艦隊”は近衛隊である。【犬神】の侍として、101に選ばれるのは誉れであり、重責でもある。
日々の研鑽を積まぬ者など一人もおらず、そうでなくては選ばれない。
その“101艦隊”のサムライたちが、結果、ほとんど全滅した。
戦場から戻れた者も幾人か存在する。だがその生き残った者たちも全て機動巨兵を挫かれ、偶々生き存えたに過ぎない。
「101はイクサには勝ちもうした。されどサムライは敗れまいった。ズタズタに引き裂かれまいた。」と言上した者もいた。
“黒胡蜂”は強力であった。かつてない剛敵の存在。
【犬神】の侍の家に生まれ、武芸に励み続けた人生が、一瞬で否定される。命を購って。
「鎧袖一触」の言葉の弾かれる側になる日が来ると想像だにしていなかった侍たち。命散らして。
速さで、強さで、そして怖さで“黒胡蜂”は【犬神】を凌駕したのだ。霊消る怨嗟が幾重も。
精強で知られた“壱百壱艦隊”の侍は全滅した。“黒胡蜂”一匹に全て屠られたのだ。
その“黒胡蜂”を仕留めた存在、辺境からの来訪者が今、柳生道場の一角に正座している。
銀河辺境の星で将軍家御息女・美加姫様が見いだした「婚約者」。
チキュウ人、久良木健人は、ぽつねんと座って居る。
広大な道場をポカンと眺めている姿は、田舎から来た旅行者が間違って入ってしまったようにしか見えないのだが。
久良木健人は【犬神】本星の軍都にて一人暮らしを続けていた。
山奥で隠れるように、だが家族仲良く温かく過ごしていた日は突然終わりを告げた。
その日から、健人は流されてきた。濁流に巻き込まれた落ち葉のように…と、健人は思っていないが。
両親を失って数年。一人山奥で暮らしていた健人の前に、叔父と名乗る人物が突然現れた。
山を下りて叔父の家で二人慎ましやかに過ごしていた。叔父も父に似て寡黙な人柄であった。健人もその血筋にふさわしい人柄。。
ある日の夕食時、叔父はぽつりとつぶやいた。
「ワタシ、秘密の組織のリーダーなのよ。健人クン、うちに入る?」
「・・・・・・はい。」
その組織の名称が“ゾッカー”であり、世界征服を企てていることを「新入社員の手引き」というパンフレットを読んだ後も健人の気持ちは変わらなかった。叔父さんの家にやっかいになり、必要経費どころかお小遣いまでもらっている立場を心苦しく感じていたためだ。
(ゾッカーで働いたら、お給料から少しずつ返していけるかな)←中学生でこれだけ考えられればエライ。
それと、身体を動かすことは生来好きであり、その才能を“ゾッカー戦闘指導員”が褒めてくれたことも大きかった。
高校生になるとアルバイトも出来るようになった。中学生ではゾッカーも使いづらかったらしく(ゾッカーは青少年保護条例を遵守する)毎度、お小遣い程度の仕事しか与えられなかった。支部長“南部さま”の甥っ子であることは当初秘密だったので、怪人たちも「この子供はなんだ」「極秘作戦のスタッフか」と腫れ物扱いされたりもした。
アルバイトが許可される年齢になった健人は、バイト募集の情報を求めた。最低賃金より1円でも高く、休日は希望が通るか、休日祝日年末年始などは特別給がついたらいいな…に適う店舗や事業者の多くは【エスクリダオ・グループ】の関連企業であった。
【エスクリダオ・グループ】とは“秘密組織ゾッカー”の表の顔である。
たとえ秘密組織であっても、計画の準備・実行には経費がかかる。その経費を査定するには事務員が必要であり、事務員が働くためには交通の便の良いところに施設が在る方が良く、その施設を管理維持するには総務課が必須であり、それらの人員を適切に配置するには人事課に優秀な人員を…優秀な新入社員を欲するのは「世界征服を企む秘密組織」でも共通するのだ。
それら広範な諸般の活動費を生み出すには法に則った営利企業である方が順当である。毎日毎日、銀行強盗やオレオレ詐欺が成功するわけがないし、“南部さま”は年寄り子供に悪を成すことは厳禁していた。
かくして“ゾッカー”に改造された怪人たちは、その能力を十全に活用し【エスクリダオ・グループ】は、どの分野・部門においても隆盛を極めていった。・・・当然、「アルバイト募集」の告知も良い条件ばかりである。
好待遇バイト先を探していたら“ゾッカー”関連が多く、面接時に高速圧縮言語『イーッツ』とつぶやくだけで、好待遇で採用される。
訓練期間の時給減額も「期待しているよ」と省略され、時給アップもすぐである。
「叔父さんにいつまでも世話になれないよな」と考える健人が「このまま“ゾッカー”…【エスクリダオ・グループ】のどこかに就職出来たら、それもまぁいいか」と漠然と考えたのもミドル・ティーンとしては当然である。(そうかなぁ?)
そして表は“アルバイト店員”。裏は“タマネギ戦闘員”からスタートした久良木健人は、連絡(自転車便業務)や諜報(他店の特売価格調査)など様々な任務(業務)をこなし、世界征服に向けて一歩一歩進んでいく。
そんな高校生活とバイトの両立が順風満帆な時期に、宇宙人が日本を侵略しやがったのである。人生設計の変更必須か?
ところが【龍族】という宇宙人は日本の変革をさほど行わなかった。
むしろ、現行の政治や経済を極力維持したまま、「災害」に備えることを強調して広報し続けていた。
宇宙人なのにテレビCMやウェブページの部分広告で、電車の中吊り広告や、ビルの巨大スクリーンは宇宙人が押さえまくった。
“虫”という異界からの災害がすぐにでも起こり得る。それに対応するため、日本人は災害救助の訓練を日々実施し、また“虫”に…。
健人は興味がなかった。「学業とバイトが同率1位。それ以外は3位以下」の堅実な思想と人格。
“虫”と戦う民間人戦闘員の訓練=戦闘・戦術支援システム“妖精”の適応は一応合格したが、
「両親がいないため、アルバイトをしなければなりません。」
と担任に告げると、救助活動以外の訓練の免除が許可された。
“妖精”は返却したはずなのだが、その日から愛用のカバンに“モップ”=飼っていた愛犬。に、似た“ぬいぐるみ”がブラ下がっていた。 これで、思う存分バイトが出来る。イーッの訓練で身体動かせる。夜は勉強してテストもそれなりに…。
な・の・に、、、“ゾッカー”ではない【謎の組織】がバイト先近辺に出現以降、気がつけば“日本政府・宇宙局”の一員として登録され(不思議なことに“ゾッカーであることは不問であり、バイト料は両方から振り込まれてた)所属部隊がきまったら、そこには“ゾッカー”の天敵“覆面レイダー・ウィーズ”が彼女付きで居るし、日本中飛び回って働かされたあげくには大阪から宇宙へと出向ときたもんだ。
「【犬神】という宇宙人と日本政府はパイプを太くしたいのだ。スマン」と上司の五島さんに頭を下げられ、宇宙船にのって銀河の果てまで行ってこいと依頼された・・・健人としては「時給が上がるなら、まぁいいか」である。ゾッカー → 宇宙局 → 宇宙 →【犬神】機動巨兵操縦者 →“虫”と宇宙戦闘 と時間経過と経験増加にそって時給は増えているようだし(貯金と預金が増えるのは正義である)ロボットを動かすことは身体を鍛えることと同義であるのも嗜好に合う。整備士たちと油まみれになるのも将来の職業選択の幅を広がる気がする。
よくわからないのは、同じクラスの前田綾と橋本京子である。
前田綾は実は“ゾッカー”の一員だったらしい。
「アルバイト先が実は“ぞっかー”だったの~」
その言葉には若干首を傾げたが、【エスクリダオ・グループ】のバイト条件は良い。まぁ有り得る話とそれは納得した。(おい)
実は“妖精”のカバン飾り“モップ”曰く『前田綾ノ“妖精”ハ、健人ト縁ガ深イ。メッチャ深イ。』とのことで合縁奇縁を了承した。
橋本京子は前田の親友らしいから、2人が宇宙まで自分に同行してくるのも・・・なんで付いてきたのだアイツら??
だが、先日の宇宙での戦いでは前田綾の“妖精”=“貴船”の能力に助けられた。“黒胡蜂”は倒したものの、あのまま宇宙を漂流していたらどこまで飛ばされたかわからないからだ。同僚…ちがう、戦友の市之丞さんも助けてくれたことには深く感謝している。
自分の感情を表現するのは苦手な久良木健人であるが、戦闘後の健康診断の合間、前田綾には素直に感謝の言葉を述べた。横に居た橋本京子が報酬として前田とデートするように命じてきたため、週に1度【犬神】本星のスイーツ巡りをしているのだが。
今日は「婚約者」美加姫の命令で、指定された場所に赴いたところ、巨大なテント・パビリオンである。
(宇宙人もサーカスとかあるのかなぁ。木之下とかボリッショイって名称は実は宇宙規模だったりして?)
そんなわけがなく、通用門から通されたのは【将軍家御指南番・柳生流本星一番道場】であった。
【犬神】には一嗅ぎで理解出来る“臭覚表示”であるが、“妖精”を常駐させない健人には理解出来なかっただけであった。
その道場は女人禁制ではないらしい。が、健人は道場中央に導かれた、前田と橋本は道場の端、ずらりと並んで正座する侍たちの前列へと誘導されていった。「何で離ればなれ-キィー」と騒ぐ橋本の声を尻目に、正座した健人は、犬っぽく精悍な顔つきの侍たちに目を向ける。
(みんな立派な成人ばかり…だよなぁ。この道場って仔犬向けではないのか。)そのどう見ても成人どころか歴戦の勇士たちから注がれるアツい視線と鼻を嗅ぐ様子に対し、どうしてよいのか、なにをしたらいいのか、所在ない健人である。
地球人はニオイを嗅がれるのには、どうも慣れない。前田も橋本もよく言っている。
健人は仕方なく天上でも見上げてみる。
(、床はしっかりした造りなのに、天上は幕なんだなぁ。そういえば壁も…木でも土でもコンクリでもなくて丈夫そうな布だなぁ。遊牧民族のゲルとかパオってのを大きくしたみたい。日本史の先生が『幕府の幕ってのは、戦場で移動するテントのことだ。征夷大将軍を任じられた武士が戦場で設置した幕張の仮住居ってのが幕府の語源だ』って言ってたけど、【犬神】は武士政権だから、テント生活なのかな?)
健人が借りている長屋…台所的な土間とベッドルーム兼リビングルームが八畳一間、の住居は土に似た外見の合成物質で建てられている。
【犬神】種族は、住居には拘らないようである。無駄なニオイを発しない空間で寝られたらそれで満足らしい。
食事は基本外に出て店で飲食する。この習慣も「家に臭いを付けない」が理由らしい。ちなみに、お風呂は銭湯。【犬神】と【九尾】は【虎族】と【猫族】に比べれば清潔好きと自称している。
これには【猫族】も強く言い返すらしいので、いつか【猫族】にも会ってみたい健人である。【虎族】は?
その銭湯でチラ見すると、誰もが“烏の行水”…“狼の沐浴”としか思えない素早さで誰もが終えていく。嗅覚を主たる外界認知器官とする【犬神】が不潔なハズがない。身体や頭髪、それにシッポを丁寧に洗って、健人が驚く早さであがっていく。サウナに連れて行ったら…。
自然物質由来の無臭石鹸で身体を洗う狼姿に見慣れたころ【猿族】の健人も行きつけの銭湯で「【猿族】も清潔好き」と知られるようになったのがここ数日である。将軍家御息女の中屋敷や下屋敷に住むの断ったのは、こういう暮らしの方が健人は落ち着くからだ。
話が流れたが、【犬神】は嗅覚で全てを知る。耳や目は従属器官である。
全身の感覚を鍛えている剣士たちが、“黒胡蜂”を墜とした男=久良木健人のニオイをひと嗅ぎシテして理解出来ないはずがない。
汗に含まれる物質だけで【犬神】の技量が理解出来る。身体を鍛えていない町人とは成分が違う。分泌物が全く異なるのだ。
身体を使う農民や職人の筋肉とも違う。筋繊維が持久力に鍛えられているか瞬発力に偏っているか、集中力の高まりにより発汗部位や質も異なる。鍛えてきた年月や、その激しさでも汗も息も千変万化なのだ。
【犬神】以外の種族には理解されないことが、この臭覚認知である。
【犬神】種族ばかりの惑星では町中の表示や看板、道路標識、交通信号に至るまで「臭い」と「匂い」による情報があちこちで立ち昇っている。家の前には表札として「匂い」定着させてあり、施設や店舗は適した「芳香」を発している。文字や色、あるいは形で認識する情報よりもどこからでも流れ込んでくる臭覚の方が便利なのだ。どこからでも入って来るのは耳への音も同じだが、匂いの方が種類が多岐である。無限に組み合わせられると言える。目で見るものや耳に入る音よりも、匂いの方が密接に記憶に繋がるという説も根強い。
視覚による文字・画像の情報伝達を主としている【猿族】は「臭覚」の表記や表現自体が少ないのも困ったものだ。
顔に浴びる一陣の風。そこに含まれる情報が如何に芳醇か。それが理解出来ない者は料理も十全には味わっていないのではなかろうか。風邪を引いて鼻が詰まったとき、美味を感じられはしない。【犬神】が他種族を見下してしまうのはそういう点である。
【猿族】宇宙服のヘルメット内側には宇宙を映すモニターが貼り付けてある。石油を加工した透明な樹脂越しに、生まれついての眼球で情報を認識するレベルでは、宇宙では浮かぶのが精々だ。宇宙遊泳が褒められる科学レベルとはなんぞや。
太陽風や宇宙線は惑星由来の生身のままでは不可視・なにも感知できない。光学情報を電子機器で増幅してやっと周囲のことが一部理解出来る。が、目に入れるためには「それ」を見つけるのが先であり、見つけるためには「全方位観察」が必須だ。
【犬神】のヘルメットには嗅覚探知を増幅する機器が搭載されている。宇宙空間は完全なる真空状態ではない。未発達な科学レベルでは知られなかった様々な粒子が飛び交うのが宇宙。無論、分子レベルより小さな物質には臭覚物質も付帯しにくくなり、ニオイによる情報は希薄となる。それを電子機器で増幅するにも限度があり、それが【犬神】の宇宙進出の限界でもあったが・・・“妖精”の登場が激変させた。
しかし、その外界情報認識レベルでも捉えきれなかった“黒胡蜂”である。目にも止まらない、鼻も利かない“速さ”が“黒胡蜂”だった。 その“黒胡蜂”を斬ったのが久良木健人と金子市之丞。
【犬神】の知る者ぞ知る遣い手、市之丞はともかく、つい先日【龍族】に併呑された後発星の【猿族】の一人が“壱百壱”の侍に勝るとは、認めがたい事実であり・・・
そんな広大な道場に犇めく【犬神】剣士たちの思考を止めたのは、奥の間から向かってくる一団である。
人の気配が横断幕の向こうに生じた。
幾重もの幕の向こうゆえに人影などまだ見えもしない。けれど【犬神】には知覚可能だ。
7人、いや8人の異なる「匂い」が横断幕の上下から漏れ出ずる。
女性が一人。“妖精”の欺瞞で男性を模しているが、この場の剣士たちには“一目瞭然”いや“一聞瞭然”だ。(【瞭】は目に見えてはっきり、の意味なので、まだ正しくないのだが)女性が男性の衣装を身につけて…将軍家御息女であり、“壱百壱艦隊”の護衛対象である駄々姫こと美加姫様の御入来である。剣士たちが一斉に姿勢を正す動きが波のよう。
座る場所は異なるが、3人のチキュウ人以外は、それ以外の情報も嗅ぎ分けている。
この道場で鍛錬している者ならば間違いようがない“柳生道場の主”と長子は似て非なるニオイを漂わせている。離れた位置でも身を強張らせる武威の臭い。【柳生門下】に共通しつつ、圧倒的な上位者だけが修練の果てに身につける気配である。
それに続くニオイは嗅ぎ慣れないモノばかりだ。数百人いる剣士たちでも“四天王”や“十剣士”と呼ばれる者だけが知るニオイである。
(…だが、あの御方は亡くなられたはずでは?御子神源四郎が小野派の総帥を拝命したのは、忠明殿急逝ゆえとのお沙汰があったはずだが)
いかに指南番とはいえども、先代将軍と先々代将軍を平然と打擲して切り傷と打撲跡だらけの将軍に対し「修練が足りませぬ」と言い捨てたという伝説の持ち主。柳生と同じ将軍家御指南番でありながら終生忌避された武辺者は数年前に身罷ったはずでは、と幾人かが眉をひそめる。
小野派一刀流の当代の主は柳生三厳(通称十兵衛)と親交厚く技量伯仲と噂されている。当の十兵衛曰く「3番勝負ならワシが2本取るだろう。だが一本勝負なら結果はわからん」と称したとされる。
近寄るにつれて、ニオイは明確に届く。誰もが音を立てぬ足運びであり、幕越しでは何も見えない。
けれど、人物像が脳裏に浮かぶ。男性でありながら、女性・美加姫様からの移り香が濃い人物は金子市之丞であろう。
かつて柳生道場で俊英の誉れ高く、次世代を担うと賞せられた人物である。が、とあるイクサにて、【虎族】の白虎に瀕死を救われた。
以後の市之丞の消息は不明であった。次に名が出たのは。美加姫の近衛隊“天保六花撰”就任時である。
(世襲君主の警護を担当するのが近衛隊、非世襲者の警護を担当するのが親衛隊と定義すると、この時点では美加姫は…)
銀河宇宙の各星系を巡り、美加姫の伴侶に相応しい存在を連れて帰る、という冗談めかした行脚理由はともかく、美加姫の最寄りで守護する侍は何者かと話題になったのは何年も前である。
柳生の二人、小野の二人、美加姫様に市之丞、と幕越しであっても並び位置まで嗅ぎしれる。
その後ろに続くのが…胡瓜のかほり…暇があれば禿頭にキュウリパックするのは、天光寺流の総帥だったか。
大身旗本家や親藩譜代の大名家は柳生道場で修練するが、それ以外にも道場は数え切れないくらい存在する。(小野派の門を叩くのは余程の剛の者か愚か者でしかあり得ない)それら数多ある道場の中で、近年勢いがあるのが天光寺流である。剣技だけでなく、軍法にも詳しい天光寺輝は在野の武士の中では一段抜けていた。誰に対しても腹蔵なく接する人柄は十兵衛や御子神とも親しくなり、江戸の剣術界にてたちまち名を上げた人物である。父親の急逝により道場を継いだ現在も門下生が減ることはなく、木刀の打ち合う音と軍議を語る声が途切れる日はない。
天光寺輝抜刀流は、その祖先を・・・・以下30行削除。
問題は次の人物だからである。
そのニオイを嗅いだことのある者は、この場にはいなかった。
8人の最後尾にて、その男が道場に足を踏み入れた際も全ての侍が訝しんだ。
男装した美加姫様に準ずる、優男な容姿である。
しかし左手に提げている木剣は、長大である。
いや、長い。数合で折れるのでは、と思わせるが、その黒拵えの木剣には風格がある。
木剣から臭いがする。刀の鉄の臭いとは無論異なる。が、木の香りとも、違う。
樹齢3000年の一位樫を材とし、類い希な剣客を渡り歩いた十聖剣の一本という説が・・・要は、血に塗れた一品である。
男の名前は秋月六郎太。【犬神】将軍家には因縁深い人物である。
日本は宇宙人に侵略されました。
最後までお読みいただきありがとうございます。
蛭田達也先生の『コータローまかりとおる!』
車田正美先生の『風魔の小次郎』
柴田連三郎先生の『運命峠』
どれも名作ですよね。




