262 ビワコ西岸“虫”戦闘おさらい
宇宙人に侵略された日本の高校生は、民間人戦闘員として、異次元からの侵略生物“虫”と戦う。
巨大ロボットやパワード・スーツがなくても、高校生は戦えるのである。
262 ビワコ西岸“虫”戦闘おさらい
「・・・ビワコ西岸、“虫”多し。」
つぶやいた男の両眼は閉ざされている。彼は脳内で情報を走査しているのだ。
行灯町にある、アンドン・こどもの国という児童、子供向け文化ゾーンは戦場となっていた。
山間に突如湧き出た“虫”の大群が琵琶湖に押し寄せてきたのだ。
高校生を中心とした民間人戦闘部隊“妖精服”たちが懸命に“虫”の移動を阻んでいる。
「…主力の“岩っくれ”が抜けたのが厳しいな。しかし、」
男が“岩っくれ”と称したのは、5メートルサイズの強化装甲服=パワード・スーツのことである。
“妖精”装着者だけが搭乗出来る、宇宙人の超科学力による格闘戦闘兵器。
だが、機動歩兵部隊は急遽、戦場を離れ、南下していった。
ここより数km南の山腹に超大型の“虫”が出現したのだ。
超科学の産物“妖精”服であっても、“妖精”服はボディ・アーマーの延長に過ぎない。
4m~10m弱の“虫”には“妖精服”部隊が集団でかかれば対応可能であるが、20m級の超大型“虫”は手に余る。
「しっかし、宇宙用機動歩兵サイズの“虫”が惑星上に出現って、この星では初めてじゃないのかな…ん、そうだな。」
この男も“妖精”を使いこなしている。
宇宙人がもたらした超科学の産物=戦術・戦闘支援システム“妖精”。
装着することで使用者の能力を数倍に引き上げる情報処理かつ様々な兵器の集合体。
“妖精”は万能の起動システムである。
身につけた稀少金属や特殊物質を中心核として万能戦闘服を瞬時に構成する。
その機能は「宇宙人の侵略」以前に米軍が開発していた「筋力増加補助装置」の比ではない。
“妖精”は戦闘時に使用者の脳に同調して戦闘情報を認識させる。さらに使用者の意図を理解して最適な戦闘機動を行うよう身体を操作する。
神経伝達系の生体電流を加速すると同時に、骨密度や筋繊維を部分的に強化さえ行い、能力を常人の5~10倍に至らしめる。
(特筆するべきは、対象者の強化、に対する副作用や後遺症などを残さない処理能力であるが)
また“妖精”の能力は人体への干渉にとどまらない。
装着者の周辺の大気・大地・あるいは建築物から必要な分子を瞬間的に吸集し、必要な物質へと再構成する“周辺元素固定装置”。
これにより重金属を高加熱して発射する“ビーム銃”と“ビーム剣”は“虫”に対抗できる最も効果的な武器となっている。
攻撃だけではなく、被害直前に装甲材を粗密変換することや、衝撃を吸収する緩衝剤、さらには重力及び慣性制御・・・
“虫”の襲撃は日本国内だけではない。世界各国に“虫”が降下あるいは出現している現在、世界各国は日本へ“妖精”の拡散を求めている。
だがしかし、“妖精”に適応可能な人間は・・・これに関しては、いつか記されることであろう。
今は、傍観するこの男性が“妖精”の力で、この周辺「ビワコ西岸エリア」を注視している状況から始めたい。
「“岩っくれ”がなくても戦えるんだな。…ビーム剣の使用が多いな。【犬神】族に似た戦い方か。【猿族】なのに面白い。」
ビーム粒子を球状に固めて発射する“ビーム銃”より、1メートルほど「放出しつづける」ビーム剣の方が負担は大きい。
重金属粒子の使用量と放出口の耐燃性を考えれば、剣よりも銃の方が“お手軽”なのだ。
それでも、目の前の“妖精”服=高校生を中心とした民間人戦闘部隊は、剣を主とした戦法を採っている。
“ビーム剣”は常時発振するものではない。振る、あるいは突く際の一瞬の相手との接触時のみ重金属粒子が“ビーム刃”を構成する。
かなりの数の“妖精服”が戦闘を行っているため、ビーム剣のきらめぎがアチラコチラで眩しい。。
俯瞰すると、ぎりぎりのタイミングまで素振りかチャンバラごっこのようだ。まるで素手で“虫”に挑んでいるように見える。
けれど監視する男も“妖精”使いである。一瞬の“ビーム剣”使用を見逃すはずは、ない。
見られている、とは気付きようもなく、高校生たちの戦闘方法が【虎族】型であり、かつ集団戦術は【犬神】に似ていることに気付く。
「うーん“狼虎折衷”とで呼ぼうか。…なんで辺境のこんな星が、イクサ慣れしてんだ?ここを侵略したのは【龍族】だったよな。」
ガラスのような半透明の、直線と平面と球で形作られた“虫”の群れが、琵琶湖へと押し寄せていく。
この町は農地が多いのだが、その一画の地下から“虫”は湧き出たようだ。そして、脇目もふらず、←異次元?生物?“虫”に目があるのならばだが、湖へと向かっている。“虫”が狙うのはおそらくビワコ上空に浮遊している【龍族】の巨大病院である。
“虫”は有機物の摂食も行うが、稀少金属や希少土に対しても貪欲である。
超科学の粋を極めた巨大な【龍族】再生医療病院施設は、アリの群れに置かれた角砂糖と等しい。
一匹一匹は5メートル前後。ワゴン車ほどである。大柄な個体はマイクロバス…幼稚園や保育園の児童を送迎するアレよりも大きい。
“虫”の名にふさわしく、基本的には細身の胴体から生えている6本の脚部。
胴体の前後には頭部・腹部に似た形状があり、頭部に見える部位を切断すれば行動は停止する。
動かなくなった“虫”は数秒で粉末化が開始して、ガラスから砂状になり…消滅する。
散らばるのではなく、消え失せてしまうため、“虫”あるいは“敵”に関する研究は遅々として進まない。
“虫”は細身であるためワゴン車より圧迫感は少ないが、後ろ足で立ち上がると頭部位は一般家庭の2階ほどの高さとなる。
建築物の2階まで跳び上がって、頭部位や首の位置へと剣を振るうのは“妖精”服であっても困難である・・・1対1ならば。
高校生たちは4人で1チームを採用している。
地球が、いや、日本が宇宙人に占領されたあの日。
「ワ・レ・ワ・レ・ハ・宇・宙・人・ダ・」
そんな、“わっかりやす~い”第一声の後、日本政府と自衛隊、警察庁は無血占領され、日本は無条件降伏した。
象徴天皇制や議会制民主主義に宇宙人はあらためようとはせず、真っ先に取り組んだのは土木工事と教育関連。
宇宙人が乗り出した教育改革は実務優先であった。胡散臭い政治家が選挙で語る「未来のため」のような絵空事ではなかった。
午前中は教室で座学。午後は救急活動、あるいは避難に際しての役割分担。高校生と一部中学生は戦闘訓練を行う。
全てが“虫”から日本を守る処置であった。そして数ヶ月の後、準備期間は終わり、実戦が始まった。
“妖精”による個人戦闘訓練も重要であったが、集団戦術の組織化と訓練も重視されてきた。
それは重装甲歩兵集団による密集隊形戦術より、軽武装騎士騎馬戦術に似ているかもしれない。いや、違う…。
似た戦闘方法は・・・ニンジャ複数による、包囲殲滅スタイルか?←なんじゃそりゃ。
監視する男は幾つかの脳裏に浮かぶ(←“妖精”が情報を表示)戦闘隊形と合うようで合わない、目の前のイクサぶりに微笑む。
「【犬神】や【虎族】とは似て異なる戦闘か。話題の“五爪部隊”や【御息女の許婚者】を生み出したチキュウって、納得だな。」
4人1チームの戦闘部隊が“虫”と戦っている。
“妖精”が脳裏で最適の戦術を選ぶ。“虫”のサイズ、足下や背後、周囲の状況、援護の可否、それらを総合して幾つかの戦術を代表に提示。 その間も、身を守る戦闘機動は実行し、そのための最適な“妖精”服強化と戦闘態勢への移行…ビーム銃とビーム剣の放出口が手首と肩口から延びだしてくる。6本脚形状の“虫”に対して、“妖精服戦闘員”も遠目には6脚に見える。
先頭に位置する2人が“虫”を引きつける高速機動を開始。
“虫”の主な認識が視覚中心か、それは未だ不明だ。が、“虫”は最接近する対象に即座に頭部位を向ける。
そして近接。頭部位のアギトで噛みつく個体か、前脚を振り回す個体か、6脚及び体幹の過重部位を“妖精”が測定する。
振り回す前には振りかぶらなくてはならない。バックスイングを行おうとするのは前脚か首か、それは視覚認知よりも空気の乱れによる振動検知と地面への踏みだしの音の方が速く確実である。“虫”に対する“妖精”のセンサーは臭いと温度は不確実と判定する。
視覚も順位は低い。
「察知が速いのは【猫族】みたいだな。ホント、こいつら【猿族】かい?」
宇宙人の戦闘記録によれば酸や高熱物質を放出する“虫”も存在するらしいが、地球上ではまだ未確認。よって、攻撃予測は物理のみ。
高校生たちは流れ弾を警戒して“ビーム銃”より“ビーム剣”を選択。
一般人や建築物の被害を考慮する市街地戦闘も合わせて、高校生たちは“ビーム剣”戦闘を主体とする。
“虫”に向け2人が跳び出す。が、即座に左右へと分かれる。“虫”は一瞬であっても右か左か対応に時間差が生じる。
挟み撃ち、に跳びかかる先行の2人、が、“虫”の判断も早い。狙いを定めた一方へと身を乗り出す“虫”。
それは想定内、いやいや日々の訓練の定石である。“虫”が身を起こして覆い被さってくる、あるいは直線的に体当たりしてくるのはシミュレーションでも、模擬訓練でも飽きるほど、イヤになる程繰り返してきた過程だ。
2人の“妖精”戦闘員は、“虫”が自分に向かって来ても、正面から受け止めることはない。
普通乗用車より大きな物体が高速で突っ込んできても・・・身体が硬直しない訓練は積んできている。さらに“妖精”の力。
狙われた戦闘員は退避行動に移行。すたこらさっさと一時離脱。
相手にされなかったもう一人“妖精”戦闘員は“虫”の背後から攻撃を切りつけていく。
後続の2人は“虫”の横から突入となる。この3人の狙いは脚である。
面積の広い横からの攻撃を主とする2人と、逆位置から攻め込む1人。一時離脱した者も状況を確認し、“虫”の背後から切りかかる。
・・・ここまで数秒。
“妖精”戦闘員の第一目標は常に“脚部切断”である。
頭部あるいは胴体の括れた箇所切断する「トドメ」を急ぐ必要はない。
6脚のうち一本でも切断する。それで“虫”の機動力は激減する。
「ふむ。“虫”には個体差があるはずだが、あの戦法ならば狙いはいつも同じか…それにしぼった訓練を積んでいるなあ。」
1チームは一匹の“虫”に対しトドメを刺すことに拘泥していない。
速度を落とさないこと。一撃を与えたら、チーム全員が離脱して、次の“虫”に攻撃を仕掛ける。
どのチームも移動を続け、攻撃の手を止めない。既に1脚を失った“虫”に対峙したときは2本目の脚、3本目の脚を奪う。
常に“虫”には一撃離脱を徹底している。
パワード・スーツ“機動歩兵”が部隊からごっそり抜けたことで、戦況が不利になるかと思いきや、“虫”の進行を阻んでいる。
監視者の“妖精”は、目の前の部隊に全体指揮官は不在と示している。それでなお、この状況。
男は脳裏で違う情報を求めた。この部隊の上位指揮官は如何なる存在か、もしくはさらに上に指導者がいるのか。
日本を占領した【龍族】とは異なるイクサ手立て。【犬神】や【虎族】にも似て非なる。このイクサぶりは・・・
「はぁ。アイツらか。【虎族】本星で話題の“五爪部隊”のガキどもがこのガッコウの先任指揮官か…。いやいやそれとも“雌鳥が先か卵が先か”みたいに、この素地があってこそ、“五爪部隊”は【虎族】星系で活躍できたのかしらん?」
“妖精”が男の脳裏に『川中島上杉謙信ニヨル“クルマガカリ”ト長篠織田軍ノ“銃兵配置ト烏渡法ノ応用”ト推測』と表示する。
この“妖精”は日本史の情報網から選択したようであるが、男はもう興味を失っていた。違う表示が強調されたのだ。
遠く離れた【虎族】星系にて騎士に叙任、いや貴族号を叙勲されたという新情報。“妖精”の示した2人の名前に驚いたのだ。
「シュンがギシュウに、ユカリがギケイに…って、勲爵士どころじゃない。“ギ”だって?」
監視者、マサキは彼をこんな辺境の星に赴かせた所属事務所のチーフを呼び出す・・・出ない。
礼儀正しく、“妖精”通信のノックの挨拶を行っても、梨の礫である。(無しの礫は誤記である。)
「おいおいおい、【猿族】の子供に“ギ”の称号って。【虎族】の伝説的な…。ってことは、この目の前の子猿どもの戦術に、【虎族】は伝説のギチュウとギケイに似た何かを感じたってことですかぁ? チーフ~ユミちゃん~早く出てヨー。」
まさか事務所が【犬神】【虎族】の諜報組織に狙われ、後始末及び今後の打ち合わせに所長一同が【猿族】本星の警察署に出頭し、“妖精”不通知部屋で相談しているとは想像できないのがふつうである。
『誰か居ませんかー。家賃の取り立てでも国営放送の受信料請求でもありませんからー。』
のんきな呼び出しの間にも、男の“妖精”は新規データを注入する。
「・・・もうっ。鯵サンドでも食べているのかな? ん?あっちでも巨大な“妖精”反応?? 」
男は目の前の対“虫”戦闘を最後まで見られないことを少し残念に思いながら、光学迷彩を切り、移動を開始した。
日本は宇宙人に侵略されました。
最後までお読みいただき、ありがとうございます。
前回投稿分は尻切れだったので、少しですが投稿です。
登場人物のモデルにしたのは、おはよう朝サラダ の人ですが、アイドルと結婚したり刑事物で活躍したりしてたのって、ひと昔どころではない過去なんですね。いつまでも若いイメージなんですが。




