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255  さむしろに衣かたしき今宵もや 我をまつらん宇治の橋姫 終

宇宙での戦いがひとつ終わる。

宇宙戦艦が沈み、巨大機動兵器が砕けていく。

そして異次元よりの侵入は終わらない。

255  さむしろに衣かたしき今宵もや 我をまつらん宇治の橋姫 終


 強行偵察艇の乗務員全員と“妖精”通信を行った【猫族】艦隊司令シロサン・エルビーはため息をついた。

 艦橋のあちこちに展開している空間画面のひとつがその“黒い波濤”を映しだしている。

(採集筒を逆に吸収してしまった物質とは…)

 その疑問に推論をあてはめようとしたとき、彼女の脳裏を強い衝撃が襲う。

『【猫族】ノ長ニ命ズル。抗ウコトハ、コノ戦ノ勝利ヲ逃ス因トナラン。』

 敵意ではない。が親近感は程遠い“妖精”の感情。強烈にシロサンに伝わてきた…

“妖精”の感情だと?

『ワタシは【猫族】のオサではないのナー。艦隊を預かっているだけナー。』

『承知シテオル。ソナタニ欲スルは“大妖精”ノ起動ナリ。』

 艦隊指揮艦、それも上位艦種にのみ装備されている“大妖精”。その能力は通常の“妖精”と異なり、ひとつに限定されている。

 躊躇いや抗いを許されない“妖精”の強い口調。

 だが彼女も【猫族】の知将と呼ばれている。猫の順位付けは厳しいのだ。怯むわけにはいかない。

 ましてや軍を預かる者が唯々諾々と従えようか、それが“妖精”であっても。

『ネコのサガ、相変ワラズ強情ナリ。』

 シロサンは微笑まれた気がした。皮肉か?

『…我ハ“貴船”。五月姫付キ“妖精”ナリ。我ガ姫様ハ現在【犬神】ヲ味方サレテオル。』

 それならば今は“敵”ではない。だが、

『【虎族】も【犬神】もクロック・アップを使いすぎている。【猫族】と【龍族】は可能だが、戦域まで距離がありすぎる。』

『安心セヨ小娘。ソナタ達、“人”ニハ使ワヌ。ソレデハ了解セヨ。』

 自身を小娘扱いされたことに少しの喜びと大きな憤りが生じるシロサンであった。

 しかし、“大妖精”が勝手に起動シークエンスに入ったことによる混乱への対応が先であった。


 クロック・アップ。“妖精”の変異種“大妖精”の能力である。

 周囲の“妖精”装着者・使用者の体内時計を高速化する能力である。

 人は筋肉が動かしている。心臓のような不随意筋であれ、手足の随意筋であれ、筋肉の動きそのものが身体内部の活動を継続させるのだ。

 生きるとは筋肉が動くことであり、動物の“動”とは筋肉のことかもしれない。

 その筋肉を操作するのは神経系であり、それを命じる脳からの情報は生体電流である。 

 神経節と神経節、シナプスの枝を飛び越えていくその電流は速さだけでなく情報量も濃密である。

 その生体電流の発生元=脳の活動、そして生体電流の伝達速度、それに従う筋肉繊維の筋収縮も体液のブラウン運動も全てを加速させる。

 “妖精”が身体能力を向上させる、というのは筋肉のことだけではない。脳も内臓も筋細胞も末梢神経も全てであるのだ。 

 その結果、“妖精”の装着者は通常の数倍から数十倍早く“時間の流れ”を進めるようになる。

 感覚としては、自分はいつも通りであるが、周囲が遅くなる感じであるのだが。

 使用可能時間が限られること、また使用後の反動が大きいことから指揮官はクロック・アップの乱用を戒められている。

 ・・・そのクロック・アップを“人”には使わない、とはどういう意味であるのか。

 シロサン・エルビーの秀でた記憶の中には、そのような項目はなかった。


『五月姫、刻ヲ乱ス邪法ノ使用ヲお許しクダサイ。』

 宇宙空間を突き進む、黒い浮世絵“神奈川沖浪裏”の波の頂点では前田綾がずっと久良木健人をのぞきこんでいる。

 かわいそうなことに、金子市之丞は思い出したときにちらりと確認されるだけ…。恋する乙女は冷酷でもある。

左右に寝たきりの男性2人を従えた黒衣のゾッカー戦闘員“黒蒲公英”は“妖精”“貴船”の言葉を理解出来ない。

「じゃほう?」

『ハイ。虚ケ者ドモガ、世ノ理ヲ乱シテ編ミ上ゲタ愚カナ呪術ニゴザリマス。デスガ、今コノトキニハ都合ガ良ロシイ。』

「ん、“貴船”ちゃんの思うとおりにやっちゃって。私は“貴船”ちゃんを信じているから。」

『ホンニ勿体ナイ御言葉…“貴船”ノ忠誠ハ終生、イヤ来世デモト誓ッタ甲斐ガゴザイリマシタ…』

 “妖精”の涙声。銀河人類は“妖精”は機械の一種または非人間的な何かとしか考えていないのだが。

「いやいや、パンダ先生はちがうよ」「モップは家族だ。」と述べる2人を除いて。


【“大妖精”、目覚メヨ! 刻ノ流レヲ乱シ、“黒綿毛”ヲ生成シ続ケルベシ。】


 黒い波が早まる。

 宇宙空間の進路上に浮かぶ残骸も瓦礫も空間物質も無機物も有機物も全てが黒い闇に取り込まれた途端“黒綿毛”へと物質変換されていく。

 漆黒の波濤は次第に人とも獣とも判別の付かない形状へと変化(へんげ)していく。

 “妖精”の持つ周辺物質固定能力が“黒綿毛”を次々に生み出していくのだ。

 その速度を通常の十数倍に早めたのは“大妖精”のクロック・アップ能力であった。

 綾の脳から発せられる特殊な波長。クロック・アップは綾にのみ作用していた。

 “黒綿毛”の集積は黒い波濤となって押し寄せていく。次第次第にその形が人がましく変じていく。

 その手がにゅっと伸ばされる。

 前方に広がる“敵”の大艦隊、その前方を埋め尽くす薄黄色い“虫”の群れ。

 濃密な“虫”の群れは“黒胡蜂”が墜とされて、しばし停止していた。

 が、次第に塊を形成し白虎艦隊を守る【犬神】艦隊へ襲いかかる間際であった。

 先頭の“スズメバチ”たちは後詰めとして艦隊を守る【犬神】「機猟巨兵」と交戦している。

 その背後から、「ぬっ」と巨大な黒い影が広がっていった。


【ワン公タチよ、五月姫ノ進軍ヲ妨ゲルデナイ! ソナタタチモ“喰らい尽くすぞ”】


 その声を聞くや、機猟巨兵は一斉に散開した。

 相手を失い、とまどったのか空宙停止する“スズメバチ”。

 戦闘宙域を浮遊する、かつては宇宙戦艦や艦載機だった金属が吸い寄せられていく。

 一度壊れた物質が再度集まり、巨大な“餓者髑髏”が生み出された。

 “餓者髑髏”の内部は黒い荒波のままである。表面の瓦礫や破片は中心に吸い寄せられ“黒綿毛”に次々と変換されていく。

 “餓者髑髏”は巨大化を続ける。その巨体を“スズメバチ”は敵と認識した。

 数十いや数百単位で“スズメバチ”が突撃してくる。

 銀色の残骸を纏った黒い巨体はその片手で“スズメバチ”の塊を制する。

 掌の内部に数百匹の“スズメバチ”が内包される。

 “スズメバチ”の身体が小さくなる。“黒綿毛”が黄色い全身を包み込んでいる。

 “黒綿毛”の生み出す巨大な圧力は“スズメバチ”の全身を均等に締め上げていった。

 地球の深海奥深くでの惨劇。沈没した船が、水圧で破壊され、小さく小さく丸められるように。

 宇宙空間で“スズメバチ”たちは重力に押しつぶされていった。全ての“虫”が同時に。

 羽根がもげる。6本の脚が数カ所で折れちぎれていく。首と胸と腹のくびれ箇所が切断される。

 そして、脆いガラス細工のように“スズメバチ”たちは全身を粉砕されてどこかへと流れ去っていくのだ。


【…ヤハリ異世界ノ住人カヤ。コノ“虫”ドモは肌ニ合ワヌ。】


 “スズメバチ”は“黒綿毛”に物質変換できないのか、“餓者髑髏”の巨大化は止まったようである。が、その進撃は止まらない。

 全身に集ってくる“スズメバチ”を両の掌だけでなく、脚で、腹で、頭で、包み込み覆い尽くす“餓者髑髏”。

 みるみるうちに“スズメバチ”の群れは数を減らしていく。

 しばらくして周囲の“スズメバチ”を全て粉滅した“餓者髑髏”は、頭部の両空洞で遠くを見定めた。

 次は“敵”の戦艦だ。


 戦艦や機動巨兵の残骸を身に纏っては巨大化していく“餓者髑髏”。その盆の窪辺りに2機の「機猟巨兵」が留まっている。

 【犬神】将軍家指南役、御子神源四郎と天光寺流当主、天光寺輝の機体だ。

 天光寺機には【虎族】の勇将ノモゥ・ダベトが収容されている。「機猟巨兵」の操縦筒は狭いため、ノモゥは屈葬のよう。

『天光寺、“スズメバチ”どもは黒い靄…霧の中で圧壊しているな。』

『…御子神、そなたキリとカスミとモヤを季語で分別しているのか? 拙者は視程距離で区別派だぞ。』

『…どうせ、お天気お姉さんの影響であろう。』

『いや、おき太くんだ。おき太くんが遅刻した日、マサキさんは陰でおき太クンをボコったという噂があってな。』

 馬鹿な話を続けながら、2人の目、いや“妖精”の情報偵察機能は全開である。

『この2機が“黒綿毛”とやらに変じないのはナゼだ?』

『五月姫とやらの能力であろう。“貴船”と申した“妖精”の力は空前絶後だ。検索したが例がない。』

 “妖精”が感情を露わにするだけでも非常である。さらにこの破壊力は味方であっても脅威だ。

『まるで蚊柱の中に突っ込むように“虫”を平らげていく…この“餓者髑髏”は包むだけで“虫”を退治しておる。』

『“餓者髑髏”の名はもうふさわしくないな。・・・全身真っ黒・・・これは“泥田坊”だな』

【失礼千万。ソナタラも“黒綿毛”ニ転ジテヤロウカ?】 

 脳裏に歯痛のような衝撃。

【ソナタたちノ役割ハ猫ヤ犬ニ状況ヲ告ゲルコトダ。肝ガ座ッテ居ル故ニ連レテキタガ、剽ゲ過ギダ。】

 なるほど、と納得する2人。あわてて周辺状況を【犬神】と【猫族】に“妖精”通信し始める。

 巨大化しきった泥田坊であっても、“敵”の大艦隊は圧倒的な質量比である。


 【猫族】艦隊旗艦“シローガ”から命令がとぶ。

『ドロタボウは一直線に“敵”球形陣の中央を目指すと思われる。【猫・龍】合同艦隊は南天より遠距離砲撃戦。その後機動艦隊戦にて“敵”艦隊を撃滅する。【犬神】艦隊は北天より攻撃を続行。【虎族】艦隊、31番艦隊は“敵”後方へ移動せよ。』

 通信官たちは即座に“妖精”通信を全軍へと発信するが、参謀官たちがシロサンへと顔を向ける。

「閣下、31番艦隊は補給こそ終えましたが、戦力をほぼ失っております。」

「ドロタボウを前面に押し立てて、“敵”を徐々にマブタ…ゲートへと追い込んだ方が…」

 そのとき4つの空間画面が開いた。

『シロサン閣下。ご無礼お許しください。』

 【虎族】艦隊の宿将タージフが最初に頭を垂れた。

『何卒、我らに』『“敵”艦隊旗艦攻撃の任務を!』

 髭面のスィーバと童顔のダッカオが言葉を繋ぐ。どちらの顔も涙で濡れている。

『【虎族】星系存亡の危機を最後まで他族にお任せしては、虎姫様に合わせる顔がありませぬ。』

 理性的と名高いラムカナ提督も涙を滲ませている。

 空間画面から、はみ出しそうな【虎族】猛将たちの顔つきに、参謀官は喰われそうな気がした。

 【虎族】と【猫族】。

 近年は三族艦隊に連ねて立場が向上したとはいえ、【猫族】は長い時間を虐げられて過ごしてきた。

 それが今、上位種族【虎族】の将軍が【猫族】司令官に、両膝を付かんばかりに哀願している。

『31番艦隊は“敵”球形陣の後方を扼せよ。それ以外は命令違反とするのナー。』

 冷静無比なシロサンは一度下した指令を変えない。

 現在の【虎族】艦隊では“敵”の後方に辿り着くまでが限界であろう。

 後ろから「形だけのドンパチでもしていろ」と【猫族】の艦隊司令は【虎族】を要無し扱いしたように見える。

 歯ぎしりを響かせてスィーバの画面が消える。ダッカオも悔しさを隠さず消滅する。

『“敵”が撤退する際は、ゲートへ一直線なのだナー。ヤツラは本能で逃げ帰る。そのとき真っ先にマブタへ突入するのは・・・』

 シロサンの“妖精”通信はタージフとラムカナにだけ送られた。2人の提督の目が大きく見開かれる。

『し、シロサン閣下…』

『この御恩は終生、いや末代まで忘れませぬ』

 2人の立体画面が閉じられ、“シローガ”艦橋は沈黙する。       


「泥田坊…かわいいからイイジャン…あっ。」

 うーん、と声を漏らした久良木を綾は抱き起こす。綾は頬の紅潮を感じるが“黒綿毛”のマスクが心強い。

「健人くん、大丈夫?」

 周囲を見渡す久良木。綾の向こうに市之丞が寝かされているのを見て安心する。

「ふぅ。…また前田に助けられたみたいだな…あ、ありがとう…。」

 寡黙な久良木から感謝の言葉をもらうなど滅多にない。その一言で綾は報われる。

 2人の頭上で、博多人形のような“妖精”“貴船”が久良木の“妖精”と向き合っている。

(シロウネリよ、助力いたせ)

(淤加美…波の如く押し寄せしは、御身であったか…)

(あやかしの分際で…まぁ褒めてつかわす。我に助力いたせ)

 綾は今しばらく健人と2人で会話していたかったが、久良木は金子市之丞の容態を気にする。

「金子さん…」

「む。い、生きているのか…久良木殿は息災か。」

 市之丞の“妖精”が状況を彼の脳裏で展開する。戦闘支援システム“妖精”は無慈悲だ。

 “敵”の巨大艦隊へと突き進む黒い巨大な影。

 “敵”の球形陣下方から【龍族】が全砲門を開き、総攻撃で吶喊している。その後方では【猫族】が爪を研いで…

 金子市之丞の気がついたためか、泥田坊に張り付いている「機猟巨兵」が動いた。

『前田殿、我らの機体を解き放ってくれぬか。美加姫様が総攻撃を命じた。』

 2機の巨大ロボットと3人の意識が“妖精”で流れて来る。ノモゥ・ダベトも意識を取り戻したようだ。

『はい。“貴船”さん、お願いします。お二人のロボットをお仲間のトコに送ってあげて。』

 黒い巨人から離れていく2機の機猟巨兵。後方の味方と合流するのに時間はかかるまい。

【姫様、羽“虫”ハ平ラゲマシタ。次ハイクサブネヲ平ラゲマショウゾ。】

『ケント、念ジテクレ。泥田坊ノ腕ヲ、脚ヲ、「機猟巨兵」ノ如ク操ルノダ。』

「うん。」 

 “虫”の戦艦と比しても数倍の巨躯“泥田坊”が“敵”の艦隊中央に向けて四肢を振り回す。

 “黒綿毛”を通じて、“妖精”モップの重力制御が伝達する。

 糸よりも細い“黒綿毛”の鞭が“敵”戦艦をくの字にヘシ折り、横っ腹を貫き、蹴り飛ばされた戦艦が玉突きを発生させる。


『暗闇姫の巨人が開けた穴を広げるのが【犬神】の役割ぞ。命散らした先達の仇を討つのは今より他なし!』

 【犬神】の艦載機「機猟巨兵」が出撃する。動ける機体は全てである。後詰あるいは直掩機も残さない。

『安宅丸、直進せよ』

 美加姫の命令を周囲の老臣や参謀が阻もうとしたが、その両の瞳に射竦められる。

 長子である弟ぎみよりも苛烈と評される美加姫の気性は【虎族】の虎姫様が認めたという伝説もあるほどだ。

 老いた近侍が腰を抜かし、非戦闘員の女御たちが失神しても美加姫の命令変更はあり得ない。

 白銀に黒水玉の戦艦が全て、将軍家御座船『安宅丸』を包み込み完全防備して、【犬神】は突撃する。


『【龍族】全ての戦艦は火力を全て解き放て。燃料が尽きればその場で留まるがよい。【猫族】艦隊は突撃態勢を維持!』

 シロサン・エルビーは【龍族】の長距離砲撃を使い切るつもりである。

 “敵”球形陣に北天と南天から圧倒してこそ、“敵”は崩れると判断したのだ。

(“敵”に総指揮官はいない。各所に中級将帥もいない。指揮系統なんて存在しないのナー。攻め込むときは群れの勢いだけで、逃げるときは算を乱すのみ。“敵”全てを呑み込む勢いこそが、“敵”を押しとどめ、跳ね返すことができるのナー)

 銀河宇宙軍の皆がそれを理解している。

 だが、その時期を計る能力を持つ将帥が少ない。

 例外は【猫族】だ。その超感覚が…ヒゲが何かを感じるのだ。選ばれた者だけであるが。

「ヒゲがピクリと来る瞬間は、いつ来るかわからないのニャー。シロサンは賢いから、その瞬間は考えるのかニャ?」

「いえ、私も勘ですのナー。ですからアシュバス様より一歩、いや半歩遅くなりますのナー。」

「うー。そのウチより早く動くからシヴァイは侮れないのニャ。ヒゲもしっぽもないくせに、なんでアイツは…」    

 シヴァイ曰く

「猫を叱るよりも皿を引け、って言葉が日本にはありまして。猫を見てたらわかるわけです。」

 え、それって…でも、今はアシュバス様も【龍族】の知恵ザルもいないのナー。

『“ドロタボウ”はきっと球形陣の中央を突き破るのナー。上から【犬神】下からは【龍族】【猫族】が残敵を完全粉砕するのナー』

 長距離砲撃を終えた【龍族】艦隊は次々に零れていく。

 それを跳び越えて【猫族】艦隊は“敵”へ噛みついていくのだ。


 戦闘宙域から距離を置いた幾つかの場所。

「これを放送しなくて、何がマスコミだよ。」

「客船の乗客や輸送船の船員が携帯端末機で生放送してるってよ、負けてたまるか。」

 退却命令を無視して戦況を放送し続けていた情報収集船が幾つも漂流しており、それらが活動を再開したのだ。

 もう少し近寄っていたら流れ弾をくらうか“スズメバチ”に切り刻まれるか、あるいは“黒綿毛”に取り込まれる運命だったのだが。

 戦場カメラマンはどこの宇宙でも「銃弾は自分だけは避けていく」と考えるようだ。

『こちら、ワンBS情報ステーション。【虎族】星系の大決戦を生中継でお伝えしています。』

『こちら海賊放送トラ・トラ・トラ、銀河宇宙軍連合艦隊による最終攻撃の模様が見えますでしょうか?』

 軍事用情報収集ポッドの性能には遠く及ばないが、民生用無人情報艇も数が集まれば精度を増す。

 宇宙空間でなお存在を示す漆黒の巨体が“敵”の戦艦を破壊し続ける映像を銀河宇宙初めての映像である。

 後々、どこかの種族の軍隊が高く買い上げるかもしれない。

 調子に乗って、さらに前へと乗り出す民間船。

『それ以上前に進むと“敵”に察知される。命が惜しいならば、その辺りで我慢するべきだぞ。』

 飛び散ってくる“敵”の残骸を正確無比に撃ち落とす“真紅の海賊船”。その通信員に告げられて慌てて逆噴射する。

 誘導してきた民間船を退去させた後も、紅の女海賊は戦闘宙域にとどまり、戦場を睨んでいる。

「ルビナス様、我が艦も後退しますか?」

 副長のマースィが碧の瞳を艦長に向ける。

 容姿は女子高生、だがその意識は伝説の女海賊である“ルビナス”は孫娘に微笑んだ。

「マースィ、戦闘はまだ終わっていないわ。そして、男って…バカなのよ。」

「・・・男は…バカ?」

「そう、漢ってのは、みんな・・・」

 情報担当のマサコがレーダーの異変に気がついた。

「艦長、あ、大量の航跡が…こちらに向けてせまってきます。100、200、いや400…もっと、です。」

 質量弾攻撃を依頼した民間の輸送船、旅客船、遊覧船や修理艦。

 それら戦場から退去させた船の総数を遥かに越える船数がレーダーに示されている。

 マスコミや個人放送ヌシたちの情報収集船も気付いたらしく「“敵”の襲来か」と慌てふためいている。

 その正体はすぐに判明した。

『こちら縞猫ムサシの宅配便です。会長命令でカタい廃棄物をお届けに来ました~』

『凶走族、黒豹団参上~。2回目だぜ、オレっちたち海賊ルビナス船団に入れてもらえないかねー』

『はーい。菊正宗財閥の当主、清司郎と申します。剣菱財閥の女当主が“てめーも来い”っていいましてね…』

 一回目の質量弾亜光速攻撃に参加、一時退去後再び、どこかの惑星で荷物を積み直して戻ってきた船。

 前回の攻撃に間に合わなかったのは積み過ぎ…膨大な廃材や廃棄物を満載してやっと辿り着いた輸送船団。

 そして、伝説の女海賊が現れたとの噂を遅れて聞き、やっと来れた情報弱者…。

「か、艦長…再度の亜光速質量弾攻撃、準備可能と本艦の電子頭脳が…お祖父ちゃんが…喜んでいます…。」

「この宇宙からバカが滅びることはない、あの人はいつも酒を飲んでは吠えていたからね。」

「男って…ほんとバカなんですね。」

 海賊艦ルビナスから、民間船団へと情報が送信される。

 赤い海賊カードと共に伝わったその攻撃位置と時期情報は、“敵”巨大球形陣の後方に狙いを付けていた。


 泥田坊は徐々に形を変じていく。

『五月姫の思慕が強うござりましたゆえ人型でございましたが…泥田坊と称されるはチト業腹ゆえ。』

 “妖精”モップの助成により、余裕が生まれたのか“貴船”は穏やかな顔つきと口調になっている。

 そして、その言葉に合わせて黒い靄は人型から“貴船”好みの姿へと変貌していく。

 漆黒の龍が誕生した。龍は喜びを表すように宇宙を駆け巡る。

 “敵”の巨大な艦隊、球形陣に向けて、暗黒龍は突撃する。

 殻を失った卵に突き刺さるように、暗黒龍は易々と突入し、反対側から飛び出してくる。

 好きなときに、好きな場所を、好き放題喰らい尽くす暗黒龍。

 “敵”の巨大球形陣がゆっくりと形をひしゃげていく。

 千切れ跳んだ破片、いや分散された“敵”艦隊は、後続の【犬神】艦隊と【猫族】艦隊が包囲殲滅、各個撃破していく。

 その間に“敵”の出現ゲートに向けてひた走る【虎族】艦隊。その進路を砲撃で切り拓くのは【龍族】。

『紅の海賊より通信です。』

【ほう。人から変成した、あやかしとは珍しや。ほう、我に助力いたすとな…】

 その様子は【猫族】や【犬神】艦隊にも伝えられた。

『亜光速質量弾、来ます・・・着弾、今!!』

 大量の巨大なデブリが散弾となって“敵”の後方を吹き飛ばす。

 “敵”艦隊と衝突し、爆散した破片は暗黒龍が吸収する。巨大化する糧を得て龍は再び巨大化した。

『道が開いた。31番艦隊、全艦突入じゃああああああ』

 スィーバの大音声が宇宙に響き渡る。それに呼応する【虎族】全艦隊。

『“敵”の旗艦を…』

『旗艦が墜ちればヤツらは逃げ帰る・・・』

 “敵”の巨大旗艦を守ろうと盾になる“虫”や戦艦。

 ビーム粒子も実体弾も撃ち尽くし、自艦を砲弾とする【虎族】戦艦も少なくない。

 暗黒龍が北天に昇り、即座に急降下する。

 数km先、宇宙ではわずかな至近距離で暗黒龍をみつめた美加姫と京子は手を繋いでいる綾と健人が見えた。

(そう、健人くんと手ぇつないでいるのよぅ~)

 “黒綿毛”に拡大増殖を命じる“貴船”。その全てに重力制御攻撃を命じる“モップ”

 2柱の“妖精”の力を発動させるために綾と健人の手はかたくかたく握られている。

 急降下した暗黒龍は球形陣の直上で破裂した。

 “敵”艦に、“スズメバチ”に降り注いだ黒い雨は、超重量を維持したまま物体を激突し、全てをグズグズに砕いていく。

『“敵”戦艦に混乱発生。…陣を保たず…各個にゲートに向かっています。“敵”艦隊分散していきます!』

 おおおおっ、と歓声が沸き上がる。【猫族】【龍族】【犬神】の将兵が歓呼の声を上げる。

『まだナー。“敵”の旗艦を仕留めねばニャラぬ。この星系は手強いと“虫”どもに刻み込むのナー』

 【猫族】司令シロサンの声が届くより先に、彼らは命じていた。

『我が艦はワープ突撃を敢行する。』

『ワープ準備。みなの者すまぬ、退去させる間がない。』

 【虎族】31番艦隊を指揮してきたタージフとラムカナの戦艦がほぼ同時に急加速を開始した。

 宇宙を突破するワープ。そのエネルギーを全て衝突力に転換する最終手段。

『ぬう、ラムカナ、貴様まで付いてくるとは思わなんだぞ。』

『ふん、あのデカブツ相手に一隻では心許ないわ。』

 2人の提督の言い合いを聞く将兵たちは微笑んでいた。

 我らは栄光ある31番艦隊に所属することが出来た。その名誉は永遠に語り継がれよう。

 虎姫様と【虎族】星系を守るこの大きな戦いの最後の一撃。それを名将2人と担えるのだ。

『タージフ提督とラムカナ提督はずっと隣り合わせで戦ってきたってのに…なんで仲悪いんだろ。』

『最後まで譲らないとは思っていたけれどなぁ。この期に及んで、…なぁ。2人らしいぜ。』

 将兵たち自身もライバル視して、常に競り合ってきた。その戦友たちの戦艦は隣に並んでいる。

『我が艦が先に突っ込んでやる!』

『そうはいくか、最後の決着に勝つのはウチだぜ。』

 2隻の進路を阻む“敵”艦をダッカオとスィーバたちが砲撃する。その場を立ち去る“敵”艦も少なくない。

『み、皆のもの、お、お二人の最期を目に焼き付けよ…。』

 ダッカオが涙声を振り絞る。

 髭面で厳つい顔でありながら、本当は気の小さいスィーバ。彼はもう声も出せない。

『わはははは、ダッカオ、スィーバ、2人でノモウを支えてやれよ。さてワープ攻撃か。』

『龍や猫のワザを借りるのは、ちとシャクだがな…まぁ虎にも出来るところを見せてやるわい。』

 2隻の戦艦はほぼ同時にワープ速度に達する。

 その寸前、この宇宙から飛び出す前に、2艦は“敵”巨大旗艦に激突していた。

 タージフ艦は右腹。ラムカナ艦は左腹。

 急停止した2つの運動エネルギーは全て重力制御装置によって超重力に変換される。

 小さくとも紛う事なきブラック・ホールが2つ、“敵”の巨大旗艦に突き刺さっていった。


 この宇宙ヘの“敵”の侵入口【ゲート】が閉じていく。そのマブタが完全に閉じてしまえば痕跡も残らない。

 “敵”は戦艦も“スズメバチ”も全てがゲートに向けて飛び続けていく。 

『“敵”は全て完全に消滅させるのナー。生かしておくと種を残すのナー。』

『残敵を掃討しつつ漂流する戦艦や艦載機乗員の救出を急げ。どの種族でも見つけ次第収容、治療せよ。』

 

 数刻後。【犬神】【猫族】【龍族】の救助船や医療船が回収終了を宣言しての後。

「ああっ、カメラ、カメラを回せ!」

「だ、ダメです。画面が真っ黒です。こ、こんな力は“妖精”でしょう。」

 民間船義勇軍の前に巨大な立体画像が浮かび上がった。

 民間船の前だけではない。【犬神】艦隊の前、【猫族】【龍族】艦隊の前、そして【虎族】艦隊の前に。

傷つき、医療パッドや包帯まみれの【虎族】将軍ノモゥ・ダベトが宇宙に映し出された。

『皆様のご助力に深く感謝したします。後に虎姫様よりも正式に御礼あろうと存じますが、【虎族】星系の全ての民と我らが将兵の命を救って下さった御恩、このノモゥ・ダベト生涯忘れませぬ。』

 片膝を着き、深く項垂れる白虎の姿は制止したまま動かなかった。

『ふむ。妾は虎姫様に、この道を辿るべしと頼まれたのじゃ。白虎殿そして将兵の皆は虎姫様への御心に感謝するのじゃぞ。』

 ジャジャ姫あるいは駄々姫という噂だけしか知らない者も多い【犬神】将軍御息女・美加姫の姿がノモゥの傍らに浮かぶ。

『【猫族】も【龍族】も【虎族】との長い友好を期待して居るのナー。』

 白猫司令官シロサンも白虎将軍の横に立ち、美加姫にきちんと拝礼する。

 さらに。

『銀河宇宙軍だけではありません。“敵”への勝利を願う者は数知れません。今日この場に駆け付けてくれた人々の思いも白虎将軍そなたと虎姫様には背負うていただきたく思います。』

 伝説の女海賊の立体映像も宇宙に浮かび上がった。

 マスコミの各船、あるいは撮影しようとし、出来なかった民間人たちは悔しがる。

「な、なんで記録できないんだよー。こんな映像、二度と見られないぞー。」


【機械の目では見えないものがある。生身の目でも見えないものがある。心有る者だけに残る景色。共有する記憶も永遠ではない。時代の匂い、あのときの手触り、それを忘れぬよう心せよ、人間。】


 “妖精”通信ではなかった。その声は民間人にも聞こえていたのだ。音は宇宙を伝わらない。

 綾は手に残る温もりを感じながら、ウンウンと頷いていた。



 日本は宇宙人に侵略されました。 

最後まで読んで下さった方、ありがとうございました。

ひとつ区切りできた??


「お気に入り」「評価」が増えていることに驚き、もう少しガンバロウと思います。

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