247 【九尾】星系 対“不可触存在”戦闘編 1
宇宙は広い。
銀河系の中だけでも広い。
【九尾】星系の端っこで、戦いが始まる・・・
247 【九尾】星系 対“不可触存在”戦闘編 1
宇宙空間を真っ白い球体がゆっくりと進んでいく。
それは彗星ではない。どこからか流れてきた人工物でもない。漂流物にしては大きすぎる。
直径は銀河宇宙軍の標準的な宇宙戦艦の10倍近いサイズ。銀河宇宙人類では巨躯の【鎧獣族】最大級戦艦よりなお大きい。
その表面に高熱は感知されていない。だが“真っ白の球体”の進路上にある物体は、球体表面に触れるやいなや消滅していく。
宇宙を漂うデブリ、あるいは小惑星サイズの岩石、いや目に見えない原子レベルでも、“真っ白の球体”の進路を遮るモノは全て、熱い鉄板の上に乗せられた氷の欠片のように忽ちに存在を失ってしまう。
“真っ白の球体”の通過した後には微粒子レベルで何も存在しない【無】が轍として残る(?)のだ。
“真っ白の球体”の出現以降、銀河宇宙軍【九尾】族は監視を続けた。
“敵”の新兵器か。あるいは“虫”の新種か。
しかし接触した【九尾】外縁監視艦隊は全て消滅。“真っ白の球体”に吸収されたのだ。
“真っ白の球体”の進路に【九尾】の星系国家があったため、【九尾】宇宙軍の打撃艦隊が複数出撃し…これも消滅する。
偵察艦隊そして打撃艦隊の完全消滅以降、応援艦隊は“真っ白の球体”進路上の星系国家国民の保護を優先させることになる。
現在、既に3つの星系国家と2つの惑星国家が“大脱出”の途上にあった。
危険を報告された【九尾】辺境の国々は母星と移民惑星、全住民の避難を開始。
【九尾】宇宙軍は近隣の星系国家から大型の旅客船や輸送船を軍用、民間用を問わず住民の避難に徴用した。
むろん軍の補給艦だけでなく戦艦、巡洋艦、駆逐艦にも限界ギリギリまでの民間人を積み込み、球体進路上からのエクソダスを敢行中。
この情報は次第に【九尾】星系全域へと広まり、“真っ白の球体”の進路と想定される星系の国々からは悲鳴が響きわたっている。
その“真っ白の球体”に向かう艦隊がある。
宇宙空間では上下左右は感じられない。光速で移動する宇宙戦艦には特定の星図による位置認識は時間がかかりすぎる。
事前に状況平面を設定し、北天と南天あるいは左右と情報を共通化しておくことでようやく団体行動が可能となる。
“真っ白の球体”に向けて一目散に進む4隻の宇宙戦艦も、位置情報は“妖精”によって共有していた…ハズである。
『菱形陣形そのままニャ。リオンとトランは回転しながら左右の監視を続行頼むニャ。』
『了解しました。…ガクツ艦長、ヤン艦長と前衛を代わるのではなかったのですかニャ?』
『“白丸ヤロウ”が近いのニャ。ヤン艦長は【猫族】のくせに夜目がきかないからニャ~。くくくくっ。』
『もう~その話は二度としないって約束したじゃニャいですかー。たった一回、川に落ちたくらいで…』
4人の艦長たちの“妖精”通信が笑いで満ちる。
この4隻は【猫族】宇宙軍機動艦隊に所属する高速巡洋艦であった。
艦隊司令も兼ねるナ・ガクツ艦長は地球年齢でいえば30歳前後であるが巡洋艦艦長としてはベテランと呼ばれている。
ガクツ艦長と同期であり、常に肩を並べて戦ってきたのはミ・リオン艦長。
その2人よりもやや若手に属するのがダ・ヤンとチャ・トランの2人。
この4人は【猫族】女王、ア・シュバスがもっとも信頼する部下たちであった。
今回の戦闘に際し、シヴァイ、アシュバス、イェズウの各種族司令官が最も重要視したのは「目」である。
そして選ばれたのがこの4人の艦隊なのだ。
【猫族】の誇る最新鋭高速機動戦艦“ばすてと”級4隻は宇宙空間を斬り裂く速度で進んでいく。
そのとき。
『ニ、にゃ…』
〈“敵”…イヤ、“真白ノ球体”近イ〉
一番最初に察知したのはリオン艦長とその“妖精”であった。
『“白まん丸”の網、発見!延びてくるのニャアアアアア』
4隻の戦艦が同時に、斜め後ろ上方へと跳ねる。
先頭に位置していた“ガクツガ”の鼻先を巨大な質量が通り過ぎていく。
『で、デカいのニャ…』
〈推定さいず…計測不能。当艦ノ数倍カラ十数倍ノ直径ト予測〉
人の目の前に10tトラックが出現したような感じであろうか。それも何十台も連なった状態で。
『アシュバス様が言っていた“白丸ヤロウ”の周囲の網ニャ…こんな、すぐそばまで来てるニャんて…。』
4隻の戦艦のスペックは同等である。だが、操艦する艦長の運動神経の差が現れる。
先頭にいた“ガクツガ”の方が大きく避けたため、次陣の“リオンガ”“トランガ”の方が前に出てしまう。
銀河宇宙軍の他種族と異なる【猫族】宇宙戦艦の特徴として、艦長自らが操艦する点が挙げられる。
他の種族では戦艦の周囲や戦場全体を情報担当官(と“妖精”)が分析し、艦長を経由して航法官が操艦する。
しかし【猫族】で艦長に選ばれるのは危機察知能力に秀でており同時に即座に身体が動く存在であるのだ。
「ヒゲが感じたとき、もう身体が動いていないようでは立派な【猫族】戦士ではないのニャ」
それゆえ【猫族】宇宙戦艦は機動性には長じているが他種族に比べて小型艦となってしまう一面もある。
それでも、目の前に延びていく巨大な壁は大きすぎた。【猫族】宇宙戦艦がオモチャのようだ。
宇宙戦艦が係留される宇宙港、その数倍の面積が眼前に広がり、延々と迫ってくる。
その様子を正確に記すならば“目には映っていない何かが近寄る感覚だけ”となるであろう。
『リオン。トラン、下がれ、下がるのニャっ!』
ガクツ艦長は、叫びながら両手で目の前の空間を薙ぎ払った。攻撃開始のハンドサインだ。
無言の指示を受けた“ガクツガ”戦術官は即座に砲撃を開始。
全く同時に“ヤンガー”からも数条のビーム光が延びる。
全弾、あやまたず命中。
何も無いように見える宇宙空間が、ビーム光を遮った。
謎の巨大な壁が動きを止めたことを4人の艦長、いや高速戦艦4隻の乗員は全て察知した。
後退速度を最大にふり絞った“リオンガ”“トランガ”の2隻は“ガクツガ”“ヤンガー”と並び、砲火を重ねる。
4隻の行動を監視している存在があれば、何も無い宇宙空間に攻撃を続けているようにしか見えない。
【猫族】戦艦4隻の前には何も見えない。眼球による視覚認識では、不可知の存在。
それでも、間違いなく「ある」と感じる。質感、圧力・・・違う・・・禍々しさ…。
ヒゲが、【猫族】の持つ超感覚は明確にそれの存在を伝える。
『全艦、全速回頭。』
ガクツ艦長の言葉に間髪置かず、4隻の巡洋艦は艦首をめぐらす。
4隻が同時に“敵”に横腹を向ける、その一瞬、全砲門からビームが宇宙を斬り裂く。
アシュバスに選ばれた艦長たちとそのクルーは“敵”の延伸を一瞬阻んだ。
『よし、逃げるのニャ。エンジンが焼き切れるまで全速離脱ニャ!!!』
これまたガクツ艦長の言葉とほぼ同時に4隻ともエンジン出力を最大、戦場を脱する。
【猫族】最新型の高速巡洋艦は1分以内に亜光速に達し、謎の攻撃から免れたのであった。
スタスタと歩いていた4匹のネコが急に立ち止まる、いや後方へと跳ねるなり「ニャー」と叫んで、走り去った・・・。
シヴァイには、そう見えた。
【猫族】最速の機動戦艦の必死の戦いをそう評しては失礼なので、言葉にはしない。
“妖精”銀髪の感覚支援を受けて見た2回目、やっと【猫族】先遣艦隊の状況が身に染みる。
何も無い宇宙空間に突然高速で伸びてきた透明の塊。
それは自艦の十数倍の太さの“触手”であり、その長さは測定も出来ない。それが何十本、何百本と周辺宙域一帯に広がっていく。
『突然、投網をかけられた状況だったんですね…。よく逃げ切ったものです。アシュバス様が推薦された艦長たちの手際は見事です。』
『他の先遣艦隊は全て無人艦だったのニャ。そして、あっという間に全艦呑み込まれたニャ。』
ガクツ、リオン、トラン、ヤンの4艦長は逃げる際にも偵察ブイを放出していた。
それらも数分後には全て反応を消滅させたが、短い時間でも得られる限りの情報を送っていた。
“妖精”空間に集まっている人物たちは4艦長から送られてきた“妖精”通信によって、視覚情報だけでなく、感覚も認知している。
『我が【鎧獣族】では、何がなにやらワカランうちに沈んでいたな。』
『【龍族】でも同じでしょう。…私にも全く見えません。【九尾】の艦隊が不幸な結果になったのもこれを知れば納得です。』
“妖精”空間の中心部には立体画面が浮かんでいる。
想定される“敵”いや“真っ白の球体”の位置と、“真っ白の球体”が延ばしている網がその画面のほとんどをしめている。
画面の端には三族艦隊と【九尾】の補給艦隊のアイコンが記されている。
その後ろには【九尾】の星系国家が存在している。距離は…無意味だ。
『最寄りの星系国家ハペーンは全住民の避難が完了しておりますコン。その奥のスージとイトコンはまだもうしばらくかかるコン。』
【九尾】の“蔵人の頭”ビャクソーは簡単に告げた。
それがどれほど困難か、種族を率いるアシュバスとイェズウには理解出来、項垂れた。
シヴァイもビャクソーに目を瞑り、頭を下げる。
すぐに顔を上げ、シヴァイは順番に全員の視線とつながる。
『【猫族】4艦長のおかげで、あの“網”が攻撃を受けると手を止めることが確認出来ました。一瞬ですが貴重な時間です。』
『亜光速で突撃した無人艦隊を受けた“網”は、けっこうな時間停止すると確認がとれたのニャ。』
中央の立体画面の巨大な“網状球体”の一箇所が凹んでいる。
『中心部の“真っ白球体”も進行速度をその間遅らせました。』
無人の野を行く…阻む物のない宇宙空間を進む“真っ白の球体”唯一止める手段。それは。
『ビャクソー閣下、恒星などに近寄った“真っ白球体”は進行方向を変えて、そちらに向かうのですね。』
『うむ、アヤツは“敵”と同じく恒星の熱量を完全に吸収する。それが終わるまでは、その宙域で停止すると確認出来ておるコン。』
白いあごヒゲをなでつけながら、ビャクソーが苦々しく答える。恒星の消滅は星系国家の終焉である。故郷は二度と戻らないのだ。
“敵”の艦隊や“虫”と等しく、“真っ白の球体”は純粋にエネルギー体を望んでいるようだ。
ビーム砲から放出されるビームも見方に寄れば高濃度のエネルギー体である。
『しばらく時間がかかるとはいえ、恒星すらも吸収する…“真っ白の球体”は“敵”と同じなのニャ。』
『恒星の総エネルギーに匹敵する熱量…【九尾】が、我ら三族艦隊に依頼してきた理由に納得がいったな。』
つぶやいたイェズウの目がアシュバスに、そしてシヴァイに向けられる。
『ワープを発生させる際の推進エネルギーは1つの恒星に匹敵する…ニャ。つまりウチら三族艦隊の…ワープ・アタック!』
アシュバスの目が輝く。それは肉食動物の狩りの目だ。
『【龍族】いやシヴァイ殿が考えつかれたワープ攻撃を畳み掛ければ、あの“真っ白の球体”も止まるであろう。』
『今では【猫族】の方が上手になってますけどね。』
無人艦艇が光速を越えるギリギリのタイミングで“敵”に突入させる戦法は、シヴァイの“妖精”【銀髪】の超高速演算能力の賜物である。
【銀髪】は【龍族】【猫族】【鎧獣族】の“妖精”に手法を明かしているが、
『“真っ白球体”の動きを止める最良の角度と位置に突入させるには【猫族】の素早さが必要でしょう。臨機応変かつ超高速で突撃艦隊の指揮できる手腕は、アシュバス様に発揮していただかなく他ありません。』
シヴァイの言葉に「うんうん」と相好を崩すアシュバス。逆に艦隊司令のショーンはそこに至る過程を想像して、顔が蒼白になっていく。
『【猫族】艦艇を守るために、攻撃するは【龍族】壁となり守るは【鎧獣族】。それはいつも通りだが…そのあとはどうするのだシヴァイ殿。あの“真っ白の球体”の本体は攻撃出来ぬのではなかろうか。』
巨体の【鎧獣族】次期頭首イェズウがため息をつく。ワープ・アタックの攻撃すら、“真っ白の球体”は呑み込む可能性がある。
『はい。単純な火力でどうなる相手でもない、と思料いたします。』
シヴァイの脳裏に広がる概念が、この場の全員に“妖精”通信される。
『メビウスの…クラインの…なんだこれは?』
『4次元の存在とシヴァイ殿は判断されたのじゃな…コンコン。』
『にゃあ…あんまりカワイクない形ニャ。カラビ・ヤウ多様体?おいしくなさそうニャ。』
【九尾】の参謀たちは、“真っ白の球体”をブラック・ホールあるいは複数連ブラック・ホールと考え、とある手段を採った。
自転しているブラックホール=ライスナー・ノルドシュトルム・ブラックホールの異種であり、公転あるいは移動に至ったと推測した存在と判断したのだ。
“敵”ではなく、銀河系の人類が想像もしなかった巨大な天災ととらえて対策を考え、超超科学の産物で対応…したのだが。
その最終手段は“真っ白の球体”になんら影響を与えなかった。ゆえに、【九尾】首脳は三族艦隊の招致という奇手を採った。
(このシヴァイ、【九尾】の科学者と同じ結論に至ろうとは…。しかし辺境の三族…【猫族】はまだマシじゃが、トカゲや草食いが、反物質兵器を開発しているわけがない。…その反物質反応兵器も“真っ白の球体”に呑み込まれてしもうたコン…)
【九尾】太政大臣の秘書官である蔵人頭ビャクソーは唇を噛んだ。三族艦隊の練度にも驚かされたが、シヴァイの知謀はそれを越えた。
(辺境の蛮族と見下していたが…。だが、その能力が今は頼りなのだ。好都合ではないか。コンコン)
ビャクソーの心中など想像もしていない他の者はシヴァイの考えにとまどっていた。
『この推測が当たっていたら…どうしようもないのニャ。帰るかニャ?』
アシュバスならやりかねない。全員が首を大ブンブンで横に振る。
『逃げることも…脚の遅い【鎧獣族】などは、逃げることすらできんぞ。“ここはオレに任せて…”も役立ちそうにないな。』
つぶやいたイェズウの言葉にシヴァイは小さく首を振った。
そして微笑みながら語る。
『いえ、【鎧獣族】こそが今回の戦闘のキモなのです。イェズウ閣下、お願いがあります。』
『『『『なっ…』』』』
全員に“妖精”通信で送られたシヴァイの概念。
全ての目が注がれていることを委細気にせず、シヴァイは画面の中央に位置する“真っ白の球体”を睨みつける。
「ドイツ西部、フライハウスガルテンの「闇の丘」に再び封印してやるよ…。」
シヴァイの言葉は“妖精”【銀髪】の判断で誰にも通信されなかった。
日本は宇宙人に侵略されました。
『というわけで、そなたたちの活躍は三族艦隊のみならず、【九尾】の公式記録にも残されたのニャー。ほめてつかわすニャり~』
超ごきげんのアシュバスの言葉に頬を紅潮させる4艦長。
『わ、我ら【猫族】の将兵は全てアシュバス陛下と【猫族】国民のために命を捧げております。かほどのお褒めのお言葉…感謝の言葉が思いつきませ…。』
感極まったガクツ艦長が言葉を途切らせる。
それに気付いたリオン艦長がシッポを大ブンブンさせながらアシュバスに向かって感謝の辞を続ける。
『我ら4艦長と将兵、いつ何処にでもお使わし下されたし。ご下命あれば、ステュクス・アケロンの果てにでも、即座に向かいまする。』
ニヤリ。
リオン艦長の言葉にアシュバスは悪魔の笑みを返す。
『言ったね。今、言ったよねどこにでも行くって~。さすがは我が掌宝たちニャ。・・・ゴメン、もう一回、行ってきてほしいのニャ~』
『『『『えっ、マジ…』』』』
4人の高速巡洋艦にチキュウ製のネコ缶が大量に届いたのはその数刻後であった。
お弁当を持たされた4隻は再度、最前線での哨戒任務に就くのであった。
最後までお読みいただきありがとうございます。
そろそろ夏休みです。投稿ペースを上げようと志しましたが、どうなるか自信はありません。
読んで下さるみなさんの存在がエネルギーになるとしみじみ思っています。
暑さに負けないよう、物語れるようがんばります。
夏休みが終わってから宿題に取りかかっていた自分を思うと成長した…かなぁ??




