240 アシュバスの家で
宇宙の話です。
戦線まっただ中の【虎族】星系の運命やいかに・・・・とは全く異なる宇宙で。
新たな戦いが始まるのです。
240 アシュバスの家で
「アシュちゃん~コ――――――ン!!」
「タマちゃん~ニヤァ―――――ン!!」
手と手を打ち合わせ、そのまま握りしめ合う。そして二人はグルグルと回り始める。
「にゃにゃにゃにゃにゃあああああ。」
「ここここっこんこんこーーーーん。」
もう、何を言っているのかわからない。
踊りだか舞だかわからない謎の超高速跳ね回り行動はシヴァイの目の限界速度を超えそうである。
シヴァイの“妖精”は『最大級の喜びの感情』という概念伝達を彼の脳に認識させているが、
(一目でわかりますよねー・・・いや、いきなり見たら2人がじゃれあっているのか戦っているのかわからんかも)
彼女たち2人の手足の末端はヒトの指の形状を逸脱し、肉球のそれへと変貌している。
(戦闘モードや超ゴキゲンのときに獣人化現象…ゾアントロピーは起こるのだなぁ)
人間の限界を超えて感情が爆発したときに彼女たちは人ではない姿へと変貌するのであろうか。
だが、【猫族】の中でも獣人化可能な個体は希有なはずである。【虎族】も希少と聞いたことがある。
(【九尾】の日巫女様もその特殊能力の持ち主ということか…)
2人の少女の喜びのダンスはまだしばらく終わりそうにない。
だが、放っておいたらクアールと妖弧のとっくみあいが始まりそうな予感がしたシヴァイは声をかけた。本格的にゾアントロピる前に止めた方が無難と判断したのだ。
「あ、あの…お二人とも…。はいっストップ!」
その声に動きを止める2人。
「ぜーぜー、はあはぁ。ちょ、ちょっとはしゃぎすぎたコーン。」
「はぁ。はぁ。ウチはともかく、タマちゃんは非戦闘要員にゃのに…。」
そうだった。この【九尾】の少女はカノ一族の重鎮なのである。(“彼の”と表記すると“カレの”と読まれるやも)
幸いなことに耳とヒゲが出てきた以外、顔はヒトのままなので彼女たち2人はテーブルに出てきたグラスの飲料を一息で飲み干した。
「ひさしぶりに会えたのでうれしすぎるのニャン。」
「そうね~10年?いや、もっと経つかしらコン。」
まだ【猫族】女王の候補でもなかったアシュバスが【九尾】にて修行や研修に訪れた際に2人は出会ったそうだ。
幼少期に今川義元や織田信長の下へ人質に出された徳川家康のようなイメージを持っていたシヴァイはそれを改めた。そんな深刻な雰囲気ではなさそうだ。
「アシュちゃんが族長…女王にならなければ、ワテのサブラヒカシラになってほしかったコーン。」
「ううっ、ウチもずっとタマちゃんといたかったニャー。でもそしたらシヴァイとは会えなかったのニャー。」
その言葉に【九尾】陰陽寮の頭“ミヅクメ”は複雑な視線をシヴァイに投げる。
「まさか此奴が、アシュちゃんの部屋に直接入り込める立場、とは思わなんだコーン。」
ここは【猫族】族長戦艦“アスバスガⅡ”の族長室である。
アシュバスとミヅクメは本体であるが、シヴァイは立体映像で入室している。
立体映像であっても貴賓室への出入りは本来其れなりの手順が必要である。
出現は廊下にて行い、ドアの前に立つ護衛兵に身元を確認されたり、身体検査を受ける…“妖精”で。
だがシヴァイは直接この部屋に現れた。(もちろんノック代わりの音声宣告はした)
「ウチとシヴァイの仲で隠すことは何もないのニャー!!逆もまた真なりニャ。」
うなだれるシヴァイ。その論法でアシュバスは【龍族】艦隊旗艦“シヴァイガ”も勝手気ままに遊び場所と認識している。食糧貯蔵室が襲われたことは数え切れない。
というか、入室するネコを妨げる方法などあろうか。(反語)
「それはともかく、今回、この戦艦を族長艦にされたのには何か理由がおありなのでしょうか?」
シヴァイはミヅクメの冷たい目を躱してアシュバスに問いた。
「んニャ。気分なのニャ。」
「…承知しました。では、わたくしは作戦会議に出席致します。ミヅクメ様アシュバス様、ごゆっくりと続きをどうぞ。」
丁寧な挨拶の後、空間に溶け込み消えていくシヴァイ。
テーブルの上にはいつの間にやら飲み物だけでなく、2人の好物も鎮座している。
白銀のカトラリーに挟まれ、銀河宇宙の超高級品“インペリアル・スイート・プレート”に載っているのはそれぞれ
「にゃあああ“金のスプーン”かつお仕立ての味わいスペシャルにゃああああ。」
「こ、これは“竹田村高級油揚げ”では!…霊峰白山の地下水と国産高級大豆に一番搾り菜種油、越前海の天然にがりを一冬寝かせた“越冬にがり”など厳選した材料を熟練の「揚げ師」が100回以上手作業で返し続け揚げるという。【九尾】の最高厨房師たちが絶望したという伝説の【あぶらあげ】…ここで出会えるとは・・・。…アシュちゃん、こ、これは如何にして手に入れたのだコーン??」
すでにスプーンで“金のスプーン”をすくっていたアシュバスは軽く返す。
「にゃ、シヴァイの手土産ニャ。『相手が欲しがるモノを最高のタイミングで提供することが勝利の秘訣です』ってシヴァイは戦いの前にいつも言っているのニャ。」
こぶしを固くにぎりしめるミヅクメ。「ぐぬぬ」とその身分に相応しくない声が漏れた気がする。
「こ、こんなモノで、このワテが懐柔されるなどと…。」
ふわりと漂う油揚げの香り。横に置かれた醤油は“丸旧本家の黒豆醤油”である。
【九尾】の陰陽頭の握るお箸が高さ4センチのアブラアゲに突き刺さるまで、1分も要しなかったのは秘密である。
「はやく宇宙戦艦の艦隊戦に突入したいのに、なぜ“和食のご進物ベスト10”を検索せねばならんのだ?」
シヴァイの愚痴に“妖精”銀髪が脳裏で答える
〈アノお二人ハ、銀河宇宙軍ニトッテ最重要人物デス。兵站ト補給ノ重要性ヤ文官カラノ無用ナ指示ヲ排除スルタメニ不可欠ノ存在…〉
わかっている。わかってはいるのだが。
作者はちゃっちゃと大規模艦隊戦を書きたい。
アシュバスガⅡの作戦情報室の前に現れるシヴァイ。
そのドアの前には二人の護衛官がいた。左右一人ずつ、男と女。どちらも凛々しいネコ顔である。
(【猫族】の男性と女性を見分けられるようになったのは、我ながら成長だなー)
などと考えながら、【龍族】の敬礼をするシヴァイ。
上官から先に礼をされ、慌てる護衛官。
「し、失礼いたしました。」
「いや、アシュバス様のお許しを得ているとはいえ、勝手気ままに出現してゴメンね。」
身分や立場を全く感じさせない噂通りのシヴァイの言動に慣れていない二人はさらに萎縮する。
「じゃ、入らせてもらうね。」
【猫族】族長戦艦の作戦情報室が狭苦しいわけがない。
膨大な情報や通信機器が壁一面を覆い常駐する立体表示画面も大小様々であるが、結構な人数でも話し合える会議卓が中央に設えてある。
既に着席している者は3人。シヴァイに気付くや慌てて立ち上がろうとするが、手振りで止められる。
すらりと着席したシヴァイは真っ正面のの巨漢に目礼する。
それを見終えた右側の人物がシヴァイに話しかけた。
「初めてのお目通り、恐悦至極でございます。【九尾】のビャクソーでございます。」
年を経た狐がヒトの姿をとったとしか見えない存在が頭を垂れる。
ミヅクメと並ぶと祖父と孫のようになるであろう。
シヴァイの脳裏に“銀髪”が「禁色」を表示する。
「そのお召し物の色…クロウドノトウであらせられましょうか?」
シヴァイの一言に深く肯くビャクソー。
「これはこれは。内裏の諸式についてもお詳しいようで。右大臣様が『只者に非ず』とおっしゃったこと相違ありませぬな。兵部のトウごときでは見極められぬも道理。フォフォフォッフォフォ。」
官位相当は無くとも、ミカドの秘書官として貫主とも呼ばれる蔵人の頭である。それを見抜いて、きちんと敬意を表したシヴァイの態度にビャクソーは満足したようである。
もう一人の【猫族】の男性は二人の様子に、ふぅっと安堵の息を吐いた。
「この度の【猫族】艦隊司令を申しつかりましたショーン・アメと申します。」
きちんと立ち上がりシヴァイに【猫族】の正式敬礼を表すその顔にシヴァイは見覚えがあった。
「ショーン司令…もしや先年「機捷兵」対「機龍兵」訓練で代表をされていた…?」
ショーンの顔つきが華やぐ。その様子からまだ若く、素直な人柄が見て取れた。
「覚えていてくださり光栄です。【龍族】のマックス殿との一戦は生涯の誉れであります。」
旗艦シヴァイガで最高の技量を誇るマックスは【龍族】最強の機龍兵乗りと呼ばれている。その彼と最後まで決着がつかなかったショーンが艦隊司令に着任しているということは…
(【虎族】の高名な白虎将軍と同じく、自ら先陣に出撃するタイプか。艦長クラスから艦隊司令まで短期間で出世したということは戦術眼や戦略眼も備わっている人物ということか。)
「マックスも同じ思いですよ。いつか2人の再戦を拝見したいですね。」
シヴァイも立ち上がり、ショーンと握手をする。チキュウの作法をアシュバスに聞いていたのか、ぎこちない手つきで握り返すショーン。
手を離すとシヴァイは立ったまま正面の人物に最敬礼を捧げる。
「鎧獣族イエズゥ殿下。この度の直々の御出座まことにいたみいります。」
シヴァイとショーンとビャクソーの3人を合わせたよりも重量級の人物が軽く片手を挙げる。
「カタ苦しいことはいわないでくれ。アシュバス陛下とシヴァイ閣下の遠征を見送ったとあっては父上どころか【鎧族】全ての民に叱られようぞ。ましてや今回は我が一族をご指名とのこと。『ワシが行く』と騒ぐ父上をとどめる方が苦労であった。」
4人の顔がほころぶ。【鎧族】の族長ガネーザならばあり得る話である。
「で、アシュバス陛下は?」
イエズゥが軽く首をひねる。シヴァイが即答した。
「ミヅクメ様と旧交を温めておられます。【猫族】の作戦担当は戦術中心ですし、臨機応変な対応が主と予想されますので実際に高速艦艇や艦載機を指揮されるショーン提督に来て頂きました。」
「ワシは【九尾】の艦隊や各星系の首長に指示を出す役割ですな。戦場に立った経験ははるか昔でございますゆえ、女王陛下やイエズゥ閣下の邪魔にならぬよう心がけまする。」
この老人は単なる内政官ではあり得ない。
【九尾】の右大臣からの要請にシヴァイが応えた献策は【九尾】の広大な星系を戦場とする可能性があった。ゆえに官と軍の両方に睨みが利く人物を送ってきたことは間違いなく、それがこの老練な人物であろう。
有能な人物が多いことに安心するシヴァイ。そうでない場合も多かったのだ。
だがしかし。4人の目が注がれた立体画面には信じがたい光景が映し出されている。
【九尾】の複数の星系が呑み込まれていったのだ。
比喩表現ではない。物理的に吸い込まれ、消滅していく大惨事が続いている。
これまでの【ゲート】あるいは【瞼】が開口し、そこから“敵”艦隊が出現するのとは全く異なる戦闘(?)パターンである。
「さまよい動き続けるブラックホール…とでもいうべきじゃろうか。ほんに困った次第だコン。」
中央の巨大立体モニターには真っ白な巨大な球体が宇宙を突き進む様子が表示されている。
その進路に浮かんでいたデブリ…岩石どころか小惑星サイズであったはずだが…白球にふれるや否や吸収されていく。
巨大な山脈ほどの質量体が割れるのと吸い込まれて行くのとどちらが早かったか。
シヴァイの脳裏にはパイプオルガンによるあの名曲が自然に湧き出てきている。
「こ、これは…我が【鎧族】の巨大戦艦よりも遥かに・・・。」
「速度は高速戦艦や艦載機ほどではありませぬが…攻撃が通じるとは思えませぬ。」
「この白球は恒星に対してもこのように直進し…全てを呑み込んでいきましたのじゃコン。そしてまた有人惑星を幾つも持つ星系国家へと針路を向け申した。失われた星系は3つに増え、阻むことが出来ず失われた艦隊は既に5艦隊…。」
シヴァイが初めて聞いたときよりも被害が拡大している。
誰からともなく視線がシヴァイへと集まっていった。
これまでの“敵”とは全く異なる【白球】という災厄。
銀河宇宙軍有数の知将、その知謀はあの天災のような存在にいかに対応するのか。
軽く腕組みをしながら、深く肯いたシヴァイはその垂れた目をいっそうヘニャっと緩めた。
「銀河宇宙全域に絶賛売り出し中の“三族艦隊”を【九尾】が後押ししてくれるのですから。勝・ち・ま・す・よ。」
年齢も大きさも種族も異なる3人の男たちは、その宣言に「おおっ」と同じ声を上げたのだった。
日本は宇宙人に侵略されました。
「ショーン提督、質問いいかな?」
「は。シヴァイ閣下の疑問にわたくしが答えられるのでしたら…。」
「アシュバス様の旗艦って『ノーヴィ・アシュバスガ』じゃなかったっけ?」
「はぁ…この艦はアシュバスガⅡでございます…アシュバス陛下は…いや、【猫族】は飽きっぽいですゆえ…。」
「ああ、名前を変更したのか。」
「…いえ、次の族長旗艦の候補がいくつか挙げられた際、女王陛下は『全て乗ってみたいのニャ』とおっしゃりまして。」
「…もしかして企画段階のバカ戦艦とかも……。」
「はい、面白そうな戦艦は全て建造…あっ、無論危険はあってはなりませぬので何重にもチェックして建造に取りかかりましたゆえ。」
ショーンの背後に立体画面が浮かび、「あしゅばすのおふねシリーズ」というタイトルが流れる。
「チキュウの造型に刺激を受けたようで・・・陛下のデザインを戦艦に適用するのは難しかったようです。」
次々に浮かび上がる宇宙戦艦の立体模型にシヴァイは声を失う。
「・・・・うわぁ・・・・・ひえぇ・・・・こ、これは・・・・・・・・えっ・・・ねこばす?」
最後までお読みいただきありがとうございます。
作者が現実世界で右往左往上昇急降下しているあいだに、「お気に入り」や「評価」してくださった方々、
ありがとうございます。
一人増える度に、ボロボロの身体にムチ打って、次に取りかかれます。
作者のやる気スイッチ、どうぞよろしくお願いいたします~




