219 虎族星域迎撃戦 『到着』
紅の女王海賊登場までの裏舞台です。
219 虎族星域迎撃戦 『到着』
海賊船曇天丸のメンバーたちは戦闘艦橋で初期設定に大慌ての頃。
艦長室ではスタイリストとメイク担当、そして副長が艦長の新規設定に必死になっていた。
「ううっ・・・ガングロに白で隈取りメイクはワタシのポリシーなのにぃ~」
もう何度目であろうか、唇を尖らして抗議する艦長に、無言で銃を突きつける副長のマーシィ。
「ひいっ。」
両手を上げてガクンガクンと肯く艦長。これも数え切れない。
「マチコさん、表情を動かさないで。下地が均一になりません。」
こちらも慣れっこのメイクさんはグイっとマチコ艦長の顎を掴むなり、続きを始める。首から下ではスタイリストが衣装のフィッティングチェックを丁寧に行い、微妙な変更をメモしながら考えに耽っている。
「・・・んー最高級の生地で、デザインも品があるから古びた感じはないのですが、インパクトが弱いかもしれませんね~」
スタイリストのつぶやきにマーシィは小首を傾げる。
「海賊…女海賊と言えば、そういう格好で十分じゃないの?」
「いえ、この海賊女王の衣装は定番中の定番となってしまっているからです。見た瞬間に納得はするけれども、強く印象を与えるには…」
衣装担当も化粧担当も、艦長が芸能界で活躍していた頃から懇意にしている現役バリバリ超一流の二人である。
どちらも銀河宇宙各星系の芸能界で引っ張りだこの存在であり無理強いして、この場に呼びつけたのだ。
ところが仕事内容を伝えるなり二人は全速力でこの宇宙港へと駆け付けた。
ただしスタイリストには「基本はこの海賊服を使ってほしい。」とマーシィがお願いしたため、彼女は何度も手を止めて艦長室をウロウロと歩き続けた。ブツブツとつぶやきながら、その目はどこかを厳しく睨んでいる。
「マチコちゃんのチャームポイントは、ポーズと表情ですからね~。どんな高精度の映像機器のどアップでも隙のないメイクに仕上げて見せますからね。」
メイク担当の言葉に副長はある言葉を思い出す。艦長が所属していた事務所の社長と偶然であったときに聞いた話だ。
「…なんせマチコは記憶力がありませんから苦労しました。セリフ覚えるどころか、バラエティ番組の進行も頭に入らない。歌詞を覚えられないのはともかく、クチパクのタイミング合わせも不可。運動音痴だから振り付けも絶望的・・・」
現在は何をして生活しているのか、みすぼらしい服装に不似合いな笑顔がこぼれていた。
副長は元社長に次々に酒を驕り続けた。久し振りの美味い酒と肴に喜ぶ元社長はマーシィがマチコを支えていることを知るや、実の親のように喜んだのだった。
「集中したときのマチコちゃんの顔は一級品です。彼女が無心で作るポーズには惚れ惚れしたもんです。グラビアや写真ではその凄さが伝わらない、そう思って動く映像仕事を探したんですけどね…。はぁ~。」
上手くいかなかったからこそ倒産したのである。
マーシィがマチコ本人から聞いたことのある成功例は…
「上手いこといった仕事?…銀河のヘンテコ料理を完食せよ!とか、不気味な生き物を3分間抱っこ!とか、かなぁ~」
輝くような美少女がゲテモノ料理をモリモリ食べてたら、確かに瞬間視聴率は得られたかも知れない。
「いやいやいや。『キャア、イヤ~ン』とか『コワイー』とかの盛り上げセリフなしに、いきなりドドメ色の活け作りにかぶりついたり、『おおりゃー』って雄叫び上げて、火を吐く妖しい生物をがっしりと羽交い締めにしたんですわ。番組的にはトホホでしたよ。」
…彼女を芸能界で呼吸させただけでも元社長はかなり有能なのではないか。
最後の最後まで元社長からマチコの悪口は聞かれなかった。どの思い出も笑顔で語らえたのだ。
そんな過去に思いを寄せている間に、艦長の海賊服は完成していた。
紅と漆黒を基調とした色遣いに足された色合いは…。
「銀色…意外だけれど…うん、合う。」
見るからに海賊女王と認知されている海賊服の各所をふいにキラリと光りが走る。惑星が公転するかのように首や腕、脚、あるいは腰などをランダムな間隔で光が流れていくのだ。光るタイミングだけでなく、角度や方向も一定ではない。
「この光の色を単なる銀色にしたくなかったんです~。」
確かによく見ると白に近い銀色だけでなく、やわらかい桃色や金色に近いような黄色系、あるいは寒色系などの変化していく。
「これは、いい。派手ではない。安っぽいとか逆に高級ぶるのとは違う。素人の私でもわかる。」
えっへんと胸を張るスタイリスト。
「ふふふのふー。でもね、まだとっておきがあるのよ~。」
「この衣装の仕組み…かなり高度なメカニズムの気がするのですが…」
のちに、副長は請求書の金額を見て卒倒することになる。
きらやかに部分発光する海賊服に感動するマチコ艦長は何度も顔をグイグイと動かされ、メイクも完了した。
「衣装のイメージにメイクも負けないように特殊素材をふんだんに使いましたー。」
こうして、紅の海賊女王復活計画は進行していったのだった。
『これが、“妖精”の力なのか…。』
『戦闘方面の機能が制限された民生用“妖精”の試作品って聞いたけど…“妖精”世界で集合って…』
一面真っ白な世界。広いのか狭いのか、空間あるいは時間の感覚がわからない場所である。霧の中にいるように視覚や聴覚あるいは触覚も曖昧模糊に鈍っている気もするが、この場に招集された他のメンバーの顔つきや考え、あるいは感情までもがくっきりと伝わってくる。
と、目の前にガーデンパーティ用のテーブルとイスが現れる。
『お待たせしました。どうぞお掛け下さい。』
顔の部分ははっきりと見えないように処理された、だが服装は銀河宇宙軍の将官服の人物の声が伝わる。その制服には身分を示す物は一切付いていないが、かなりの高官だとそこにいる全員が緊張する。
『銀河宇宙の様々なメディアにおける、海賊放送局のみなさんに依頼があるのです。けっして誘導尋問や事件の証拠集め、あるいは逮捕なんていたしませんので、どうぞおくつろぎ下さい。』
二次元式あるいは3Dホログラム式などの映像情報のネットワークにおける許可や免許を持っていない海賊放送の関係者。
犯罪組織にも活用される情報商売が生業の彼らの顔つきはまだ警戒している。「逮捕しません」と言ったところで簡単には信じてもらえない。 発言者は馬鹿か…馬鹿正直のどちらか。
『このお茶も実際には飲めませんこの場にいる全員が感覚器の中を行き交う生体電流みたいな存在ですから。睡眠薬や自白剤あるいは毒を入れたりなんかできませんって。』
彼らの目の前にそれぞれデータカードが出現した。遣り取り金額を表示する銀河宇宙のユニバーサルスタンダードタイプ電卓である。
普遍型ではないのは、そこに表示された金額だ。
『ま、マジかよ…。』
『こ、こんだけもらえれば家族でもヤっちゃうよ、オレ。』
ブッ、とお茶を吹いた者が一名。純白の軍服に紅茶のシミが広がったイメージ。再現度が高い。
『そんな物騒な依頼はしません。金額が信じられない方もいるでしょうが、軍事費用なんて一般社会からすれば馬鹿げた金額なんです。銃弾一発が¥500、それを毎分300発連射とか、ミサイル一発が¥30000000なんて…戦争は浪費です。』
沈黙が続く。それを破ったのは海賊放送の一人だった。
『以前、匿名の人物の依頼で戦闘のライブ中継をしたんやけど、後日結構な金額がきちんと振り込まれましたわ。かかった諸費用と生命保険も含めた人件費、それと危険手当…もろもろ入れてさらに倍掛けした金額を依頼者にふっかけたんやけど、3倍以上の支払いがきちんとマネロンされて届いたんですわ。・・・あんた、あのときのお方ですか?』
『掲示板で有名な“三ツ葉ちゃんねる”の管理人さんが宇宙船をチャーターして実況生中継をして下さったんですから¥☆☆☆☆万という金額は妥当だと考えました。的確な映像の発信と緊迫感のあるコメントで視聴者を引きつけ、銀河中の画像掲示板や映像ライブチャットを一気に活性化させたお手並みは見事なものでした。感謝しております。』
三ツ葉管理人の沈黙は金額までドンピシャであるという証明である。
そしてその破格の報酬に対してゴクリという生唾の音が聞こえた。
『前回は、龍・猫・鎧の三族同盟が“敵”に対してピンチである…いや単に負けそうだ、という映像ではなく『これだけ奮戦している戦力を銀河宇宙軍は見捨てるのか?次は虎か狼が各個撃破されるぞ』というメッセージを載せて拡散してくれ、という依頼でしたね。』
眼鏡をクイクイと持ち上げながらの話しぶりは“現実世界”の当人の癖を完璧にトレースした結果なのだろう。
この“妖精”を犯罪対策やスパイの検挙に使用されたら、逃げ延びようがないと数人が気付いた。
『大手“ろくCHどこでも放送”さんは種族を越えての発信ありがとうございました。【他種族の反応】まとめサイトの伝播は圧倒的でした。あの御陰で【犬神】と【虎族】で『先に救援にかけつけないと名折れだ~』って民衆が騒いでくれたおかげで軍が動きました。』
三族同盟の圧倒的な危機を救ったのは、【虎族】の先遣艦隊とほぼ同時に駆け付けた【犬神】艦隊の圧倒的な戦力であった。
銀河宇宙のあちこちで見られた海賊放送は公的な放送局もその映像を取り上げるようになり、一般市民だけではなく軍人達も基地や宇宙戦艦の自室でそれを眺めることとなった。
【虎族】には【猫族】と縁戚関係の者も少なくない。あるいは【龍族】や【鎧獣族】の戦力は見捨てるには惜しいと銀河宇宙軍の統合本部は判断したのであろう。その材料となったのは海賊放送で流され続けたライブの戦争映像であった。
『ということは…今回も海賊放送だーがや?』
軍服の存在は深く肯いた。
『場所はどこですタイ?』
『【虎族】星系中央部。本星のすぐ近くです。』
ほうーとため息のような声が漏れ出る。
『あんた…【龍族】じゃなかとね?それも結構エラか身分じゃーなかと?』
『それなのに【虎族】を救いに行くんスか。何十年もの【龍族】への【虎族】のアレは許せるんスかぁ?』
発言者は【龍族】に近しい出自のようである。憤りまでも生々しく伝える“妖精”通信。
それはそうと銀河宇宙がまだまだ一枚板にはなりきれないようである。
軍服の存在は紅茶を飲み下すと立ち上がった。
『子供が駆け回る公園やアベックがデートする街を失わないためです。“敵”には一つたりとも惑星を渡したくないのです。』
嘘が一片も存在しない強い感情。“妖精”は発言者の心情を全て列席者に伝えた。
『しゃーないな。またタッカイ高速宇宙船をチャーターせなあかんなぁ』
『前回よりも鮮明な映像を流すんだらー。カネはかかるジャけんねー。』
複雑な感情を発しながら、退席していく者たち。全員が自分の領分で如何に情報を集め発信するか頭脳をフル回転させている。
犯罪スレスレが得意な者、公共放送に売りつけるアイデア、後日鮮明動画を円盤で発売…、等々方法は異なっても意欲は明確であった。
『ただ、なぁ…前回【龍族】の軍人さんのナンバー2の…赤髪のエライさんがけっこう厳しい発言したんですわ。『海賊放送の連中は勝手にやったんだ、【龍族】は関与していない』みたいなこと言われて、ワシら凹みましたわ。』
『これでもたまには良いことしたいよ。ワシら単独の手柄にしてくれたのかもしれへんけど、言い方がー・・・』
軽く一礼する軍服の男。
『それはそれは失礼いたしました。今度はそういうこと言わないよう、キツく叱っておきます。』
この男は【龍族】宇宙軍のナンバー2を叱れるということか。
『その言葉で正体バレましたで。(笑)』
『それと“アベック”ってのは死語でんな。』
明後日の方を向いて口笛を吹く軍服。
かくして、合法非合法どちらの側からも情報を発信できる媒体が【虎族】本星宙域にて放送準備を始めていた。
その多数のカメラの前に現れたのは、民間の輸送艦、旅客船、珍走艦、その他宇宙を渡り歩ける各種の船の持ち主たちであった。
その先頭で重力波とデブリの波を切り進むのは伝説の宇宙海賊【女王ルビナスの気球戦艦】であった。
日本は宇宙人に侵略されました。
すみません。ほんとーにすみません。一ヶ月以上も間があくとは…!
「フィンガーズ大陸平定編」「虎と狼そして海賊女王編」のあとは
「クラインの壺VS知恵と猫」「【犬神】本星浪人長屋」「【九尾】陰陽師編」「ファンネル使いとマニャ」などの予定しているのですが…事情により【日本は宇宙人に侵略されました】を書き直しております【淡雪版】として投稿しております(それでこちらの間があきました)どちらも鈍足になるのはわかっておりますが・・・並行して頑張りたいとは思っております。




