198 ポケットの中の平和 4 「指輪」
小さな村の小さなお話。
198 ポケットの中の平和 4 「指輪」
“ヤクトル”を空中に浮かせている重力制御装置を最重に設定して僕は“ゲンゴロウ”に突っ込んだ。
機体下部のとんがった部分に重力を集中させるイメージを“妖精”に伝えたことは記憶にある。
けれど、トンガリ部分を中心に機体を慣性制御で守ってくれたことは“妖精”の判断だったのだろう。さすが戦闘支援システム!
それでも“ゲンゴロウ”に突入後、“ヤクトル”はバラバラに砕け散った。
僕の“妖精”は一瞬すごい光量で輝いた後に焼き切れてしまい、“妖精服”が消滅した僕は地面に身体を打ち付けてひっくり返った。
実際は激突した衝撃でとっくに気を失っていたと思うんだけど・・・
あとの記憶はないので、ここからは礼司の視点でよろしく。
あ・・俺、じゃなくて僕はそういうの…“俺”でいいですか?上手に話すのは苦手なんですが…
俺の目に映ったのは“ゲンゴロウ”の脚に貫かれる一太の姿だった。小柄な一太の身体が軽々と宙に浮いて、弾き飛ばされた。
“ヤクトル”から跳び降りた紅葉が一太に駆け寄る。
紅葉の声が聞こえる距離ではないけれど、彼女が悲鳴を上げていることは手に取るようにわかった。紅葉は一太のことが…
「一太が、一太ああああああああああああ。」
俺の身体を支える七菜の悲鳴が長く長く続いた。
俺たちはほとんど生まれたときからの付き合いだ。同じ病院で生まれて、同じ保育園に入園して、中3の今に至っている。兄弟姉妹よりも時間を共有しているかも知れない。だから七菜の悲鳴は自分が出したかと錯覚したほどだ。
俺は自分の身体の痛みも忘れていた。一太を抱きかかえる紅葉に急接近する利明の姿が目に入ったからだ。
小太りで運動オンチの利明が、一直線にすごい早さで二人に迫っている。“妖精服”の力だけじゃない。
わかった!
利明が何をするつもりなのか。
運動音痴で手先も不器用な利明だけれど、警察や自衛隊の人が来ての戦闘訓練では一番熱心だった。緊急時の蘇生訓練と最悪時の最後の手段は何度も何度も出来るまで練習していた利明…。
あちらに行かせちゃいけない。こっちに“ゲンゴロウ”の気を引くんだ!
俺の片手はポケットから“袋”を取り出そうと藻掻く。だけど痛みで上手く取り出せない。
その仕草に気づいた七菜がポケットから小袋を取り出した。校長先生から預かった指輪が入れてある謎の小袋。
(これに入れておけば“虫”に気づかれないとかカントカ?後で聞いたら、ただ内側が金属加工された袋だった~)
「これで、あの“虫”を呼び寄せるのね。」
「ああ、七菜は向こうに行ってろ。」
「一人で立つことも出来ない礼司が何言うとるね。」
キッ、とした七菜の顔。この顔を最後に見たのはいつだっけ?
そんな感慨に耽る間も、言い争っている時間もなかった。“ゲンゴロウ”がこちらを向いたのだ。
俺は七菜に肩を借りている。情けない。
七菜の身体とは反対側の腕を持ち上げて、ビーム銃を連射する。ツっつうう…訓練時なら当てていた距離なのに。
ビーム銃の反動で狙いがそれる。この反動もケガさえしてなけりゃ・・・。
こぶしを握り込むことでビーム銃は発射される。それだけの動作なのに握力が…手に力が入らないせいで発射されない時も。クソッ!
「イヤあああああああ!!!」
七菜の悲鳴。“ゲンゴロウ”がフワリと浮かび上がっていく。あの図体と重量で押しつぶされたら一巻の終わりだ。
ビームを連射する俺。でも当たらない。自分はこんなダメ人間だったのかと情けなくて目が滲んできた。
七菜がギュッと俺にしがみつく。俺は…最後の最後の瞬間までビームを撃ちまくると決めて、顔だけは上げていた。
その“ゲンゴロウ”の上に“ヤクトル”が浮かび上がった。
そう思った瞬間、“ヤクトル”は“ゲンゴロウ”に向けて急降下。
緊急時用に中3だけが使わせてもらっている“ヤクトル”。重力制御装置のお陰で空中に浮かぶ小型ビークル。でも、装甲と言うのも首を傾げるほどのペラッペラの半円筒のボディと簡単な制御部分だけの機体はママチャリよりも軽い。まぁ浮かばせるんだから…
その“ヤクトル”が“ゲンゴロウ”に突撃した。
俺は最初、紅葉が操縦しているものだと思い込んでいた。一太がやられた怒りで、紅葉が“ゲンゴロウ”に突っ込んだ、と。
しかし、“ゲンゴロウ”の背中にめり込んだあと、ゆっくりと砕け散った“ヤクトル”から弾け飛んだのは、小太りの男子。
「「としあきっ!!」」
七菜と声がカブった。利明の身体は地面でバウンドして、ゴロゴロと転がっていく。
空中に浮遊飛行していた、観光バスほどの“ゲンゴロウ”の巨体を地面に叩きつけた反動は大きかったに違いない。“ヤクトル”の機体がその衝撃をいくらかは消したとしても…利明は無事か??
脚をひきずりながら、七菜と利明の方に向かおうとした俺たちの目の前で、“ゲンゴロウ”の翅が再度、開く。
「こいつ・・。」
「まだ…まだ生きてるの…ひっ!」
“ゲンゴロウ”にもダメージは大きかったのだろう。6本の足で起きあがれないようだ。だが翅の力で少しずつ身体が浮いていく。
「七菜、指輪を貸せ!そしてお前はアッチに行け!!」
俺は七菜の固く握られたこぶしをこじあけようとした。しかし七菜の指はギュッと握りしめたまま。それどころか、腕を折り曲げてもう一方の手でお腹に抱きしめるように守る。
「バカっ。早く逃げろって。」
「礼司はどうすんのさぁ。あっ、あっ、“ゲンゴロウ”が!!」
“虫”のくせに、2本足で立ち上がろうとしている。
もう一度空に飛び上がることは無理みたいだけど、直立状態から押しつぶすつもりのようで、半浮遊状態でこちらにせまってくる。
後ろ足2本は地面を引きずり、地面に深い轍のような溝が出来ていく・・・。重そうだ。
七菜が指輪を握りしめたまま、俺に抱きついた。
俺の“妖精”と七菜の“妖精”がぶつかってゴチンという音がした。
俺は片手を突き出して…連射する力はもうなかった。だから強く強く、全力でグーを握りしめて“ゲンゴロウ”に向けて突きだした。
(死ぬなら一緒に…)
(バカっ、15歳で死ぬなんて言うなぁああああああああああ)
俺と七菜の二つの“妖精”が爆発したような気がした。
熱さは感じなかったけれど、利明の“妖精”と同じように白い光が二人の間から広がっていって・・・・・・
通常のビーム銃の光跡の数十倍?数百倍?の太い光が俺のビーム銃の先端と“ゲンゴロウ”の腹部をつないでいた。
その太い白光はゆっくりと細くなっていく。
ビームの光がなくなったとき、俺は腕を持ち上げている体力が…あれ?足にも力が入らない。
くたぁ、と跪く俺と七菜。七菜も全身から力が抜けて、立っていられなくなったそうだ。
さっき利明が激突した背中側に向けて、“ゲンゴロウ”の腹部には大穴が開いていた。
ゆっくりと、仰向けに倒れていく“ゲンゴロウ”。
ズシーーーンと地響きが伝わって、砂粒が飛んできた。パラパラパラとけっこうな勢いで身体を打ったけれど、俺も全身に力が入らなくて、仰向けになった“ゲンゴロウ”を見ているだけしかできなかった。
なんか、殺虫剤で死んでいくゴキブリのように、ピクピクと蠢いている。
それを見た俺は脱力が限界まで来て、仰向けに寝転がってしまう。隣では七菜も大の字で寝そべっている。
「わ、私たち…助かったの…?」
“ゲンゴロウ”と同じよう転がっているなぁ、と考えていた俺の耳に七菜の、か細い声が届いた。
何か返事しなきゃ、と思ったけれど口の中がカラッカラで、声が出せない。
ただ、真上の空が青かった。青く青く、どこまでも。
ああ、吸い込まれるような空ってこれなんだな、と関係ないことを考えていた。
「そうな展開だったんだ。」
「ああ。利明が背中側を痛めつけて、弱っていた部分にビームが突き刺さったから貫通したんだろうって自衛隊の人は言ってたけど…」
「でも、通常の数倍の威力だったんだろ?」
「いや、そう見えただけで、普通のビームだったかもしれない。」
気を失っていた僕は、あまりの痛みで目を覚ました。
肘をついて何とか身体を起こした僕の目に入ったのは、仰向けにひっくり返った“ゲンゴロウ”の巨体とすぐ近くで倒れている二人の人影だった。
ボロボロの学生服姿で立ち上がった僕は、礼司と七菜に向けて歩いて行った。ほんとは走って行きたかったんだけど、片足が持ち上がらない。「礼司いいい、七菜あああああ」
足取りが重いのが悔しくて、僕は必死で声を上げた。
礼司の手がすっと空に向けて持ち上がった!生きてる。
「痛たたたたたたた」
うれしくて駆け出そうとしたけど無理だった。
ごろんと身体を回転させて、起き上がろうとする礼司。その向こうで七菜も身体を起こし始める。
「礼司、七菜、無事だったんだね・・」
「利明こそ・・」
「としくん、大丈夫?」
七菜なの視線で気がついた。僕のお腹から太ももにかけて、血でぐっしょり濡れている。でも痛みは…ほとんどない?
“妖精”が最後に働いてくれたんだろうか。僕はゆっくりと二人の横に腰を下ろす。立っているのがしんどいや。
「うん、痛みはない。それより七菜はお腹痛いの?」
腹部を押さえつけているような七菜なの仕草が気になった。
「ううん。違うの。これが守ってくれたのかなぁ~って…。」
七菜のこぶしがゆっくりと開かれていく。
金色に輝く指輪が二つ。校長先生の指輪。
「奥さんの形見を投げ捨てたりは出来ねーもんなぁ。よかった…。」
そうつぶやいた礼司の腕を七菜が〈ガシッ〉と掴んだ。
「ん、何すんの?」
礼司も七菜も“妖精服”は解除されている。分厚い防御手袋ではなくて素手の礼司。
その礼司の薬指に、七菜は大きい方の指輪を差し込んだ。
「…私の指に…礼司くん、お願い…。」
どひゃああああああああああああああああああああああああ。
大人しい七菜がこんな積極的にいいいいいいいいいいいいい。
こ、こ、こ、これが、伝説の「吊り橋効果」ってヤツなのかあああああああああ!!!
男子二人は目が「・」になって無言状態。
でも、さすがは礼司。七菜の広げられた右手から、ゆっくりと人差し指と親指で指輪をつまみ上げた。
七菜がにっこり。
礼司は複雑な表情でゆっくりと指輪を・・・・・
『やめろおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお』
ビクッううう。3人が振り返った。
一太の生首をやさしく抱きかかえている紅葉が僕らの後ろに居た!
その紅葉の“妖精”から音声が流れてきた。
『俺サマが動けないからって、ナメた真似すんじゃねえええ!!』
僕は慌てて一太の顔を見る。そこにあるのはいつもと同じ一太の顔…じゃなくて、目はしっかりと瞑っている。
「な、なんで一太に、この状況が見えているんだ??」
『ウルセ、ウルセ、ウルセエエエ。村一番のタフガイのオレ様に不可能はねえんだ~』
その一太の顔に水滴が次々と降っていった。
紅葉の涙。
「ホント、こいつってバカは死ななきゃ治らないって…チビ太が死ななくて良かった――――――わあああああああん。」
しゃがみ込んで泣きじゃくる紅葉。
僕たち4人(と首一個)は並んで座り込んでいた。
遠く、学校の方から先生たちと駐在さん、下級生や小学生が駆け寄ってくるのが目に入ってきた。
七菜の薬指の金色がキラリと輝いた。
日本は宇宙人に侵略されました。
目を止めていただき、ありがとうございます。
この4人+生首はここで終了~と思っていたのですが、フッとこの子たちが別のキャラに絡んでいく話が浮かび上がりました。
またいつか出てくるのか…




