パトカーから、地下の映画館へ
宇宙人に日本が侵略されたら、学校生活や会社組織はどう変化するでしょうか。
「こんな授業役に立つのか」は永遠のテーマではないでしょうか
3-6 パトカーの中から
普通の高校生がパトカーに乗ることはあまりない。最初は車内の様々な機器や内装に注目していたが20分も見続けると飽きてしまった。車窓からの眺めは見慣れた景色から、建物が増えだしている。
「あと10分くらいで到着するからね。」
まだ若い警官が助手席から声をかけてくれた。二人が乗り込んですぐ、地元の警察署にその報告をして依頼の声であった。
「このまま進むとO市に入るわね。」
沈黙が破れたためか、村上さんも言葉を継いだ。
「うん。めったに行かないし、行くときは電車だから僕はこの道はあまり知らない。」
「親と一緒に車でイヲンに買い物に行くとき、ここを通るわ。」
さすがに女の子だから、服とか買いに行くのかな、と思ったが声に出すのはやめておいた。町内のツマムラで服を選んでいる自分はどうなのだろう、と頭の中が飛躍する。
「俊くんは映画とかで行かないの?」
「あー。まにゃ…石尾さんにときどき誘われるくらいかな。」
「ハリウッドの爆発映画かアニメ映画でしょ。私たちが誘われても断るからだと思う。」
やっぱりそうか。などと思っていると、フロントガラスにそのイヲンの建物が見えてきた。日本の景色に合わない看板の色が存在を主張している。日本各地にそびえ立つ大型スーパー“イヲン”だ。
パトカーは躊躇わずそのイヲンの敷地内に入っていく。サイレン音は発していないが、ライトはくるくると回っているようで、地上駐車場で幾人もの買い物客がこちらを注目している。そりゃあ見慣れない景色だろう。警官が買い物のわけはないし。パトカーは地下の駐車場に入っていった。
「えっ、地下に駐車場なんてあったっけ?」
村上さんがつぶやいた。こういうところは上層階が駐車場になっているはずなのに。入り口の守衛さんもなんか物々しい雰囲気でバーを上げる。こんなに多くの守衛さんが入り口に必要か?
助手席の警官が後ろを向いて囁いた。
「地下3階に特別な駐車場があります。これは秘密事項ですので家族や友人には話さないようお願いします。」
別に脅すような顔つきではなかったが、制服の警官にこんなこと言われては二人とも無言で縦に首を振るしかなかった。まにゃ、残念だったな。特殊ネタに立ち会えなくて。
地下3階の秘密駐車所はけっこうな満車だった。同じようなパトカーだけでなく、くすんだ緑色は自衛隊の車だろうか。黒い高級車っぽいのもたくさん見られた。車を降りてしばらく歩くと、館内へのドアがあり、見慣れたエスカレーターが…。えっ、エスカレーターじゃない。無骨な頑丈そうな鉄板の階段だ。滑りにくいように丸いブツブツが浮き出している。
「すみませんが、地下5階まで歩きます。」
先導する警官と運転していた警官に挟まれて、壁も地味な灰色の階段をひたすら下った。そして、これまた分厚い鉄板を押し広げると…
「あれ?ここは映画館なの。」
見慣れた映画館の入場ロビー。パンフやポッポコーン売り場もある。今上映されている映画のポスターもあちこちに掲示してあって…そしてけっこうな人数がひしめき合っている。今日は平日なのに。
よく見ると、ロビー内は僕たちのような高校生ばかりではなく、中学生のジャージ姿や、外出用とは思えないラフな私服のいい大人でいっぱいだった。ドアから警官と出てきた僕ら二人は注目されるかと思ったが、幾人かが目を向けたもののすぐに視線を外していった。ということは、ここにいるみんながパトカーで来たのか。
「それでは、我々はこれで失礼します。入場券売り場でお名前を告げてください。では。」
警官二人は敬礼をすると先ほどのドアから退室した。僕たちはなんとなく頭を下げたが、頭の上のハテナマークはとれる気配がなかった。
「じゃあ、入場券もらいましょうか。」
村上さんに呼びかけると、彼女は無言で肯いた。それぞれ番号の違うチケットを受け取ると、行き所もなく、近くの壁にもたれた。村上さんの目は左右に落ち着きがない。
「瞬くん、気づいた?」
「うん、全部のポスターがウソばっかりだ。昔の古いアニメの映画やハリウッド映画ばかり。でも伝説巨神イエオンとワー・ゲームってのは見てみたいかなぁ。」
僕の返答に村上さんは頭を抱えた。
「違う、高校生たちの制服。」
言われて見回したが、よくわからない。うちの市内の高校とは違うことしかわからない。
「県内のけっこう賢い学校が多い気がする。うちと同じくらいの学校もいくらかはいるけど。」
言われてみれば、女子の制服は…古くさい?みんなのスカートも長め、髪も真っ黒でおとなしい髪型ばかり。男子はそうでもないか。着崩している者も多いな。でも髪の毛は黒ばかり。ピアス者も全然いない。
高校生だけでなく、もう少し年上になると男性率が一気に上がる。……自宅警備員ですか?と尋ねたい雰囲気の人が多い。服の上下と足下が、無頓着というか。そして何よりも
「眼鏡率が高いなー。」
「私たちもだけどね。」
突然、館内放送が響いた。ロビーの全員が上を向く。
『お集まりの皆さん、お待たせしました。チケットの番号の部屋にお入りください。また座席ナンバーもチケットに印刷されていますので、お間違えのないようご着席ください。』
「村上さんは何号室?」
「私は8番。E-17って書いてある。」
「僕は4番だ。じゃあ、また後でね。」
ある程度まで人の流れが進むのを待ち、二人は通路で別れた。
(4番スクリーンって結構狭かったような記憶があるけど、それでも100人以上は入るよなぁ)
入室してみると、正面のスクリーンはただの光だった。上映前のCMがいつまでも流れない。ただの光に照らされて30人ほどの人影が見える。自分の席を確認して座ると、前の席の位置には頑丈なデスクが置かれ、その上にノートパソコンが閉じてある。開いて起動していいのかな。周囲を見ると、みんながきょろきょろと様子見をしているようだ。しかし、しばらくすると全員が着席し、大人しく待つ雰囲気となった。
「お待たせしました。4番の皆さん。これより説明を始めます。」
正面のスクリーンに女性が映し出される。この数ヶ月で見慣れた白い服装。時代劇の侍の正装やキリスト教の法王の服が連想されるが、発光するような白色と銀色のライン。日本を侵略した宇宙人の姿形だ。よく見ると彼女の服にはさらにオレンジ色があしらわれている。これまでテレビや新聞では見たことのない色遣い。何か特殊な役割なのだろうか。
「この4番スクリーンのみなさんは、ネットゲーム“デッド・ストーム”で選ばれました。ここにいるのは、かなりの高レベルのベテランユーザーや短期間で登りつめた方ばかりです。」
思わず周囲を見回す。制服姿や私服姿の違いはあるが、確かにゲームオタクっぽい容姿の者が多いようだ。もちろん僕自身もだ。
「これから、“デッド・ストーム”よりも複雑なシミュレーション・ゲームに取り組んでいただきます。地形、人員、補給、など様々な状況がより細かく設定され、敵の行動も複雑になります。」
目の前のノートパソコンが勝手に開いていった。電源が入り、見たこともないスタート画面が一瞬で表示される。これまでのデッド・ストームとはケタ違いの情報ウインドのアイコンがびっしり並んでいる。これは本当にゲームなのか?
「ゲームを見事にクリアされた方には高額の賞金を用意しています。」
おおーと小さな歓声が上がる。でも僕は本当にゲームなのか、という思いが強まる。
「ただし、何日もかかるものと予想されます。この会場のさらに地階には食堂や宿泊施設も用意してあります。睡眠や食事はいつでもご自由にお取り下さい。ご家族や学校、職場などへは既に連絡済みです。」
先ほどの興奮が一気に静まる。ここにいるみんなが同じ思いを抱いたようだ。拉致監禁とか軟禁とかの単語が頭に浮かんだ。
「この部屋の全員が違うマップや状況で戦い始めます。相互の見学や意見交換は自由です。助言されてそれを受け入れるかどうかも、あなたがた一人一人の見極める力量ですから。ただし妨害や集中を阻害する行動は厳禁です。強制退室させられます。」
スクリーンの宇宙人は微笑んだ。それは悪意の一切感じられない、優しい先生のような微笑だった。役には立つだろうけれど、大量の難しい宿題を出すときの先生の顔を美人にされても、あんまりうれしくない。
「全室、基本連絡は終了しました。大隊指揮、中隊指揮、小隊指揮、小班指揮のそれぞれの適正傾向に合わせたステージでゲームが始まります。」
自衛隊の制服を着た数名と、宇宙人の白い制服が数名、モニターだらけの一室に集まっている。この県にイヲンは数店舗あるが、どの店にも地下に広大な情報センターが設置されており、現在そのほとんどの部屋でゲーム大会が開かれているのだ。いや、数日のズレはあるものの、日本各地でこのイベントは開催されている。
「大学や高校の運動部は陸海空の自衛官が訓練を開始しているが、それ以外のところにも人材がいるかどうか…。」
「運動部の主将やエースは小隊の中心になり得ると思いますが、文化部や帰宅部、フリーターや引きこもりの者に戦闘が務まるでしょうか。」
自衛官同士がこれまで何度も繰り返されてきた疑問を再度語り合う。才能があっても、それを発揮し続ける集中力や持続力は簡単には育たない。ましてや未成年まで数に入れているのだ。
「我らが司令官は言いました。“何十時間もゲームを続けられる存在は貴重だよ”と。貴重な人材は全て日本防衛、そして地球防衛に役立ってもらわなければなりません。」
「まぁ、全員が装甲戦闘服を着て最前線に立つわけではないか。」
戦闘が苦手な者には後方で食料や物資の生産も重要な役割であるし、それらを適所に配備する事務能力も重要である。それら全てを現在の自衛隊組織で展開することは不可能である。
「本格的な“敵”の侵攻までは現在の日本を維持しつつ、来たる日のために着々と人材を集めなくてはなりません。海外にも人材は多いと思いますが、最後は自分自身や家族、友人、そしてこの国を守るために戦うとなれば、日本人の中から有為な人材を見つけ出し、育てていかねばなりません。海外のどの国も自衛に必死になるでしょうから。」
宇宙人は語り終えるとカップの中を飲み干した。
「このコーヒーとやらは、けっこう美味しいですね。」
自衛官たちは苦笑いをする。映画館の軽食のコーヒー程度で申し訳ないと。
「ほう、早くも1面クリアが出ました。いや、続々とクリアしていきます。流石ゲームマニアですね。」
モニターをチェックする係の一人が、色の変わった座席をいくつも指さす。あっという間に攻略したわけである。
「ただ勝つだけではダメだぞ。味方の損耗率をちゃんと見てみろ。」
「いや、幾人かはそれに気づいていますね。極力味方を減らさず勝てる作戦を立てています。」
全員が無言で状況モニターを眺める。残率100%という座席が幾つも見られる。
「ゲームオタクもなかなか。結構やりますな。」
「問題は、それが適わない状況になったときだ。味方や自分自身を殺すことになっても、勝利を呼び込めるかどうか。そして・・」
「ゲームでなく、実際の戦闘状況下でも冷静にその采配が揮えるかどうか。」
日本は宇宙人に侵略されたままです。
一度風邪ひくと、なかなか治りません。こいつらウイルス自体が宇宙人じゃないのか、と思うこともあります。
今回もお読みいただきありがとうございます。お暇なときに読んでいただけるよう、頑張ります。




