183 海賊船「ドンテン」副長の涙
輸送船…いや海賊船ドンテンの運命やいかに
183 海賊船「ドンテン」副長の涙
【龍族】本星太陽系の首星「リュージュ」。
その一番栄えている大陸の絶景地にそのホテルは雄大にそびえ立っていた。
「カショク・ホテル」という名は龍族の星系内だけでなく、銀河宇宙の各種族全ての星系の様々な星で「一流ホテル」の代名詞となっている。
「中規模でラグジュアリーなホテルのみに焦点をあてた、銀河宇宙広域で営業するホテルチェーンを目指す 」というコンセプトゆえ当初は中流クラスと勘違いされることも多かったが、経営者の強固な信念を従業員が接客で示す姿勢によってみるみるうちに「超高級ホテル」と成長していった。 巨大なホテルを建設するまで時間がかかったのだが、完璧な機密の保持と並行して最高級のサービス提供は種族の壁を越えて歓迎され、その需要を満たすためやむなく大型化した、というわけである。
カショク・ホテルの内装は全てクリスタルで統一されている。上品な室内灯を煌びやかに反射させる視覚効果抜群のデザインは夢の世界に紛れ込んだようであり、一歩踏み入れた途端から全ての客はリゾート気分を満喫できる。たとえビジネスで利用した者であっても。あるいは…
「ふ、副長…この絨毯すっごく高級そうなんですが…靴を履いたまんま歩いていいんですか?」
「うむ。ロビーを裸足で歩き回ったらカショク・ホテルの伝説になるだろう。試す価値はあるな。」
美形のドアボーイが手で開けてくれた(自動じゃない!)玄関を通り過ぎるなり、曇天丸の船員たちは挙動不審者の集団…招かれざる者となった。
ロビー正面の先、遠くのフロントでも判別できる輝くような笑顔のフロントスタッフ。あちこちで見られるページボーイやベルマンの視線はひとときの油断もない。ホテルマンたちは美しくデザインされた制服をひるがえしながら隅々にかけ付け、細心の注意で完璧な接客を行っている。その扱いに満足の笑みを返す宿泊客たちも一人残らず一流や高級という接頭語が当たり前の身なり、そして付け焼き刃では生み出せない優雅な雰囲気を身に纏っている。それを上流という。そこに紛れ込んだ一団は。
ドンテン一行。地球で言うところのバック・パッカーのような服装のクルーたちはマシな方である。どんな密林に行くのかと尋ねたくなる重武装探検者姿は片手に捕虫網を提げていても「森ガール」とはとても言えない。真っ赤な皮のバイク・スーツ姿を先頭にした上下黒革、肩にトゲ、拳にメリケンサックの集団には世紀末覇王に秘孔を突かれる運命が見える。シンプルなジャージ姿の一団はゴルフバックにバットケース、自分専用のボーリングボールと種目に統一がない。一体何をしに来た?そう見ると水夫服の一団が最も民間輸送船所属に相応しいが、赤青黄色に桃緑という5色どころか紫や金銀のセーラーは目に痛い。パンツルックではなくミニスカートなのは何故だろう。浴衣姿のお前たちはそれで戦闘班なのか?
この集団がロビーに入って来た瞬間も、顔色一つ変えず飛ぶように荷物を預かりに来たポーターたちの職業意識は尊敬出来る。だが女性としての最後の見栄が起動したのか、イヤイヤと首を横に振りボロボロのカバンを渡せないドンテン一行。ポーターたちはどうしたものかと困り顔である。
そのときポーターたちの眼前にさっとブランドカバンを突きだしたのは艦長であった。続いて副長、無口なマキコがそれなりのブランドカバンを手渡しポーターはどうにか仕事に取りかかり始める。
「さすが元芸能人の艦長!ホテルの格に負けていないですね。副長とマキコさんもさすがぁ~」
セーラーイエローにそう囁かれた副長は入ってきた玄関のさらに後方、自分たちが乗ってきたシャトルが着水した辺りに緑の瞳を向ける。白地に金銀の降下シャトルは隣のカショク・ホテル連絡艇よりも一際豪華な偉容を誇っている。
「ホテルマンは客の鞄を見てランクを決めるっていうけど…あんな超豪華シャトルから出てきた客はどんな身なりでも最上位扱いされるよ。」
【龍族】の王族、それも上級一族にしか許されない紋章旗がたなびくシャトルは副長の頭脳をフル回転させていた。誰が、何のために、なぜ。 ドンテン一行はそれぞれの部屋でしばらく休息を取ってから、メインスタッフのみ集合という言付けを受ける。集合場所はこのカショク・ホテルで結婚式や記者発表に使われる大広間が指定され、副長の頭痛はさらに激しくなる。
2時間ほど前。【龍族】本星系第5番惑星に入港した海賊船ドンテン…いや今は惑星アイアイ所属の民間輸送船『曇天丸』はこの植民星最大の宇宙港の特別な埠頭へと誘導された。軍艦にタグボートされるという曳船状況からは想像も出来ない豪奢な埠頭に棒立ちになるクルーたち。
「副長、掌帆長から連絡です。」
マイコの4枚のメガネ顔にうながされ副長は艦内電話を手に取った。掌帆長はふっくらした体型でまだ若いのにオバチャンというあだ名を付けられている。だが非常に有能な彼女のお陰で三人分の雇用が一人で済んでいることに副長は常々感謝している。
「マスミさん、何かトラブルが起こりましたか。」
副長よりも年長者らしいので、日常は彼女に敬語を使っている。副長自身の年齢は謎であるが。
「あ、トラブルと言うほどではないのですけど…給油・給水・酸素補充など全て全自動ロボ任せです。ウチみたいな老朽船でも向こうが合わせてくれる高級ロボ。それと『何か買いたい物ありませんか』て言ってきたシップチャンドラーすら完全無人のオートシップです。色々とほしいものはあるのですが買ってよろしいでしょうか?」
ここは敵地ではない。(今のところは)しかし『曇天丸』の本業は海賊船という立場上、何でもかんでもノーチェックで搬入するわけにはいかない。 考え込む副長に情報担当のマサコが囁いた。
「こんな豪華客船専用みたいなポートで阿漕な商売するヤカラはいないんじゃないの。」
「…そう思わせて、って気もするんだよね。でも必要物資を補充しないわけにもいかないか。」
副長は掌帆長と船務長に連絡し、必要物資を適正価格で購入するよう指示した。ただし、隔離して保管し厳重に検査した後使用する。それまでは持ち込んだ物資でやり繰りするようにと強調した。
通信員のマイコが再度副長を呼び出した。
「副長~検疫を始めていいかって尋ねています。生体検疫と電子検疫を同時に開始するので最低限の待機員以外は降船してほしいとのことです。」「…ブリッジにマサコとマミコ、艦内には戦闘班から数人、でいいかな。」
すでに電子機器の操作を始めたマサコは副長の顔も見ず肯き、ジャージ姿の機関長マミコは親指を突き出した握りこぶしで応える。副長はすっと身体をマサコのすぐ横に移動させる。
「海賊用の電子頭脳は回線を完全に遮断して良いからね。最悪破壊しても保険記録は私の“妖精”に上書きしているから。」
「ん、サンキュ。潜行滞在型の病原菌だけは防がないとね。メインの電子頭脳はしっかり守るからね。」
言うなりマサコの顔にはマイコと同じ四つ目メガネが現れた。左右の腕にも四つずつ画面が開く。
「うわっマサコ先輩のフルアーマー姿久し振りに見ますぅ~」
そのマイコの言葉を聞くなり、マサコの装備した全ての画面が不可視化する。
「フルアーマーねぇ。どちらかというとフル・バトルモードだよね。電子頭脳は任せたよ。」
副長の言葉に微笑むマサコ。この二人はこのドンテン以前も名コンビで名をはせていた。
そのマサコから副長へと通信が入った。検疫終了にはやや早いなと思いつつ副長は端末を開く。
「副長、曇天丸の検疫処理終わりました。」
「早かったね…で大丈夫だった?」
ホテル側は防諜設備は完璧と宣伝している。それでも声をひそめるのは性分かそれとも所属している特別な立場ゆえか。
副長の警戒はマサコの言葉と態度に肩すかしを食う。
「虫や病原菌の検疫はナノ・マシンをこってりと撒いて、さらに女性検疫官が一部屋残らず直接検分する懇切丁寧ぶりでした。あっ、お土産なんか置いていかせませんよ。終了後すぐに私がカウンター洗浄しましたから大丈夫です。ウチのナノマシンも有能ですから。」
病疫によるドンテンへのテロ行為は可能性は低いだろう。そんなことをせずともここまでの行程で簡単に撃破でも連行でも出来たはずである。
【龍族】が敵ならば、であるが。【龍族】星系を出た後にドンテンのクルーを病気で操船不能に陥らせる作戦は…?あまり意味がないな。
一瞬思考を巡らす副長にマサコは不思議な口調で報告を続ける。
「電子検疫の方はもっと簡単でした。ウィルスチェックソフトの最新記録を提出と電子担当者がサラサラと中心電脳を確認したくらいです。もちろん私はすぐ横で見守っていました。」
「海賊用の電脳はさぐられなかったんだね。戦闘記録やこれまでのヤバイ記録にもノータッチだね。」
「はい……。」
急にマサコの口調がトーンダウンした。
「海賊電脳は上手に隠し切れたってわけだろ。何か心配なのかい。」
「う~ん上手く隠せてバレなかったって感じじゃないんですよね。むしろ『そこにあるんでしょ、触れませんよ』ってバレバレで素通りされたような…あの操作感とかルートへの入り方とか、あの担当者かなりのデキるヤツのはずなのに隠し扉どころか罠にすら近寄ってきませんでした。メインの電子頭脳にも遠慮がちって言うか、おそるおそる触っただけって感じです。」
電子戦では相当の手練れであるマサコの珍しい態度に副長は驚く。と同時に安堵のため息をもらす。
「そんなヤツなら置き土産は大丈夫?宇宙空間で電子頭脳に時限爆弾はイヤだよ。」
「それはないです。何回も確認しました。それと…」
マサコの口調が暗くなる。副長はドキリとする。まさか電脳本体に何か異常が…。
「あ、あの…艦内環境ソフトの最新版、それも超最高級バージョンの未開封ボックスをプレゼントされました。」
「へ?」
環境ソフト?空気とか水とか。あ、電気も重要なラインではあるが何重にもバックアップと切り替えライン設定しているはずだが。
「『こんな古いソフトでライフライン回してて大丈夫でしたか。』って言われた後、『悪臭は元から断たなきゃダメ』って悲しそうな顔で言われました。…そのソフト、パッケージ版の新品なんですけどね。なんか、なんか、悲しいようぅ~。(涙)」
女子校に夢を見ている男子は多いだろうが、『悪臭』って言い切られると立場が全くない。まして本当に時々ツンと…だったからなぁ。次の休日は全員取りやめで全艦の大掃除を敢行しよう!副長に女子寮の寮母さんが憑依した。
頭を一つ振って副長は切り替えた。
「とりあえずご苦労だった。あんたの目をすり抜けられたとしたら、ドンテンの誰でも不可能だ。それよりも相手側がメインクルー全員と話したいと言っているんだ。忙しくしてすまないけれどマミコと一緒にこのホテルまでかけつけておくれ。」
「高速シャトル使っていいですか?…グリーン車とは言いませんから。」
「このホテルの専用シャトルの用意があるってさ。聞いておどろけ、」
そのあと副長からカショク・ホテルの名前を告げられたマサコは、ウィルスが繁殖した画面を見たときのように硬直した。
海賊船ドンテンの誇る戦闘員たちは誰一人残っていなかった。炎よりも真っ赤な頭髪の男の一撃で全滅したのだった。
「曇天丸乗船員のみなさんのために最上階のバーを借り切りました。レストランのシェフたちも最高の食材と一緒に待機させております。みなさんお好きなお飲み物や料理を存分にご注文下さい。もちろん全て私どもよりのサービスでございます。何時間でもごゆっくりとお寛ぎ下さい。」
席から立ち上がりかけた艦長の鳩尾へ裏拳を一発入れた副長はポスンという音に振り返った紳士にニッコリ微笑む。
「ん、艦長さんはどうかされたのですか。おなかを押さえているようですが。」
「い、いえ、なんでもありません。」
目がハート形をしている艦長はすぐに立ち直る。
前回なんとなく情報を売り渡す相手に【龍族】を選んだ。その際、交渉相手になった龍族の男性がとても艦長の好みだったそうだ。
「顔とか容姿とか見かけとかハンサムとか、そんなんじゃないのよー」
全部、顔じゃねーか、とドンテンのクルーは心の中で突っ込んだ。
今回、またまた偶然手に入った情報を【龍族】に売りつけるという艦長に反論する気は誰も起こさなかった。
恋というか、こういう状態の人間には何を言っても通じない。時間の無駄である。
また、その赤髪男もヒマではなかろう。そうそう辺境の海賊の相手をしに出てくる可能性は低いと副長以下全員が判断し、艦長の妄想話を話半分上のソラシドドレミと聞き流すことにしたのだ
だが、その噂の当人が颯爽と登場。しかもホテルの従業員たちの態度からすると、かなりの大物と推定されるとなると…
「ウチのバカ艦長…男を見る目があったのか。それは本能か超能力か。」
とブリッジ・クルーの脳内は喧々囂々と大騒ぎ。戦闘員たちが全員居なくなったという事態をスルーしてしまったのはそのせいである。
(こんな清楚な女学生風にバッチリ衣装キメて来やがって。違う男が交渉に来たらあとで全員で大笑いしてやる予定だったのにぃ~)
副長は心の中でバズーカを担ぎ上げて、艦長目がけて撃ちかけた…のだが、艦長の素っ頓狂な一言が副長の妄想を霧散させた。
「赤髪さん…じゃなくてリャンロンさんが我々をこ~んなに接待して下さるのは、どんな下心があるからですか?」
※した‐ごころ【下心】 1 心の奥深く思っていること。心底。本心。2 心に隠しているたくらみごと。
ど直球。それも野球ボールではなくドッヂボールくらいの大きな打ちやすい球を、放り投げやがったーーー、とドンテンの艦橋メンバーは再度脳内で合唱する。『下心で動いているのは艦長アンタだぁ~』と。
その後、ふと気がつく。万一この交渉が決裂したらどうなるのだろう。
こんな敵地の密閉された室内、しかも完璧な防諜設備下ではどのような目に合わせられても誰にも気がつかれないだろう。赤髪男リャンロンとやらの背後には黒服の護衛が四人控えている。入り口のドアの内側には二人、外の廊下にも四人以上いるだろう。
【龍族】の首星。その最高級ホテルの最大の大広間で惨劇が起こるなんて誰も考えはしないだろうし、起こっても見つかりはしまい。
戦闘員が全て出払っている状況で、このバカ娘は何を言いさらしやがっとんじゃあ~。と心中は火を吐く巨竜であったが副長の目は冷静に状況を走査する。そして一点で目が止まる。微笑んでいる?赤い瞳が。
「前回の情報がとても素晴らしかったから、ではいけませんか?」
龍族特有の射すくめるような虹彩から温もりを感じるのは私だけだろうかと副長は仲間を順に見回す。
全員が不審顔。
「ん~、前回は十分すぎるほどの報酬は頂きました。でも今回のこれが同じくらい価値があるかどうかはまだ不明ですよね。」
艦長は手元の小箱の蓋を開け、無造作にデータクリスタルをテーブルに置いた。グリーンの輝きは副長の瞳と同じ色。
「さすが海賊船ドンテンの艦長さんだ。現物を前に駆け引きは無用ということですね。」
ちがう違う、こいつは思いついたことをそのまま口に出しているだけ、とドンテンクルーの声にならない声。
(車を買うとき、ハンコを置す寸前に“もう少しサービスない”って一言は効果絶大って誰かが艦長に教えていたよなー。あ、私だ。)
その声が聞こえるわけもなく、リャンロンは片手で髪の毛をかきあげる。
ヘアースタイルは微妙な変化であったが彼の顔つきは鋭く豹変している。口調も厳しく変わった。
「このデータに加えて、海賊船ドンテンに業務提携をお願いしたい。こちらとしては余程のものでない限り出された条件は丸呑みするつもりです。」
キョトン、と小首を傾げる艦長。その半開きの唇から次は何が飛び出すのか、副長は固唾をのんだ。いやクルー全員の合唱となったゴクリ。
「ウチ…私たちのドンテン号はかなりのオンボロ船ですよ。クルーは副長さんのしつけのおかげで優秀だと思いますけど~」
(ペットじゃないんだから「しつけ」ではなくて「教育」と表現しろよ~)
リャンロンの口角がキュッと上がっていく。駆け引きを楽しんでいる?
「まだ釣り上げますか。なかなか勝負に慣れていらっしゃる。」
「私が前に所属していた事務所の所長さんの口癖が『美味しい話が続くときは一度引け。勢いがあるときほど隙が出来ている』だったんです。」
「なかなか至言ですね。その方もさぞや優秀な海賊なのでしょう。」
チガウ違う、と副長以下。優秀なのは頭髪の後退速度と皮下脂肪の増加進行だけだぁ。
(あの事務所のタレントが今ひとつ波に乗れずに大きく育たなかったのは、所長が原因であったか。艦長も結局は2流どまりだったし)
「こちらも念入りに調査していますよ。…ドンテンは旧式艦ですが、配下の戦闘艦は全て【猿族】製の最新鋭戦闘艦ばかり。銀河宇宙軍の戦艦や艦載機の新造を一手に担っている猿族としては新型が完成してもカタログやモデルショーだけでは各種族の宇宙軍へのアピールが弱い。」
コクコクと肯いている艦長であるがホントのところは内容を半分も理解していないだろうなぁ、と副長以下略。
「隠行機動に長けた【九尾】の艦艇をあっという間に見つけ出したり、脚が自慢の【犬神】の高速戦艦を軽々と凌駕する様子を見せられたら、他の種族も新型艦艇の発注で猿族に頭を下げるしかありません。あと戦闘経験の少ない将兵や艦隊に経験を積ませられて一石二鳥ですし。」
「お寿司。」
艦長の脊髄反射の口はなんとかならないものか。副長の心象風景はすでに戦車戦と化していた。戦車VS艦長の一騎打ちである。
「お寿司ですか。シェフに命じておきましょう。さて、我々としてはドンテン海賊団の…」
「ちょっとまった。ウチは一応海賊ギルド「セイテン」海賊団の所属だよ。知られちまっている艦隊訓練を兼ねた海賊行為はあくまでもウチに回ってきた仕事でしかない。アンタがどういう組織かは曖昧だけれど業務提携依頼ならば「セイテン」のオヤジに言っとくれよ。」
副長の透き通った緑の瞳とリャンロンの燃えるような紅の瞳が直線で結ばれる。
その中間地点に自分の顔をむにっと差し入れようとする艦長の目論見はマサコの羽交い締めで阻止される。
「調査済みだと申しましたよね。「セイテン」海賊団の各種族宇宙軍への海賊行為の勝率と「ドンテン」海賊団の勝率の違い。部下はどちらも猿族新鋭艦のはずなのに天と地ほどの開きがある。」
「ウチの艦長は『運』のパラメータが異様に高いからね~」
リャンロンの瞳は炎のように赤い。絶対に気性の荒さで定評のある赤龍族の出身だ。
それなのにこの男はなぜこんなにも冷静なのだろう。タダモノじゃないと副長は改めて目の前の男を見つめる。
髪も瞳の色も【龍族】の上位階級、さぞや名のある一族であろう。この沈着冷静で用意周到な性質は参謀タイプ、それも戦艦一隻や艦隊程度で収まる器じゃない。たしか龍族の総族長が…大切な人を死なせないために、そのために全てを賭けているんだ、この男も。
副長の脳内が“確か名前は…”と絞り出す瞬間、リャンロンが寸鉄を放った。
「かつて『女王』と綽名された海賊がいたそうですね。女性海賊としては史上最強、そして空前絶後。」
「・・・・・かなり昔の話だよね。私も聞いたことがある。もうとっくに死んでしまったか、生きていてもヨボヨボのおばあちゃんだろう。それがどうしたの?ウチの海賊団には『緋色の瞳』の女海賊は一人もいないわよ。」
「もしも『女王』が生きておられたら…どのような形になってでも孫娘を守ろうとしたでしょうね。」
「・・・・・。」
「『女王』が唯一恋した男性…自身を電脳体と化して親友と戦い続けた『女王』の想い人の傷ついた生体チップを補完するために彼女は自らの命をあてがったという伝説は【龍族】にも伝わっております。『女王』とその恋人の電脳を搭載した戦艦は遙か昔に失われたと聞きましたが。」
両手の人差し指を左右のこめかみに突き刺しながら左右に首を揺すっていた艦長がつぶやいた。
「よくわかんないけれど、そんな恋人同士の乗った戦艦があるのなら…ずっと守ってあげたいよね。ずっとずっと一緒に居させてあげたいジャン。」 思わず語尾に地が出て口を手で押さえる艦長。つっとリャンロンの目から顔を背けた副長は艦長に向き直る。
「副長、意見具申。」
「ど、どうじょ。」
「現在我々の扱われている待遇や状況を鑑みるに、ドンテンいやドンテン艦隊はリャンロン殿との取引に利を感じます。副長としては艦の運営費用や兵站・補修などを交換条件にリャンロン殿の依頼を受けることを薦めます。」
「か、艦長了承。」
二人の会話を聞いていたリャンロンとドンテン・クルーはほっと息を吐いた。全員の表情がほころんでいる。
「ごめん、ちょっと外の風吸ってくる。」
副長はそういうなり立ち上がり、ドアへと向かう。背後ではリャンロンが艦長に向けて依頼内容を説明し始めていた。
「【龍族】の宇宙艦艇にも海賊行為を働いて頂きたいのがひとつです。もちろん龍族の宇宙艦隊には【九尾】や【犬神】と同じように話をつけておきますので…」
廊下に出た副長は黒服たちに外へ出る最短コースを尋ねた。
早くしないとこらえきれないから。
下り廊下のさらに外側の非常階段。その踊り場で座り込む副長。両手は強く強く顔を押さえるが嗚咽は止められない。止めどなく流れる涙の源は本来の緋色の瞳に戻っている。
「う、ううっ、お、おばあちゃん…助かるかもしれない…おばあちゃんとあの人を死なせずにすむかもしれない…よかったねよかったね。でも、もう少しだけ私を守ってね。ううん、ドンテンを見つけ出してくれた艦長とこれまで守ってくれたクルーのみんなを…もう少しだけ戦わせるけどゴメンね…おばあちゃん、もっともっと生き続けてね…お願い…」
“妖精”を模した連絡端末、ドンテン電子頭脳への直接回線は何も語らなかった。
カショク・ホテルとは正反対に近い位置、赤道上の海に浮かぶ【龍族】宇宙軍総司令部。
その最高司令官室で様々な画面を決済していた部屋の主は「緊急」という画面を読み終えるなり「承認」コードを添付した。
さらに『大至急の超特急でよろしく』と自分の欄に書き足して担当部署に大アラームと共に発送する。
そのうえ「今、大事な書類送ったから、すぐに開いて始めてね」と直通電話を入れた。くどい。
メールやファックスしたあと、電話するタイプの古――――――人物である。
その人物がつぶやいた。
「リュトゥーくんがこんな大金を大急ぎで請求するって珍しいからね。余程のことでしょう。」
総司令部の命令で【龍族】の誇る科学技術班は宇宙港に係留中の『曇天丸』に急行した。
日本は宇宙人に侵略されました。
お立ち寄り頂き、ご一読ほんとうにありがとうございます。
今回の話は途中から「あれ、あれ、あれれ~」と打ち込んでいる当人も思いもしなかった形で着陸しました。打ち込む前の予定はもう全然どっかに行ってしまいました。
ワカル人にしかワカラナイ内容になってしまった気がしますが、なんか満足してしまったので投稿しました。




