「道頓堀上空」 ~決着あるいは幕切れ~
大阪・道頓堀の舞台も終幕を迎えようとしていた。
「道頓堀上空」 ~決着あるいは幕切れ~
(グレイ殿のアレは分け身の術ではない。…全て、実体。高速移動のために“空”を踏みしめていく際、あるいは方向転換時の残像であろう。)
イチノジョウの足下の空間も固められている。重力制御装置を限界まで活用して“浮遊”から“踏み込み”に至る状態である。
(【虎族】の静から動への動きとは真逆。速度は増していくばかりなり…。ならば、「破敵速攻」あるのみ。いざっ!)
一直線に飛びかかるイチノジョウ。いや全く同時にグレイも空を蹴っていた。
「おおっ」
「あっ!」
少し離れたビルの屋上で眺めている若様と“黒蒲公英”からは、放たれた矢のように黒い線と化したイチノジョウと三方に飛び散ったグレイが交差したように見えた。
「イチの初太刀を外したか…見事。」
すれ違ったあと、空中で急停止する3人のグレイ。すぐさま一人のグレイに収斂していく。
大柄な身体をくるりと振り返らせたイチノジョウ。再度巨大な黒刀を肩に背負い突っ込む姿勢となる。
イチノジョウは空気との摩擦熱で表面が熱くなっている愛刀よりも熱く熱くたぎる自分の心を抑えきれないでいた。
(全て捌かれた!正面から受けずに斜めに弾かれた。そして、合間合間に突きを放ってきた。いと面白し!)
イチノジョウの正面の三人のグレイは一瞬たりともとどまってはいない。三人どころか。六人に見える時さえある。そして速度があがっていく。
(グレイ殿の戦い振りに驕りや策略は一切なし。真摯な人柄そのままであろう、常に最短距離なり。次の初撃で勝負せん!)
三人のグレイが同時にイチノジョウに向かって跳ねる。イチノジョウから見れば左右から、そして真っ正面に迫る切っ先。
「うおぅりゃああああああああ」
イチノジョウは正面のグレイに全身全霊の一撃を振り下ろす。
牙閃真空波どころの速さではない。長大な刀に相応しく、長い「柄」=握る部分の一番後ろを左手で握りしめ、空いた「柄」の前面を右掌で押し降ろしながらの突撃である。次の手など全く考えない。躱されたら自分が散るだけ。
イチノジョウは自らの身体ごと真空波の一撃と化していた。牙閃“真空波”ではなく“突撃”である。グレイが先ほどのように斜めに受け流そうとしても角度など関係なく圧し折る一撃。
全体重を、全加速を黒刀の【切先】に込める!!!!!!!
「おおっ」
「あっ!」
先ほどの全く同じ悲鳴が屋上の二人から発せられた。
橋に立つウシマツは息を呑む……そして長い間を置いて「ふうぅ~」と息を吐いた。
見かけと異なりかなりの遣い手であるウシマツでも両者の技量に差はない。超一流の盗賊である彼の目でさえ二人の迅撃は見えなかったのだ。
空中で静止する二人。
互いのまばたきの音すら聞こえそうな程、顔と顔が近づいている。
イチノジョウの喉元にはゾッカー戦闘員のスタンスティックが突きつけられている。
グレイの額にはイチノジョウの黒刀が寸止めされている。いや“寸”どころではない。
二人の武器はどちらも相手まで髪の毛ひとすじ程のギリギリで止められている。
見つめ合う両者の瞳。一方は紅蓮の炎のようであり、他方は寒凪のようにな涼やかであった。
そしてどちらからともなく、ほんの少し口角があがっていく。
「両者とも天晴れなり。どちらも見事な手練であった。」
若様の鈴のようによく通る声が戦いの終わりを告げた。
それは「大阪一晩戦争・道頓堀防衛戦」の終幕も兼ねる言葉ともなったのである。
数刻後、ビルの屋上。片隅でグレイと“黒蒲公英”が語り合っている。ときどきグレイが“黒蒲公英”の頭上にチョップを落とす様子とそのあとの“黒蒲公英”の仕草がかわいらしくて若様は微笑んだ。
一息ついた様子のイチノジョウに若様が語りかける。
「イチ、あのグレイ殿の手並みは如何であった。」
あわてて片膝突きになって応えるイチノジョウ。
「まっこと、見事な手並みにてございまする。彼程の迅速変化の武芸者は【犬神】の中にも見つけ難しと存じます。」
「イチ、…あの地球人、認めるかや?」
若様の目が複雑な色を帯びていた。
謹厳実直を“人がた”にしたようなイチノジョウには読み取れない何かを放つ若様の目。そう全く気づかないイチノジョウであった。
若様は片手で冠を外した。外出用のかなり略式ではあるが、【犬神】では王侯貴族を象徴する冠である。
それを外すというのは下着姿で町を歩くようなものである。イチノジョウとウシマツは「はっ」と固唾をのんだ。
残る一方の手で巧みに一髻を外した若様。髪の毛が長く長くさわやかな朝風に流されていく。
振り返った若様…いや、表情が異なっている。
そこにいたのは見目麗しい美少女であった。
ウシマツもイチノジョウも両膝をついて両手を揃えて地に揃える。
「犬神族の現当主、天狼院左近衛権中将正之が息女、美加姫が問う。【犬神】宇宙軍突撃遊撃部隊一番隊隊長金子市之丞。あの地球人・久良木健人をそなたは武人として認めるや?」
ゆっくりと面を上げるイチノジョウ。その顔つきは戦いの時と同質であった。
「しかり。」
若様、いやすでに衣装も姫装束になって美加姫。その声は若様の時と同じく遠くまでよく通る。
“久良木健人”の鶴の一声は少し離れたグレイと“黒蒲公英”を振り向かせた。
「えっ、聞かれてたのか。まいったなぁ。」
竜巻号から降車していたグレイ、いや久良木健人は“妖精”戦闘服姿も解除した。“黒蒲公英”に素顔を見せても問題はない、だろうと。
それにつられてしまい、“黒蒲公英”もゾッカー戦闘員姿を解除する・・・・えっ?
「な、なんだ~黒たんぽぽ、お前、ウチのクラスの前田だったのかぁ!!!」
「あっっ、しまったーー。く、久良木くん、今のなし。なしだからね。」
慌てて戦闘員姿に戻る前田綾。しかし、意味がない。
二人のコントを見て微笑む美加姫。笑みを絶やさずに懐より書状を取り出す。
「我が父上様よりの書き付けじゃ。“金子市之丞が認めたりし男子あれば、その者を美加姫の背の君とす。ふさわしき武勇の士現るるまで旅を続けることを許す”よって、わらわの婿捜しの旅程はこれにて終了じゃ。聞いていたかやミチトセっ。」
「む、婿って・・・?
「久良木くんのこと??・・・えええええっ!!!」
ゆっくりと驚き慌てふためく二人の頭上に女性と幼子、そして赤い傘を差した町人姿の人物が現れる。
空中の女性は凛とした眼差し、唇はぬらぬらと紅が輝く。髪は前に後ろに簪、中央に櫛を挿した立て兵庫。打ち掛け纏って高下駄を履いている。前結びの太い帯には羅紗の刺繍が施され、付きそう禿も揃いの意匠である。その姿でたゆたうように外八文字を描いてゆっくりと美加姫の前に練り歩んでくる。
「な、なんかゴージャスな女性が来たぞ。ひな祭りのお雛様より派手だ。」
「え・・と、花魁道中だっけ。家族で東京に行ったとき、鳩バスツアーで見たことあるのと似ている。」
高校生二人の会話をよそに、ハデ派手な姿の女性は姫様の前でも膝付くことなく、会釈だけの挨拶を行う。
「三千歳、準備は整うておるかや。」
「既に重々よろしう出来てありんす。茶坊主どのが大慌てでお船を出しました。じきにこの星に来やんすぅ。」
にっこりと微笑みながら肯く美加姫。三千歳が何も無い空中より衣装を取り出し、姫様の身支度を整える。イチノジョウやウシマツは身を伏せて直視しないようにするが、高校生二人はポカンとその様子を眺めていた。
平安貴族がモデルの雛飾りのお姫様とは異なるが、間違いなくお姫様の衣装を身に纏った美加姫がゆっくりと久良木の前に進んで来る。
「ということで、そなたはただ今よりわらわの許嫁となった。【犬神】本星で首を長うして待っている我が父上様に会わせとう思う。」
﨟長けた美女に変化した美加姫の顔をぽわーっと眺め続けていた前田綾は慌てて久良木の前に身体を滑り込ませる。
「だ、ダメです。若様…じゃなくて姫様!」
「ん、なぜじゃ?綾はわらわと久良木が妻夫になっては困るのかえ?」
『ふうふ、のときは夫が前。めおと、のときは妻が前に来るのだワン。めおと茶碗は本来は“妻夫茶碗”と書くはずだワン。』
久良木の意識にモップが説明する。いや、説明がほしいのはそこじゃない。と久良木は思う。
顔面が、いや全身が茹で上がったように真っ赤になった綾が大声を出した。
「く、久良木くんは忙しいんです。アルバイト先やえっと、出向先で疲れているし、高校にも行かなきゃいけないし。」
「支度金は過分に用意するぞよ。この星、あるいはこの国の幕府にも父上様話を通して頂けよう。この星を警護している【龍族】の宇宙艦隊にもすでに連絡はついているはずじゃ。そうじゃな三千歳。」
傍らに控える姫様と比べても豪華絢爛な女性は艶然と首を傾げた。そして微笑みを絶やさず綾に向き直る。
「幾つもの星を統べるおおきみの姫様に対していささか無礼でありんす。」
「よいよい。わらわはこの娘も気に入っておる…。そうじゃ、健人と一緒に【犬神】本星につれて参ろう。うんうん、それが良かろう。」
一言も口を挟めずにいる健人。次々に発言する女性の顔を順番に眺めているだけである。完全に腑抜け状態である。
「だ、か、ら、久良木くんは明日から学校に行かなきゃならないしーーー。」
綾の言葉を完全に無視して、美加姫はウシマツを呼びつける。
「ウシ。この国は干菓子も水菓子も大層美味であった。ふるさとへのお土産にたんと持ち帰りとう思う。」
「はい姫様。店が開き次第、山のように買い占めて参りやす。」
三千歳もウシマツに話しかける
「この星は打ち掛けも大層うつくしゅう仕上げてあり申す。きょふと、という町にも立ち寄りとうござんすぅ。」
もうギャーギャーとわめくだけの綾に構わず、姫様主従は今後のお土産購入コースの検討を始めている。
久良木が助けを乞うようにイチノジョウに目を向けると、彼は正座をしたまま目をつぶっていた。ズルい。
ため息をつく久良木の横にトコトコと地球年齢ならば6、7歳くらいの禿が近寄ってきた。久良木はその子に袖を引っ張られる。
「ん、なんだい?」
「お兄ちゃん。シメの言葉をどうぞ。」
周囲を見渡す久良木。全員が自分を注目している。
「え、え、えっ・・・とっぴんぱらりのぷ?」
久良木以外全員の頭上にハテナマークが浮かんだ。
日本は宇宙人に侵略されました。
ご訪問ご一読いただき、ありがとうございます。
背筋がゾクゾクする中、書き進めたので文体がいつも以上に乱れているかと思います。ごめんなさい。
え、こいつらも宇宙に行くの? 予定がまた変わるなぁ・・・




