宇宙艦隊戦その2
日本を侵略した宇宙人は、宇宙空間で戦いを繰り広げます。
その片隅で、日本人はこの戦いをどのように見ているのでしょうか。
3-5-2 宇宙艦隊戦②
全長20m、人の10倍のサイズがあっても、宇宙空間で比較物がない場合そのものの大きさは判別しにくい。龍族第133軍司令官のシヴァイの目に、それはスズメバチにしか見えなかった。
近寄って見た場合は、硬質ガラスに似たケイ素で構成された身体各部の内側を紫と緑の発光物体がゆっくりと循環する様子は地球のスズメバチとは似て非なる存在である。しかし眼前に迫ってくる群れは獰猛なスズメバチの集団に見える。
「先行する“スズメバチ”が幾つかの味方艦と接触。突入されます。」
「各艦の戦闘機発進させよ。迎撃と外から引きずり出させろ。」
龍族の戦闘機“ヒリュー”はその名の通り、龍のような翼を持つ。しかしそれを折りたたみ“人型”に変形もする。スズメバチと格闘するためのシステムである。
「各艦の保安部員も戦闘開始。大型スーツの艦内での使用も認める。」
護衛艦で1000m弱、巡洋艦や戦艦クラスだと2km近い全長があるとは言え、その中で暴れられては機関部や生命維持機器を壊されてしまう。自爆すらやりかねないスズメバチを外に放り出すのは急務である。
「司令官、ヒリュー全機の出撃は?」
通常ならとっくに出されている指示である。副官のリュトゥーの顔は疑問よりも怖れの方が多く見て取れた。銀河宇宙軍の敗北は、ほとんどがスズメバチによる攻撃によるものである。戦艦同士の艦砲射撃では銀河宇宙軍の方が有利であるが、たとえ敵を半数に減らしても、数え切れないほどのスズメバチが味方艦に取り付き、食い破り、破壊していく。そして今、133艦隊はそうなりつつある。
「ジーク、もう少しで来るはずだ。うん。きっと来るよ。」
シヴァイ司令官の顔にあせりはなかった。そのいつも通りの半笑いのような表情にリュトゥーは一瞬恐怖を忘れた。
(何が起こるというのか?)
「ワープアウト波発生。」
戦闘艦橋に艦外情報官の声が響き渡った。全員が注目する。
「我が艦隊とスズメバチの群れの中間点の上方。戦闘コード“アシュバス艦隊”!」
艦外情報官の声が全て言い終わる前に、アシュバス猫族艦隊は全艦通常空間にワープアウトした。同時にスズメバチの群れに艦砲を撃ちまくる。シヴァイ艦隊の目前に、上から下へのビーム砲の滝が形成され、その水流にスズメバチたちがブロックされ、消滅していく。
シヴァイ艦隊の全員が喜びの声を発する。
予想外の展開に目を見開くリュトゥーにシヴァイが囁いた。
「ビーム砲の収束率を変えて拡散させているんだ。スズメバチには十分効果的だ。火炎放射器で焼き尽くす感じかな。」
先ほどまで、背筋を流れていた冷や汗が消えていく。第一斉射が終わった時点で、ほとんどのスズメバチが一掃されている。そして間を置かず第二射。さらにもう一撃。
「さすが、猫姫様。完璧なタイミングの猫パンチだなぁ。」
シヴァイのそのつぶやきが聞こえたのか、旗艦シヴァイガの戦闘艦橋の空中に大画面が開く。アシュバス提督の戦闘服を着た全身像が映し出される。猫族ではあるが、豹とも見えるプロポーションは戦闘服を着ていても美しさを損なうことはない。
「シヴァイ提督、リュトゥー族長代行、私からのプレゼントどんなもんにぁ?」
台詞に合わせてウインクまでするものだから、戦闘艦橋の全員が「うわぉ」と何とも言えない声をもらす。こういうことをするから、この女提督は大人気なのである。
「最高の贈り物をいただきました。リュトゥーはきっと3倍返しをすることでしょう。」
「えっ、えっ、あ、はい。」
慌てふためく堅物のリュトゥーの様子に腹を抱えて喜ぶアシュバス。その背後ではアシュバス艦の艦橋要員まで微笑んでいるのが見える。全員かわいらしいネコ娘である。
「わたくし、シヴァイからはアシュバス艦隊先行偵察艦と情報艦の皆さんにお礼をさせていただきます。今回の戦闘で得られる私のポイントから何割か譲らせていただきます。」
シヴァイのその言葉に、アシュバスの顔が少し真面目に戻る。
「ほんと、あんたは気前がいいねぇ。だから、ウチの娘たちにも人気があるにぁ。」
「いえ、本当に命拾いをしましたから。」
シヴァイの左手横に小さな画面が開き【空間のスズメバチ全機撃破。各艦のスズメバチもほぼ制圧】と文字が浮かぶ。それに対して左手で【ヒリュー全機出撃。制空権確認後、攻撃機隊も全機出撃】と入力する。リュトゥーもそれを確認し肯く。大画面のアシュバスも同じような反応を示している。
「通信来ました。鎧獣族艦隊ガネーザ司令です。」
通信担当の落ち着いた適度な声が聞こえた。シヴァイ艦とアシュバス艦の同時に画面が開いた。
「ガネーザだ。シヴァイ提督、リュトゥー代行、そしてアシュバス提督、深く感謝する。」
高重力惑星出身の巨体を深く折り曲げて、ガネーザが3人に礼をする。巨漢であるが、人情に厚い人柄が一目でわかる顔を上げると、心の底からの笑みがこぼれていた。
「丁寧な御言葉痛み入ります。ですが我がシヴァイ艦隊も、たった今アシュバス艦隊に救われたところです。」
ガネーザを配慮するシヴァイの言葉にリュトゥーも心から肯いた。
「にゃはにゃはにぁ~もっと褒めて、と言いたいけれど、この戦法はシヴァイ提督の発案にや。」
戦闘艦橋の全員がシヴァイの顔を見つめる。しかし、そこにあるのは常の半笑い顔である。
「前の作戦が終わった後、シヴァイとデートしたときに打ち合わせたにゃぁ。これほど見事に決まるとはそのときは思わなかったけどにゃ。ホント、知者は恐るべしにゃぁ。」
顔の前でひらひらと手を振るシヴァイ。
「アシュバス艦隊の偵察艦がずっと見守ってくれていましたからね。安心してましたよ。絶対に守ってくれると信じてました。」
3人の提督が話している間にも、戦況報告が届いている。自由自在に敵艦に爆撃ができているらしく次々に敵の艦隊は角を失い、それどころか敵艦後部の球状部も破壊され、沈んでいっている。それを見ながらガネーザは大きな溜息をつき、つぶやいた。
「この星系の民を全て見捨てて撤収するか、一艦残らず討ち死にするかと正直迷っていた。その瞬間、シヴァイ艦隊が現れた。感謝する。」
「ガネちゃんは絶対に民を見捨てないにゃぁ。」
「そう、ですから我々は来たのです。」
もう一度深く深く一礼をするガネーザ提督。
「うちの娘が偶然この近くを通りかかってねぇ・・・」
アシュバスとガネーザが語り始めたので、シヴァイはリュトゥーを呼んだ。戦闘状況はしばらくは安心してられると判断してである。
「地球人が乗艦している戦艦は大丈夫かな。」
「戦艦77は敵機に侵入されましたが、無事排出し撃破したようです。特に死傷者の連絡はありません。」
「ん、よかった。」
ワイバーンの形をした戦闘機が人型に変形し、戦艦に貼り付いたのを引っぺがしたり、侵入したスズメバチと格闘するところを間近に見た自衛官たちはどんな風に思ったであろうか。シヴァイは自分がそうであったように、彼らも適応することを望んだ。
変形合体は男のロマンだ。
ガネーザとアシュバスがこちらに顔を向けて呼びかけてきた。
「大ピンチであったが、現在は例のないくらい大勝をしている。多数の敵艦を航行不能にし、かなりの数を鹵獲できる報告されている。」
「こちらの被害も少ないし、ガネーザ提督の救援要請に銀河宇宙軍から援護艦隊が派遣されてきたら、ウチらはもう撤収できるかにゃ?」
まだ戦闘を継続している艦載機隊や、艦のダメージコントロールに必死な者たちには悪いが、龍と猫艦隊は提督二人の緊急出撃してきたのである。出発前に報告はしているし、戦果も十分なので、後始末は当事者であるガネーザたちに任せても大丈夫だろう。
「そうですね。休養期間の延長も申請しましょうか。ジークくん、書類提出はお願いしますよ~。」
シヴァイが軽口をたたき、他の提督が笑いで受けたとき、悲鳴のような艦外情報官の声が響き渡った。それは他の二人の提督の艦橋でも同じらしく、一様に振り返る姿が画面に映った。
「ほ、星が消えていきます。シコンです。この太陽系の恒星に向けて、虚空間よりシコンが伸びてきます。恒星到達まで、推定時間あと30分。ものすごい勢いです。」
旗艦シヴァイガの一番大きな画面が立ち上がり、恒星の全景を映し出した。恒星の左側の星々が見えなくなっていく。深い【闇】のせいで向こう側が見えなくなっているのだ。現在の銀河宇宙軍の科学力ではどのような方法でも見通すことが出来ない【闇】がどこからともなく伸びてくる。その先端は細くとがっているが、恒星に突き刺さった後はパイプのように太くなり、恒星の全熱量を虚空間に吸い込んでいく。
「バカな。惑星の有機物を全て奪い去って、それが完了してから後に恒星を吸い尽くすはずではないか。」
「惑星争奪に失敗したら、素直に撤退するのが敵の行動パターンのはずにゃ。いきなり恒星にシコンを伸ばすなんて聞いたことないにゃ。」
これまでの銀河宇宙軍の戦い、数百年とも数千年とも言われる長い戦いでの常識が覆されていく。
「恒星を失っては…惑星の生命体は生き残れない・・。」
3つの艦隊の全ての将兵が、初めて見る景色に目を奪われていた。戦闘機や攻撃機のパイロットも宇宙に広がる【闇】を自らの目で確認する。何一つ見えない【闇】が広がっていく。
「いきなり恒星を奪われては…今後、抗いようがないではありませんか。太陽なくては植物も動物も生きることができない。」
リュトゥーのつぶやきは小さな声であったが、将兵全員の思いでもあった。
敵のこの変貌はなぜか。我々は戦うことすらできなくなるのか。
つづく
土曜日の夜に宇宙人が地球に攻めてくる映画はテレビ放映されました。
アメリカ軍のミクロな視点中心の映画でした。
戦車道とは違うなぁ、と。




