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「道頓堀上空」 ~私闘~

朝日が昇ってくる。月の姿はもうほとんど見えない。

道頓堀の戦い。

「道頓堀上空」 ~私闘~


 「笑顔でバンザイ」看板付近の道頓堀川は“ゲンゴロウ”の死骸で埋め尽くされていた。

 川の流れが完全に関止まってしまい、氾濫しそうな状況になっていた。若様は慌てて水が流れるように“虫”の破片を動かせとウシマツに命じる。 知恵の回るウシマツは七節棍を振り回して要所要所の“虫”だったモノを砕き、巧みに位置をずらすことで川の流れを再開させた。

 そんな様子を横目に見ることもなく、空中の二人は見つめ合っている。

 

 イチノジョウはあの戦闘を思い出していた。

 いや、あのことは忘れようとしても忘れられない。

 己の命を救われたということもある。乱入してきた【虎族】の戦士の強さも驚きであった。

 だが、何よりも鮮烈な記憶→「“強い”とは?」である。

 それまでのイチノジョウもけっして惰弱な兵ではなかった。若くして近衛隊に選ばれた自負もあった。

 されど“強い”という一点を考え抜いたことは一度としてなかった。日々漫然と修練を重ねていた。

 努力と才能はそれに応えて成果を積み上げてはいたが、あくまでも他者との比較でしかなかった。

 「○○よりに勝った」「○○な戦いぶりであった」それは【犬神】の中での順位でしかない。

 たとえ【犬神】が銀河宇宙軍では精強を誇る一族であったとしてもイチノジョウは盤上の駒でしかなかった。それに気づきもしなかった。

 あの日の【虎】は違った。

 たった一人で戦況を覆した…違う、あれこそが【武】であった。まさに武の化身。そこに現れただけで絶対的な存在。

 将棋を指しているときに、突然横合いからその将棋盤を真っ二つにする真剣を見たような感覚…自分世界の外から来た圧倒的な力。

 あの日あのとき、イチノジョウは【虎】と自分の違いを魂に刻み込まれた。

 そして【虎】と目の前の若者を比較する。

 青年…いや、まだ少年の面影すら残した目の前の存在も突然現れた。

 少女の危機に駆け付けんとした若様や自分が一歩目を踏み出しかけたとき、既に少女を救い出していた。

 “虫”を一撃で屠ったのはついでのようなものであった。

 その後の戦いぶりも刮目であった。戦い慣れている。

 いや違う。身振りや仕草、一挙手一投足が全て戦いのための間合いだ。

 現れた“虫”を次々に斬り落としていく…否、一匹目に相対した瞬間から最後の“虫”を倒しきる瞬間まで巻物絵に記されたよう。ひとときの淀みもなかった。

 何度も何度も、何日も何月も何年も繰り返し続けて身についた手習いごと、あるいは職人技の如く。

 若様の武芸は「舞い」のようだとよく評せられる。

 見る者の目を引きつける場面が随所にあるからであろう。それに対して自分は「戦う機械」と言われる。

 “強い”を目指して鍛えに鍛えた結果、「勝つこと」に一直線な戦いぶり故であろう。

 【犬神】での武闘訓練の際に、失礼だと叱られたことさえある。「戦いに心を込めろ」と。…笑止。

 そんな自分よりもなお無心の戦いぶりであった。

 戦いへの緊張、あるいは恐怖、そして勝利の興奮。全て無縁。

 この星の人類の平均寿命は知らねど、まだまだ老成する年齢ではあるまい。それなのに強者、武辺、勇士、そんな熱いモノが感じられない。

 あえて言うならば・・・・達人…か。

 あのときの【虎】とは全く異なる戦いを見せた戦士。この者から“強い”に至る何かを感じる。

 【犬神】の嗅覚にかけて間違いなし!

 

 長く巨大な黒い刀を鞘に収めるイチノジョウ。

 その正面に浮遊している若者は何の感慨も持たずにその様子を眺めていた。と、鋼のような声をかけられた。

「率爾ながら…拙者、金子市之丞と申す者。あちらにおわす若様の護衛の一人である。ご助力感謝いたす。」

 イチノジョウの目礼にペコリと頭を下げた若者は小声で返事した。

「オレの名前は…久良木健人です。でも…」

 ちらりと近くのビルの屋上に目配せをする健人。

「あの子の前では【グレイ】でお願いします。彼女とは同じ組織に属していますが、個人情報のなんとやら、でして。」

 真面目な顔つきで肯くイチノジョウ。そしてつぶやく。

「グレイ…『俺たちは白でも黒でもない、グレイだぁ~』のグレイ殿ですな。」

 イチノジョウの腰あたり、帯の中央に“妖精”を確認して健人はつぶやく。

「…あなたの使っている“妖精”、一度調整した方がいいと思いますよ。」

 首をひねるイチノジョウであったが、真顔で「承知した」と返す。そして言葉を重ねる。鉄と鉄を擦り合わせるような声だと健人は思う。

「グレイ殿にお願いがある。イッテ、シオウテイタダキタイ。」

 今度は健人が首をひねった。

『一手、仕合うていただきたい=私と戦ってもらいたい、ト言ッテイルよ。ワンワン』

 健人の“妖精”モップが頭の中で囁いた。間を置いて、えっと驚く健人。

「え、オレと金子さんがですか?なんで?」

「うむ。グレイ殿の見事な手並み、感服した。後学のため何卒一手御指南いただきたい。」

「そ、そんな。金子さんのスっゴイ剛剣に比べたら…」

 最後まで言えない健人。

 イチノジョウの表情から何かを感じ取ったせいである。

 真面目、必死?いや、イチノジョウの“真剣”な顔つき。それは戦う顔であった。

 反応しないわけがない。健人の表情も即座に切り替わる。

 前田綾が“黒蒲公英”に変化したのと同じ、いやそれ以上の様変わりをイチノジョウは感じ取った。やはり、この者強い。と。

 瞬転、再度戦闘モードになるグレイ。

 両脚を踏ん張るように軽く腰を落とすイチノジョウ。その足下の空気が圧縮されたように感じる。

 両者の視線が一直線に結ばれる。


「あの、若様…あの二人おかしくないですか?」

 そばのビルの屋上。

 “黒蒲公英”から前田綾に戻った少女のぽやんとした声。だが若様はとっくに勘付いていた。

 川面の近くで“虫”さらえをしているウシマツも手を止め見上げている。そして何度もため息をついているようだ。

「あの若者、強すぎたな。彼の者の“武”にイチは触発されてしもうた。」

「カノモノ…?」

 前田綾は“妖精”を身につけていない。

「すまぬ。もう余の言葉も耳には届かん。滅多にないことじゃが。」

「…若様の命令も耳に入らないんですか。」

「しかり。以前あの状態のイチを止めようとした目付や大目付どもがゴンズイダマのように蹴散らされたことがあってのう。」

 いつの間にやら「見目麗しい牛若丸」から「きりりと格好良すぎる、貧乏旗本の三男坊・徳田新之助」に姿を戻している若様。

「あの状態のイチには近寄りとうないな。彼の者の力量は相当であろう。」

「カノモノ? グレイ班長のことですか?(久良木くんカッコイイ!)で、ゴンズイダマって何ですか?」

「グレイ?…『俺たちは白でもない黒でもな(以下略)』ん、ワカラナイ言葉に出会ったら、すぐにググルが良いぞ。」

 こちらの二人には真剣味がやや足りない。


 【龍族】の監視衛星や陸上自衛隊の偵察ヘリコプター“ニンジャ”のバーズアイでは、二人の人間が睨み合っているとしか見えないであろう。

 “妖精”モップや“金狼”にも何も見えないかも知れない。物体生命から精神生命体へと位置を変えた“妖精”にはなおのことか。

 二人を中心とした二つの“見えない円”が触れるか触れないか、ギリギリと距離を保って…いや距離を削り合っていく。

 秘密組織ゾッカーの地下訓練場で常日頃グレイに格闘訓練を申し込んでいる“黒蒲公英”はグレイの間合いがよく判っている。

(その間合いを一足飛びに嬉々として毎度毎度突っ込む黒たんぽぽであるから。)

 普通の戦闘員いやいや指揮官である怪人たちにも、まっだまだ赤兵戦のロングレンジ。それがグレイにとっては白兵戦の距離なのだ。

「んー。自分では射撃もそこそこ下手じゃないと思ってるんだけどね。…近寄ってウリャっと刺す方が間違いない…っていうか早いよね。」

 にこにこと見つめる“黒蒲公英”にそう語るグレイ。

 その背後で覗き聞いていた他の戦闘員や怪人たちが青ざめた顔でコクコク肯いていた。

「ああ。確かに健人ちゃんの間合いは遠いわねー。このワタクシの“ローズウィップ”や“投げキッス”ほどじゃないけどね~」

 “黒蒲公英”がクジコ様に尋ねたとき、彼女は最後に教えてくれた。

「南部さまに聞いたことあるけど、健人くん山奥生まれなんだって。あ、山奥どころかヒキョー。」

「ひきょう…卑怯?」

「ううん、秘境。グ…。」

「ぐ?」

 【犬神族】当主である父親に旅を許される代わりとして、イチノジョウから剣の手ほどきを受けることになった若様である。

 ゆえにイチノジョウの間合いは身をもって知り尽くしている。い…痛いほど。

 主君筋であるため強打を与えられること、は無い。

 しかし旅が始まって以来、目にふれぬ衣服の下のどこかしらが常に青や赤や黒に彩られている。体中から痣や腫れが絶えたことがないのだ。

 教える側は寸止め同然の軽い一当てと思っているに違いない。

 逆に若様はいつの日にか必ずリベンジを、と強く祈念している。艱難汝を玉にす、である。…なれればいいなー、と。

 イチノジョウの間合いはあの長大な黒刀によるものではない。

 鍛えに鍛え抜かれた脚力、爆発のような筋肉の収縮と伸長で一気に詰め寄るのだ。

 通常の感覚で距離を取っては、それはゼロに等しい。

 刀を持ったイチノジョウを相手するには、槍兵、弓兵いや射撃手と同じかそれ以上離れる必要がある。それを知らない者は遠く離れた先から真っ向両断にされるのだ。

 「牙閃真空波」の恐ろしさは威力だけではない。剣よりもさらにさらに長大なリーチこそが既に脅威なのである。   


 互いに“ゲンゴロウ”との戦いを横目で見合っていた。

 どちらもまだまだ全力など出していない、であるが推測は出来よう。

 金子市之丞と久良木健人。どちらもまだ武器を手には取っていない。それでも互いを居合い斬りの達人のごとく…。

 間違いなく繰り出されるのは「静から動へ」予備動作なしの一撃。

 それは猫科のよう。【犬神】族と猿族の二人であるのに。

 自分の“間合いの円”が少しだけ相手に近寄る。

 この相手が引くことはない。ということは自分の接近を計算して、足すことの相手の接近距離。

 じりじりと近づき合う二人。ほんの数秒の、だが長い長い長い長い時間。砂時計の砂粒ひとつが落ちるのに一晩かかるような不思議な感覚。

 息があがりそうになる。

 息を止めたくなる。

 ダメだ。戦いを決めるのは筋肉。

 酸素を吸え、血を巡らせろ、息を吐く瞬間に敵は来る! 

 躱された。

 次か。・・・・・次に息を吸って、吐く、その瞬間か?

 

 グレイを見つめる綾はいつの間にか“黒蒲公英”へと変化していた。握りしめた両のこぶしは真っ白になってしまっている。

 二人を見守る若様は横目で綾の様子見取る。思わず微笑んでしまう。かわいらしいニョショウである。

 そのとき―――――――――――――――――――――


 一撃必殺。



 日本は宇宙人に侵略されました。




ご訪問ありがとうございます。


「お気に入り」登録と「評価」をして下さった方が増えて、とてもうれしいです。本当にありがとうございます。

その喜びを糧に2日続けて投稿いたしました。


 雨降って、手がかじかんでます~キーボードが打ちにくい!

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