【九尾】星域の戦闘 0:前夜
舞台は宇宙へ。
【九尾】星域の戦闘 0:前夜
我々が住んでいる地球。ここに手紙を届けるならば「乙女座銀河団―天の川銀河―太陽系―地球―以下略 」で大丈夫とされている(?)
銀河系は銀河団の中にたくさんあるので、地球のある太陽系が属している銀河系は「天の川銀河」と呼ばれている。「大マゼラン星雲」「小マゼラン星雲」という銀河は「天の川銀河」の隣にある銀河である。その「隣」が果てもなく遠いのであるが。
銀河系の中心は地球から見て「いて座」の方向に約3万光年離れた所に位置している。「いて座A」という強い電波源があるのだが、この「いて座A」の中心部には超大質量ブラックホールが存在する。
また、それぞれの銀河の中心にはブラックホールが存在していることが多い。
このような大小様々なブラックホールや正体不明な悪性暗黒物質星域によって「銀河宇宙軍」の各種族支配星系エリアが構成されている。
かつて地球ではドレークの方程式算出により「銀河系内の恒星間通信可能レベルの知的生命は約27000」といわれていた。
しかし寿命が数百年クラスの樹木型知的生命体や数千年生きるであろう鉱石型知的生命体、果ては寿命という概念があるかどうかという大陸サイズ知的生命体などが他の星に通信を試みるとは思えないので、27000という数字はあくまでも“人類”型知的生命体の存在数でしかない。
地球は「天の川銀河」全体から見れば外側、すなわち『まだ若い方』に分類される。
辺境、あるいは田舎である。「お前の町にコンビニいくつあんねん」「国道沿いにハンバーガー屋と牛丼屋が出来た~」のレベル。
その地球の所属する太陽系は銀河宇宙軍内で歴史の浅い【龍族】の支配星系のさらに端っこにある。
これまで銀河宇宙軍の歴史からは無縁の存在であった。本来ならばあと100年以上は無関係であったはずである。
【龍族】や「地球」と逆に歴史が古い種族は【九尾】【犬神】である。
地球がまだ白亜紀ジュラ紀という恐竜が支配していた頃には、すでに惑星国家を卒業し恒星国家を成立させていたようである。テラ・フォーミングによって母星以外の惑星を植民星に開拓した彼らは他の恒星系に目を向け、自分たちの移住可能な惑星を探し始めた。
【九尾】族内部と【犬神】族内部の争いが生じた。星間戦争は互いを疲弊させるだけという認識を持てるレベルであった彼らは速やかに争いを終結させていった。不幸な争い、すなわち【九尾】と【犬神】という異種族間の争いも何度となく起きたが、両種族が近しい出自の知的生命体であることと「もう一つ」の理由で戦いや混乱は長くは続かなかった。
ここから銀河宇宙軍は始まった。
その【九尾】星系に“敵”が出現した。
【九尾】の宇宙戦艦は【猫族】艦艇よりは大きなものが多い。しかし銀河宇宙軍の標準艦艇よりは小柄なサイズである。それは集団運用と機動性に重視した結果であり、“敵”に対する攻撃力は大型艦を中心とした【虎族】や最大クラスの【鎧獣族】艦艇に勝るとも劣らない。
その【九尾】の艦隊が最大巡航速度である地点を目指していた。
「オトーラ・タイジョウ様、報告のあった宙域まで5宇宙距離です。」
艦外情報官の言葉に司令官席に座る男は無言で肯いた。ちらと隣に立つ美丈夫に目を向ける。その男性は深く肯くと大声を発した。
「艦隊全艦戦闘速度に減速。偵察艦は索敵艇を出撃させよ。」
ワープアウト後の巡航中も弛緩していたわけではなかったが、戦闘という言葉が耳に入ったことにより、艦内の緊張度が高まっていった。それはこの【九尾】族の大尉艦隊全艦が等しかった。
「オトーラ様、重力異常…“敵”出現徴候を発見した索敵艦隊はいかがされますか。」
オトーラの近侍官は小声で告げた。彼の前にこの位置に立っていた男はオトーラの逆鱗に触れて突然降格された。【九尾】の西検非違使庁内では上から三番目の地位、官位は従六位上でしかない。しかしこのオトーラの父親は右兵衛佐の下でカシハギに任じられている。(『平家物語』では源頼朝(=右兵衛佐)を「佐殿〔すけどの〕」と呼んでいる。)オトーラは今は一艦隊の司令官にすぎないが、その機嫌を損ねることは生涯不利益をもたらす。近侍官は腫れ物を扱うようにオトーラに接していた。
オトーラ自身は自分が“扱い難い上司”と思われているなどとは夢想だにしていない。彼の目は常に上を目指しているからである。成人後任官してすぐに小艦隊の指揮官となり、補給艦隊の護衛や遊撃艦隊に所属して“敵”との戦いに生き残った。めざましい戦果こそまだであるが、大学寮時代は戦略・戦術どちらにも秀でていると評されてきた。父親の「柏木」の位を飛び越えて、左右どちらかの兵衛佐を目指すオトーラにとって検非違使庁内の下官との人間関係など夕食のメニュー以下の認識でしかない。
野狐の外周索敵艦隊の扱いなど勝手にしろ…と言いかけてオトーラは口を閉ざした。【犬神】や【虎族】ほどではないが近年【九尾】星系への“敵”の侵攻は急激に増えてきている。野狐どもに恩を売っておき、忠誠心を上げておくのは損になることはない。
「カイキツ、“敵”出現反応を発見した艦隊の指揮官に褒美の言葉を贈るように。財物は…検非違使庁の雑費から捻出しておけ。」
「はい。承知いたしました。」
艦長以下戦闘艦橋に詰めている他の将官には聞こえないよう空間障壁の内側での会話である。命じられた近侍官カイキツが複雑な思いを抱いたことなどオトーラは気づきもしない。
そんな司令官の表情を強ばらせる報告は告げたのは艦隊通信官の一人であった。
「先遣艦より報告!各艦緊急停止しました。」
「なに?」
「…?」
艦隊司令よりも叩き上げの艦長の方が反応が早かった。
「詳細を告げよ。上下中どの先遣艦隊からか?」
カイキツの言葉がうわずっているのはオトーラ司令官の気分が伝染したのであろう。通信官はさらに緊迫する。
「上、下、中、各三…全九隻全ての艦が進行停止とのこと。機関は問題なし、されど全身不可能と!」
その言葉を言い終えるのを待っていたかのように情報参謀も報告をする。
「司令官閣下、先ほど出撃させた偵察艦よりの索敵艇も全て進行不可能と報告が来ました。」
「げ、撃破されたのか?」
近侍官に中継させず、直接言葉を発し始めたオトーラ司令官であった。役目を失ったカイキツ近侍は目が泳いでいる。
「…先行する全艦、全艇が停止状況です。エンジンは動いています。艦艇に不調があるわけではありません。」
ガタッ、司令官席から立ち上がるオトーラ。「落ち着きを」と駆け寄ったカイキツは突き飛ばされる。
「先行艦が近づけなくてどうする。本隊が追いついてしまうではないか!」
「オトーラ司令閣下、本艦及び艦隊各艦はいかがいたしましょう。」
落ち着いた声でザイレン艦長がオトーラに尋ねた。中央に位置する旗艦艦隊、上下左右の支援艦隊は総数150艦に及ぶ。支援艦隊の各分司令官はオトーラとほぼ同じ階位である。うかつな指揮は拒絶されかねない。
「さ、再度偵察艦隊を出すのじゃ。分艦隊からも偵察艦隊を複数出させよ。様々な包囲から進行停止現象を解析するのじゃ。」
古式豊かな雰囲気を巧みに取り入れた【九尾】宇宙軍高位官の制服を振り乱してオトーラは叫んだ。
(分艦隊…右艦隊のレイドウは野干上がりのくせに私を追い落とさんと願っておる。あやつの前で失態など見せられんのじゃ)
オトーラの内心を戦況は意に介さなかった。
「先遣艦隊、爆沈!」
「偵察艇、全艇消息を絶ちました!」
「な、何~。なぜでおじゃる??」
艦外情報官と通信官のほぼ同時の報告にオトーラはうろたえる。
「“敵”のゲートまでまだ距離があるはずであろぅ。その前にゲートすら開いておらンし、“敵”艦も一隻も発見できておらン。何事が何事がおこったのジャぁ~」
慌てふためくオトーラは隣でぼーっと立ち尽くしていた近侍官の胸ぐらを掴んだ。
「く、苦しい、お許し下さいっ」
戦闘艦橋後部で打ち合わせていた参謀たちの一人がオトーラに接近する。
「オトーラ司令官閣下、不本意ですが一度撤退された方がよろしいかと。」
「くっ。そんなことが出来ようか!まだ“敵”すら見ておらンのだぞ。」
「はい。しかしこれまでの銀河宇宙軍戦闘データに見当たらない状況です。」
掴んでいた近侍官の胸ぐらを突き飛ばし、オトーラは唾まじりで叫ぶ。
「ゲートを確認して出てくる“敵”艦を砲撃するだけの仕事じゃなかったのかぁ!ゲートまで辿り着くことも出来ずにおめおめ引き下がれようか」 答える参謀は冷静なままである。出撃前からこういう司令官だと同僚とは嘆きあっていたのだ。
「戦況は常に未定です。それに…」
「なんだ?」
うろたえる司令官には構いもせず、艦長権限で各将兵に様々な命令を下していたザイレン艦長は戦闘準備を開始している。
参謀はオトーラに周囲を見渡すよう目配せをする。ようよう艦橋の状況に気づくオトーラ。彼に参謀は冷ややかに告げた。
「ここがすでに戦場です。」
「な、何だと…下官の分際で…」
艦隊情報官が大声を発した。
「ハイサ艦隊、ラネウ艦隊、速度を落としました。レイドウ艦隊は…直進します。戦闘速度に移行。本艦隊と並進はガーテ艦隊のみです。」
上下左右の支援艦隊が各個に判断を始めてしまっていた。分艦隊司令権限で艦隊行動が可能だったのは艦隊司令オトーラと階級に差がないことと日頃から交流が皆無だったせいでもあった。大学寮で同期、いや当時から部下のように扱っていたガーテ以外は官位だけで艦隊司令に任ぜられたオトーラの差配を待つつもりは当初よりなかったのである。
状況を自分でも確認した参謀長は先ほどよりも冷ややかに司令官を見つめた。
「オトーラ司令官閣下、本艦隊の行動をご命令下さい。」
直進していくレイドウ艦隊。先行させて手柄を上げさせるわけにはいかない。それもあって偵察艦隊は旗艦隊からのみ先行させたはずだった。
「…ガーテに連絡せよ。本艦隊と同行。レイドウ艦隊だけに戦わせるわけにはいかん。ハイサ、ラネウには戦闘後重罰を与えると打電せよ。」
半狂乱に近い総司令官の顔を見た通信官が慌ててマイクを口に近づける。しかしその唇が開くより先に艦外情報官の叫びが戦闘艦橋に響く。
「レイドウ艦隊、前衛部から停止します。」
戦闘艦橋の様々な画面が全てレイドウ艦隊の状況を映し出す。レイドウ艦隊の各艦の情報カメラは謎の進行停止状況を最短距離で送信してくる。 何もない宇宙空間。これまで進んできたように護衛艦や高速巡洋艦が進撃していく。最大戦闘速度に入っているため、どの艦も艦体後部の推進器が青白い輝きを最大に広げている。
一隻の護衛艦が突然止まった。すぐ後ろ左右の僚艦も宇宙空間で静止する。最大戦速からの完全停止。艦内の慣性制御装置は全開まで稼働したことであろう。それでも艦内はかなりの被害が想定される。それほどの急停止であった。
後続の高速巡洋艦や高速戦艦は先行する護衛艦にぶつかるような迂闊な位置にはいなかった。しかし護衛艦の急停止に対応出来るほどの時間は与えられなかった。同じように宇宙空間で急停止していく。
透明なダーツの的に突き刺さっていく宇宙戦艦という矢の群れ。
突き刺さった後、さらに機関を吹かしたり、転進用の上下左右の推進機関にもオレンジや黄色の光が灯るが、どの宇宙艦もみじろぎもしない。
旗艦であるレイドウ艦とその周囲の戦艦はようやく主推進器を止め、前方の後進用推進器を最大に吹かす。
かろうじて、艦隊本隊と前衛艦との衝突は防がれた、と見る者全てが安心した途端に奇異は生じた。
最初に停止した護衛艦から順番に消えていく。
何かに遮られたような、しかし折れ曲がったり破損のない艦首から徐々に透明化していき、何も無くなっていく。
爆発すら起こらない。
レイドウ艦隊の本隊は旗艦も含めて急速に離脱を開始した。しかし、間に合わない。
全速後退を行った艦は、やはり艦首から透明化して消え去った。
艦首を巡らし、回転する艦はその途中で艦全体が透明になり、次の瞬間見えなくなった。
「助けてくれ」という通信すら送る間もない、あっという間の惨劇である。いや、あっけなさすぎる。
見ていた全ての【九尾】宇宙軍将兵は状況の理解が出来なかった。
戦闘艦橋の全ての画面にはもう何も映っていない。映像を送っていた艦艇が消失したのだ。遠距離からの望遠画面だけ映像が生きているが、ただの宇宙空間を映しだしているだけである。
「ヒっ、ひ、ひいいいい。」
腰を抜かし、司令官席に座り込むオトーラ。口からあぶくのようなものを吐き出しながら叫ぶ。
「う、撃て、撃つのじゃぁ」
「な、何をですか?」
砲撃班長の返答も虚ろであった。
「ま、前を、どこでもいい撃つのじゃ。撃ちながら後退せよ!」
オトーラの指示は考えての発言ではなかったが、一縷の望みを期待した将兵は即座に従った。日頃の訓練の成果を発揮し、砲撃が開始された。
海老のように全力で後退しながらの全砲門一斉射撃という、珍しい状況が開始された。
付きそうガーテ艦隊も針ネズミが全ての針を放出したように火線を放つ。
しかし
その砲火もすべて消えていく。
ある地点まで到達すると、ビーム光は消滅する。炸裂するはずのミサイルも爆発前に消えていく。
「あ、あああ、ああああああああああああああーーーーーー」
三個艦隊が消滅する様子をハイサ艦隊とラネウ艦隊はのんびり見てはいなかった。記録映像を時間いっぱいまで記録していたが、オトーラの悲鳴と同時にワープを行った。
転移座標が不確かだった急速ワープのため、通常空間に復帰出来なかった艦艇も少なくなかったが、かろうじて生き延びたハイサとラネウ二人の検非違使は【九尾】本宮へと大急ぎで通信を開始した。
「姉さん、エライもん見てしまいましたねー」
海賊船『ドンテン』の副長は部下に矢継ぎ早に指示を下した後、船長を見上げた。二十歳前の船長は同性の副長から見てもかわいらしい。しかし、今は強ばっている。超長距離映像のぼやけた画面でも判る理解不能な戦闘状況をどうすればいいか、悩んでいるのであろう…
「偵察ドローンは全て放棄。近場の物も線を切っちまいな!」
「へ?」
思考停止に陥っていると思った船長の語気は明確だった。
「この宙域を急速離脱。」
「わ、わかりましたー」
全て女性の海賊たちはテキパキと機器を操作し、『ドンテン』は長距離ワープを終えた。
副長が「~準備」と告げた後、船長が即座に「開始」と言ったため気づいた者は少なかったが、経験のまだまだ少ない船長にしては早い判断であった。副長は心の中で「血筋だねぇ~」とつぶやく。その副長に船長から直接通信が発信された。
「副長、どう思う?」
「わかりません。」
船長が自分にだけは年相応の表情で頼ってくれることをうれしく思いながら、副長は正直に答える。
「私の経験でも見たことのない現象です。ブラックホールなら吸収されながら自壊していく…爆発くらいは起きるはずです。」
「そっかーマーシャでも見たことのない状況か………これは高く売れるね(ハート)」
予想外の言葉に絶句する副長。
「え、え、え。オヤジさんに至急報告するんじゃないんですか?」
副長の画面に映る船長の顔は輝いていた。
「オヤジに上げたら、そのまま猿族に報告して一銭にもならないじゃん。」
猿族から密かに許諾を得て海賊家業を続けている立場である。こんな貴重な情報は即座に上に報告・連絡・装弾…←撃ってどうする
「といっても、【虎族】なんかはニンジャがいるらしいからね。この情報もどうやってか手にしているかも知れないし」
船長が考え込む様子はウィンドゥショッピングする女子高校生にしか見えない。右手のひとさし指がおでこをグリグリし続けている。
「じゃあ『犬』ですか?」
「…うちの船にはリュークロコッタの娘も多いじゃん。『犬』を喜ばすのは…なんかイヤだなぁ~」
海賊船だけあって、様々な社会からはみ出た者が多い。【犬神】と【虎族】のハーフという複雑な境遇の部下を思い遣る船長の配慮に感心する副官であった。
「じゃあ、『トカゲ』ですね。…ふふふ。あの、赤い髪のエライさんですね、船長が考えている売りつけ先は♪」
「な、何よ。あの赤頭は金払いが良かったから第一候補とは思ったけれど…」
情報を売りつけに来た海賊相手にきちんと礼儀正しく対応した【龍族】の高級士官は副長にも印象深かった。
「…【龍族】に売りつけると値段以外にも待遇が良かったですしね。ウチら相手に高級ホテルを用意してくれる一族のトップクラスは大切なコネクションです。」
「そ、そうでしょっ。うん決めた。【龍族】の本星に向かうわ!」
「ガッテンショウチノスケ!」
海賊船『ドンテン』は機関が冷めるやいなや再度長距離ワープを開始した。
「へっくしょん」
「あら、二回目。惚れられてるよ。」
「すみません。少し風邪気味でして。」
【龍族】本星、リュトゥーの屋敷に呼ばれたシヴァイはお菓子を口にしながらつぶやいた。
「というか、ドラゴンも風邪ひくの?」
「同じ人間ですから。惚れられているって、何ですか?」
「んー私の母国の…3回目だっけ?」
「はっくしょん」
…四回目で“風邪を引いている”です。
日本は宇宙人に侵略されました。
ああああすみません10分弱ほど超過しました。
約束不履行です、ごめんなさい。
「大阪一晩戦争」もまだ終わっていないし、そのあと「田舎の中学生の戦い」があって、やっと「【虎族】本星戦闘 フィンガーズ」と来て、宇宙戦艦のドンパチの予定でした。
ニンニンジャーにおキツネ様が出てきたのがワルイのです…
おわびに次回投稿も大急ぎで頑張ります




