“虫”との戦い その12 光が見えるか?
陸自機動歩兵科【松】班のBチームが動きます。
“虫”との戦い その12 光が見えるか?
宇宙から襲来してくる“虫”は『金』を好む。
今、その餌を使って陸上自衛隊機動歩兵科の選ばれた四班が大阪南部を駆けずり回っている。
機動歩兵を追いかけるゲンゴロウの群れ。中型甲虫というサイズは甲皮の厚さと素早さを両立させている。かなりやっかいな“敵”である。
ただ逃げる回るだけでなく、最終局面に向けての陸自は総力を結集していた。
「大串、次の大きな交差点の右から平山と福田がやってくる。」
指示を出しながら、一瞬で後ろを振り返り狙撃する。機体の後ろに帯状に広がるゲンゴロウを減らしているのだ。
速く、多数を撃墜するという難しい条件を機動歩兵という機体はこなしていた。
「はい。区役所前交差点ですね。了解です。」
「餌のパスは俺がする。平山もそう考えているはずだ。」
走水機は射撃を中断し、大串機の隣を並走し始めた。
大串機から金色に輝く『餌』が投げ出される。世界一高級な餌である。
餌をキャッチするなり、一動作ですぐに脇に抱え込む走水機。言われてから見るとその仕草は確かにアメリカンフットボールっぽい。
(試合をみたことなんてないけどなー)
パスを終えた大串は走行位置を後方にずらし、ゲンゴロウの群れに向けて射撃を開始する。
走水機ほどではないが、大串機も撃墜数を伸ばしていた。機動歩兵科の新入りとは思えないスコアである。
二人の息のあった連係とそれが生み出していく着実な戦果は空中の【ニンジャ】から機動歩兵科本部へとリアルタイム送信されている。
他の【桜】【芒】【桐】各チームよりも安定感のある二機の戦闘機動と撃墜したゲンゴロウの数は司令部の数人を考え込ませていた。
後に【松】班の戦闘機動は機動歩兵科の戦術構想に大きな変化を生み出すことになる。
本人たちの知らないところで。
交差点手前で待ち構える平山機と福田機。二機の機動歩兵は万全の状態で飛び出る用意ができている。
「福田、俺が前に出て走水から餌を受け取る。貴様は俺の後ろに迫ってくる“虫”を撃ち減らすことだけに集中しろ。」
「了解しました。福田機はゲンゴロウの撃退に集中したします。」
「よし、二人が来るぞ…よし、出発!」
「はい。」
整備されたままの、まだ傷一つ無い機動歩兵が2機が大通りを直進していく。
福田は高校生のときからパワードスーツを使っていた。おかげで機動歩兵科に転属になってからも同僚や上官の機体にひけをとらない自機の動きに少しだけ自信を持っていた。
その自信を粉々に打ち壊す平山機の高速機動。
(平山さんの機体、は、速い。俺や大串よりも圧倒的に速いぞ。)
“妖精”によって変身する装甲戦闘服=“妖精服”や“妖精”を介してコントロールされるパワードスーツ=機動歩兵は操縦者の資質によって性能が決定される。平山機の高速移動は生身の平山の脚力を証明している。
交差点に向けて直進する走水機と大串機はゲンゴロウの群れを少しだけやや引き離している。
その2機に向けて高速で突入する平山機、やや遅れて福田機。
4機の機動歩兵が交差点の中央でほんの一瞬合流し、そして再び二方向へと袂を分かつ。
ゲンゴロウの群れはほとんどが『金』に導かれ、交差点を左へと転進していく。
「す、すごい、今のパス“手渡し”みたいでした。」
交差点を通り過ぎた後、すぐ振り返る大串と走水の機動歩兵。目標を見失い、2機と同様に直進して来た迂闊なゲンゴロウを二人は撃ち落とし、切り伏せていく。群れが大きい分、前が見えなかったのかそれなりの数のゲンゴロウが二人の機体に飛びかかってきた。
「平山とは何千回、いや何万回もパス練習をしたんだ。当たり前だろう。」
「それにしても…バスケ者からしても熟練の見事なパスでした、はい。」
大串の機動歩兵単騎での戦闘力はけっして低くない。それを見込んでの転属であったのだろうと走水が納得する戦いぶりであった。
“虫”の正面に立つのではなく、絶えず横方向から翅や脚の切断を狙う。
一撃必殺ではなく、あくまでも戦闘継続力を失わせることを徹底している。
まだまだ実戦慣れしていない新設の機動歩兵科としては、貴重な人材である。
「うむ。お前と福田が機動歩兵科に転属された理由がちょっとわかった。いい戦いぶりだ。」
「ありがとうございます。」
「この戦いが終わったら、お前たちも“特曹”がもらえるかもしれん。…励めよ。」
「うわっ、それって給料上がりますか。」
「おう。だから生き残れ。いや絶対に生き残るぞ!」
「了解です!」
ゲンゴロウの群れを引き受けた平山は餌である金塊を何度か持ち変えた。一番安定した“持ち位置”を確かめたのだ。
その間も車道を右や左に進路変更して、群れの追随を確認する。
ゲンゴロウはどんな感覚器を用いているのか、福田機には目もくれず、ひたすら金塊を狙って飛行して来る。
(群れとの距離感を保つのは簡単だな。前方や横からのイレギュラーの対処だけ遅れなければ問題ない。)
平山は自分の行動を再確認する。頭の中にいくつものフローチャートが浮かび上がり、どの過程も自分あるいは自機には問題ないと納得する。
唯一不安なのは…。
(福田機がゲンゴロウに捕捉された場合、あるいは俺と群れから離脱するような状況になったら、か…。)
そう思いながらも平山の脳内のホワイトボードには「普通科への救援要請」「走水&大串との3名での任務継続」のプランが確立されていく。
脳内ホワイトボードにはあっという間に幾つもの付箋が貼られる。“多人数の自分”による会議はすぐ終了した。
考え事をしながらも、平山はアメリカンフットボールの独走のように大通りを走り、跳ね続ける………
(おかしい、順調すぎる?)
平山の認識が初めてゲンゴロウから同僚機、福田の動きへと向けられた。
福田は走水と大串が行っていた連係移動をきちんと守っている。
平山が車道の左を走行するとき、福田機は道路の右をやや遅れて走行して、ゲンゴロウの群れへの先頭集団に射撃を行っている。平山機が進行方向をずらしていけば、福田機もタイミングを合わせて反対車線へと進路を変える。その間、攻撃が途切れることはない。おかげで平山は後方への警戒をほとんど意識せず、不意に現れる“はぐれゲンゴロウ”に集中することが出来ている。
完璧な連係が成立している??
大きなカーブに近づいたので平山は機体を車道の中央へと少しだけルートをずらした。
その動作に合わせて…いや、ほんの数瞬速く、福田機は中央へと移動していた。
重力制御装置を背面へと向けた=バック走状態で福田機は平山機と背中合わせになる。
2機は背中をあずけ合ったまま、道路中央を跳行していく。
「…福田、俺が道路中央付近へ移動するとなぜわかった。」
「え、あ、はい。カーブ付近で内側か外側を進んでいくと、群れの後ろのゲンゴロウがビルに激突するんじゃないかな、と考えました。」
平山も同じ考えだった。しかも、こいつは俺より先に軌道修正を始めていたのだ。
移動力は平山機の方が速い。その速度差を埋めたのは始動の速さ。つまり福田機の方が先に動いたとしか考えられない。
ここまで福田機は常に俺より先に機動を開始していたのか。平山の疑問はまだ解けない。
「俺の走行ルートがお前には読めるのか?」
「え…特尉は歩道橋があれば、たくさんのゲンゴロウをそれにぶつけようと中央を選んで跳行していました。横から“はぐれゲンゴロウ”が来たときは後ろの群れから一度離れて“はぐれ”撃破を優先されていました。そういうパターンを覚えて“次はこう動くだろう”と予想しただけです。」
付いてくるだけで精一杯と考えていた福田が、予想以上に沈着冷静で論理的な行動を行っている。平山は内心舌を巻いた。
会話中も福田機はゲンゴロウを着実に射止め続け、おかげで平山機は振り返って攻撃という無駄な動きをする必要がまったくない。
機動歩兵はGPSや偵察ヘリからデータを受け取れる。
だが刻一刻と変わり続ける戦場で、同僚機の次の動きを予測し続けることが可能であろうか。
不規則に出現する“はぐれゲンゴロウ”に対して平山機は瞬発的な対応をしているはずであるが、福田機はそれすらも見越した戦闘機動を行っている。
上空の【ニンジャ】からは平山&福田ペアも先程までの走水&大串ペアと寸分違わぬコンビネーションに映っている。それはこの二人が仕留めたゲンゴロウの数に表れていた。
ゲンゴロウの群れから離れた走水と大串は少しではあるが緊張から解放されていた。
状況は戦闘中で変わりないが、すぐ後ろからゲンゴロウの群れが迫ってくる、いや引率し続けなければならないプレッシャーはとてつもなく大きかった。金塊をパスした時点で二人の精神的な疲労は限界近かった。
次の交代ポイントまで空中高く飛んでショートカットする過程は日頃の訓練よりも爽快である。ビル街をひとっ飛び、なんて日常では出来るわけがない。通常日本の空は民間、空自の使用予定でギッチリなのだ。
「晴れた昼間なら最高なんだろうなぁ、いや夜でも普通の日なら夜景が綺麗だろうな。」
走水ののんびりした独り言に許される気がして大串は疑問を述べる。
「あの~質問いいでしょうか。…平山特尉の“性格がアレ”ってどういう意味なんでしょうか。」
「ああ。それか。福田は苦労しているかもしれんなぁ。」
全方位“敵”なし。はぐれゲンゴロウもこの周辺には飛来していないようである。
確認したあと、走水は大串に“妖精通信”で話しかける。これなら記録は残らない。
「平山はなぁ~頭が切れるんだ。ほんとう~に賢いんだよ。」
「はぁ。常に学年一位とかですか。」
「お前の賢いのレベルがわかった。よーくわかった。…平山は防衛大学の入学式も卒業式も代表挨拶をした。これでわかるか。」
「…そ、それって…ええ~だって確か平山さんも“特尉”ですよね、ね。」
「機動歩兵の搭乗員は最初戦車長クラス…幹部自衛官か陸曹の曹長~2曹のベテランの者を予定していたんだがな。ここでは言えない後々の件もあって、尉官級が良かろうって話になったそうだ。俺の特尉ってのは、いわゆる『野戦任官』だな。」
「さっきおっしゃった俺も特曹になれるかもっていうのは、そういうことですか。」
「そうだ。だが、あいつはなぁ…。平山は機動歩兵に乗るために、わざわざ降等を申し出て“特尉”になったんだ。」
「じ、自分から…。そ、そんなこと出来るんですか?」
「俺も聞いたことないよ。で、エライ問題になったらしい。本来なら機動歩兵科の本部で参謀してもおかしくないヤツが『機動歩兵による実戦を経験せずに作戦を立てたり指揮することは出来ない』ってムチャ言ったそうだ。案外マジの降等かもしれん。」
「はぁ~見かけと違いますね。」
「顔はあんな優男なのにな。性格は頑固で我が儘。さらに優秀な頭脳で巧みに道理を押しのけ、無理を通すってタイプなんだアイツは。」
「「福田、大丈夫かなぁ」」
同時に心配が声に出る二人であった。
上空、左右から“はぐれゲンゴロウ”が平山機に急降下してきた。ほとんど落下に近い速度だった。
(チィっ、後ろの群れが寄りすぎている。右のは躱すだけにして左のヤツには一撃だけ喰らわしてルートを開ける!)
コンマ数秒の思考。
それを実行するのもコンマ数秒。
それなのに。
平山の右上から迫ってきたゲンゴロウは頭部に太いビーム光を浴びた。プロレスのラリアットというワザを受けたように縦回転して地面に激突していく。福田機はビーム銃を高出力で放ったようだ。
避ける時間が無用になった即座、平山は左のゲンゴロウに射撃。一射、二射、三射。一撃のはずが余裕が生まれた。
右のゲンゴロウを撃墜した福田機は、平山機の背中を守りように滑り込んで位置取り、背面走行で群れに向けて乱射していた。
福田機は先ほどの一撃で右手のビーム銃は“冷却時間”になっていた。左手のみでの連射であったが、狙いは正確である。先頭集団のゲンゴロウたちが翅を撃ち抜かれ次々に脱落していく。
「福田、貴様の読みの早さは何から来ている?」
背中合わせは一瞬で、再びいつもの逆サイドに移動した福田からの返答は一瞬以上間があいた。
質問の意図が読めなかったのか答え方を考えたのか。平山は質問を重ねた。
「お前は俺だけでなくゲンゴロウの行動も先読みできるのか。」
「それは無理です。“虫”は何考えているかわかりませんって。…えーと、自分は小学生からバレーボールしてました。」
福田に話す余裕をつくらせるために、ときおりバック走になって群れを狙撃する平山機。二機の銃撃で群れはさらに脱落者を増していく。
「大串がバスケだったっけか。バレーボール…接触競技じゃないよな。こういう戦闘と関連は、なさそうだが。」
ネットを挟むバレーボールはサッカーやバスケ、アメフトやラグビーに比べるとケガの少ない競技である。
「中学の時の顧問の先生がすっごい理論的な先生でした。その先生は俺のスパイク見ていきなり『お前はパワーもスピードもない』って。」
「貴様は特に背が高いわけでもない。バレーでは不利だな。その先生はお前を攻撃から外したのか?」
「いえ。それが『高い打点を身につけろ。相手より一秒でも長く、一センチでも高く空中に居続けろ』って言われました。それで練習後、俺だけ毎日シャドウジャンプや高く跳ぶための筋トレメニューさせられました。」
「すまん、アメフトの俺にはよくわからんが…高く跳んでいられたら何が出来るんだ?」
そのとき前方上空からゲンゴロウが2匹舞い降りてきた。金塊を固く抱きしめ、平山は正面の一匹にビーム銃を続けざまに撃ち放つ。その後ろのゲンゴロウはすでに福田機が逆サイドから真横に吹き飛ばしていた。
「貴様は戦況を常に上空から見ているのか?」
「…その先生が言うには『上からコートを見下ろせ。絶対に穴がある。その隙間にボールを押し込め。フェイントでもオーバーパスでもいい、格好いい速攻や強いスパイクが打てなくても、コートの一カ所にボールを落としさえすればいい。それで1点だ』って繰り返されました。」
「至言だな。バレーボールという種目の本質をわかっている先生だ。」
「はい。さらに『選手を見ろ、陣形を見ろ、動きを読め。そしたら見つかるはずだ』って。最初は何を言っているのかわかりませんでしたが、あるときコートの一角が光ったような…“ここ、開いてる”って、わかった瞬間がありまして…」
その感覚は平山にも通じた。
このルートを走ればタッチダウンできるという“ライン”が見えた、その瞬間があったからである。
ゴールまでの途中で阻まれることもあった。でも自分がもう少し速ければ必ず走り込めた、と確信できた。
そう思って練習を重ねれば重ねるほど、その光るラインははっきり見えるようになった。そしてTD数が増えていった。
…その感覚がわかる人間がここに一人いた…。
平山の心の中に何かが灯された気がした。
「今も上からを意識して状況を見ているのは貴様には自然な行動なのか?…ずっとそうしてきたのか?」
「あの、大串が“虫”に腕をやられたときがあって…それからはいつも上から意識して状況を見るよう心がけました。」
その言葉が嘘でない証拠に福田は今も群れの戦闘集団を的確に削除し続けている。
単に先頭の一匹を撃つのではなく、平山機に届きそうな複数のゲンゴロウに射線が届くように意識して狙撃している。
平山には福田の動きがベテラン隊員のそれに見えた。…いやそれ以上だ。こいつは三次元戦闘が身についている
(空間戦闘能力…将来自衛隊が“あそこ”に行くときに必要な人材になるかも。…こいつがキホ科に呼ばれたのは…。大串も…か。)
「福田、お前の戦い方は正しい。…俺の背中はお前に任せる。」
感情を顔や態度に出さない、常にポーカーフェイスの元クオーターバックは口の端を少し持ち上げただけだった。
「は、はい。了解しました。」
【松】だけでなく【四光】それぞれの『ゲンゴロウ誘導作戦』はそれから2時間以上続いた。
餌を巧妙に使用して“ゲンゴロウ”が高層ビルエリア、精密機器の多いビジネス街や電気街、そしてシェルターに多数が避難している繁華街に近づかないよう機動歩兵は複雑な経路を構成して、大阪南部を走り続けたのだ。
様々な地点で待ち伏せしていた普通科は狙撃や砲撃で群れの数を減らし続け、人的・物的の被害拡大を防ぐよう努めた。
そして作戦の最終段階が始まる。
施設科が困難を極める複雑怪奇な要求に応え、ついに準備を完了させたのだ。
大阪に激震が走るのは間近であった。
日本は宇宙人に侵略されました。
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みなさま、風邪を召しませんようお気をつけ下さい。
あー喉が痛い ←毎年言っているバカ




